忘れもしませぬ、あれは拙僧がデビルハンターだったころ… 作:S・DOMAN
でも行き当たりばったりで書いてるからね
この後どうなるかはオラにも分かんねえゾ
デビルハンターDOMANの朝は早い。時間は現在朝の五時、車のライトのようにビカーンと目を光らせ、カーテンを開け放つ。
「ンンン曇天!占星術の通りですな!今日は傘を持たさねば…」
まだまだ食べ盛り成長期なデンジ少年のため、毎日この時間には起きて食事の仕込みをする。
まず初めに出汁をひき、フライパンに油を引いて温めつつ、卵を巻く。なんなら七輪を用意して炭火で仕上げた塩鮭まで用意する。
なぜってそっちのほうがおいしいからネ。仕方ないね。
蘆屋は自身を一流の料理人であると自称するが、それはあながち間違いではない。
使っている食材自体は平凡だが、丁寧に調理されたそれは、イイ料亭で出されても何ら違和感がない程の代物である。
ここまでくるともはや趣味の領域を超えているように思うが…
そうして調理を続けていると、卵の焼ける音と味噌の匂いにつられて、一人と一匹が起きてきた。デンジ少年とポチタ殿だ。
髪が跳ねて毛先が遊びまくっている。さながらジャングルのようだ。
「ふぁぁぁぁぁ~~~ぁ~……おはよードーマンー」
「おはようございますデンジ殿。今倉の方から納豆を取ってきますので、それを配膳したら朝餉としましょう。今日の依頼は二件ですからな~。結構楽ですぞ~」
「マジで…?また途中で増えたりしねぇ?」
「ンンンそれは個人事業主の宿痾にございますれば」
そう言い、寝ぼけ眼のデンジを洗顔に行かせる。デンジが部屋から出たのを見てから、式神から納豆を受け取る。
趣味が高じて家の近くに貯蔵庫なんて造ってしまったものだから、食事のレベルもどんどん上がる。
お。この茄子は良い具合に漬かっていますな……今日はこれにしましょう。
こうして異界を漬物倉やら保管庫なぞにしている様子を見ると、ふざけているように思われるかもしれない。
だが、これでもいたって大真面目なのだ。
町の一角を全て異界化してしまったものだからスペースが余って余ってしょうがないのである。
防衛機構については当面これ以上のものは必要ない。
今の状態でも、下級の悪魔なら入った瞬間弾け飛ぶほど強力だ。
侵入者が一歩足を踏み入れただけで千回死んで、七つ先の世にまで響くほどの釣りがくるような濃密な呪詛が渦巻いているのだから、少しくらい趣味に走ったって問題ないだろう。
放っておいてもホコリがたまる一方ゆえ!
「デンジ殿~今日の漬物は茄子ですぞ~」
「おっ!ナス超うめーんだよなぁ~~。たくさんくれ!ポチタの分も!」『わんッ!』
「これだいぶ塩気強いですぞ…?はい」
「やりぃ」『わふっ』
腹を満たした後は着替えて、それからすぐ仕事の時間だ。
いつも、行きは途中までデンジたちと共に行く。
ゆらゆらと揺れる車内は良い具合に眠気を誘い、デンジ少年とポチタ殿を再び夢の世界へといざなう。
左腕にほのかな重みを感じつつ電車に揺られながら、今日の予定を脳内でリストアップしていく。
今日の案件は……まず、隣町のビル内が異界と化したそうなので、それの対処を。
あとは……ああ。同地区にあるマンションの四階と六階の間が丸ごと一つ消失したため探してきてほしいとのことだ。
ちなみにデンジの方は、畑と牧場に出た野菜悪魔バディ二体と、民家の自室で十年引きこもってた男が悪魔になったそうなので、それの討伐を頼んでおいた。
デンジ少年ならうまくやるだろう。
「んじゃあ俺コッチだから行くわ~。あ!晩メシ昨日のカレーがいい!」
「はいはい。大盛にしておきますので。地図も傘も無くさぬように気を付けて下され」
「うい~行ってくる~」『アオーン!』
降りていくデンジを手を振って見送る。
……しかし、こうしてガラス越しに見てもだいぶ血色がよくなったように思う。
初めて会ったときは土気色に近いような顔色をしていたというのに!
