絶対的な強者になりたくて!   作:稲荷狐心

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終わりかな?
いいや、まだだね


8話 僕らと君の凡人の剣

「つまりシドは当て馬ってことか」

「そうみたい。まったく、巻き込まれるこっちはたまったもんじゃないよ」

 

 時刻は深夜。

 それぞれの寮を抜け出した僕とシドは、いつものように鍛錬をしながらお互いの近況報告をしていた。

 

 目下の話題はアレクシアについてだ。

 

 話によれば、アレクシアは婚約者候補であるゼノン先生との関係を解消したくて時間稼ぎのために扱いやすそうな下級貴族のシドを偽装恋人役にしたそうだ。

 

 色々理由を付けて断ろうとしたようだけど、罰ゲーム告白の事実を盾にされ、お金も貰えるのでしばらくの間恋人のふりを続けることにしたらしい。「『陰の実力者』になるためには時として地を這ってでもやらなければならないことがある」とはシドの言である。

 

「あ、そうそう。試しに偽装恋人としてサイを推薦してみたんだけど……」

「おいコラ、何してやがる」

「サイ何したの? そのあとめちゃくちゃ機嫌悪くなって大変だったんだけど」

「僕を巻き込むからだ、ざまーみろ」

 

 シドの自業自得は置いておくとして、僕はアレクシアとのことを詳しく話してやることにした。

 

 モブとしてできるだけ波風立てたくないだろうし、最悪、別れたくなれば僕と同じようなことをすれば別れられるしね。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 入学してから何度目かの実技授業のとき、僕はアレクシアと組んで実践形式の稽古を行った。

 

 アレクシアの姉のアイリス王女は王国中にその名を轟かせる、今や王国最強とまで言われている魔剣士だ。

 

 対してアレクシアについての評判はあまり良くない。

 魔力はある、剣も素直、ただアイリス王女には大きく劣る。

 これが世間一般に言われているアレクシアの評価だ。

 

 だけど、こうして対峙してみるとわかる。

 

 アレクシアの剣は、派手さはないが基本に忠実。基礎をしっかりと固め、無駄が排除され研ぎ澄まされた剣。日々の積み重ねが見て取れる、僕の好きな剣だった。

 

 僕は若干いい気分になりながら、授業の終わりを告げるチャイムが鳴るまで打ち合いを続けた。

 

「あなたの剣、嫌いだわ」

 

 授業が終わって、最後まで残っていた僕にアレクシアがそう言い放った。

 いきなりの罵倒に僕の頭の中には宇宙が広がった。

 

「実力はあなたの方が上。だからこそ、自分の進む道の限界を見せられてるようで嫌になるわ」

 

 アレクシアが続ける。

 

「あなたも私と同じ凡人の剣。同じく天才の姉を持つあなたにならわかるでしょ? 本物の天才にはどれだけ努力しても届かないのよ」

 

 言いたいことだけ言って、アレクシアはこちらの反応を待たず教室を出ようとする。僕は去っていくアレクシアの背中を見ながら、少し、前世のことを思い出していた。

 

 格闘技をやっていた時、幾度となく見た背中。

 才能がなかったと言って練習に来なくなった後輩、勝てるわけがないと言いながら試合に赴く先輩、いくらやっても無駄だと諭してくる同門。

 

 そいつ等と彼女の背中が重なって見えた。

 

……期待外れだな

「……何ですって?」

 

 ボソッと小声で呟いただけの僕の一言はアレクシアの耳には聞こえていたようだ。

 

 ピタリと足を止めて凄い剣幕で僕を睨みつけてくる。だけど僕もさっきのお返しとばかりに続ける。

 

「僕は僕の剣が世界で一番好きだし、それと同じと感じたから、僕は君の剣も好きだ」

 

 アレクシアの眉がピクリと反応する。

 

「僕は僕の剣が天才に届かないとは思っていない。君もそうだと思っていたけど、どうやら間違っていたらしいね」

 

 アレクシアはズカズカと詰め寄り、僕の胸倉を勢いよく掴む。

 

「あなたに私の何がわかるっていうのよ……!」

理解(わか)らないし、理解(わか)りたいとも思わないね。進むことを諦めた人間に興味はないし、そんな人間が何を言おうと僕の心は変わらない」

 

 そう、何も変わらない。

 僕は僕の道を進み続ける。

 

