星渡りの魔女特急便。あと猫。   作:穴熊拾弐

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第14話 惑星カドミラ⑧/ルステル氷下街

 

 

『全ての敵性存続の沈黙を確認。作戦終了、お疲れ様でした』

 

 ビビちゃんの穏やかな声を聞きながら、私は大きく息を吐き出した。

 まだ身体が酷く冷たいのは、さっきのクレバスで冷えたから……だけじゃなさそうだ。

 

「……っ」

 

 身体はとっても冷たく重いのに、心臓だけがばくばくと跳ね続けて苦しい。

 気を抜いたら倒れちゃいそうで。

 ふわふわと浮かび漂う箒の柄をぎゅっと握りしめて、俯いたまま問いかける。

 

「……ビビちゃん、街の損害は分かる?」

肯定(ヤー)。2カ所砲撃を受けた個所はあるようですが、どちらも街の端側です。未使用の古い施設と思われます。死傷者は限りなくゼロに近いかと』

「……そっか」

 

 周囲に音はなく。

 肌に触れる空気は重く冷たく、ゆっくりと沈んでいっていた。

 

 ……静かだなぁ。

 あれだけ騒がしかった機動兵器の音は消え去って、地下道はとっても静か。

 だから多分終わったんだと思う。

 ぶるぶると震える両手で顔を覆って――。

 

「良かったぁ……間に合ったー!」

 

 そんな、心の底からの声を出した。

 駄目かと思った。間に合わないかと思った……。

 

 あの狭いクレバスを通っていた時、何度か頭をよぎったんだ。

 あ、これ死んじゃうかも……って。

 

 その瞬間から、あれだけできていた箒の制御ができなくなった。

 ぶつかってないのが奇跡だと思う。

 ううん、もしかしたらこれも、潰れて死にかけている私が見てる幻覚じゃないかとさえ思う。

 それくらい、身体が冷たくて重いんだ。

 

 ――怖かった。苦しかった……。

 

 ねえ、誰も死んでないよね?

 街の人たちも無事だし、ラヴァテクスの人も殺してないよね?

 そして……私はちゃんと生きてるんだよね?

 分からない。ただ、震える身体を制御できずにいた――んだけれど。

 

「ぶみゃ」

 

 ふと、覆った手の甲に毛がふぁさふぁさと触れる。

 ……暖かい。

 顔から手を外すと、ローブから出ようと藻掻いているぶみゃがいた。

 落っこちないように、身体を冷やさないようにと、きつく締めていたローブは彼には窮屈だったんだろう。

 その動きが、無重量で藻掻いてるみたいで何故だかとってもおかしかった。

 

「ふふっ、くすぐったいよ、ぶみゃ」

「みゃっ、みゃっ……!!」

「……暖かい」

「みゃぁぁ」

 

 ローブごと枯れ草の身体を抱きしめて、ゆっくりと息を整えた。

 息を吸う度に、ぶみゃの匂いが――魔女の星と同じ匂いがする。

 ……うん、落ち着いた。

 

「――ユミル! ……うわっ!? 機動兵器……!?」

 

 聞こえてきた声に顔をあげると、地下道に降り立った船からヴァルさんが飛び出してきていた。

 結界で拘束した機動兵器を見て、慌てて転びかけている。

 そんな彼を見て、私は思わず噴き出して……それから、ふん、と息を吐き出した。

 これは夢じゃない。なら、私は生きてるし、クレバスもちゃんと突破したんだ。

 ……よし、もう平気!

 

「ヴァルさん! 大丈夫ですか?」

「大丈夫って、それはこっちの……はあ、君ってやつは……」

「?」

 

 俯いちゃった。

 ほんとに大丈夫なのかな……?

