今日は喫茶店の定休日。
一週間に一回、不定期に休みを設けるのだとか。
それでいいのかと思ったが、先輩らしくて逆にいいのかもしれない。
そうだ。
今日は私が朝ごはんを用意しよう。
思ったら直ぐに行動。私は1階の喫茶店へと向かいながら朝ごはんのメニューを考える。
「おう。今日は早いな」
「あれ、先輩の方が早起きでしたか」
「まぁな。もう朝飯食うか?」
「はい!」
先輩は冷蔵庫から、既に切り分けられた野菜を取り出し盛り付けていく。
お皿に程よい彩りのサラダを完成させると、同時にトーストが焼きあがる。
軽く塗られたマーガリンと、食卓に置かれるジャム。
慣れた動作を素早く済まし、先輩と私が向かい合わせに座るのが日課になりつつある。
「いただきまーす」
「ん。召し上がれ」
少し雑食な私は、色々なジャムを付けてトーストを食べた。
先輩は新聞を読みながらコーヒーを啜り、たまにトーストを囓る。
今日も良い1日の始まりだ。
「先輩。今日のご予定は?」
「んー。新聞読んでー、テレビ見てー、ゴロゴロしてー」
「暇なんですね?」
「聞いてなかったの?」
「少し、私に付き合ってくれませんか?」
私は過去を精算しなくちゃならない。
一括で精算出来るとは思っていないけど、それでも先輩に少しでも背中を押してもらえたらって。
ここでの生活が始まって一週間、私も自分で自分を変えなきゃならないんだ。
「……少しだけなら」
……
…
.
場所は御茶ノ水。
私が先輩に付き合ってもらいたかった場所はここだ。
聖橋の下を流れる神田川はとてもじゃないが、澄み切っているとは言えない。
総武線と中央線の行き交いを眺めながら、先輩と隣合わせに聖橋の真ん中に立つ。
「懐かしいな、総武線。日本で1番素敵な路線だ」
「絶対に違います」
本当に千葉が好きな先輩だ。
寒がりだと言う先輩は、モコモコのPコートにマフラーまで巻いている。
どこか可愛らしいが、大人っぽさもある格好だ。
「今日、私は私と向き合いたいと思ったためにここへ来ました」
「……そうか」
「……何も聞かないんですか?」
「話の腰は折らない主義だ」
「あははー。時間を掛けたくないだけでしょ?」
「わかってるじゃねぇか。……だから、とっとと済ませちまおうぜ。なんだかわからんが、…まぁ、手伝えることがあるなら手伝ってやる」
お鼻が真っ赤な先輩は、自分に巻いていたマフラーを私に巻き直してくれる。
先輩にはなんでもお見通しなんだろうな。
自分だって寒がりの癖に……。
「暖かいです。先輩、先輩は私のそばに居てくれるだけでいいんです」
私はポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。
電源は切ったままだ。
思えば学生の頃から溜め込んだデータが沢山詰まったスマートフォン。
友達のアドレス、プリクラ、元カレ達との写真。
どれもデータであって思い出ではない。
私に思い出を与えてくれたのは、きっと後にも先にも先輩だけだから。
だから、こんなデータは私にはもう要らないんだ。
「えい!」
聖橋から投げ出されたスマートフォンは大きく弧を描いて神田川へ落ちていく。
それはきっと川底に辿り着き、誰の目にも触れられずに朽ちていくだろう。
先輩は、少し驚いたようにスマートフォンの軌道を追っていたが、何も言わずにただ神田川に出来た波紋を見つめるだけだ。
「精算完了です!少しだけ肩の荷が下りました!」
「あーあ、資源ゴミを川に捨てやがって」
「私が捨てたのは資源ゴミかもしれません。でも、これからの私にとっては大きな財産になるはずです!」
「……、ウチのバイト、頭がおかしいのかなぁ」
波紋が消えると、そこにはまるで何もなかったかのように川は流れ続けた。
それを見届け、私は先輩の手を握る。
どうしてこんなに暖かいんですか?
お外を歩いて寒いはずなのに。
マフラーだって、私に貸しちゃったのに。
「……なんだよ」
「えへへ。手袋忘れちゃいました。こうやってれば暖かいですよね?」
7/42days