7話 ボッチは蔑称ではない
僕とシドは15歳になり、王都のミドガル魔剣士学園に入学した。
大陸最高峰の魔剣士学園で、国内はもちろん国外からも将来有望な魔剣士達が集うという。僕はそこで特待生として入学し2カ月ほど過ごした。
特待生とは、優秀な成績を収めることで学園側から様々な待遇を受けられる生徒のことだ。そしてシドはモブらしい成績をキープしている。
ちなみに僕は学園内でシドとあまり一緒に行動していない。
僕はただでさえ特待生で目立つうえに、青春を謳歌するという目標があるので色んな人と分け隔てなく仲良くしている。
そんな主人公級に目立つキャラと一緒にいるモブはモブじゃない、とはシドの言だ。
シドは入学と同時に学園中の主要キャラになり得る存在を全てチェックして、そのリストに入ったキャラとは極力関りを持たないようにしているようだ。ちなみに僕も入ってる。
だけど今日、シドは例外的にリスト入りしたキャラと接触を図るらしい。
主人公格筆頭、アレクシア・ミドガル王女。
ミドガル王女って名前を聞いただけでチンパンジーでも大物ってわかるぐらい大物だ。そんなキャラと関りを持つというシドに、僕は最初シドの正気を疑ったが、理由を聞いて納得した。
実にモブっぽいイベント『学園のアイドルに告白して盛大に振られる』を実行するらしい。
というわけで場所は学園の校舎の屋上。シドがアレクシアと一定の距離をおいて対峙していた。ちなみに僕は少し離れた大講堂の屋根上でその様子を見物している。魔力体を糸のように伸ばしてなんちゃって糸電話で屋上の声を拾って準備万端だ。
アレクシア・ミドガルは学園のアイドルだ。
白銀の髪をハーフツインにして、切れ長の赤い瞳を持ったクール系の顔立ちの美少女。
正直、僕とシドはアルファたちのおかげで美人に見飽きている。僕も最初に会ったときは美人だなー、くらいしか感想が浮かばなかった。
彼女が入学して2カ月、既に100人を超えるアホ共が彼女に交際を申し込み、冷酷な一言で返り討ちになっている。そんな彼女だからこそ、シドもモブAとしてその無謀な挑戦者の内の一人に加わろうとしているのだ。
『ア、あ、ア……アレクシアおうにょ!』
どうやら始まったようだ。魔力体を通してシドの声が聞こえてきた。
『す、好きです……! ボっ、ぼ、ぼ僕と付き合ってくぁさぃ……?!』
台詞はあくまで普通、退屈なまでに王道を突き進みながら、発音、音程、活舌は明後日のほうにブレまくり、ラストは小さい語尾からの疑問形で自信のなさを極限アピール。
節々からシドのモブに対する尋常ならざる拘りを感じた。
『よろしくお願いします』
『ん?』
「え?」
シドの告白に満足したので帰ろうかと思っていたら、僕の耳に幻聴が聞こえてきた。
『あなたみたいな人を待っていたの。よろしくね?』
『え、あ、はい』
シド・カゲノーはこの日、モブAからラブコメ主人公に超絶進化した。
◆◇◆◇◆
「絶対おかしい!」
「おかしいですね」
「おかしいな」
翌日の昼、シドとモブ友達2人が話しているのを離れた席から観察する。名前は確かジャガ・イモとヒョロ・ガリ。別クラスだけど軽く話したことはある。
僕は普段、学園では一人で過ごすことが多い。
僕は青春を謳歌するうえで、絶対的な立ち位置に気付いてしまったからだ。
それは、ボッチになること。
敵も味方もいないが故に、争いが起きない。争いが起きないということは、それすなわち平和な学園生活を送ることと同義なのだ。
しかしこれは、一歩間違えれば灰色の学園生活を送ることになる諸刃の剣でもある。ヘイト管理に細心の注意が必要だ。だから僕は特定の誰かと仲良くし過ぎないようにしている。
『広く浅く限りなく平等に』が、僕の学園生活を送るうえでの基本戦略だ。
『ほら、あれが……』
『嘘ー! なんか普通……』
『何かの間違いじゃ……』
『あ、私ありかも……』
『えー!』
『弱み握って脅したらしいぜ……ヒョロ・ガリって奴が言ってた』
『マジかよあいつ絶対殺す……!』
『演習で事故に見せかけて……』
『ここでやらなきゃ男が廃る……!』
哀れシド。学園中の生徒に噂されるモブA……それ、どこの世界のモブ? という感じだ。
シドと僕は耳が良いからそこそこ広いこの食堂でも、こそこそ話くらいなら容易に聞き取れる。今頃シドも告白したことを盛大に後悔しているだろう。
アレクシアがシドの隣の席に着席して、一番値段の高いコース料理を食べ始める。
そのメインディッシュの肉を隣から強奪するシド……いいな、美味そう。今初めてシドを羨ましいって思った。
物陰から睨みつけてくるどこぞのブラコンを無視して食べ終わった食器を片付ける。
目を合わせたらダメだ。目を合わせたら最後、最悪斬られる。なんで僕が、とかそういった正論は奴には決して通じないのだ。
◆◇◆◇◆
「シド・カゲノーです。よろしくお願いしまーす」
午後の実技科目のブシン流1部の教室に9部のシドが合流した。いや君何してん?
