星渡りの魔女特急便。あと猫。   作:穴熊拾弐

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第1話 魔女の園と星を往く少女

 

 

 

 今日、最後の魔女が死んだ。

 

「――どうか良い眠りを。魔女(ウィッチ)クレドアレア」

 

 安らかに眠る魔女の顔に最期のお別れを告げて。

 祈りの言葉とともに棺の蓋を閉じた。

 これで、5人の魔女たち全員が眠りについてしまった。

 

 少し前まで賑やかだった朝の森はとても静かで。

 それを少しでもなくせるようにと、自然と口からは独り言が漏れていた。

 

「……さ、次は埋葬だよね」

 

 指を振るって棺を浮かせ、家の外へと運んでいく。

 目的地は直ぐ側の森。そこに遺骸を埋めることになる。

 森に生まれ森に還る――それが、彼女たち『魔女』の風習なのだ。

 

「よいしょっと……!!」

 

 自動人形たちが開けてくれていた墓に棺を差し込む。

 この時は浮遊魔法を切るので、落とさずぶつけないようにするのが大変だった。

 他の魔女の時はクレドアレアが操る植物がいとも簡単にやってくれていたから、力の差に少しだけ落ち込む。

 

 まだ、学ぶことは多くあった。

 彼女たちに拾われてからそれなりに長い年月を共に過ごしたけれど、それでも早い別れだったと思う。

 

 しっかり奥まで押し込み終えると煙を吐き出しながら扉が閉じ、墓が地面の下に隠れていく。

 お墓が完全に隠れ、それを伸びた草が覆えば埋葬は完了だ。

 

「……終わった」

 

 立ち上がってうん、と一伸び。

 今はまだ早朝。

 ざあざあとした木々の葉擦れが響き、流れる涼風が心地よい。

 

「……静かだな」

 

 いつもならご飯担当の魔女のガナリ声とベルの音で目を覚まし、皆で揃って朝食をとる時間帯。

 

『――ほら、朝食の時間だよ! 全員起きな!』

『いい朝だね、サリドアミタ』

『おお、ユミル! 今日も可愛いねぇ』

『えー? 寝起きでべしゃべしゃだよう……ふぁわ〜』

『どうせまた夜更かししたんだろ。バタバタうるさかったからねぇ』

『そうかい? アンタの寝息で聞こえなかったよ』

『あん?』

『おん?』

『いいから黙ってさっさと座りな!』

 

 ……賑やかだったなぁ。

 見た目も声もそっくりな5人の魔女(ウィッチ)たちと、拾われ子の私。

 たった6人で暮らすこの森の家は、来客はないけどいつも賑やか。広くはないけど不便もなくて。

 

『で、今日のメニューは? サリド』

『決まってんだろ? 南瓜のパイに、枯れ草クッキーさ!』

『またかい? かーっ! たまには違うもんも食いたいもんだね!』

『もう何十年これ食ってんだろうね、アタシたちは』

『仕方ないだろ、他に作れないんだからさ!』

 

 物もないけど幸せがいっぱいの、楽しい毎日だった。

 

『ほら、ユミルが待ってるよ! 席につきな。……どうぞ、良い食事を』

『あなたにも、魔女(ウィッチ)サリドアミタ』

 

 聞き慣れたあの賑わいをもう聞くことはないのだと思うと、少しだけ気持ちが沈む。

 でも、沈んでても何も起きやしないのだ。

 ぶんぶんと首を振って、前を見据えた。

 

「お客さんなんて誰も来ないし、これで私一人だけか」

 

 鬱蒼と生い茂る森の中に建てられたこの魔女の家。

 外界から隔絶され、世俗を離れたこの地に残ったのは、もう私だけになってしまった。

 

「――ぶみゃ」

「おっと、ぶみゃもいたね。ごめんごめん」

 

 足元に太った猫がやって来る。

 この子は『ぶみゃ』。名前の由来はそう鳴くからだ。

 灰と白の混じった体毛の彼は、ふてぶてしい顔で尻尾を揺らしている。

 

「そういえば、君は消えないんだね。使い魔なんでしょ、平気なの?」

「――ぶみゃ」

「んん? うーん、ま、大丈夫そうだしいっか! そもそも誰の使い魔かも聞いたことなかったし。……それより」

 

 でっぷりした身体を抱き上げる。

 柔らかな背中に頬を擦りつけながら、しみじみと呟く。

 