今のデンジ少年は、横に
正直、すうつよりも木綿着物のほうが好みなのですが……当世においては着物よりもすうつの方がより一般的ですので。
あと侮られにくいというのもありますな。きっちりとした服装はそれだけで相手方に好印象を与えます。
『次はーー“■■”ー、“■■”ー』
「ンン!?降りまする!降りまする!ちょっ人多ッ拙僧も降りますぞ!」
電車に揺られること三時間、ようやく件のビルに到着した。デビルハンターDOMANは、場合によっては県外の仕事も受けることがあるのだ。
さて、悪魔の能力で内部が異界になったとの事だが、別に外部に瘴気が漏れたりしているわけではない。外から見る分には普通の建物である。
封鎖されているゲートを驚異の脚力で飛び越え敷地内に入る。やはり何も感じない。
というのも、もしこれが悪霊やサーヴァントの仕業であれば、それらが扱う魔力によって存在を確認できる。
しかし、この世界にサーヴァントはいないし、悪霊も、魔術師も、もちろん魔法使いもいない。いるのは人間と、悪魔だけである。
「中に入ることによって異常が発生する類の悪魔ですな。であれば、中の者は既に諸共鏖殺されておりましょう」
この類の悪魔の出現数はここ数年で大幅に増えた。
まあ、それも当然である。
銃の悪魔の出現によって世界各地で災害級の死者が出たうえ、毎日のように悪魔がぽこじゃか湧いてくるのだ。
悪魔全体への恐怖が増えるのも無理はない。
それに、異界というのは不便だが、それ相応に強力でもある。
一度異界を造ってしまえば、ある一定数は人間を喰えるし、場合によっては追加収入だって得られる。
戦う際も自らに有利なフィールドで戦闘を行える。
異界化とは、ある程度畏れられるようになった悪魔たちにとって、いい選択肢になるのだ。
「ンーーーーーー………………拙僧に入れと?ハハハ!癪に障る。ならいっそ全部壊してしまいましょう!」
しかし、怪人『蘆屋道満』にそのような小細工は通用しない。
くるりと指をまわすと、赤黒い魔力が指先に溜まりだす。もう一周回せばさらに大きく。
そして―――解き放つ。
「六壬凶禍ァ!」
勢いよく放たれた魔力弾が、矢のような速度でビルの外壁に突き刺さる。
地震が起きたのかと間違われるほどの揺れを伴いながら、北面の壁がガラガラ崩れていく。
土煙が落ち着くと、壊れたビルのフロアいっぱいに詰まったモノクロの毛塊―――悪魔の姿が顕になった。
醜く肥え太った肉体に短い手足。象のように丸く皺だらけな耳が、火傷した後はく離した皮膚のようにだるんと腹まで垂れ下がっている。これは何の悪魔だろう?
『
「人のビルに勝手に住み着いた貴方がそれを仰る?ンンン笑止!家賃の取り立てに参りましたァ!」
『死ネ死ネ死ネ!!ソノビルテメェガ壊シタンダカラテメェガ払ッテ死ネェェェ!!ソレデ家賃チャラダァァァァァ!!』
「ソソソ……拙僧正論に弱いのです」
なんだかデンジ殿と気の合いそうな感性をしておる悪魔ですなぁ…
困ったように頭を搔く蘆屋だが、指は悪魔に向けたままである。
おかしい。明らかにおかしい。偉大なるワタシの姿を人間が見たのだから、恐怖に怯えて失禁し、這いつくばって命乞いをするのが礼儀だろう。
だというのに。自分がこれだけ脅してなお汗の一滴も流さず、笑みすら浮かべるその佇まい。
ようやく悪魔も違和感を覚えたのだろう。冷静に次の一手を考えている。
完璧な行動だ。悪魔のくせに自発的にキれ散らかすことでアンガーマネジメントをこなし、冷静さを獲得。
自身の肉体の状態から、切り分けた自らの肉体を攻撃に向かわせようと分裂を開始した。
しかし、その思考が致命的な隙になった。
『カ゜ッ゜―――』
「只能觸摸沙、我就是毀滅。我伸出手指、想要觸摸你。急急如律令……最後にコレ付けるだけで速さが段違いですからな。ほれほれとっとと死んでくだされー」
なんてことはない。阿呆な悪魔が緩慢な動作でこちらを観察している間に、普通に呪文を唱えて、普通にぶっ殺しただけである。
先ほど蘆屋が放ったビルの壁を破壊した赤黒い魔力弾。それと同じものが五つ指先から放たれた。
命の取り合いしている最中にのんびり腹掻くとか馬鹿かな?
