惑星カドミラ。
広大な星の海に存在する3大勢力の1つ、銀河通商連盟の端に位置する辺境の星。
『端』と表現されるのは、文字通り星系の外縁に位置する点に加えて、その外側に『廃棄群星』が広がっているためである。
金、土地、資源――あらゆる利益を求め、節操なしに版図を拡大し続けた手練れの商人たちですら『廃棄群星』にはその手が届いていない。
その事実が、この一帯を不可侵なものにするには十分であった。
外から入ることもできず、中から何かが出てくることもない。
不気味な程に閉じた星域。
それを物理的側面から成しているのが、この分厚い小惑星帯である。
「――でも、そんなみっちり岩が浮かんでるわけじゃないんですよね?」
そんなヴァルさんの講座を聞きながら、私は浮かんだ疑問を口にした。
採掘の合間、ヴァルさんはまずこの辺りの宙域について教えてくれたのだ。
『
「ああ、それはそうなんだが……ここの廃棄小惑星帯だけは少し事情が異なる」
「?」
「ぶみゃ?」
「こんな逸話がある」
長い時間と資源を注ぎ込みカドミラ開拓に成功した船団――未開の地の資源と土地の権利を得て売りさばく商人たちであるが、彼らが次にと狙いを定めたのは、当然その外側に広がる廃棄群星だった。
およそ別の星系と言っても過言ではない数十の星の集合体。
その資源的価値に期待した船団は意気揚々と小惑星帯に突入し――僅か1日で全滅したのだという。
「カドミラでは子供にも教える一大事件だよ。だから君たちが知らなくて驚いた」
「……たった1日で? 全滅しちゃったんですか」
「そうだ。20を超える船団が残らずな。決して操船が駄目だったわけじゃないぞ? この辺境までやってきた一流の開拓士たちだからな。隙間だらけの小惑星帯で全滅する腕じゃない」
そもそもカドミラが広大な人類圏の端の僻地で。
そこまで辿り着いた一団は理由はどうあれ一流であった、と。
「じゃあどうして?」
「あの小惑星帯は、岩が襲い掛かって来るんだ」
「岩が?」
「ああ。まるで意志があるかのように侵入者を迎撃をしてくるんだ。だから何も知らずに中に入れば、船があっさりと粉々にされるんだ。それこそ粉砕機にかけたみたいに粉々にね……。だからあそこは『破砕小惑星帯』と、そう呼ばれるんだ」
巨大な迎撃装置の如き壁。しかも構成するのはただの岩。
戦艦をいくら投下しようが大した効果は期待できないし、例え突破したとてその先にあるのは金属資源。
費用対効果が見合わずに銀河通商連盟もその開拓を大昔に諦めた場所――なのだけれど。
「あの、ヴァルさん」
「ん?」
「もしかして、小惑星帯って普通襲ってこないんですか?」
「……」
「……みゃ」
問いかけには、何故かたっぷりした沈黙が返ってきた。
……そんな変なこと聞いたの、私?
凄い顔で固まったヴァルさんが、慌てて口を開いた。
「……当たり前だろう! ただの岩がそんな自在に動いてたまるか!」
……そうなんだ。
実は小惑星帯について、近いことをビビちゃんから聞いていた。
この先に広がる小惑星帯は岩が蠢くのだ、と。
それを聞いた時は――やっぱり! とすっごく納得したんだけれど……。
だって
巨大な要塞から放たれるレーザー照射を華麗に避けながら炉心を狙ったり、星より大きい宇宙怪獣なんかは岩の棘ミサイルみたいなのを出してたり!
宇宙にはそういうのが当たり前にあって。だから避けられるように
じゃあ、宇宙怪獣は? 宇宙海賊は? どっちもこの宇宙にはいないの?
そんな……。
「私の努力、無駄だったの……?」
『
「……だよね!」
今はヴァルさんを届ける! その後に色々と教えてもらおうそうしよう!