「5人ともいなくなっちゃったね。残ったのはもう私たちだけだよ、ぶみゃ」

「――みゃ」

「ひと月のうちに皆揃って眠りにつくんだもの。眠る時まで一緒だなんて、ほんと仲良し姉妹だったね。お母さんたち」

 

 そう呼んだら怒られるんだけど、今となっては構わないだろう。

 ぶみゃも「ふんふん」と鼻息を吐き出して相槌を打ってくれる。

 そんな鳴き声だけでも、静かになった今はありがたい。

 

「これからはいっぱい喋ろ? ぶみゃ」

「……みゃ、みゃみゃ」

「ははっ、なに言ってるかなんもわかんないや。お母さんたちはわかってたのになぁ……」

 

 唯一の話し相手の言葉が分からないのは悲しい。なにより、たった5人しかいない家族を失ったのはもっと悲しい。

 けれど、辛いことばかりではない。

 これからは私1人。何をするのも自由なのだ。

 

「泣かないよ。お母さんたちも、また会おうなんて笑いあってたでしょ。私だけ泣くのは違うもん。それに――」

 

 お墓にニッと笑顔を浮かべてから、滲む視界をぶんぶんと振って元に戻した。

 

「『アタシらが眠ったら好きにしろ』……その言葉、忘れてないよ」

 

 この森の暮らしを不満に思ったことはないけれど……私は魔女(ウィッチ)ではない。

 遠くから流れてきた拾われ子。彼女たちとはそもそも種族が違うみたい。

 だから私が眠っても、きっと森には還れない。

 自由にしろというのは、この森に留まってはいけないという警告でもあるのだ。

 

「……ありがとう。お母さんたち」

 

 でも大丈夫、心配無用だよ。

 私には『夢』があるんだ。そして今、それを叶える時が来たんだから。

 

「ねえ、ぶみゃ。森の外に行こうか」

「みゃ?」

「ふふ、大丈夫だから安心して?」

 

 心配そうに見上げるぶみゃと一緒に森を抜け、その向こう側へと踏み出す……おっと。

 

「その前に」

 

 指を振るってぶみゃごと身体を結界で覆う。これでよし。

 改めて外に踏み出すと、私たちは薄い膜のような物を通り抜け、()()()()()()()()へとたどり着く。

 途端に少し軽くなった身体で、岩の大地に降り立った。

 

「よっと……相変わらず、何もないねえ」

 

 見渡す限りの岩、岩、岩。 

 むき出しの暗い岩の荒野に、真っ黒な空。

 これが、私の暮らす()の本当の姿である。

 

「草もなければ川もない。そりゃあ、誰も来ないよねえ……」

 

 当然、そこには誰一人として暮らしてはいないし、動植物の1つとして存在しない。

 つまり魔女たちは世俗から離れていたのではなく、この『魔女の森』だけがこの星唯一の生命生息圏なのだ。

 私も初めて知った時は驚いた。

 森の外には魔女たちと同じような世界に暮らす沢山の人がいるのだと、そう信じていたから。

 

 5人しかいないのも、広くないのも、物がないのも理由は同じ――他に生き残りがいないから。

 この森にしか、私たちしか生き物がいないからなのだ。

 

「うーん、どうしてお母さんたちだけが生き残ってたんだろう。どうして森だけ……魔女の家だけ無事なんだろうね?」

 

 こうなった原因を私は知らない。

 魔女たちは外の世界に生きる術を教えてくれたけど、何が起きたのかは決して語らなかった。

 起きた『何か』に私が巻き込まれるのを嫌ったのか、理由はわからないけれど。

 

「――私は行くよ、あの空の向こう側に」

 

 遥か広がる星の大海。

 この閉ざされた森を飛び立って、私はそこへと飛び立つんだ。

 

「楽しみだなあ……どんな出会いが待ってるんだろう」

「――ぶみゃ」

「ん? 大丈夫、ちゃんと10日は待つよ。約束だもん」

 

 墓に入った魔女がちゃんと眠りにつけるまで10日は待つ必要がある、らしい。

 理由は良く知らないけれど、これまでの4回もそうしてきたから今回もそうする。

 夢を抱いてから十数年。今更10日なんて何の問題もない。

 それに、私だってちゃんとクレドアレアを見守りたいもの!