そのように内心で嘲りながら、目の前で砂の山に変わっていく悪魔を眺めていると、悪魔の肉体を構成していたうちの一匹が、崩れ落ちる肉体から這う這うの体で分裂して逃亡を図った。
『ニ、逃ゲ、』
「ンンン逃がしませぬぞー♡」
『ヒッ』
「今日のおやつはこれでいいですな…」
『アッアッアッ』
午前十時六分。ネズミの悪魔、討伐終了。
そのままとんぼ返りするような形で、次に依頼された場所へ向かう。蘆屋は面倒な案件を後に持っていく派なのだ。
今回の依頼が発生したのは、九階建てというそこそこの規模感のマンションである。
それが昨日、件の一フロアが突如として消失した。遺族のためにも消えた部分を探してほしいとのことだったが…
「つ、潰れておる…」
予め写真は見ていたものの、現着して実物を見るとこれがまたとんでもないことになっていた。
まず、一フロア消失が発生。マンションが二つに分かれる。
その後、空いた空白を埋めるように上階である六、七、八、九階が落下し、一、二、三、四階に激突。
八階、九階の住民の一部が奇跡的に生存していたものの、それ以外は全員瓦礫に潰されて死亡している。とのこと。
「ンンンンン……怨念も溢れに溢れておるわ。しかし数のわりに妙に薄い。吹けば飛ぶような代物ですが、せめて式神に吸わせておきましょう」
「……これ、どうしろと?どこからどー見ても悪魔の贄にされておるというのに。既に何かしらの悪魔の腹の中ですぞ…」
「…仕方ない。その旨を依頼主に伝えて終わりにしますかねェ」
午前十時十一分。依頼失敗―――なんてことはなく。
依頼主に諸々説明したところ、顔にイイのを一発お見舞いされてしまった。おかげで頬が真っ赤である。
挙句の果てに、
『何としてでも見つけてください!お願いです!お願いです…ッ!』
などと泣きつかれてしまった。
『とはいえ無い物は無いのですから…』
と言えば、
『■■■■■■ェ――――――ッッッ!!!!』
と、言葉にならない絶叫を放ちながら、もう片方の頬にも一発貰うことになった。最悪だ。もみじが二つに増えてしまった。
せっかく金払いの良い良客だったというのに、宥めても宥めても言う事を聞こうとしないモンスタークレーマーと化してしまったようである。
とはいえ、あの額は魅力的だ。ここですっぱりと諦めてしまうにはもったいない。
それに怨念の薄さも気になる。
という事で、清掃・解体業者に気付かれないように封鎖されていた現場に立ち入ってみた。
よいしょ。と手を掛けて八階に入る。室内に残る僅かな生活感は、それを押し潰すような圧倒的質量と、血と、臓物の臭いによってかき消されてしまっていた。
床はところどころ鉄骨によって貫かれ、室内をめちゃくちゃにしてしまっている。
百八十名ほどの人間の上に、蘆屋は立っていた。
「おっ。これ結構良い茶葉ですな。ええ。ええ。頂きます。貴方はもう飲めませんでしょう?」
返事はない。ただの屍だ。
「戦利品も得たことですし、この茶葉の分くらいは散策してみましょうか。このようなまんしょんそうそう見れませぬし」
そのように、誰とも知れぬ死体に向けて語ると、ドアを破壊して廊下に出た。
かなりいいマンションのようだ。清潔なホテルのようなさわやかな香りが、血の臭いに交じってうっすらと感じ取れる。
うん。壁紙もさらさらとして良い手触りだ。丁の字に腕を伸ばし、両手の平で壁を擦りながら廊下を走る。さらー。
「あぁ~~~~~……いい手触りですな~。こういった建物の壁って何ゆえ良い感触なのでしょうな?まあ良いに越したことはないのですが…」
童心に帰ってバカなことをしていると階段があった。
階段が。あった。
「―――ンン?」
これは階段です。下の階に続いています。
「……まあ下りてみましょう!」
階段を下りた先には、七階があった。そりゃそうだ。そりゃそうなのだが、
「七階は無いはずでは…?これ下りるべきではなかったのでは…??」
そう。このマンションは現在八階と九階の二階建て。それ以外の階は全て潰れているため階高はゼロミリ。身長二メートルを超すほどの体躯を持つ大男は、間違っても存在できない。
