透き通るような鈴の音は不自然なほどよく響いた。
「ッ……!」
オルバはとてつもない悪寒に襲われ、直感に全てを委ねてその場に倒れ込むように伏せた。
次の瞬間、先ほどまでオルバの首があった場所を何かが通り過ぎて、ドゴンッ! と背後の石壁に深い斬撃痕を刻んだ。
少しでも遅れていたら首を飛ばされていた。その事実にオルバは冷や汗を垂れ流す。
「ほぅ、自ら
オルバはこれまでに感じたことのないほどの恐怖に襲われた。無様に地に手をついたまま身を震わせる。そして恐る恐る目の前の存在を盗み見た。
目の前には3人いた。
所々に金が刺繍された漆黒のコートを肩に掛け、フードを目深に被った少年が前に立ち、その背後には先ほど見た少女たちと似た黒いスーツを身に纏った少女が2人。
特に目の前の少年はまさに別格だった。
少年から漏れ出る膨大な魔力の圧で大気が軋み、オルバの全身から冷や汗が溢れ出す。頭の中で今すぐ逃げろと全力で警笛が鳴り響くが、少しでも動けば命がないと直感が告げている。
先ほど響いた鈴の音は、少年の耳飾りに取り付けられた鈴から発せられた音だろうと、オルバは気付くと同時にその鈴の存在に感謝した。
あの鈴の音がなければ今頃自分の首は飛んでいたのだと直感したからだ。
「ふむ、その態度に免じて少し遊んでやろう」
「ッ……!」
魔力の重圧が消え去ったのを感じ取ったオルバは、その隙にその場から全力で跳び退き距離を取った。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」
「どうした、来ないのか?」
オルバの心は恐怖で支配されていた。
彼の30余年の人生に於いて過去これほどまでの恐怖は感じたことがなく、まるで『死』そのものと対峙しているかのように錯覚した。
「ケヒッ、俺から行ってやろうか?」
「ハァッ、ハァッ……う、ぅあぁぁああ!!!!!」
オルバは恐怖を振り払うように声を上げ、気迫と共に斬りかかる。
しかしその剣は少年に届くことなく、少年のコートから伸びる黒い触手で受け止められた。
少年は一切動かず、両手を衣嚢に入れたまま嗤う。
「そうだ。頑張れ、頑張れ」
斬る、弾かれる、突く、逸らされる。
状況だけ見れば少年の防戦一方。しかし、その内容は全くの別物。オルバはまるで相手にされておらず、文字通り遊ばれていた。
圧倒的な実力差に怯むことなく剣を振るい続けるオルバに、少年は無造作に右手を軽く振り上げた。
次の瞬間、オルバの左腕が飛ぶと同時に切断面が爆ぜた。
「ぐあぁぁあああッ!!!」
「脆いな……魔力量からして凌いだとて不思議ではないが、まるで扱い切れていないな」
オルバは体の内側で何かが爆発するような痛みに悶えながら目の前の少年を睨みつける。
何をしたのか理解できなかった。
少年はただ羽虫でも払うかのように腕を振っただけで、直接触れてもいない。だというのに、確かに何かが触れる感触があり、強化されていた片腕が一瞬で吹き飛んだ。
「くっ……! この程度すぐに再生して……ッ!? な、何故再生しない!? 貴様、一体何をした!?」
オルバは左腕の再生を試みるも、斬られた部分にだけ魔力が一切流れない事実に驚愕し、目の前の少年に咆えた。
オルバの問いかけに少年は答えず、心底落胆したかのようなため息を零した。
「期待外れだ……もう良い。尻尾を巻いて
「なっ……!?」
まさかの言葉にオルバは再度驚愕した。
少年はまるで興味を失ったかのように踵を返して去って行く。
オルバにはその行動の真意がまるで理解できなかった。が、千載一遇のチャンスを逃す手はなく、すぐに地面に剣を打ち立てて隠し通路に飛び込んだ。
「いいの? 情報を引き出さなくて」
「良い。あの程度、どうせ碌な情報も持っておらん。捨て置け」
「……あなたがそう言うならそうなんでしょうね」
「それに、シャドウの奴も久々に暴れたいらしいからな。順番というやつだ」
「フフッ、だから彼は先回りしていたのね」
