お客様は神様である。
何て古めかしい言葉であろうか。
お客様の言い分は”この店に来てやった”だろう。
……誰が来てくれと言った?
そんなお客様はお断りです。
「……」
「ちょっとヒキオ!さっき頼んだミルクティーまだなの!?」
「あ?まだ10秒も経ってないだろ」
「時間がないんですけどー」
長い金髪と濃い目の化粧、高いブランドのスーツ。
見るからにまともな社会人じゃない。
「おーい、ヒキオー。なんか食べれるもんも作ってー」
「ちっ、三浦。時間がないんじゃねぇのかよ」
今の私は穏やかじゃない。
分かりやすく言うなら、縄張りに入られたライオンのように、もっと分かりやすく言えば、ちょっとキャラが被っている。
わがまま系キャラは私だけで充分なのに。
私はカウンター内に行き、先輩の耳元で小さな声で話し掛ける。
「先輩。三浦先輩にはお帰り願いましょう。即刻に」
「……、どうした?」
「あんた。聞こえてるし」
「げ」
私は先輩の背中に隠れて三浦先輩から逃れる。
先輩は温めたミルクティーを三浦先輩に手渡した。
脚を組んだ三浦先輩はお礼も言わずにそれを受け取る。
「ほら一色、これおまえの分な。こっちは三浦に渡してこい」
丁度昼時の今。
先輩が作ったサンドウィッチが二つのお皿に盛られている。
大きなトマトとレタスが挟まれた方がおそらく私のだ。
「どーぞ、三浦先輩」
「ん。……それよりさ、あんたは何で居るの?」
「三浦先輩には関係ありませんし」
「ヒキオ、このバイトクビにしな!」
先輩はその言葉に苦笑いで返すだけでそれ以上は取り合わない。
そもそも三浦先輩は、何を当たり前のようにこのお店に現れたのだろう。
高校生の頃、先輩と三浦先輩は互いに鑑賞し合わない程度の関係だったはずなのに。
「先輩!何でこの人が居るんですか!?」
「お客様だし!」
「あー、お客様だ」
「わけがわかりません!」
「……どうしたんだよ。あ、ちょっと豆が切れたから裏行って来るわ」
そう言うと、先輩は前掛けをキッチンに残し裏に行ってしまった。
どうも三浦先輩とは昔から気が合わない。
と言うか、同族嫌悪だ。
「はぁ、それ食べたら早く帰ってくださいね」
「あんた何様なのよ。大体、私はヒキオに用事があんだし」
「おっと、先輩に用事があるならまずは私を通してもらいましょうか」
「……、ふーん。そう……」
三浦先輩は意味深な笑みを浮かべながら私を見つめた。
長いまつ毛の下にある大きな瞳に私が写っていることが分かる。
相変わらず真っ直ぐに人を見つめる人だ。
「な、何ですか?」
「んー?まぁいいんじゃない?」
「むむ?」
「あー、そう。ヒキオをねぇ……」
「ぐぬぬ」
「またあんたは茨の道を選ぶのね」
傾けたカップをカウンターに置き、改めて私を見つめる。
綺麗に整えた爪でカップの淵をなぞりながら、三浦先輩は小さく口を開けた。
「茨の道……、ですか」
「相手がヒキオなだけでも大変なのに、強敵が2人も居るし」
「ぅう。べ、別に…」
「ふん。ヒキオも何を考えてんだか」
何を考えてるのか。
それは誰にも分からないだろう。
それが分かったら誰もこんなに苦労しない。
先輩は人を困らす天才なんだから。
「ヒキオの奴……。あんた、もっとあいつを困らせてやんな。考えさせて、迷わせて、正解のない答えに辿り着くまでしっかりと尻を叩いてやればいいんだし」
「み、三浦先輩……」
「な、泣くなし!」
「三浦先輩がまともな事を言うなんて」
「あんた!!」
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