『――作戦の概要を説明します』
音速を越え加速を続ける箒の上、ビビちゃんの冷静な声が響き渡る。
箒を包む結界のおかげで音は掻き消されることも流れていくこともなく、反響して良く聞こえた。
「お願いします!」
「みゃ!」
『本作戦の目標は大氷谷内の2拠点への荷物輸送及び救援となります。第1目標、星龍商会及びテラプラントが開発中の鉱山前哨基地への荷物輸送。そして第2目標、ルステル氷下街への救援です』
ビビちゃんが映像を投射する。
結界の内側に、先ほどティハンさんが見せてくれた基地周辺の地形図が現れた。
『第1目標地点、鉱石採掘用の前哨基地は地下2kmに埋没しており、到達には複雑に入り組んだ地下道を突破する必要があります』
拡大された地形図で光を帯びている、複雑に絡み合った地下道はまさに迷宮。
ちょっと道を間違えたら引き返してた……なんてこともありそうだ。
『星龍商会提供の坑道図に従い、最短経路を
「うん、わかった!」
地下突入地点まではまだ距離がある。
それまでは上空をひたすら直進。今のうちに大まかな方角だけは頭に入れておこう。
『前哨基地周辺は氷蛇の巣。この半機械生命体の武装は岩を掘り進む金属の
「ドリルに……レーザー!?」
蛇の頭、金属のそれがパカリと開いて光を放つ映像が流れる。
真っ赤なレーザーは熱くて、強力そうだ。
「痛そう……それ、性能は?」
『――充填時間3秒、射程距離はおよそ200m。発射後の冷却時間は5秒。集中砲火を受ければ結界が持たない可能性が高く、最低限の回避行動は必須です。ただ、
「つまり、飛ばせばいいってことだね!」
「みゃ!?」
『
「ぶみゃ!?」
『ただし、コンテナの破損は基地の方の生存率に影響が出ます。無茶な動きをして荷を落とすことがないようご注意を』
「勿論!」
急ぎすぎて依頼を失敗、じゃ話にならない!
どっちも完璧にやる。
『続けて、基地からルステル氷下街へのルートについて』
地形図が大きく引いて、4都市を含めた広範囲が映し出される。
地下の前哨基地からルステル迄の光線が描かれた。
『当該地域は現在ラヴァテクスの武装機動兵器によって攻撃を受けていると推察されます。その状況下で地表側からの接近では撃墜の危険性が高く、地下道を使用することを推奨しますが――』
「最速ルートで!」
『――だと思いましたので、前哨基地から最短で地表へ出るルートを
「ありがとう!」
揺れる箒を強く掴んで、展開していたエンジンを一つずつ減らしていく。
まもなく地下道突入地点、速度は落としていく。
そして箒の先端部分に別の魔法を起動する。
前方に向けて強烈な光を放つ、明かりの魔法だ。
さあ、ここからが本番。
ぽっかりと開いた大穴に飛び込み、私は地下道へと突入する。
ひゅん、と空からの光が途絶え一瞬真っ暗になった視界は、すぐさま赤い光に照らされる。
地下道――というにはあまりに広大に掘りぬかれた空間には、地面や天井に赤い誘導灯が埋め込まれているみたい。
「広い……!! 全然狭くないね。向こうの壁とか見えないよ?」
『鉱石出荷用の飛空艇の発着場予定地です。氷蛇の出現で工事は中断されているようですね』
「あ、なるほど!」
つまりこの辺りは現状廃墟。誰もここにはいない様だ。
上下左右に組まれた骨組みの間を通り抜けて進む。
すると壁が狭まり、直径10mを超す地下道に突入した。
「こっちも広い」
『前哨基地までの地下鉄道を敷いていたようですが、こちらも中断されています』
「なるほどー。じゃあ、途中からなくなるんだね」
『
「え?」
驚いた直後、流れる景色が一変する。
周囲を覆っていた壁は黒い金属から岩肌に代わり、誘導灯も消失した。
「真っ暗!」
「ぶみゃ!?」
『ここからは
「了解――わっ!?」
頷いた直後に眼前に迫る壁面。
慌てて右に舵をきって再加速。
振り回されたコンテナが激突するスレスレで通り抜けられた。
「危ない……!!」
『
「……!!」
ビビちゃんの警告から5秒もなかった。
反応できる限界ギリギリ。
でも、やらなければ間に合わない。
私たちはヴァルさんの倍近い距離を進まねばならない。
間に合うためには……安全に進める速度の、倍必要なのだ。
――大丈夫。私ならできる!