 

「……もしかして、俺らの話を聞いてたのか? ビビ」

肯定(ヤー)。申し訳ありませんが、あなたの身体に粘体の一部を仕込ませてもらいました』

「いつの間に……」

 

 ヴァルさんの身体から小さな粘体が出てきた。

 肩の上でぴょんぴょん跳ねてる。

 そのまま粘体はこちらに飛び込んできて、鞄の中のビビちゃんと合流していた。

 そんなことまで出来るようになってたんだ……。

 

「君たちを巻き込まないようにしたってのに……」

「あの、ヴァルさん、ごめんなさい。私が――」

「……謝らないでくれ。謝罪すべきはこちらだよ。君を巻き込んでしまったし、また助けられた」

 

 溜息を吐きながらも、穏やかな声でヴァルさんがそう言った。

 良かった。いつもの優しいヴァルさんだ。

 

「その様子だと、ラヴァテクスの機動兵器は君たちが止めてくれたんだろう?」

「はい、全部無力化しました! ね、ビビちゃん」

肯定(ヤー)

「そんな気軽に……ティハンからの依頼はどうしたんだ?」

「勿論、そっちもちゃんと届けました!」

 

 ほら、コンテナないでしょう?

 手で示してみせると、ヴァルさんの首ががくりと曲がった。

 

「……つまり、前哨基地まで行って、その後ここにきて機動兵器を倒したと? 俺がルステルにたどり着くまでの間に?」

「? はい」

「……君ってやつは……」

 

 また俯いちゃった。

 大丈夫だろうかと覗き込んだら、いきなり笑い声を上げだした。

 

「――ははっ、ははははっ!! 君ってやつは……最高だ!」

「ええ?」

「凄いな、これじゃ本当に魔法みたいだ!」

「魔法ですけど……?」

 

 どうしよう、おかしくなっちゃったのかな。

 ひとしきり笑った後、ひーひーと涙を拭いながら、ヴァルさんはこっちを見た。

 

「すまない、そうだったな。……ともかく、ルステルは君が守ってくれた。全て君のおかげだよ、ありがとう」

「……!!」

 

 思いっきり頭を下げたヴァルさん。

 私はそれをちゃんと見れてなくて、また震えだした手を見つめてた。

 今度は怖いからじゃない。そんな両手を頬に当てて、私はにんまりと、だらしなく垂れちゃう顔をギュッと押さえ込んだ。

 

「えへへ……私のおかげ……」

「……ぶみゃ」

 

 蕩けていたら、ぶみゃの尻尾に叩かれた。

 いけないいけない。今は集中しないとね。

 ヴァルさんもハッと顔をあげて真上のルステル氷下街を見た。

 

「っと、そうだ。街は!? 皆は無事に……」

「あ、それはまだ確認できてないんですが、ビビちゃんは死傷者はゼロじゃないかって……」

「は? ゼロ?」

 

 ぎょっと目を見開いたヴァルさんが、背後の機動兵器を見つめる。

 ぎぎぎ、と音が鳴りそうな動きでこちらを見返すと、ぎこちなく頷いた。

 

「……嘘、じゃなさそうだな……とにかく街に入ろう。これも運ばないとな。ユミル、悪いけど協力を頼む」

「はい!」

 

 船に乗り込んだヴァルさんとともに、氷下街へと戻っていった。

 

 

***

 

 

『反応停止――全滅か』

 

 ルステル氷下街から数㎞離れた地下道。

 緊急時に使用される、地上への避難階段が設置された窪みに埋もれるようにして、1機の機動兵器が潜んでいた。

 それは、ユミルに置いていかれた追跡任務の1機。

 迂回してルステルへと向かっていたが、聞こえてきた通信と、最後に隊長機から届いたコードで状況を理解した。

 

『戦闘時間、およそ2分……化け物だな』

 

 全機の反応が健在だというのに全滅とはあまりにも奇妙ではあるが、そう通信が来たのだから信じるしかない。

 機体全てが動かなくなったのもその証左だろう。

 

『度し難いな……』

 

 たかが箒に……という驕りはもう捨てた。

 追跡していた自分だからこそ理解できる。あれは規格外の怪物だと。

 やっと戦地から離脱出来たと思ったら、あんなのに遭遇するとは。つくづくツキがない。

 短く息を吐き出して、通信回路を開く。

 

