A memory for 42days   作:ラコ
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湯船に溶けるパウダースノー

 

昨夜、地酒を飲みながら眠ってしまったはずの私は布団の中で目を覚ました。

眠い目を擦りながら隣を見ると先輩はおらず、代わりに畳まれた布団がある。

相変わらず早起きだ。

 

すると、部屋の扉が開き、浴衣姿の先輩が顔を覗かせた。

 

 

「んぁ?あれ、先輩。どこ行ってたんですか?」

 

「下の大浴場。昨日の酒を抜きにな」

 

「……頭痛いかも」

 

「飲み過ぎだ。風呂でも入ってこいよ。朝食は遅らせてもらうから」

 

「んー、わかりました。……先輩」

 

「あ?」

 

「抱き起こしてください」

 

「バカ言ってんな」

 

「脚が痺れてるんです。いや本当に」

 

「一生寝てるといい」

 

「そうゆうのいいんで。早く起こしてもらえます?」

 

「君、なんで上からなの?」

 

 

先輩は腕を組みながら私を見下ろす、小さく溜息を着くと私の腕を掴んだ。

力を入れて引く先輩に、私は勢いを利用し抱きつく。

 

 

「うりゃー!!脚が痺れてるのは嘘でしたー!!」

 

「ぐっ!?お、重い」

 

「重い!?」

 

 

先輩から香る石鹸の匂いを嗅ぎつつ、私は先輩の首に回していた手を離す。

……ちょっと朝からテンションを上げ過ぎたか。

 

 

「ったく。朝から何なんだよ。……っ!?い、一色!?おまえ、前!前!!」

 

「えへへ。はい?………っ!?!?」

 

 

先輩が慌てて手で目を隠し、後ろを向いてしまった。

どうしたのかと、私は自分の姿を自分で確認すると、浴衣の帯が外れ、見事に浴衣がはだけていた。

はだけた浴衣から覗かせるピンクのショーツが私の頭を覚醒させる。

 

 

「……ふぅあ、あ、そ、っあ。……す、すいません!あ、あははー!せ、先輩はエッチですねー!!わ、わ、私、お風呂行ってきますね!?」

 

 

帯で浴衣を巻き直し、私は逃げるように部屋から退出した。

顔が赤くなっていくのを感じる。

体温が異常に高くなっている。

早足で廊下を歩く自分の姿が廊下の窓に映り、改めて自分の下着姿を先輩に見られたと実感してしまう。

 

 

「うぅー……」

 

 

………

……

.

 

 

「た、ただいまでーす。朝風呂って気持ち良いですねぇー」

 

「……あぁ。さっき朝食の用意を頼んだから、もう来ると思うぞ」

 

「あ、あははー。楽しみですー」

 

 

「「………」」

 

 

部屋を包む静寂。

いつものように冗談を言おうするが、気の利いた言葉が見つからない。

 

エッチぃ先輩ですね!

 

なんて言えばいいのだろうか?

それとも……

 

責任取ってくださいね!

 

……それは少し重すぎるか。

 

 

「………」

 

「……、まぁ、あれだな。別に気にすることじゃねぇよ」

 

「は、はひ?何をです!?」

 

「言い方は悪いが、俺はおまえの下着を見慣れている」

 

 

おいおい、彼は一体何を言い出しているんだ?

私の下着を見慣れている、だと?

先輩は私の顔を見ずに下を向いていた。

 

 

「……」

 

「あ、いや!違うぞ!?別に変な意味じゃなくてだな、いつも洗濯物を干すとき、その、まぁ……、な?」

 

「あ、あははー。なるほどなるほど、洗濯かー……」

 

 

再度、訪れる静寂。

きつく結ばれた帯を左手で触りながら解けていないかを確認する。

 

静寂を破ったのは女将さんの声だった。

朝食が部屋に運ばれ、閑散としていたテーブルには色取り取りに着飾られた朝食が並ぶ。

 

 

「……、せっかくの朝食だ。さっきの事は忘れて食べようぜ」

 

「あ、はい!そうですよねー!じゃぁ、いただきまーす!」

 

「いただきます」

 

 

桜の花びらに型取られた甘い人参を食べながら、私は今日の予定を考える。

と、言っても特に心当たりがあるわけでもなく、昨日みたいに近場の温泉に入りながらお酒を飲むくらいが丁度良いのかもしれない。

 

私は朝食を片付けに来た女将さんに世間話をするがてら、この地域の名所を聞いてみた。

 

 

「名所ですか?」

 

「はい!秘湯みたいなの」

 

「んー……、あ、お二人に打ってつけの露天風呂がありますよ」

 

「打ってつけ?どこですか?」

 

「なら地図をご用意致します。フロントに来た際にお渡し致します」

 

 

………

……

.

 

 

温泉街から少し外れた小高い山の麓に、小さな小屋と広めな露天風呂。

地元の人がおすすめする温泉は見事に私の心を撃ち抜いた。

周りを雪の化粧で施した木々が囲み、石造りの湯船には白い湯が張っている。

周りに人は居ない。

まさに貸し切りだ。

 

私は冷え切った身体を驚かせないように、足からゆっくりと湯船に浸かる。

 

私は男子湯と女子湯を区切る竹盾に話しかけてみた。

 

 

「せんぱーい!湯加減はどうですかー?」

 

『……、おまえが沸かしたの?』

 

 

声が返って来る。

どうやら向こうも貸し切りのようだ。

 

 

「暖かいですねー。温泉旅行は楽しかったですか?」

 

『あー、そこそこな』

 

「……また来たいですねぇ」

 

『……まぁな』

 

 

いつも考えてしまう。

この幸せな時間は刻一刻と減っていっているのではないかと。

なにも起きない、起こせない。

この限られた時間が、何もしないまま過ぎて行ってしまう。

 

 

「私、何でもやります。先輩のためなら」

 

 

独り言のように湯船を漂う私の言葉。

掬われずに彷徨う言葉を誰も拾ってはくれない。

 

 

「……ずっと一緒に…」

 

『……じゃぁ』

 

 

 

木々が揺れ、雪が落ちた。

パウダースノーがキラキラと舞ながら、先輩は言葉を紡ぐ。

 

 

 

『じゃぁ、洗濯係を決めようぜ』

 

「せ、洗濯係?」

 

 

『”ずっと”俺に洗濯させる気かよ』

 

 

彼が言う”ずっと”にどんな意味が込められているのかなんて分からない。

自然に言ったたわいの無い会話だったのかもしれない。

ただ、彼の言葉は確かに聞こえた。

心に溜まった雪を溶かすように温めた。

湯船に落ちるパウダースノーのように、音もなく溶ける。

 

 

「えへへ。じゃぁ私は月曜日の洗濯を担当しましょう!」

 

 

「……それ以外の日は俺なの?」

 

 

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