「ヴァリアノ様、どうかご無事で……!!」
「ありがとうシファさん。行ってくる」
ティハンの用意してくれた船に乗り込み、すぐさま発進させる。
シートに押し付けられる圧を感じながら、コンソールを素早く叩く。
「通信は……駄目か、阻害されてるな。……生きててくれよ、皆」
昨日の夜の時点で、街の皆にはこの『最悪の事態』については伝えてある。
万が一の際は緊急用の避難シェルターや、地下道に逃げ込む手筈になっている。
だから無事だと思うのだが、ラヴァテクスの焦り具合を思えば油断はできない。
自然と操縦桿に力が入り、更に船を加速させる。
「ぐっ……!!」
この星に5つしかない都市に通ずる地下道は、当然ながら多くの船が行き交う。
本来は上下に分かれて行き来するところを無視して、側面を最速で駆け抜ける。
案内板やガス管などがむき出しの壁は、少しでも位置を間違えれば衝突事故を引き起こす。
前方に迫った、道幅ギリギリの巨大コンテナ船を右に――
微かに擦れて火花が散って、けたたましい警告音が鳴り響いた。
「ごめんよ!」
衝突は死。奇跡的に助かっても捕まって牢獄行きだ。
危険は承知の上。仲間が死ぬよりはずっといい。
法定速度を軽く超えて、最大速度で突き進む。
「……しかし、凄い船だな。加速性能も抜群。舵も軽い」
それなりに大きな船だってのに……流石は爺さんが編み出した輝石エンジン。
何の抵抗もなく、唸りをあげて地下道を進んでいく。
性能でいえば廃棄群星に置いてきた船以上だろう。
「これも全部、輝石の力か……」
これが機動兵器に搭載され始めてから戦争は変わった。
ただの一兵器が当たり前のように音速を越え、大幅に向上した出力はこんな飛空艇なら砲撃1つで消し飛ばせる武力を与えた。
特に各勢力の誇る最新鋭機は、下手すれば単体で星を落とせる程だと聞く。
恐ろしい時代だ。多分俺らの命は、片手で持てる輝石よりも軽い。
「こんなもののために、人が死んでたまるか……!!」
この船だってそうだ。
輝石を独自のやり方で燃焼させる爺さんのエンジンのおかげで、最大速度は音速を超える。
ただの飛空艇でそれを可能にするんだ。機動兵器に転用できれば、それは凄まじい技術革新を生む……そうラヴァテクスは思っているんだろう。
だがそもそも、こんな高出力はたかが飛空艇には不要の筈なんだ。
それでも爺さんはこのエンジンをつくり、改良をし続けた。
遂には試運転に失敗し、自分自身が大氷谷の藻屑となるまで……正直、狂気の沙汰だ。
そもそも、爺さんがこの輝石エンジンに固執せずにさっさと設計図と鉱脈を売り飛ばしていればこんな事態にはならなかったんだ。
だが、爺さんも街の皆もそれをしなかった。
どの企業の庇護も受けず、常に攻撃されて奪われる危険を抱えながら、彼らは決して譲らなかったんだ。
金のため……ではない。
そこにはもっと別の理由があるのだと、ティハンが教えてくれた。
『ねえティハン。ルゥタオって誰?』
『おーん? お前、その名前を誰から聞いた?』
あれは俺がまだ10歳かそこらの頃。
爺さんの葬式を終えた夜に――ルステルの分厚い氷天井を見つめながら、紫煙を吐き出していた彼女に尋ねたのだ。
『皆が言ってるよ。これでルゥタオに会えるだろうって。爺さんの知り合い?』
『……そうじゃなあ。知り合いなんてもんじゃない。あれは、あやつらは血族なぞ軽く凌駕する絆で結ばれた盟友じゃった』
『血族……?』
『家族って意味じゃよ。家族を超えた大親友じゃ! ほら、儂とお前の仲みたいなもんだな』
『えー? じゃあ普通じゃん』
『こいつ……散々可愛がってやったというのに……まあいい』
珍しく酷く泥酔していた彼女は、冷たい夜空に頭をふらつかせながら、けたけたと笑みを浮かべていた。