『――第二分隊、応答せよ』

『こちら第二分隊。副長、どうされました?』

『隊長がやられた。第一分隊は俺を除いて捕縛された。全滅だ』

『――何ですって?』

 

 まあ、そうなるよな。

 この状況だが思わず苦笑が浮かぶ。

 自分で言っていても理解しがたい出来事である。

 

『想定外の因子があってな。ともかくこちらは作戦続行不可能だ。そちらの状況は?』

『問題ありません。こちらは無人で、制圧は容易でした』

『そうか。……痛み分けか』

『は?』

 

 鉱脈はくれてやる。

 だが街は渡さない――そんなところか。

 

『何でもない。一旦そちらへ合流する』

『了解。……隊長たちはどうなさるおつもりで? 奪還を?』

『いや、まずは鉱脈の確保が最優先だ。基地に連絡。工兵と採掘班を呼べ。お前らは引き続き鉱山の確保だ』

『――了解』

 

 通信を切って、すぐさま移動を開始する。

 まずはルステル氷下街から可能な限り離れ、索敵されない位置から地上に出なければならない。

 追ってくるなどまさかそんな余裕はないだろうが、念のためだ。

 あの化け物は得体が知れない。

 瞬く間に14機を停止に追い込んだあの速度。

 その様は、例の帝国機を彷彿とさせるが、星龍商会の万屋如きにそんな兵器をつくれるとも思えない。

 噂の輝石エンジンとやらでも不可能だろう。

 

『……あるいは本当に、魔女(ウィッチ)かもしれないな』

 

 呟いて、ふっと笑みが零れる。

 そんな筈がない。箒に跨がる魔女など、空想上の産物なのだから。

 さあ、上になんと言い訳をするか。

 重たい息を吐き出しながら、静かな脱出任務を開始するのであった。

 

 

*** 

 

 

「――シシル!」

「――ヴァル!」

 

 機動兵器と一緒にルステル氷下街へと戻ると、シシルさんがこちらへと走ってきていた。

 そのままがしっと抱き合って口づけを交わしてる。わあ、熱烈だ……。

 

「……皆は無事か!?」

「ええ、工房は無事よ。何度か砲撃があったみたいだけど……」

 

 建物の向こう側から黒煙が上がっている。

 

「あっちは……廃材置き場か」

肯定(ヤー)。2度攻撃がされたようですが、どちらも威嚇射撃だったと思われます』

「……攻撃する気はなかった? いや、そんなわけないか」

 

 そんな優しい相手じゃないだろう。

 もう少し到着が遅れていたらと思うと……怖いね。

 

「ともかく、無事だったんだからいいじゃないですか。でも、皆出てこないですね?」

「……無理もない。まだ機動兵器が全滅したって分かってないんだろう。ちょっと走って報せてくる」

『それでしたら、魔女(ウィッチ)ユミル。拡声魔法を使っては?』

「あ、そうだね」

 

 指を振って魔法を発動。

 大きく息を吸い込んで、声を張り上げた。

 

『――みなさーん! もう機動兵器は倒しましたよー! 出てきてくださーい!』

 

 びりびりと揺れる音が街に響いていく。

 しばらく待つけど……反応がない。

 

「……出てこないね」

「ユミル、それ、俺の声でもできるか?」

「あ、はい! どうぞ」

『――皆、俺だ、ヴァリアノだ。今の言葉は本当だ。危機は去ったぞ!』

 

 ヴァルさんの声を受けて、ようやく多くの人たちが家から恐る恐る顔を出してきた。

 かと思ったらヴァルさんを見つけて、大慌てで飛び出してくる。

 

 そうして、直ぐに氷下街は多くの人たちの賑わいで一杯になった。

 

「被害はどうだ?」

「人は無事だが、代わりに資材置き場と南の空き家がやられた。今カルロたちが火消しに行ってる」

「おい、この機兵動いてないか!?」

「拘束しただけらしい。中のパイロットも生きてるよ。この声も聞こえてんだろ」

「何!? じゃあ……文句の一つでも言ってやりてえが、こうして目の前にいると怖えな……」

「……だな。今のうちに更に拘束しておくぞ」

「おう!」

 

 無事を確かめ合ったり、積んである機兵に驚いたり。

 それでも、不思議と悲壮感がない。

 皆やることを見つけて動き出している。

 

「なんか、皆元気そうだね……?」

「ぶみゃ」

「まあ、慣れっこだからな」

「え? ……こんなことが何回も?」

 

 危機は承知の上で過ごしていたみたいだけど、まさかそこまで……?