 周りに何度諦めろと、無茶だと言われようとも、僕は僕の心に嘘を吐くことはない。

 

 アレクシアの剣からも、僕と似たような気持ちが伝わってきたような気がしたけど……どうやら勘違いだったらしい。

 本当に、期待外れだ。

 

 

 僕とアレクシアは無言のまま見つめ合う。まあ、アレクシアの方は見つめると言うより睨みつけていたが……。

 

 結局どのくらい時間が経ったかわからなかったが、アレクシアが僕の胸倉から手を離すと、そのまま何も言わずに教室を出て行った。

 

 それ以来、僕は彼女と口を利いていない。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「喧嘩じゃん」

「喧嘩じゃない、事故だよ」

 

 僕はアレクシアのことを何とも思ってない。怒ってすらいないのだから、そもそも喧嘩は成立しないのだ。しかもいきなり口撃されたのこっちだし、向こうが勝手にキレてるだけだ。

 

「シドも自分の大切なもの否定されたら腹ぐらい立つでしょ?」

「確かに」

「僕は僕の思ったことを言っただけ。それでおしまいだよ。ちょっと期待したけど勘違いみたいだったし、もういいかな」

 

 剣筋も僕好みだったし、技術的な伸びしろもあった。

 

 でも、心が負けていた。

 

 いくら基礎を積み重ねても、いくら技術を磨いても、心の中で無理だと諦めていたら強くなるものも強くならない。常に先をイメージすることで、明確に自分の進むべき道が見えてくるのだ。

 

「てことで、僕はアレクシア関連では手伝えないからね」

「わかってるよ。お金も貰えるし、しばらくは様子見かなー」

「ゼノン先生に殺されないようにね」

「先生より生徒に闇討ちされそうだけどね」

 

 とりあえず僕は常にシナリオの気配を探りつつ、普段通り過ごすとしよう。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 <side.シド>

 

 あれから2週間、僕はどうにかこうにかアレクシアの恋人として過ごしている。たまに生徒からの嫌がらせにあうが、それも我慢できる範囲だ。

 

 サイが心配していた、ゼノン先生からの襲撃もなくて何よりだ。それどころか、ゼノン先生は授業中僕やアレクシアに対していつも丁寧に指導してくれている。大変な人格者だ。

 

 それに比べてこいつは……。

 

「むかつくわね、あの男。少し剣が上手いからっていい気になって」

「はいはいそうですね」

 

 さすがに人前では猫を被っているが、裏では罵詈雑言の嵐だ。

 僕は同意するだけのロボットに徹する。反論など時間の無駄だということを、僕は姉さんのおかげで知っているのだ。

 

「あの胡散臭い笑顔、ポチも見たでしょ」

「はいはい見ましたね」

 

 アレクシアは僕のことをポチと呼んでいるが、特に問題ないから放置している。

 

 僕等は夕暮れ時の人気のない林道をゆっくり歩く。普通に歩けば10分そこそこで抜ける道に平気で30分以上かける。暗くなって星が見えた日もあったが我慢だ。もう壁に向かって話してろよと思った日もあったがひたすら我慢だ。

 

 しかし流石の僕も一言言いたくなってくる。

 

「でも結局、ゼノン先生の何が嫌なの? 結婚相手としてはかなり優良物件だと思うんだけど」

「全部よ全部。あいつの存在全てが嫌なの」

「でもイケメンだし、剣術指南役で地位も名誉も金もあって、実際女子からの人気も高い」

「上辺だけはね。上辺なんていくらでも取り繕えるわ。私みたいにね」

「なるほど、説得力のある言葉だ」

「何か言った?」

 

 僕の足がアレクシアに踏み抜かれる。

 こんな奴が学園のアイドル様だとは、世も末だ。

 

「だから私は人を上辺で判断しないわ」

「ならどこで判断するの?」

「欠点よ」

 

 なかなかネガティブな判断だ。実に君らしい。

 

「だから、欠点ばかりで碌に美点のない平凡なあなたのことは嫌いじゃないわ」

「ありがとう、僕には誉め言葉だ」

 

 それこそが僕の目指してるモブAだからね。

 

「ちなみにゼノン先生の欠点は?」

「……ないわ」

「やっぱり優良物件じゃん」

「いいえ、欠点のない人間なんていないわ。もしいたとすれば、それは大嘘吐きか頭がおかしいかのどちらかよ」

「なるほど、独断と偏見に満ちた回答をありがとう」

「どういたしまして、欠点まみれのポチ。ほーら取ってこーい」

 