そしてそのまま、楽しそうな、懐かしそうな声色で、爺さんたちの思い出話をしてくれたのだ。
全ての発端は、今から100年前。爺さん達がまだ血気盛んな若者だった時代にまで遡る。
『儂とグラベル、そしてそのルゥタオという男はこのカドミラへ向かう開拓船団で出会ったのよ。当時お前の爺さんは労働者として乗り込んだ民間人。儂は星龍商会の下っ端。そしてルゥタオは……船団のトップじゃった』
『え? じゃあすげえ偉い人じゃん!』
『そうじゃよ。しかも奴は星龍商会の本家の血筋――若くして開拓船団を任された麒麟児じゃ。本来は儂ですらおいそれと近寄れぬ高貴なお方だったよ』
『そんな人と爺さんが知り合い……? どういうこと?』
俺の記憶の中の爺さんは、年がら年中エンジンを弄って煤だらけ。
そしてエンジンができれば何日も、丸一日中大氷谷を飛び回り、戻って来てはまたエンジンを弄る――ただの変人であった。
正直、ほとんど会話をした記憶もない。
そんな人が船団のトップ……宇宙の中でも上から数えた方が早い特権階級と親友だった?
『不思議じゃろ? ただな、お前の爺さんは凄かった! なにせ船団が『崩天我楽』――と言ってもわからんか。大昔の
『ええ!? 爺さんが!? それ本当!?』
『本当じゃ! 凄かったんじゃぞ? 警報と悲鳴が鳴り響く中、あやつは颯爽と戦闘艇に乗り込み単身怪物に立ち向かっていった。あれは、勇ましかったのう……』
爺さんのその蛮勇と操船技術のおかげで敵を見事撃退。船団は大きな損害を被ることなく、カドミラへとたどり着いたそうだ。
正直、ずいぶん出来すぎな話に思える。
酔っぱらいのホラ話ともとれる内容だが、ティハンは爺さんのことで冗談は言わない。
だから信じた。
『そこから、グラベルは船団のあらゆる問題に首を突っ込むことになる。大体巻き込まれたんじゃがな。何故か儂も一緒に……。当然そこにはルゥタオもいて、あやつらは喧嘩や共闘を繰り返して……いつしか、決して揺るがぬ絆で結ばれた盟友となった』
本来交わることのない、身分も種族も超えた友情。
それは苛烈で、眩しくて……なにより微笑ましかったとティハンは呟く。
何も持っていなかった男と、生まれた瞬間から特権階級だった男。その唯一の共通点は、心を通わす程の友がいなかったことだった。
2人と、それに巻き込まれたティハンの騒がしくも微笑ましい日常を開拓民の多くが見守り、惑星カドミラの開拓は、かつてないほどに平穏に事が進んだそうだ。
まさか開拓全体に影響していたとは……俺の爺さんは、想像以上に凄かったらしい。
ただ……。
『……そんな人がいたんだ。でも、俺、会ったことないよ?』
その問いに、ティハンはふっと眉尻を下げて顔を振った。
『そうじゃな。奴が死んだのは、お前が生まれるより前じゃったからな』
『え……?』
『お前の爺さんがなんで1日中エンジンを弄っては飛び回ってたのか。その理由が、ルゥタオなんじゃよ』
偶然を自らの腕で手繰り寄せ、一躍船団の有名人になった爺さんは、他にも多くの仲間と知己を得てなんとか星の開拓を進めた。
当時は彼も
『星の開拓が軌道に乗った頃、遠い宇宙の向こうで大きな事件が起きた。お前も習っただろう? 帝国による侵略戦争じゃ。それで、沢山の資源が必要になった』
『それって、輝石?』
『それもだが、それだけじゃない。兵器を作るには色んなものがいる。特に必要なのは……金属じゃな』
ティハンが煙管で欄干を叩いた。
都市をつくるのにも、船をつくるのにも金属が使われる。
宇宙での生活には絶対に欠かせないそれを、ルゥタオは大量に手に入れようと画策した。
『あ、もしかして、小惑星帯の……?』