 

「だから出発は10日後。今日は――試運転をするよ!」

「……ぶみゃ?」

 

 開いた手で魔女の家から箒を呼び寄せる。

 凄まじい勢いで飛来したそれを掴み取って、柄を地面に突き立てた。

 

「みゃみゃ?」

「うん? これ? これはね、私特製の『宇宙箒』!」

「……みゃ?」

 

 ぶみゃが首を傾げちゃった。

 そうだよね、わかんないよね。

 なにせ魔女(ウィッチ)たちにも内緒で企んでいたことなんだから。

 

「ふっふっふ! じゃあぶみゃに教えてあげよう。私の野望を!」

「みゃ……!!」

 

 私の野望、それは――。

 ばっと空を指さして、叫ぶ。

 

「私の魔法で、宇宙を――星の大海を飛び回ること!」

 

 本当は、魔女たちが船を用意してくれている。

 私とぶみゃなら問題なく使える小型艇。

 この誰もいない星を出て、旅立って欲しい――そんな願いを込めて。

 

 でも、私は思いついてしまったのだ。

 私の魔法なら、宇宙だって自由に飛び回れるんじゃないかって。

 

 私は拾われた子で、魔女ではない。

 ただ、不思議と彼女たちの魔法を身に着けることができたのだ。

 

『いいかい、ユミル。これが物を浮かせる浮遊の魔法さね。どうだい、凄いだろ?』

『わあ……!! これ、どうやってるの?』

『あん? そりゃ反重力装……おほん! 不思議な魔法の力さね』

『凄い! これ、私もやってみたい?』

『アンタが? 無理無理。こりゃアタシら魔女に許された力で……』

『えい! わっ、浮いたよ、クレドアレア!』

『……はぁ?』

 

 最初は浮遊魔法からだった。

 目についたものを浮かべて遊んで、最後は自分を浮かせようとして、木々の上まで飛び上がっちゃって怒られたなあ……。

 今考えたら、あのまま外に出てたら死んでたんだよね。危ない危ない。

 

『ねえ、サリドアミタ。魔女なら火を出せるでしょ?』

『へえ? よく知ってるねえ。ほら、火を噴いた。……ユミル。アタシだからいいけど、ここの森は火気厳禁。他の誰かに頼んだら……って、ユミル!』

『なあに?』

『何あっさり真似してんだい! なんて天才なんだろうねこの子は! いいかい、勝手に魔法を使うのは禁止だよ! いいね!?』

『……ごめんなさい』

 

 少しだけやりすぎちゃって、以来あまり魔法は教えてもらっていないけれど。

 長老サリドアミタの隙を見て、他の魔女たちが少しづつ魔法を教えてくれた。

 おかげで色んな魔法が使えるようになって、ある時森の外に出てみたのだ。

 

 そしたら広がるこの世界。

 どこまでも広がる星空――もしこの宙を、私の魔法で飛び回れたら? どんなに気持ちがいいことだろう!

 そう思ったら試したくなるじゃない? だからやってみるのだ。

 そして、今日はまずその試運転!

 

「まずはこの星の外まで行けるか、試してみようと思うんだ!」

「ぶみゃ……」

「今までお母さんたちがいたから試せなかったんだよね、私の魔法で、本当にあの空を越えられるのか!」

 

 今日はまず、この星の重力を突破出来るか。

 その実験からだ。

 

 というわけで箒をくるりと回転させ、指を振って地面と水平に浮かせる。

 これだけなら浮遊魔法でいけるけど、宇宙に行くにはそれじゃ足りない。

 そのための魔法を編み出した。

 勢いよく箒に跨って、ぶみゃの方へと手を伸ばす。

 

「さ、行こうか。ぶみゃも乗りな!」

 

 おっといけない。お母さんたちの口調が出ちゃった。淑女らしくお淑やかに……しなくてもいいのか。もう自由だ!

 

「みゃ……」

「ほらぶみゃ、早く早く!」

 

 何故か引き気味のぶみゃを浮かべて連れてきて、前の座席――ボウル状の凹みをつくった鞍に置く。

 焦げ茶の柄には私とぶみゃが腰かける用の小さな鞍をつけているのだ。

 毛の横には荷物入れのコンテナが2つ。着替えや食料もたっぷり載せられる。私専用の『宇宙箒』。

 これと魔法で、私は遥か宙へ行く!

