世界征服を企みたくて! 作:バクテリオファージ卍
ノインは死にかけの腐った肉塊めいた見た目とは裏腹に、様々な知見を私にもたらしてくれた。
どうやら彼女*1は体内の魔力量が常人の比ではないくらいに膨大(それでも私の方が多いがね)で、それ故に肉体と魔力のバランスが損なわれこのような奇怪な姿に変じてしまった者のようだ。
“者”――つまりは彼女は元は人だったというわけだ。
裏返して生殖孔覗いたりしてごめんね。
でも科学の発展の前には犠牲がつきものだからさ、諦めてくれると嬉しいな。
ともあれ元が人であったのなら、人型に戻すことは出来るハズ。
要は膨大な魔力をコントロールしきれなかったこと――仮にこの症状を《魔力暴走》とする――が原因なのだから、外部から無理やり魔力コントロールしてやればいい。初めての試みなのでトライ&エラーが必要だろうが、最後には成功させるのでモーマンタイ。
というわけで、ノインを人の形に戻してあげた。
せっかく建てた犬小屋は早々にお役御免になってしまったけど、致し方ない。彼女には私の実家の一室を貸し与えることにした。実験体とはいえ貴重な秘密結社構成員候補だからね。ようは同志なわけだから、最低限の暮らしは保証してあげるべきだと思うんだ。
我が秘密結社はホワイトな職場です!
人型に戻った彼女は5歳程度の女児に見えた。
やせ細った体に血色の悪い肌。老人のような白髪と血のように赤い瞳。そして何故か耳は顔の側面ではなく頭頂部に存在しており、その形状は兎の耳に近かった。
どうやら彼女は普通の人間ではなく、“獣人”とカテゴライズされる人類種だったらしい。
区分するならば兎の獣人というやつだろうか。尾骶骨は人間のそれとは異なりやや発達し、兎の獣人らしくふわふわの丸っこい尻尾を形成していた。耳の構造も興味深く、今すぐCTスキャンにかけるなり解剖したい欲求が首をもたげるがそこは我慢だ。そもそもCTスキャンをするための設備がこの世界には存在しない。
いやはや、獣人を見るのは初めてだから少し興奮してしまった。
裸に剥いて観察されるのは5歳と言えど羞恥に駆られるものだったらしく、尻尾の付け根を触ったあたりで泣かれてしまったのは誤算だった。
機嫌を直してもらうのに苦労したよホント。
……彼女の体を調べ上げ、魔力暴走を治療する過程で発見したのは『獣人の不思議』と『他人の魔力コントロールをジャックする方法』の確立だけではない。
「すごいですご主人様!」
メイド服姿のノインを
「見よノイン! 我が威容を! 世界征服の精神が形になったようだ!」
地に落ちる私の影は、既に人型のものではない。
赤き鱗、鰐のごとき頑強な
――今この瞬間、私は間違いなくドラゴンであった。
まあ、ちゃんと種も仕掛けもあるし、この姿自体はハッタリみたいなもので戦闘力自体はむしろ人間体と比べて弱体化しているまであるが。
「サラマンダーより、ずっとはやそう!!」
「ノインちゃんそんな言葉どこで知ったの?」
発想自体はごくシンプルなものだった。
――たかだか魔力暴走ごときで肉塊になるなら、制御された魔力暴走なら任意の姿形に変身できるのでは?
寝物語に語られる伝説の魔獣を模したこの姿こそが、その答え!