この学園の午後の実技授業は選択式で、クラスも学年もごちゃ混ぜ。数多の武器流派から自分に合った授業を選ぶようになっている。
その中でもブシン流はかなり人気の授業で、一部50人でなんと9部まである。1部から9部は実力ごとに分けられており、僕は入学当初から1部に所属していた。
担当顧問のゼノンによれば、アレクシアが推薦で無理やりねじ込んだようだ。
大勢の黒服の中に1人だけ白服が混じっていてめちゃくちゃ目立ってる……哀れ、シド。
僕の視線に気付いたシドが瞬きでモールス信号を送ってきた。
『たすけて』か…………フッ……『むり』。
「みんな仲良くするように」
てな感じで稽古開始。
瞑想魔力制御からはじまって、素振やら基礎的な内容が続く。この基本を大事にする鍛錬方法は気に入っている。たぶん、シドも好きだろう。心なしか楽しそうだ。
稽古の合間時間を使ってシドに話しかけた。僕は誰とでも仲良くする系ボッチなのだ。
「9部はどんな感じなの?」
「ん-、少し素振りしたら、後はちゃんばらかな」
「うわー、1部で良かったわ」
「うん、いいね、1部。僕も頑張らないとなー」
確かに1部はお世辞抜きにいい環境といえるだろう。ほぼみんなの意識が高いし、稽古は基礎を見直すいい機会になる。
シドは1部が目標みたいに言ってるけど、そんなわけがないことを僕は知っている。
1部なんてネームドキャラの宝庫みたいなもんだ。そんな地雷原にわざわざ足を踏み入れる真似はしないだろう。
それにシドは最終的に5部辺りに落ち着くつもりって前に言ってたしね。
「シドくん、ちょっといいかしら」
シドと他愛のない会話をしているとアレクシアが話しかけてきた。
「次はマスだから一緒にやろうと思って」
マスというのは軽い実践形式の稽古だ。
お互い攻撃は当てずに技や返しの流れの確認をする感じのやつ。
「実力違い過ぎない? 僕はサイと組むよ」
「大丈夫よ。それに、恋人を一人にするつもりなのかしら」
アレクシアの誘いを断ろうとするシドだったが、問答無用で連れて行かれた。
僕とだったらお互い極限まで気配を消してやり過ごすこともできただろうに……南無。
てなわけで僕も適当な人と組んで稽古を始める。
ちなみに今日のお相手は現役騎士団長の娘さんだ。
剣の腕は悪くなく、しかも「よろしくお願い致します」と爵位の低い僕にも元気よく頭を下げられる子なので、師匠プレイができる希少な相手として重宝している。
昔は『七陰』のみんなにやっていたプレイだけど、最近はやれていなかったから嬉しい。
魔力はそこそこに動きは遅く、攻守を入れ替えながら丁寧に技の確認をしていく。
周りでは魔力をガンガン使って激しい打ち合いをしている組もあるけど、僕等を含めた数組はゆっくりと稽古を続けている。マスはあくまで技の確認で、そこに速さや強さは必要ないのだ。
僕はそういう稽古の目的をしっかり見据えている人としか組まないようにしている。アレクシアもその内の一人だったのだけど、僕は彼女に嫌われている。
初めて組んだ授業の後「あなたの剣、嫌いだわ」といきなり罵倒されて、宇宙猫になった。それからいくつか言葉を交わしたっきり僕は彼女と明確に距離を取ったのだ。
敵も味方も作らない系ボッチとして脈絡なくいきなり罵倒してくるキャラとか罠でしかない。
どこに地雷があるのかわからないうえに、踏み抜いたら即敵対でゲームオーバー。そんなキャラと会話するのはリスクでしかない。どこぞのブラコンより社会的地位が高い分、扱いづらい。
そんな感じで、僕の中でアレクシアは特A級の要注意人物に登録されていた。
稽古が終わると同時に、シドがアレクシアに首根っこを掴まれて連行されていた。そしてそのまま担当顧問のゼノン先生の前まで一直線。
「それが、君の答えというわけかな?」
「ええ。私、彼と付き合うことに決めたから」
「いつまでもそうやって逃げられる訳じゃないよ」
「大人の事情は子供には分かりませんの」
厳しい目を向けるゼノンに、ホホホとわざとらしく笑うアレクシア。
そんな主人公級のネームドキャラ同士のやり取りを死んだ目をして眺めるシド。
僕は教室を出る際、シドに対してそっと両手を合わせた……南無。