 目を瞬かせていると、ヴァルさんが苦笑いを浮かべて首を横に振る。

 

「まさか。流石に機動兵器が来たのは初めてだけど、ザメニ一家とか、泥棒が来たりとかは何度かね」

「そ、そうなんですね……」

「元々がどの企業にも属さずに独立した都市だからな。孤立してるけど、その分結束は固いし、皆慣れてるんだよ。ティハンみたいに協力的な人は稀なんだ」

「へえ……」

 

 この銀河通商連盟で、企業の庇護下にいないというのはそれだけ危険だということみたい。

 そうまでして、お爺さんたちには叶えたかった夢があるってことなのかな。

 輝石でエンジンを作って……あ!

 

「ヴァルさん、鉱山は!?」

「ああ、そっちにもラヴァテクスの部隊が向かってるそうだ」

「え? 大変じゃないですか! 止めに行かないと……」

 

 逸る私を、ヴァルさんが慌てて止めた。

 

「大丈夫! いいんだ。鉱山は奴らに渡す」

「ええ?」

『よろしいのですか? エンジン製作には必要なのでは?』

「必要だが……輝石ならどこでも手に入るからな。そのために仲間が死ぬのは、違うだろ。なあ皆」

 

 賑やかな氷下の都市を見つめて、ヴァルさんが言う。

 その顔は、とっても穏やかで。

 

「だなあ。鉱山から撤退しててよかったぜ。いたら今頃くたばってたな」

「戦争だからって頭下げるくらいしやがれってんだ。そしたら高値で売ってやったのにな!」

「今から請求するかあ? ガハハハ!」

 

 凄い、誰にも悲壮感がない。

 もしかしたら、ずっと決めていたことなのかもしれない。

 

「な? だからいいんだ。正直、限界は感じていたしな。戦争屋の企業相手にただの星人(レプリカ)ができることはない。……それにラヴァテクスには、帝国と戦ってもらわないとな?」

「ははっ、確かにね! 鉱脈をくれてやったんだから、帝国の野郎をぶっ倒して来いってんだ」

 

 おう、といろんな所から声が上がった。

 そっか。そもそも同じ連盟の人たちなんだもんね。

 ……なら、なんでこんなことに……?

 むう、難しい。その辺りも学んでいかないとなあ。

 

 ふと、冷たい風が通り抜けてぼうおうと音が鳴る。

 誰かの鳴き声みたいなその音に、ヴァルさんはふっと微笑んだ。

 

「……ここまでだ、爺さん。あんたらの夢の船は俺がちゃんと引き継ぐよ。いつか俺の手で、小惑星帯を越えてみせる。だから、この街はここまでだ」

「ヴァルさん……」

「さ、感傷に浸るのはここまでだ。ユミルとビビ、手伝ってくれ。こいつらを……どうしようか?」

 

 そう言って、ヴァルさんが機動兵器を指さした。

 街の至る所に墜落した機動兵器が、計14体。

 

「あ」

『実は、砲撃よりも機動兵器の墜落場所の方が被害が多いと思われます。魔女(ウィッチ)ユミル』

「……え゛!?」

「ああ、怪我人は出てないから安心しろ」

 

 安心できないですよ!?

 建物とか壊れてないよね? 大丈夫だよね?

 

「俺たちじゃこいつらどうにもできないしな……壊すにしろ返すにしろ、手伝ってもらうぞ?」

「は、はいー!」

「よし、皆も手伝ってくれ! 終わったら……宴だ!」

「おおー!」

 

 こうして、ルステル氷下街の騒動は終結を迎えるのであった。

 

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