多少の試行錯誤はありつつも、実験はあっさり成功。私はドラゴンに変身することと相成った。
ちなみにこれは余談だが、魔獣とかいう激ヤバ生物が跋扈するこの世界でも、何故かドラゴンだけは伝説上の存在扱いになっている。今生きている者の中で、本物のドラゴンを見たものなどそう居はしないだろう。最近ではその実在すら怪しまれているところだが、個人的には居ると思う。だってここは異世界なんだから。それに世界の支配者のペットにはドラゴンが相応しい。いつか捕まえて飼いならしたい。
さて、こうして変身してみてわかったことが一つ。
それは変身者の質量以上の姿になることは出来ないということと、魔獣の姿になったからと言って魔獣の力が扱えるようになるわけではないということだ。
私の姿形はドラゴンになったが、その大きさは人間の時と大差なく、また正確なドラゴンの内部構造もよくわからないので中身は人間のまま。ドラゴンブレスとかは出せない。本当に形だけの張りぼてで、出来ることは空を飛ぶことくらいなものだった。
もっとも、練習次第では如何様にでもなりそうではあるが……今はこれが限界だ。
目を輝かせて私を仰ぎ見るノインの下へと急降下し、地に足を付け魔力コントロールで魔力暴走を鎮めると、私の姿は人間のものに戻っていた。
「『意図的な魔力暴走による身体的特徴の選択獲得実験』……成功だな」
「流石はご主人様です!」
「なに、君の体をじっくり観察した成果さ」
「ッ!?――ご主人様のエッチ!!!!」
私の「ボクの成果はきみのおかげでもあるんだよー」的ご機嫌取り文句に何故か顔を赤らめて怒るノイン。
……あれ、走ってどこに行くんだい? 私の実験の次は君に特訓を施すという話だったじゃないか。時間は有限なんだよ? 最高効率で物事を極めるためには一分一秒たりとも無駄にしてはいけないんだ。そんなんじゃ世界征服なんてできないよ?
「世界征服なんて知らないもん!」
やれやれ、女の子というのはよく分からないね。
●
その日――悪魔憑きの保護のため、ミドガル王国西方へ探索に出ていた彼女は、信じがたい光景を目にした。
「うそッ、あんな膨大な魔力……それにあの精緻な魔力コントロールは……」
100メートルは離れているというのにもかかわらず、全身に重くのしかかるこのプレッシャーを、彼女は既に知っていた。ディアボロス教団に仇なす組織《シャドウガーデン》に属する彼女、コードネーム“アルファ”だからこそ知る、その強大さ。
「まるで、シャドウ……」
彼女が敬愛してやまない《シャドウガーデン》の盟主、“シャドウ”の放つプレッシャーにそれはよく似ていた。
否、それはあくまで似ているだけであって、冷静になれば“シャドウ”と“ソレ”の違いはすぐに分かる。シャドウと比べればソレの放つプレッシャーは大したことはないし、感じる魔力量も彼の半分もないだろう。辛うじて魔力コントロールだけがシャドウと肩を並べるかもしれなかったが、それでも総合力では彼に大きく劣っていた。
しかし、だからと言ってアルファがソレに勝てる道理はなかった。
――なんせ彼女の瞳が捉えたソレは、《
人間が逆立ちしても敵うことのない最強の生物。
圧倒的暴力のままに、全てを蹂躙する怪物を超えた怪物。
伝説の中にのみその姿を現す、空想上の存在……そのはずなのに。
ソレは確かにドラゴンだった。
距離があるので正確なサイズ感は分からなかったが、少なくとも20メーター以上あろう体躯*2を持ち、皮膜の張った巨大な翼で空を舞う様はあからさまに人ではない。もう少し近くで観察したい欲求はあったが、これ以上近づけばあの龍に補足される……そんな予感*3があった。
スライムボディスーツの内側に、じっとりとした冷や汗をかき、アルファは身を震わせた。
(私では、アレには勝てないッ……!)