だから信じて――突き進む!
「さあ、行くよー!!」
今度は箒の後ろじゃなく、箒を包む結界の上下左右に1門ずつ小型エンジン――
それらは今は使わない。
代わりに限界まで魔力を溜め込んでおく。
『角度表示します。こちら、右斜め上方』
「――うん!」
ビビちゃんが示した上斜め、その入口が間近に迫る。
箒の向きを変えて――じゃ間に合わないから、下側の小型エンジンから火を噴きだした。
地下道内に爆発音が鳴り響き、箒が真上に
指示された地下道に滑り込み、そのまま加速を維持する。
『お見事』
「ぶみゃ!」
充填に少し時間がかかるから連発はできないけど、それこそ私の腕の見せ所!
『次、左折です』
「はーい!」
一瞬エンジンを止めて箒をぐるりと回す。
内側の壁にアンカーを打ち込んで勢いを殺し切らずにコーナーを周りきり、直後再点火。
壁に衝突する寸前で左へと進む。
『次、下方です』
「了解ー!」
そうこうしてる間に充填完了!
『速度充分。この速度を維持できれば目標達成は容易です』
「わかった!」
『間もなく氷蛇の出現区域に入ります。警戒を』
「勿論!」
高鳴るエンジンと震える箒の音色に混じって、周囲から揺れる轟音が響き始めた。
軋む機械の音色を轟かせ、進む先の壁の至る所から赤い光が飛び出した。
『――――』
岩壁から飛び出した氷蛇の頭部が輝き、20を超える赤い熱線がこちらへと放たれた。
箒の速度とか関係ない、行く手すべてを埋め尽くすような格子状の迎撃――!!
「ぶみゃ、前方の障壁厚めに!」
「ぶみゃみゃ!」
相手は半機械だが、統率は完璧じゃない。
格子の
熱線に焼かれて障壁が悲鳴を上げるが、破壊はされない!
「いけるよ!」
「ぶみゃ!」
『
「はい!」
ビビちゃんの言う通り一度砲撃を防げればもう置きざりにして先に進む。
ああして撃って来るならもう避けきれる――!!
『――真上から金属反応』
「……っ!!」
視界の奥、天井から岩が崩れ落ち始めた。
落石――ではなく、
障壁を貫く気……!?
「問題なし! 障壁!」
箒を覆うのとは別の障壁を真上に生み出して、蛇を弾く。
ほんの一瞬受け止められれば、その下を潜って終わり!
砲撃はよけ、飛び出してくる蛇は障壁で弾く!
そして複雑な道は
「待っててくださいね、ヴァルさんたち――!!」
絶対に速度は緩めずに、真っすぐに進んでいくのだった。
***
『――お待たせしました! 物資のお届けです! 開けてくださーい!』
『ぶみゃ!』
辿り着いた前哨基地で、私は拡声魔法を使って声を張り上げる。
基地は硬い岩盤から伸びた支柱に全方面から支えられて中空に浮かぶ、球体上の不思議な構造をしていた。
真っ黒くて硬そうな壁に覆われていて、その奥は見通せない。
これなら確かにレーザーでも
「……反応ないね?」
「ぶみゃ」
ヴァルさんと最初に会った時のことを思い出す。
流石に、この基地全体が気絶したなんてことはないだろうけど。
「……ん?」
基地からぶおん、と音が発せられ、衝撃とともに風が通り過ぎていった。
なんだろうか、今の。
『――周辺に氷蛇の反応なし。ゲート解放します』
「おお!」
鳴り響いた機械音の直後、壁の一部が音もなくスライドしていった。
同時に現れたランプがくるくると赤い光を点滅させ始めた。
「あそこが入口みたいだね」
『
「うん!」
すっと中へと入ると、現れたのは大きな格納庫。
ヘルメットを被った男性が大きく手を振っているので、そこへとコンテナを下ろした。
「よーし! ありがとうございます。あなたがユミルさんですね。私はここの担当の――」
「物資、確かにお届けしました! では!」
「え!? ちょっと……!?」
コンテナを置いて浮かび上がった私たちに、担当者さんは慌てて駆け寄る。
あ、そうだ。
「これ、目録です!」
「あ、ありがとうございます……って、そうではなくて!」
慌てて止めようとしてくるけれど、ごめんなさい。
急いでいるので、すぐさま外へと流れていく。
「あの、どこへ……報酬は!?」
「後で直接、受け取ります!」
話している時間はない!
