A memory for 42days   作:ラコ

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ミルクティを無言で見つめ

 

景観の乏しい都心で、なんでこのお店から見える外の景色は幻想的なんだろう。

喫茶店の入店口が開くたびに見えるビル群と舞い散る白い雪。

一度足を埋めれば綺麗に出来上がる足跡に、成人になっても尚興奮してしまう。

毎年のように囁かれる暖冬の予想とは裏腹に、今朝早くから降り続けた雪は、数センチの白い絨毯となりコンクリートを埋め尽くした。

 

 

「雪解けのアイスティーって新商品出しません?アイスティーを雪で更に冷たくするんです」

 

「衛生法で捕まるから。空気中の埃やチリを溜め込んだ雪をお客様に出せるか」

 

 

ロマンスに欠ける先輩の言葉にゲンナリしながら、間接照明に照らされる店内から窓の外を見続けた。

 

どうせお客なんて来ないんだから、こうやって雪を見ながら先輩と過ごす1日も良いものだ。

 

 

からんころん。

 

 

「あ、いらっしゃいませー!」

 

「いらっしゃい」

 

「やぁ、久しぶり。……って、いろは?なんでいろはが居るんだい?」

 

「葉山先輩!?」

 

 

葉山先輩は肩の雪を払いながらカウンター席に向かうと、着ていたコートを脱ぎ椅子に掛けた。

まるで何度も来ているかのような立ち振る舞い。

彼はメニューも見ないで先輩にホットロイヤルミルクティを注文した。

 

 

「ちっ。おまえには水で十分だ」

 

「おいおい、仮にもお客様だぞ?それなりに接待してくれよ」

 

「……畏まりました。雪解けのアイスティーでございますね?」

 

「せめてホットにしてくれよ」

 

 

先輩は口では好戦的だが、しっかりとホットロイヤルミルクティを作っている。

葉山先輩も笑いながら先輩の毒舌に付き合い、やがて、思い出したかのように私に振り向いた。

 

 

「それよりも驚いたな。いろは、ここで働いているのかい?」

 

「え、あ、はい!」

 

「へぇ、最後にあったのは3年前だっけ?俺の就職祝いで一緒に飲んでくれたよな」

 

 

私は3年前を思い出す。

そうだ、葉山先輩とたまたま千葉で会った私は、就職祝いを理由に飲みに行ったのだ。

 

だけど、それをこの場で言われると少し胸が痛む。

 

黙々とカウンター内で作業している先輩を盗み見ると、先輩は何も聞いていなかったかのように手を動かしていた。

 

 

少しは嫉妬してくれても……。

 

 

「ほら。ミルクティな。ついでに冷蔵庫の余りで作った軽食も」

 

「ありがとう。ちょうどお腹が減っていたんだ」

 

 

葉山先輩はミルクティを飲みながら鞄の中を漁ると、茶封筒を一通取り出し先輩に手渡す。

先輩もそれを無言で受け取り、直ぐにそれをデスクの中へしまった。

なんの封筒だろうか。

 

 

「いつもながらおいしいよ。いろは、いつからここで?」

 

「えっと、一週間くらい前です」

 

「そうか。……いろはが楽しそうで安心したよ。比企谷にとっても…」

 

 

比企谷にとっても……、の後が続かない。

先輩にとって、一体何だと言うのだろう。

葉山先輩は言い掛けた言葉を飲み込み先輩に声を掛けた。

 

 

「美味しかった。それじゃぁまた来るよ。次は怖いお姉さんも来るんじゃないかな」

 

「来んでいい。必要なときは俺から行くって伝えといてくれ」

 

 

雪水で少し濡れたコートを羽織り、葉山先輩はこの場所を後にした。

スマートに傘を振り、私と先輩に別れの挨拶をすると、近くに通ったタクシーを停めて乗り込んだ。

 

ものの30分程の来店。

 

あの封筒を渡すことが目的だったのだろうか。

 

 

「先輩、葉山先輩と仲良くなったんですね」

 

「あ?仕事上の関係だろ。……うぅ、寒いから閉めてくれよ」

 

 

私は扉を静かに閉めた。

シンシンと降りしきる雪から隠れるように、抱いた疑問もどこかへ消える。

きっと雪に埋まって見えなくなったんだ。

 

 

だから、私がこの疑問を解決するのは雪が溶ける春先のことになるだろう。

 

 

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