 

「ぶみゃ!?」

「大丈夫、障壁で保護するから安全だよ? 魔女(ウィッチ)直伝、大気発生装置もばっちり搭載済み! 宇宙でも安心安全な旅をお約束ー!」

 

 指を振るって魔法を放ちながらそう叫ぶ。

 浮遊魔法に、障壁展開。宇宙じゃ呼吸ができなくなるし、箒に固定しないと私もぶにゃも飛んでっちゃう。

 そして大事な大事な、加速用の魔法陣も。

 

「術式展開。火式(ブースター)風式(スラスター)……まとめて、魔導式推進装置(エンジン)、準備完了!」

 

 この数年の実験の結果、魔法陣を10枚重ねることでこの星の重力を突破できそうだと分かった。

 その分魔力(エネルギー)は使うけど、私の魔力量なら大した消費じゃない。

 きっと、見えないくらい遠くまで行くことが出来るだろう。

 

 浮遊させながら、エンジンに魔力を流し込んでいく。

 とりあえずこの星を一周してみよう。

 

「発射角度、ヨーシ。障壁展開、ヨーシ。……エンジン点火、ヨーシ!」

 

 エンジンに魔力を注ぎ込む。

 そこから生まれる小さな火は幾重もの魔法陣を経て凶悪に強化され、凄まじい推進力を得る。

 震える柄をしっかりと握りしめ、満面の笑みで私は叫んだ。

 

「さあ、憧れの宇宙へ! 出発ー!」

 

 そして、真っすぐ箒をかっ飛ばした。

 

「――――っ!?」

 

 瞬間、音とともに景色が一気に消え去る。

 

 加速した箒がぶわっと大気の膜を突き破る。

 火と光の尾を残しながら、鬱蒼とする森を飛び越し、星の重力を突破して――。

 私は宙へと到達した。

 

「これが……宇宙」

 

 音も重力も消え失せて、気づけば地面は遥か眼下。

 魔女の家のオレンジの屋根や、森の緑が辛うじて見える程度に遠く離れてしまっている。

 今はどちらかといえば、宇宙に瞬く星たちの方が近くに感じる。

 

「見て、ぶみゃ。星が綺麗だよ」

 

 あの星々には、私たち以外の色んな生き物が暮らしているのだと、流れてきた娯楽媒体(コミック)が教えてくれた。

 

「あの中のどれかにいるのかな。私と同じ人が」

 

 魔女たちに子はおらず、森の外には誰も生きてはいなかった。

 なら私は、一体何者なんだろう。

 居なくなった『外』の最後の生き残り?

 それともここではないどこかの星からやってきたの?

 

 魔女たちは何も教えてくれなかった。

 だから、私が自分で確かめるのだ。

 

「ねえ、ぶみゃ。あの輝く星の1つ1つに、私たちみたいに住んでいる誰かがいるんだって! 不思議だよね。あの光の全てに沢山の命がいるんだよ!」

 

 ――そんなの、会ってみたいに決まってる!

 

 だから行くのだ。この先に広がる、無限の宇宙へ!

 そしてこうして宇宙に出ても、何の異変も問題もない。

 お試し打ち上げ、大成功である!

 

「やったよぶみゃ! これで宇宙に旅立てる!」

「…………!!」

「あれ? ぶみゃ?」

「ぶみゃあああ!?」

「わあっ!? ごめん、怒らないでよー!」

 

 ぶみゃのすんごく長い悲鳴が響く。

 いきなり大気圏突破は怖かったかな? ついつい興奮しちゃって……ごめんねぇ……。

 そこから彼が落ち着くまで、のんびり星を3周ほどするのであった。

 

 後はのんびり準備を進めて――10日後。

 クレドアレアのお墓も安定したようなので、これでやっと、私は旅立つことができるのだ。

 まずは、一番近くに見える星に向かって。

 

「魔女の娘、この森の最後の生き残り、ユミル。ただいま、宙に旅立ちます!」

「ぶみゃ……」

「発射角度、ヨーシ。障壁展開、ヨーシ。……エンジン点火、ヨーシ! 全速全力、ご安全に……!! 行くよー、ぶみゃ!」

「ぶみゃああああ!!」

 

 相変わらず渋い顔のぶみゃをしっかり乗せて固定して。

 私たちは星の大海へと旅立つのであった。

 

 さあ、楽しい旅の始まりだ!

 




中編のSF作品です。あまり間を開けずに投稿していきます。
ACのVOBが好きで、あの部分がずっとできるゲームやりたい……となって思いついたスピード狂魔法少女です。
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