真っ暗な世界。
暖房も照明も消えた店内で、私は何かに躓き転びそうになる。
寸前で何かを掴み難を逃れたが、暗さで何も見えないのは変わらない。
「……あぁ、停電みたいだな。雪で電線が切れたか?」
「せんぱーい。何も見えないですよー」
外から入る月の光だけが唯一の目印だ。
余り歩き回るのを辞めよう。
何かにぶっかってお店の物を壊してしまうのも忍びない。
暗さに視界を奪われた私に対し、店内に居るもう1人の存在はソロソロと動き回っている。
店内のレイアウトを熟知してるであろう先輩なら、前が見えなくても動き回ることは可能なようだ。
「……えっと、ここら辺に……、あった」
「おお!懐中電灯!用意がいいですね!」
「ん。ロウソクもあった」
懐中電灯で辺りを照らしながら、見つけたロウソクに火を灯す。
ほぅ、っと光る小さな火を見ているとなんだか落ち着いてくる。
甘い香りも広がった。
どうやらアロマキャンドルだったらしい。
……なんでアロマキャンドルなんて持ってたんだ?
「これで大分明るくなったな。暖房も止まっちまってるのは問題だな」
「ちょっと冷えてきましたねぇ。……あ!そうだ!先輩、懐中電灯貸してください!」
私は店内から2階に上がりある物を取ってくる。
急いで店内に戻り、カウンター席でアロマキャンドルに手を当てている先輩に後ろから抱きついた。
「どーん!」
「ぬ。慌ただしい奴だな」
「じゃーん!毛布を持ってきましたよー!」
「……1枚ね。はいはい、俺には凍死しろと?」
「ふふふ。こうすれば1枚でも足りるでしょ?」
毛布を広げて先輩を包み、その隣に潜り込むようにして私も毛布にくるまった。
何よりも暖かい暖房器具だ。
「…あたたかいですねぇ」
「……まぁ、否定はしないが」
隣の体温が少しあがったような気がする。
暖かさを求めていっぱいいっぱいくっついた。
火照った顔も今なら見られないから安心だ。
「大学生の頃、こうやって先輩とまた再開できるなんて思ってもみませんでした。言い方は少し悪いかもですけど、私達はほんの2年間、同じ高校に居ただけの生徒同士だったんですから」
「…そうか」
「6年もの間、私達は互いに無干渉で生活していたのに、今はこうやって肩を並べて仲良くお話してるんだから。人生って面白いですねぇ」
自分で言いながら後悔する。
ほんの少しの保身が、私達の関係をただの生徒同士だと表してしまった。
少なからず、私は先輩に何らかの感情を抱いていたのに。
「……」
先輩は何も言わない。
表情も変わらないし、軽口も叩かない。
まるで、何かを考えているような……。
「……先輩?」
「……ぁ、あぁ。どうした?」
「ぼーっとして、考え事ですか?」
「……いや」
「むー。私のことを放ったらかしてた罰です。私の知らない6年間のお話を聞かせてください」
「あ?黒歴史しかないけど?」
「お、それは面白そうですねぇ」
先輩は私を睨みながらまた何かを考え出す。
小さく頷き、どこか決心したかのように重い口を開けた。
「……俺には悪魔の知り合いが居てな、そいつとちょっとした契約を交わしちまった話なんだが…。
悪魔に俺の罪を食ってもらう。その代わり、そいつの言うことを一つ聞くって契約。
……まぁ俺も半信半疑だったんだけどな」
「へー、なんだかおとぎ話みたいですね」
「本当にな。俺もあの時は驚いたわ。……これが、罪滅ぼしになっているかは分からんが」
「…どうゆう……、意味です?」
少し乾いた空気が流れたような気がした。
あまり好ましくない空気が。
私にとって残酷で非情な思いが波寄せるような感覚。
きっと先輩が作り上げた笑い話だ。
なんで私はこんなに不安になっているんだろう。
先輩と私の目が重なると、先輩は再度口を開く。
「あの時に俺が見捨てた罪を……おまえは…」
プツンと。
先輩の言葉を遮るように、暗闇だった店内を明るい光が照らす。
停電が直ったのか店内の照明や家電が一斉に動き出した。
エアコンからは暖かい風が吹き出しその風にキャンドルの灯火は消える。
まるでこの話はここで終わりと告げるように。
「……。お、復活したな。俺は部屋に戻るわ」
「あ、はい。おやすみなさい……」
大きく揺れたブランコに小さな力が加わったように、私の心は大きくぐらつく。
このぐらつきはきっと自然に落ち着く。
明日には先輩に笑顔で話しかけるんだ。
私は消えたアロマキャンドルに火を付け直し、それを見つめて目をつぶる。
明日からも心地の良いあなたのそばで過ごせることを脳裏に描いて。
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