箒の調整をしながら、ヴァルさんに必要な確認をしていく。
「ヴァルさん、その岩の速さってどのくらいです?」
「ん? そうだな。秒速20kmとかそこらじゃないかな。追われるだけなら問題なく振り切れるんだが、周囲は障害物だらけ。しかもそれが四方八方から飛んでくるとなると……避けるのは不可能だな」
「……なるほど!」
俺もそれにやられたのだと、悔しそうにヴァルさんは言った。
でも、大丈夫。
結界に
ヴァルさんやその通商連盟?が抱える問題も、私の……ううん、
「安心してくださいヴァルさん。私たちが安全に届けてあげますから!」
「あ、ああ。よろしく頼む」
そして教えてください。宇宙怪獣と宇宙海賊の真実を!
『では向かいましょう。到着予定時刻は――およそ、5時間でしょうか』
「は? 俺の船でも2日はかかる距離だぞ……!?」
「安心してください! 私、とっても速いので!」
箒をくるりと回してそう告げた。
さあ行こう、惑星カドミラへ!
***
カドミラと廃棄群星の間に立ち塞がる蠢く巨壁――破砕小惑星帯。
群れ成す障害物と、それが能動的に襲い掛かってくるという奇怪な現象のせいで跳躍航法も使用不可。
結果、数千kmに渡る分厚いその帯を自力で突破しなければならないという苦難が待ち受ける。
ただその奥に眠るは数十を超す金属資源の
数多の夢追い人が挑み、噛み砕かれてきた絶望の区域。
そこを貫く青き光があった。
『――方角にずれを検知。修正を』
「避けるの優先!」
叫びとともに、後部に生み出されたエンジンが唸りをあげる。
流れる小惑星の1割にも満たない小さなその光は、襲い来る岩を避け、なぞり、時に打ち砕いて――あろうことか加速をし続ける。
「速すぎる……!!」
「急いでるんでしょ!? なら、全速力で行きますよ!」
そう叫びながら、飛び込んできた10kmを超す巨岩の岩肌すれすれを滑り避ける。
僅かに尖った部分が結界に掠れて鈍い音をあげた。
思わず硬くなった身体が、圧でシートに押し付けられる。
「ひぃ……!? どうしてこの障壁は透明なんだ……!!」
「え? ……見やすいから?」
「見えすぎるのも、問題あるだろ……!!」
螺旋を描きながらの直進。
かと思えばほぼ直角に降下をはじめ、飛来した自身より巨大な岩塊を生み出した障壁で押しのける。
そうしてできた隙間を豪速の箒がすり抜け――直ぐ真後ろで岩同士が衝突した。
「……っ!? なんて、無茶な……!!」
砕かれた岩の破片が恐ろしい速度の散弾となって背後の障壁に叩きつけられている。
ほんの僅かに遅れていたら、岩に挟まれ潰されていたぞ……!!
『方角の修正を。直上から来ます』
「凄い、ホントに向かってくるんだねー!」
「言ってる場合か……!! 上、上!!」
突き進む方に、数十kmはありそうな巨礫が
この速度では激突する……!!
「大丈夫、です! アンカー!」
ユミルが指を振るうと箒の真右から円形の紋様――魔法陣というらしい――から何かが放たれた。
それが近くにあった別の岩に突き刺さり、がくんと視界が揺れる。
彼女が叫んだ通り、アンカーボルトが岩に突き立ち、スイングして軌道を無理やり変えたのだ。
今度は横殴りの圧が襲ってくる。
「おおお……!?」
「ぶみゃ!?」
「わっ、ええっと、切り離し!」
少しだけ切り離しが遅れて、くるくる回った箒が近くの岩に激突する。
が、数百m程のその岩片は粉々に打ち砕かれ、箒は僅かに失速しただけで済んでいる。
なんて硬さだ……!!
「危ない危ない。じゃ、再加速!」
そして再び噴き上がる青の光が、箒を再度加速させる。
群れ成す岩の隙間を、それこそ生き物の様に滑らかに突き進んでいく。
この動きは、そう。まるで魚が海を泳ぐように自由自在だ。
――そんなことが可能なのか? この宇宙で、ただの人間が……。
前に進むことしかできない小型艇とは、まるで比べ物にならない運動性能。
上下左右、前後も構わず加速、減速を行える規格外――否、未知のエンジンに、岩石と衝突してもビクともしない分厚い障壁。
しかも加速の圧力をほとんど感じない。いや、勿論感じはするが、この速度と転換頻度ならとっくに頭をやられて死んでいる!