『よく勉強しておるな。あの小惑星帯の危険性を知らしめた船団の全滅。それを率いていたのが、ルゥタオじゃよ』
まさに俺がユミルに語った事件。その当事者がルゥタオだったのだ。
それは彼らが出会って20年が経った頃の出来事。
爺さんは、人生で最大の友を失うことになった。
『儂やグラベルは散々止めたんだが、奴は聞かなかくてなあ。まあ、星龍商会、特にその本家は絶対的な成果主義。宙に散らばる兄弟で最も功績をあげた者が重い地位を継ぐ。ルゥタオにとって、やらないという選択肢は存在しなかった。ついには喧嘩別れ。最後は見送りもできぬまま、ルゥタオは旅立っていったよ』
『……』
あの時止められていれば。
きっと、そんな苦悩が爺さんを苦しめていたのだろう。
『じゃあ爺さんが小惑星帯を越えようとしてたのって……』
『ルゥタオを探すためじゃな。まだ生きていて、小惑星帯の向こうで助けを待ってるかも知れない。そうでなくても、死体だけでも持ち帰りたい。……そう願って、あやつはエンジンを作るようになった』
そうして生み出したのが、独自規格のエンジン――輝石エンジンだった。
これを使えば小惑星帯すら突破できると、そう信じて。
『ルステルを造ったのも、輝石を儂らに売らずにエンジンを作り出したのも……全てはルゥタオ、奴の無念を晴らすためじゃ』
小惑星帯からの唯一の生還者。『星渡り』のクラベルが生まれたのは、そういう理由だった。
ただ仲間の無念を晴らしたい……そんな想いが、爺さんを前人未到の偉業達成に駆り立てた。
『だが結局、奴もまたどこぞへ消えてしまった。揃って死体すら見つからんとは馬鹿な男どもじゃ。帰る場所も、待っている者たちもおるというのにな』
『……爺さんの願いは、叶ったの?』
問いには、無言の首振りが返ってきた。
『奴は小惑星帯を突破した。だが燃料の問題で直ぐに帰らざるを得なかったんじゃ。悔しかったじゃろうな。しかも他の企業の連中はその事実だけを見てこう言ったんじゃ。「なんだ、ただのエンジン技師にできたのなら、ルゥタオという男はトンだ無能だったんじゃないか」……とな』
『……酷い』
『そう思うなら、お前はルステルの男じゃな』
ほう、と煙を吐き出して、ティハンが俺の頭を撫でた。
『その後、意気揚々と乗り込んだラヴァテクスが大損害を被ったのは笑ったなあ! あの日の酒は旨かった。……まあ、そのせいで奴らがルステルに恨みを持ったんだがの』
『そんなことがあったんだ……』
どうやらラヴァテクスとの確執もまた、その時に生まれていたらしい。
ひとしきり笑ったあと、『まあともかく』と紫煙とともに言葉を吐き出す。
『他にもルゥタオの後任が金属資源を手に入れようとエンジンの設計図を狙ったりしての。このままでは皆に累が及ぶと、グラベルは星龍商会の庇護を離れ、僅かな仲間とルステル氷下街を築いたのさ』
そこからは俺らも知っての通り。
つまり爺さんは友の誇りと仲間の命、その全てを守ろうとしたのだ。
ただの煤けた爺さんかと思っていたんだが、想像以上に偉大な人だった。
『……凄い人だったんだね、爺さん』
『そうじゃろ? 誇りに思うといい』
二人して、遠く夜空を眺める。
ここからじゃ見えない小惑星帯の方を見つめた。
ルゥタオがいなくなり、爺さんも死んだ。
この冷たい氷下街は、爺さんたちの夢の跡となった。
『のう、ヴァル。お主は死ぬな。この街に根差せとは言わん。お前の人生だ、他の星に行ってもいいだろう。ただ……夢のために命を捨てるなよ』
『……うん』
その後工房は親父が継ぎ、その親父が倒れてからは俺が受け継いだ。
ただ……俺に爺さんたちのような熱い夢なんてない。
そりゃそうだ。俺はルゥタオなんて人は知らない。もう、彼の遺体を探す義理なんてないんだ。