ゲートの外へと出た直後に、エンジンを起動。
そのままビビちゃんの示す方向へと飛び出していった。
『――ではこれより、ルステル氷下街への
「お願いします! 気を付けることは?」
『敵機動兵器の攻撃は当然として、1点』
示されたルートは、本当に真上へと線が伸びている。
直角に折れ曲がって一直線に外へと飛び出す……これって……。
『地表へ出る最短ルートは、地下道内に存在する
「急停止して真上に……ってことだね」
『
「……分かった!」
最後の難関、私の腕の見せ所だ。
もう複雑な地下道も、そこから飛び出してくる氷蛇も脅威じゃない!
全速力で駆け抜けて――そのポイントがやって来る。
『間もなく上昇地点です』
「了解! ぶみゃ、おいで」
「ぶみゃ!」
「冷えるよー!」
ぶみゃがローブの中に潜り込む。
同時に、私は指を鳴らして
狭いクレバスを通るには、今だけ生身で進む必要がある……!!
「――っ~~!?」
途端に全身を凄まじい冷気が覆いつくす。
頬も身体もガッチガチに冷たくなって、全身を恐怖が襲う。
寒い、痛い、怖い……!!
でも、今だけは結界が邪魔なんだ!
凍える身体をなんとか動かし、箒の上に立って腕を振るった。
『結界パラシュート、展開!」
エンジンの火を消して、箒の柄をぐっと持ち上げ、前面に大きな結界の盾を形成する。
それは空気の抵抗を受けて、高まっていた速度が一気に落ちていく。
ぶるぶると震え出す身体で必死に箒を抑え込み、その時を待つ。
『カウントダウン開始します。5、4――』
「……!!」
意識を集中。
全力で魔力を溜め込んで……今!
「はあっ!!」
見上げた視界がぱっと明るくなったその瞬間に、エンジンとスラスターの両方を一気に全力噴射!
ほぼ止まりかけていた箒が、一気に真上へと飛び出した。
「……狭い……!!」
真っ白な筈なのに深い青色に揺らめく氷壁をすれすれで滑り抜けていく。
結界がないから掠るだけでも吹き飛んじゃう。
恐怖に怯みそうになる身体を、全力で抑え込む。
ヴァルさんを、皆を助ける。
魔女が与えてくれたこの力は、きっとそのためにあるんだ……!!
霞む視界の中、全力で箒を操ること、数十秒。
「見えた……!!」
強烈な光差し込むその向こうへと飛び出した。
『地上へ出ました』
「……結界! あと、火! 火!」
すぐさま結界で周囲を覆い、目の前に魔法で火の塊を吐き出した。
今だけは回復優先!
「……駄目かと思った……寒すぎるよ……!!」
「ぶみゃ……」
『お疲れさまでした。壊死などは?』
「ん、大丈夫! でもこれ、万が一落ちちゃったら1時間も持たなさそうだね……」
過酷な氷の星の環境に改めて身体が震える。
こんな大変な場所を切り開いて住めるようになったのだから、本当にすごい。
「もし街が壊れちゃったら、たくさんの人が死んじゃうね……」
『
「……うん! 行こう!」
再び6門のエンジンを生み出し、音の壁を超える。
そうして全力での移動を開始してしばらく。
『目標地点、間もなくです。――前方、飛行物体あり』
「……!!」
聞こえてきた声にハッとすると、黒い塊がこちらへと動いてきていた。
おっきな人型。あれが……機動兵器!