 そしてアレクシアは1枚の金貨を放り投げ、僕は全力ダッシュでキャッチする。

 よっしゃ、10万ゼニーゲットだぜ。

 

 僕は金貨をポッケに入れて、手を叩いて喜ぶアレクシアの下に戻った。

 

「ポチ、明日こそあいつの顔に一発入れてやるから見てなさい」

「あれって本気でやってるの?」

「……どういう意味よ」

 

 アレクシアが足を止めて僕を見据える。

 僕はきっと余計なことを聞いたのだ。でも僕にとってそれは無視できないことだった。

 

「ゼノン先生は確かにアレクシアより上手だけど、僕にはそう一方的にやられるほど差があるようには見えない」

「簡単に言うわね、白服のくせに」

「白服の戯言だよ。聞き流してくれて構わない」

 

 アレクシアの剣が僕は好きだ。

 一歩一歩、日々歩みを重ねて積み上げてきた剣だから。だけど、いざ本気の戦いになるとアレクシアの剣には余計なものが混じる。

 僕は僕が認めた剣に、そんな見苦しいものが混じるのが嫌だった。

 

 しばしの沈黙の後、アレクシアが口を開いた。

 

「私は、ずっとアイリス姉さまに追いつきたいと思っていた。でも最初から、何もかも持っているものが違ったの。だから私は私なりに考えて強くなろうとした。私自身そこそこ強いとも思ってる。それでも、本物の天才には届かなかった。私の剣が何て呼ばれてるか知ってるでしょう」

 

 アイリスとアレクシア姉妹の剣を比べるとき、必ずと言っていいほど出てくる言葉がある。

 

「凡人の剣」

「そうよ。ちなみにあなたも私と同じ凡人の剣。残念だったわね」

「残念とは思わないよ。僕は君の剣が好きだし」

 

 アレクシアは僕の言葉に一瞬息を止めて、睨みつけた。

 サイが忠告してくれていたけど、確かにこれは我慢ならない。

 

「そんな言葉を言ったのはあなたで3人目よ。1人目がアイリス姉さま。そしてもう1人は……サイ・キョーシャ」

 

 アレクシアはどこか自嘲気味に笑う。

 

「特に、サイ・キョーシャは鏡写しの自分を見ているような気分だったわ。天才の姉に必死に追いつこうとする凡人。なのにあいつは私と違って今もなお進み続けている。天才にいつか勝てると信じて。どこまでも私と似ているのに、どこまでも私と正反対のあいつを見ていると、自分が、より惨めに思えてくるの」

 

 アレクシアは進むことに疲れてしまったのだ。天才にはいくら努力しても追いつけないと心のどこかで諦めてしまった。

 サイの言う「心が負けている」とはこのことだ。

 

 だけど、僕とサイは諦めることをしなかった。

 誰に何と言われようと、いくら周りに否定されようと、自分たちの目標に向かって只管走り続けた。

 僕は『陰の実力者』に、サイは『絶対的な強者』になるために。

 

「私は天才に決して届かない、何の才能もない自分の剣が大嫌いよ」

 

 アレクシアは吐き捨てるように言った。

 

 僕には言わなければならない言葉があった。

 それを言わなければ、僕は僕自身を否定することになる。

 

「僕は適当な人間でね。世界の裏側で不幸な事件が起きて100万人死んでも割とどうでもいいし、もし君が誰かに誘拐されたとしてもきっと「ざまーみろ」としか思わない」

「最低のクズね」

「けどどうでもよくないこともある。それは他の人にとってはくだらないものかもしれないけれど、僕の人生において何よりも大切なものなんだ。僕は僕にとって大切なほんの僅かなものを守りながら生きている。だから今から僕が言う言葉に嘘はないよ」

 

 ただ一言。

 

 「僕はアレクシアの剣が好きだよ」

 

 僕の言葉を聞いて、アレクシアが鞘から剣を抜いて剣先を僕に向けた。

 

 しばしの沈黙の後、アレクシアがゆっくりと口を開く。

 

「その言葉に何の意味があるの」

「何も。ただあるとすれば、自分の好きなものを他人に否定されると腹が立つ。そんな気持ち」

「……そう」

 

 アレクシアが剣をしまって踵を返し、

 

「今日は一人で帰る」

 

 歩いて行った。

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