輝石エンジンもただの商品の1つ。何の思い入れもない……筈だった。
「……でも、変なんだよな。不思議とエンジンを改良しちまう。船に乗っちまうんだ」
既に都市部を離れ、荒れ始めた地下道を駆け抜けながら、俺はそう呟いていた。
こうして船を飛ばしていると、不思議と思い出す記憶がある。
まだ俺が幼く、爺さんが生きていた頃。
エンジンが上手く出来て気分が良かったのか、爺さんが俺を乗せてくれた事があった。
とんでもない加速で氷の谷を飛び回る彼に、俺は終始悲鳴をあげてた気がする。
ただ、連れて行ってもらった氷山の天辺。そこから見える景色は、ため息が出るほど美しかった。
『凄い……』
『いい景色だろう。これだけは、ずっと変わらない』
ボソリと呟いたその言葉を、妙に覚えていた。
もしかしたら、ルゥタオと一緒に見た景色だったのかもしれない。
あの美しいものをまた見たくて、爺さんの死後、俺も船に乗るようになった。
船で自由に飛び回るのは確かに楽しいし、エンジン作りもやり甲斐がある。
街の皆は良い奴らだし、シシルとの日々は何よりも大切だ。
夢も熱もないけれど――その日々だけは決して失いたくはない!
「変だよな、爺さん。あんだけ痛い目を見たってのに、次こそは俺が小惑星帯を突破してみせる……そんな風に思っちまうんだ」
ユミルがいなきゃ死んでたってのに。
こうして船に乗っていると、自然とそう思っちまうんだ。次こそは……ってな!
これもあんたの血か? 爺さん!
「ああ、ユミルの箒は凄かった! あんな体験初めてだった。自由自在に、泳ぐように宙を飛ぶ……あんな船、いつか造れるのかな、爺さん、親父……!!」
そのためには、あの工房が、エンジンが必要なんだ。
「なあ爺さん、あんたが築いた街が俺は大好きだ!」
あんたは最後まで望みを叶えられなかっただろう。悔しかっだろうが、あんたは多くの物を残してくれたんだよ。
ああ、そうだ。『星渡り』のクラベルは紛うことなき英雄だった!
宇宙を股にかけ争う戦争屋が欲しがるエンジンつくったんだろ? すげえよあんた!
「あんたが作ったもの、俺が守ってやる! エンジンの製法は奴らには渡さないし、街の皆も死なせない!」
あのエンジンがあれば、ラヴァテクスは小惑星帯を渡るかもしれない。そうなりゃ、あの一帯は荒らされ、ルゥタオの遺体も傷ついてしまう。
そして街の人たちはたった今、危機の只中にある。
そのどちらも救えるのは、俺だけだ――!!
「生きていてくれよ、皆……!!」
祈るような気持ちで船を走らせる。
いよいよルステル氷下街が近い。
響いてくる轟音に、思わず身を固くした。
攻撃が行われている。まさか、抵抗したのか? なら死人が出てもおかしくは……。
「くそ……っ!!」
急ぎたいが、そろそろ音を消して近づかねば。
そう思い速度を落としたその瞬間。
地下道の先に、赤い光が灯った。
あれは……ラヴァテクスの機動兵器!
「バレてたか……!!」
身体の全てが分厚く太い、黒色の人型兵器。
肩の間に埋もれた流線形の頭部の
警告などなく撃つ気だろう。
それだけで、街の状況が最悪だということは理解できた。
……そこまでして、戦争がしたいのかよ、こいつらは!
「奪われてたまるかよ、なあ……!!」
――俺がこいつを落とす! それだけの兵装はある。やるしかないんだ、今度こそ……!!
「……うぉおおおお!!」
なんとか突破しようとエンジンを最大に吹かそうとした、その瞬間。
『――見つけたぁ!』
響き渡る高い声。
迸った青い光が、眼前の機動兵器の構えた銃を半ばからぶち壊した。
「……は?」
『やーっと見つけましたよ、
何故か南西の前哨基地に向かった筈の魔女が、そこにいたのだった。