オルバが去った後のその場では、何とも言えない穏やかな雰囲気が流れており、透き通るような鈴の音が響いていた。
◆◇◆◇◆
はい、そんなこんなで盗賊退治は無事終わった。
正直期待外れだった。
事前情報を聞いてちょっと期待してた分、落胆度合いがすごい。
魔力は確かにすごかった。量だけで言えばアルファに並ぶほどだ。
だけど全く扱えておらず、ただバカみたいな魔力量に任せて剣をブンブン振り回すだけで、技という技が皆無だった。
耐久面も見てみたけど、話にならない。
魔力による強化はフィジカルほぼ全振り。再生できるという過信もあって、耐久面はそこまで強化していなかった。
僕の魔力体は魔力回路を破壊する性質上、再生も妨害する。使い物にならなくなった魔力回路を一度摘出しなければ、再生も何もできなくなるのだ。
ただでさえ技が皆無のフィジカル任せの戦い方は好きじゃないのに、その魔力量ですら僕やシドの足元にも及ばず、押し込めるだけでまったく扱えていない。
テンションだだ下がりだ。
とりあえずシドとの「先にボスを見つけた方がいい感じに逃がして、もう一人に回そう」という約束通り適当なところで逃しておいた。
後からシドに感想を聞いてみたら『陰の実力者』っぽい台詞を臨場感満載で言えたらしくて大変満足していた。
あ、そうそう、クレアは次の日にはボロボロになって帰って来た。
森かどこかで一晩明かして帰って来たのだろう。しかも次の日には何事もなかったかのように王都へと旅立って行った。まったく、はた迷惑なブラコンだ。
ちなみにうちのブラコンは予定通りの日程で出発した。
見送りの時「サイの分の金のゴミ箱も持って帰ってくるから安心していいよ!」とか何とか言っていたけど、大変余計なお世話である。
◆◇◆◇◆
姉さんたちが王都に出発してから数日後、僕とシドはアルファたち『七陰』に今後の『シャドウガーデン』の活動について話があると呼び出された。
まぁ色々な話をされたが簡単に纏めると。
魔人ディアボロスと戦った英雄は全員女だった。だから<ディアボロスの呪い>は女性にのみ発現する。『シャドウガーデン』は僕とシドを除いてみんな女の子だからその理由付けかな?
だけど英雄は全員男だという説が一般的だ。それを指摘してみたら、教団が歴史を改竄しているとのことだ。そういえば、僕が昔そんな感じのこと言ったな。忘れてた。
そんな『ディアボロス教団』はなんと世界規模の超巨大組織だったのだ。
僕とシドが数時間くらいで作った組織は、いつの間にか大変立派に成長していた。親冥利に尽きるね。
<悪魔憑き>というか<ディアボロスの呪い>というかどっちでもいいけど、教団はそれが発現した人を『適応者』と呼び、早期捕獲と処分を徹底しているとか。
それに対抗するには『シャドウガーデン』も世界に散るしかないとかいう話になって、僕たちの下にはローテーションで1人ずつ残して、他は世界に散って<悪魔憑き>の保護やら教団の調査やら妨害活動にあたるとのこと。
それを聞いて察してしまった。
彼女たちは気付いてしまったのだ。『ディアボロス教団』なんて存在しないのだと。だからもう、こんな茶番には付き合いきれないのだと。
だけど一応、<悪魔憑き>を治してもらった恩があるからローテーションで付き合ってあげる、と。
僕は少し悲しかった。たぶん、シドも同じ気持ちだと思う。
前世でも、子供の頃はみんなヒーローに憧れた。僕も同じように『絶対的な強者』に憧れた。だけどみんな大きくなって、いつの間にか憧れていたヒーローの存在すら忘れていって、僕は1人取り残された。
彼女たちも大人になったのだ。
僕らは少しだけセンチな気分になりながらも、快く彼女達を送り出すことにした。
もともと7人も集ったのが奇跡なのだ。だから補佐に残ってくれるだけでも感謝すべきだ。
たとえ世界に僕とシドの2人だけになろうとも、何も変わらない。
シドは『陰の実力者』を、僕は『絶対的な強者』をただ目指し続けるのだ。