しかし、今蘆屋の目の前には七階がある。清潔で、手触りの良い壁紙の貼られた壁が、ある。
「ほお。あのような有様になる前はこのような姿だったわけで!少し歩いてみましょうか」
勢いよく扉を蹴り開けるが、中には誰もいない。そのまま部屋に入ってみると―――外が見える。空が見える。
「ふむ。外のようですね?どうします?少し出てみますか?」
ストッパーを壊して強引に窓を開け、下を覗き込む。まだ階は続いているようだ。
「そーうれ!フンッ!!」
窓枠に手を掛けて、振り子の要領で下階の窓に突っ込む。重さ数百キロの物体が突っ込んでくる衝撃に耐えられるほど、日本の窓は強くはない。
キラキラと舞い散る破片が陽光に煌めいて眩しい。部屋を出て階の表記を見れば、ここは六階だ。
「というか、いま普通に外出てましたな…」
「なんで外に出て無事なんですか…??」
先ほどの部屋に戻って割れた窓から外を見る。日の位置から察するに、どうやら今は真昼時のようだ。
夕餉の支度のために、五時ごろには帰宅しておく必要がある。さっさとこの案件を片付けてしまわなければ。そう思い階段を下りる。
「うん……ンンン!?」
五と九十四分の一階に着いた。なんだこれは。やけくそか??
「躊躇とかなさらないんですか????」
「えれべえたあは確かあちらに…」
「ちょっえっ待ッ」
下のボタンを十六連打するとちーんと小気味良い音が鳴り、エレベーターが到着した。
扉が開くと、内部の壁は階を指定するボタンで埋め尽くされていた。
床、壁、鏡張りの背面に天井まで、ありとあらゆる場所にボタンがぎっしり詰まっている。
これではどれがどの階を指定するボタンなのかを確かめるだけで日が暮れてしまいそうだ。
「あ、危なかった…」
「時間もありますし、適当に全部押してみますか」
「は????」
ズダダダダダと両手両足の指を使って、エレベーター内の全てのボタンを押してみる。
こんなに多くのボタンを押したのは初めてだが案外楽しいものだ。無限ぷちぷちやら無限枝豆が流行るワケである。
「え??この階を造るんですか??今から??」
とりあえず床面は全部押し終わった。三百個くらい押しただろうか?
「……もう付き合っていられません。自ら生贄になりたいというのなら勝手にしてくださァい…」
さて、次は鏡張りの面を……と顔を見上げると、先ほどまで、何某かの恐怖症になりそうなほど大量に存在していたボタンがきれいさっぱり無くなっていた。
床を見てみてもやはりない。天井も、右も、左にもない!
なら後ろか…?そう思い、通常のエレベーターにおいてボタンの設置されている扉の方に振り返る。
そこには三つのボタンがあった。
開、閉、そして―――■■。
「文字が潰れてますぞこのボタン。まあいいでしょう。階段で下りますか」
「ウソでしょ??」
階段で下りた。
長い。長い階段だ。
ふととりとめのないことを考える。階段というのは不思議な構造物だなあ。
前に進んで後ろに戻って、前に進んで後ろに戻って、また前に進んで後ろに戻り。
道中にはもはや階すら無く、踊り場しかない。
前後。前後と。百八十度身体を回転させて後ろに進むのを繰り返すと目的地に着くのは、階段ぐらいではないか?
長い時間下っている。
二段飛ばしどころか六段飛ばし、さらに言えば飛び下りながら下っているというのに、一向に底が見えない。
百階程度下りたところで飽きが来たので普通に下りることにした。
さて。ふと気づくと、切れかかっている電灯があった。
ジジッ……ジジジ…
かすかな異音を立てて点滅している。
「……ふむ」
下る。
おや?はあ……電灯が切れてしまったようだ。これより下は完全な暗闇となっている。
「急急如律令。灯りなぞいくらでも作れるわ」
頭の上に光源を浮かせながら―――
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…」
下る。
「…………?段数が増えておる。ということは―――」
「……ハハアなるほど」
「―――まさか、ここまで歩いていくことができるとは」
おそいわ どうけめ
「この度は、ご足労いただきまして……恐悦至極に存じまする」
奈落の悪魔殿。