天色のアザミはかく語りき   作:水壁

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思ったより早く仕上がったぜい


「倫理」

 始めに、このエッセイは決して反政府的な、あるいは犯罪を助長するようなものではないことをここに宣言する。

 

 そしてその上で問いたい。今の社会はなぜこんなにも、正しく、真面目なものに厳しくあるのだろうかと。

 

 浅学菲才(せんがくひさい)の身として、日々勉学に励む中、日本語にはいくつも秀逸な文言が残っているものだと感じている。中でも「正直者が馬鹿を見る」というのは非常に現在の情勢を的確に表している言葉の一つだと言えるだろう。

 これを読んでくれている人も体験したことはないだろうか。

 

真面目な日陰者よりもその場しのぎの嘘をつく人気者の意見が通るだとか

 

成果をかすめ取ったものだけが評価されるだとか

 

時間だけ掛けた中身のないものの方が世間に受けるだとか

 

前述の言葉に当てはまるような事例は意外とすぐそばに転がっているものである。

 

 反対に「努力は必ず報われる」という言葉もある。聡い読者であれば気づいているだろう?そんなわけはないのである。

 具体例を挙げてみよう。あるスポーツで競い、争っているAとBという人物がいたとする。それぞれ努力家で、才能も申し分なく、特に本人たちの行動に瑕疵(かし)がないものとしよう。

 AもBもそれぞれ大会Cでの優勝が願いだとする。さあ、努力は必ず報われるだろうか?

小学生でもわかるだろう。勝負事である以上どちらかの努力は必ず報われない。

 

 あるいは、「環境についての文句は言い訳でしかない」という意図の言葉もある。確かに環境を苦にせず成果を上げたものもいる。だが、そんな少数のケースだけ見て断言されても困る。少なからず環境の差はいかんともしがたいものがあるし、何より富裕層を羨んだり、昇給の話で盛り上がるのは、「もっと良い環境に行きたい」という欲求から来るものだろうに。

 

 

 このように、今現在ポジティブに努力を奨励する言葉というのは様々あるが、その行きつく先は「正直者が馬鹿を見る」に収束していることがある。勿論「成功しているものは必ず努力をしている」だとか、反例はあるだろう。だが、こういった努力を賛美し、才能を考えないような言葉を用いる人ほど成功していると感じるのはよろしいものではない。

 

 では、何故成功しているものは努力を賛美するのか。様々学説論説あるだろうが、私はこう唱えたい。

 「自分の才を実感したいから。」であると。

 

 他人が、自身と同じような努力をもって活動していても、同じ結果が出ないのであれば、それは才能の証明である。これは、成功したものだけでなく成功しなかったものもまた、同じである。才を羨むのが道理であろう。

 この時、努力を奨励する言葉を信じ進んできた、正しく真面目なものはどうだろうか?奨励、賛美する言葉によって味わう必要のない苦しみを背負うことになっていないだろうか?

 

 努力を賛美する言葉は、「倫理」的に正しいのであろうか。

 

 

 導入が長くなってしまったが、ここからが本題である。昨今動画配信サービスやSNSなど、倫理、道徳の足りないものであっても情報を簡単に拡散できてしまう時代である。特にショートメッセージを中心とした発信が可能なSNSは、個人の倫理に基づいた発信を求められるが、外野から見ている限り、出来ているようには到底見えない。

 これを抑制するような法はまだ完全に機能しているとは言えず、ある種無法地帯と言っていいだろう。

 このような世論を背景に、今私たちが気にしなければいけないのは、「倫理」ではなかろうか。

 

 「倫理」とは何か。導入部分で、努力を賛美する言葉について私見を述べたが、大半の正常な方は「ひねくれている」と思ったことだろう。事実その通りであるし、筆者としても言葉尻をとらえて可能な限り悪く言っている節がある。

 ただ同時に一理ある、と思ってもらえただろうか?少なくとも、損を、理不尽を被っている真面目な人がいることを想像してもらえただろうか?

 

 私は行動によって、この「理不尽を被っている真面目な人」が発生しないかを想像できるか、というのが「倫理」であると考えたい。

 

 「嘘をついて自らの利益を得ようとすること」は、「正直者が嘘つき扱いされること」につながる

 

 「他人の成果を自分の物のように語ること」は、「成果を奪われる努力家がでること」につながる

 

 「時間だけ掛けたものが評価されること」は、「無駄を削いで、利益を生んだものの損」につながる

 

 これらは仕組みやその場の空気によっては悪と問えないことがある。「信頼を切り売りしているから、最終的に破滅する」といわれることもあるが、実際には気にしないものの方が多いだろう。

 この、問えない悪を抑制する考え方こそが、「倫理」であり、この現代に発言する権利を持つものとして、最低限身に着けておかなければならない、人としての品性であると考える。

 

 正直者が馬鹿を見ない、そんな世界を夢見てこのエッセイを終わろうと思う。




実は書いているところをYoutubeでライブ配信していたり
https://youtu.be/5uC8HBsrgDo

なんか配信していない時より書くの早くなった気がする
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