リプレイを繰り返すような変わらぬ朝。
am6:00を記したデジタル時計のアラームを消し、私はブランケットを肩に羽織り一階の喫茶店へ向かう。
冷たい階段を早足で駆け下り、扉に手を掛けた。
「……おはよ。今日は早いな」
「へへ、おはようございます。先輩もいつも通り早起きですね」
先輩の座るカウンター席の隣に座り、私も用意したブレンドを傾ける。
昨日のてるてる坊主が効いたのか、窓の外は薄い青色の空が満遍なく広がった。
夏の真っ青な空も好きだが、薄い青色な空も嫌いじゃない。
「さて、先輩。そろそろお出掛けの準備をしてください」
「……」
先輩はカップを口から離し、怪訝そうに私の顔を伺った。
そんなにおかしなことを言っただろうか。
私はこんなにも今日を楽しみにしていたのに。
「もう。この前約束しましたよね?”これは貸し”ですって」
「……む。覚えて…」
「言わせませんよ。……ほら、借りを返すのは当然の義務です。今日は私の言うことを聞いてもらいますよ」
「……はぁ。荷物持ちくらいならいくらでもやってやる」
「ほう、良い心掛けですね。では準備を急ぎましょう」
………
……
…
.
「はい。着きました!」
「……おい。どういうことだ?」
「何がです?」
「何がもクソもない。買い物じゃなかったのか?」
「いつ買い物なんていいましたか?私はお出掛けしますと言ったんです」
「……」
二両編成のローカル電車から降り無人の改札口から出る。
都内の数倍は高く積もっているであろう雪の壁に挟まれた道路と、木造りの平たい建造物が横並ぶ町並み。
町の真ん中を隔てるように流れる川からは湯気が立ち込めた。
所々から溢れる硫黄の匂いが鼻を刺激する。
ここは私が想像するまごうことなき温泉街だ。
「えーっと、今日泊まる宿はあっちですね」
「泊まる!?」
「もちのろん。日帰りなんて勿体無いじゃないですか」
「ば、バカなの?大体、泊まる用意なんて持って来てねぇし」
「私が先輩の分も持ってきてます」
「み、店はどうするんだ!」
「今日、明日はお休みしますって貼り紙しておきました。そもそもお客さんなんてそんなに来ないし大丈夫ですよ」
途端に慌てる先輩をさて置き、私は宿泊予定の宿を探す。
どの建物も可愛らしく素敵で、宿泊先を想像しては胸が高鳴ってしまう。
「あ!ありました!」
「……」
「ほら、行きますよ!」
私は先輩の腕を掴み宿の門を通る。
水車が回る園庭を横目に、玄関口で宿の女将さんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お名前をよろしいですか?」
「比企谷ですー」
「はい。比企谷様でございますね。……、比企谷八幡様と比企谷いろは様のお二人でよろしかったでしょうか?」
「ちょっと待て」
「はい!よろしいです!」
キャリーケースを女将さんに預け、私と先輩は靴を脱ぎ、宿内の造りに目を奪われながら、女将さんの先導に着いていく。
「おい、一色いろは。さっきのどうゆうことだ?」
「さっきのって何ですか?比企谷八幡先輩」
「名前だよ!名前!」
「あぁ。……、謎ですね」
「……頭おかしくなっちゃったよ。この娘」
滑る廊下を歩き続けると、女将さんがとある部屋の前で止まり、脚を折り扉を開けた。
畳が敷き詰められた部屋には黒いテーブルと座椅子が中央に置かれ、窓の外を眺められるように障子が大きく開かれていた。
窓から見える雪に覆われた山々がどこまでも続く。
「わー!素敵です!」
「……まぁ悪くはないな」
「……。怒ってます?」
「怒ってます」
「うぅ」
「……、でも、この宿は悪くない。それに温泉だって嫌いじゃねぇし。……、だから、まぁ、あれだ。息抜きくらいなら出来るかもな」
マフラーを口元にクイっと引っ張る仕草。
先輩は照れるときに良く口元を隠したがる。
既に暖房が聞いている部屋で、尚も外さずにマフラーを着けていた先輩は座椅子に腰を下ろしながら窓の外を眺めていた。
「……相変わらず優し過ぎますよ。そんなんだから、私が調子に乗っちゃうんです」
「自覚してるのかよ」
自覚している。
だって自分のことだもん。
自分が何を考え、何を思い、何をしたいか。
きっと、我儘な私は先輩の優しさに漬け込み、身を委ねてしまう。
優しい先輩だから。
ずっと一緒に居させてくださいって、そう言えば先輩は受け入れてくれそうで。
立ち込める湯気のようにゆらゆらと揺れる淡い思いを吹き飛ばし、私は先輩と一緒に居られる今を大切にしようと決めたから。
23/42days
彼氏がうざくてスマホ投げたら壊れた笑
久しぶりの更新頑張ります。笑