その腕には大きな銃が握られている。やっぱり、攻撃する気なんだ!
「……まずは兵器の無力化! 行くよ!」
移動中にビビちゃんと作戦会議済み。
氷下街を守るため……機動兵器との戦闘に入ります!
***
『――対象の追跡失敗。ロストした』
突如入ってきた通信に、皆の動きが一瞬停止した。
今はルステル氷下街に急襲をかけ、包囲を終えた所であった。
抵抗らしい抵抗はなく、代わりにこちらの勧告には従わずに閉じこもっている。
――出てこなければ、順番に施設を破壊する。
既に街の端にある、生体反応のない建造物を2つ破壊している。
それでも出てこないのは、殺す気がないとでも高を括っているのだろう。
そんなつもりはない。
輝石と、例のエンジンの設計図を持ち帰らねば我々が咎を受ける。
次は住民のいる建物を……そう思った時の通信だった。
『ロスト? 副長が?』
『あの人が追いつけないなど……』
『――詳細を報告せよ』
騒ぎ始めた新人の声を遮るように、気持ち張り上げた声で告げる。
『前哨基地に到達後、対象はすぐさま離脱し移動を開始。追跡をしたが、途中でクレバスを通って地表へと出た。当機体では通過不能。追跡は断念する』
『……クレバスを? そうか、箒だから……』
兵器としてはあまりに矮小だが、それ故に活用手段もあるということか。
『奴の目的は分かるか?』
『……奴は明らかに急いでいました。今、それほどの緊急事態が起きているのは、そちらだけです』
『まさか、来る気か? 箒だぞ?』
いくらザメニ一家を倒せたのだとしても、こちらは30名の一個小隊。
半分を鉱山に向かわせているが、それでもこの氷下街なら十分な数がいる。
それを承知で来るなど、いくら何でもある筈が……。
『――未確認物体接近! あれは、彗星……? うわっ――!?』
『どうした!?』
部下の悲鳴が響き、そのまま通信がロストする。
奴の配置は……一番外側。
副長がロストした地点に最も近い……!!
『総員迎撃準備! 彗星――奴の箒が見えたら撃て!』
すぐさま方向転換。スコープを覗き込むが、計器に反応はない。
いくら小さくてもこの氷下街なら見落とすはずが――。
『は!? こっち!? 彗星、せっき――』
今度は
馬鹿な、反対!? 今の一瞬で反対側に到達したと!?
どんな速度だ……!!
『対象はっけ――』
『なんでこっちに――』
『美しい――』
続けて聞こえる声に破壊音。
その位置は明らかに散っているが、法則は見えた。
外から渦を描くようにこちらへ迫っている。
『――生き残ってる奴は俺のところへ!』
即座に反応した3機が集い、背中を預け合う。
これなら不意打ちは防げるはずだが、果たして――。
『馬鹿げている……!! たかが箒に負けるなど……』
そう呟いたその瞬間。
ちかりと、視界の端で青い光が瞬いた。
凄まじい衝撃が襲い掛かったのは、それとほぼ同時であった。
『……なっ……!?』
跳ねられた機体に頭が揺さぶられる。
『――右腕部、破損』
冷徹な機械音声が告げた事実に、身体が震える。
視認不可能な程の速度での衝突。
そんなものを受ければ、確かに機兵などひとたまりもない……!!
なんとか機体が制御できた時には、他の3機も同様に腕を破壊されていた。
武器を持つ腕だけを的確に……!!
『なんだこれは……!!』
だが、兵装はまだある。
肩部に内蔵されたミサイルを作動させようとして……動かなかった。
全身が何かに固定されたかのように動かず、なんとかバーニアをふかしても、機体が制御できない。
まるで透明な何かに包まれている様な……。
そのまま機体は身動きすら取れず、氷下街の床へと墜落していく。
『機体制御不可能。部隊は全滅、か……』
視界に輝く青の光を見てそう呟く。
どうやら我らは、とんでもない化け物の檻に踏み込んでしまったらしい。
『早過ぎる……化け物め……』
接敵の通信から僅か数分。
氷下街占領作戦は、たった1つの飛行物体によって阻止されたのだった。