シャドウに拾われてから初めての、精神的敗北。アルファは久方ぶりの強い恐怖に襲われ、逃走を決意する。
「に、逃げなきゃ……殺されるッ」
惨めなる敗走。
恐怖に駆られて走るその姿は、まるで年頃の少女のよう。
そんなものは捨てたはずなのに、怯えた子供のように時折後ろを振り返っては、その赤き龍の威容に震えた。
(西方の赤き龍! あんなものが居るなんて伝承、聞いたこともなかった。最近眠りから目覚めた? ……いや、考察は後でいい。今はシャドウ、あの人に報告することだけを考えなきゃ)
そうして命からがら*4逃げ帰ったカゲノー男爵領の森の中、アルファはシャドウの建てた小屋の中に転がり込んだ。
「どうしたアルファ……敵襲か」
薄暗い小屋の奥、木箱の上に腰を掛けた黒ローブの少年が、本を片手にアルファへ問いかける。彼こそが“シャドウ”……シャドウガーデンが盟主、その人である。
アルファはその姿を見て……安心してしまった。
自分では勝てなくても、彼ならばあの赤き龍を倒してくれる。そんな安易な安堵が、彼女の心を満たしたのである。アルファは自分のそんな心を恥じ、サッと顔を上げて『いつものアルファ』として彼に淡々と報告する。
「西方、ギスター男爵領には龍が居たわ」
●
シド・カゲノーとは世を忍ぶ仮の名。その正体は悪の教団《ディアボロス教団》と敵対する陰の組織《シャドウガーデン》が盟主、シャドウなのだ。
……という設定になっている。
僕としても土壇場で決めたライブ感しかないこの設定に従うのは不本意な事なのだけれども、せっかくアルファがノッてくれているならとここまで続けてきた。そんな分かりやすい悪の組織あるわけないじゃんという心と、フィクションでも陰の実力者ごっこが出来るならそれもまたいいじゃんという心が僕の中でしばしば拮抗したが、最終的には後者が勝った形になる。心は二つなかった。
それに、前世にも秘密結社は実在したわけだし、最近は「ディアボロス教団ってホントにあるのかもね」くらいには思うようになってきたのもある。まあ前述の秘密結社は僕がボコボコにぶっ潰したわけだけど。結局あの統領、サイボーグになって復活とかはしてこなかったなあ。生物兵器を作る科学力はあるのにサイボーグ化技術はなかったらしい。
悪魔憑きだったアルファを治してあげてシャドウガーデンの一員としてから早半年。
各地で迫害されている悪魔憑きを助けるために、と彼女は東奔西走駆けずり回っていた。
別にいいんだけども、拾ってきた悪魔憑きを治すのは僕しかできないから多分僕の仕事になるんだろうなとか、あんまり捨て猫を拾うみたいに人間を拾ってくるものじゃないよとか、言いたいことは色々あったけど、それなりに楽しい生活を送っている。
なんたってこの世界には魔力があるのだから。
魔力さえあれば僕は何処までだって強くなれる。最強の陰の実力者ロールを実行するのだ。
そして魔力があれば魔獣だっているわけで、当然その中にはドラゴンだって含まれる。
「西方、ギスター男爵領には龍が居たわ」
だからアルファが涼しげな顔で語ったその話も、有り得ないって話じゃない。僕自身、この前近所の山奥で白い龍を目撃したしね。ドラゴンが実在するというのはガチだ。まあ、アルファにはまだ言ってないんだけども。
「かつて……戦いがあった。白き龍と赤き龍、二頭の大いなる龍は互いに争い合いあった。
そこに理由などなく、ただ超常的な力の本流を前に、人々はなすすべなく立ち尽くす他なかった。やがて白き龍は去り、赤き龍は眠りについた。
人々は眠りについた赤き龍を祀り、“ア=ズライグ”の名を与え信仰の対象とした。その地こそかの西方の地、ギスター男爵領だったという。……まさか、実在していたとはな」
僕はしたり顔で言った。
もちろん全部でまかせなのだけれど、アルファは僕の嘘をしっかり信じ込んだようで「それで、あなたはどうするの?」なんて聞いてくる。やっぱこのエルフチョロいな。
「ふッ……知れたこと」
何が知れたことなのか、僕は知らない。
「我らは陰に潜み、影を狩る者……我らが前に立ち塞がるものは、全て打ち砕くまで」
僕はライブ感のままに言い切った。
あれ? これって僕がドラゴンを倒す展開になってないか?
シドくんとアルファを10歳、主人公を12歳ということにしておく。