数分の一……いや、下手すれば数十分の一にまで抑えられているだろう。
恐らく大気圏内でも音速を軽く超える速度での航行を可能とするだろう推進力と防御壁。その両方を可能としているのは、ただの箒と、それに跨る1人の少女。
魔法なんて娯楽の中だけの話かと思ったが、これは……本当に……?
そうでなければありえない現象が、今、ヴァリアノの目の前で繰り広げられていたのだった。
***
ああ、身体中が熱い!
『直上より巨岩。進行方向へ落下――5秒前』
「なら加速して潜るよ!」
「無茶だぁ!?」
加速と方向転換を続けているから圧も凄い。
でもそれに耐えて箒を握りしめる負荷が心地良い!
『前方より巨岩複数。通れそうな場所をマークします。回避はご随意に』
「勿論! ぶみゃ、障壁細めて!」
「ぶみゃ!」
なにより、気を抜けば激突してしまう程の岩の群れ。
その隙間を縫って、最速で駆け抜けるのが楽しくて仕方がない!
これだ。私はずっとこれがやりたかったんだ!
「ふふ、ふふふふ……!!」
『楽しそうですね、
「もちろんだよ! だって、こんなにも自由に宙を飛べてるんだよ! 私と
箒を操り、ほんの僅かな
飛び出した先、しばらく視界に岩はない。
なら、
「それに、ふたりが手伝ってくれてるし! 想像してたよりずっと快適で楽しいの!」
死角からの岩はビビちゃんが見てくれる。
細かな結界操作は、なんとぶみゃがやってくれる。そんなのできたのね、流石はお母さんたちの使い魔!
ああ、とっても楽しい!
これが、星の大海を泳ぎ回る楽しさなんだ!
加速に次ぐ加速で暴れる箒を全力で握り込みながら、自然と上がった音量で声を張りあげる。
「ビビちゃん、あとどのくらい!?」
『既に小惑星帯の半分は超えています。順調です』
「良かった! じゃあこのまま……? あれ?」
ばちり、と閃く何かに顔を振った。
『どうされました?
「向こう側で何か光ってる……?」
かすかに瞬くような光が見えた、気がした。
まだ遠く向こう側。でもこの速度ならそれほど遠からずにたどり着く。
「今まであんな光はなかったよね?」
『
「……ない、と思う。あるとしたらどこかの船……?」
「え? じゃあヴァルさんみたいな人が他にも?」
なら、助けないと!
更に加速しようとする私に、ビビちゃんが待ったをかける。
『ヴァリアノ様、考えられる可能性は?』
「……3つだ。1つは偶然この小惑星帯に来た連中」
「でも、皆怖がって来ないんですよね?」
「俺みたいな例がいないわけでもない……が、可能性はほぼないと言っていいだろう」
『他2つは?』
「ともに俺の関係者。俺を心配して捜索しに来てくれた家族か、後は――」
少しだけ言葉をためらってから、ヴァルさんが告げた。
「俺を始末しに来た、刺客――つまり追手かの2つだな」
「追手……?」
そんなの送り込んでくるの?
「暗地とはいえ、俺たちの工房は奴らにとって重要なんだ。それを絶対に手に入れたいってこと……なのかもしれない」
『想定される敵戦力は?』
「……そうだな。奴らお抱えの賊なら中型艇1隻に戦闘機が……」
「……?」
今、賊って言った?
言ったよね?
つまり……宇宙海賊!!
「よし、行こう!」
「は? ちょっと待て、無理して戦う必要は……」
「ご家族だった場合はどうするんです!? 急いで確認しに行きますよ!!」
というわけで全力全開!
ご家族なら助けて、追手なら……見てみたい!!
さあ、宇宙海賊に会いに行こう!