結論から言うと、海賊たちは無事だった。
残弾が少なかったんだろう。
誘爆になんとか耐えたコックピットは、千切れかけながらも原形を留めていた。
中にいた海賊――ザメニ
「よし、これで全員だ」
『6名ですか。これは乗組員としては多いのですか?』
「あの規模の船なら少ない方だ。あれで船乗りとしては腕の立つ連中なんだよ」
そう言いながらまとめて縛った6人はコンテナの上側にくくりつけた。
ちょっと……いや、大分不安定だけれど、襲い掛かってきたのは向こうだ。それくらいは我慢してもらおう。
「でもこれ、移動中に起きちゃわないですか? 暴れたら大変そうですけど」
「そこは大丈夫。奴らの
笑みを浮かべてヴァルさんが武骨な金属製の首輪を取り出した。
「それは?」
「人質運搬用の麻酔薬……らしい。これで数日は眠りっぱなしだよ」
取り付けると同時に針が飛び出して薬を注入、そのまま長期間昏睡状態にする装置らしい。
宇宙海賊らしいけど、とっても物騒な装置だね……。
「……それ、使って大丈夫なものなんですか?」
「大丈夫だから使ってるんだろ。駄目だったなら、それこそ自業自得。気にするな」
「はぁ……」
私に殺すなって言った割に扱いが適当な気もするけれど……まあいいか。
ここでのんびりしていたら、小惑星に際限なく襲われちゃう。今は先を急がないとね。
そうそう、やっぱりこの小惑星は熱に反応して襲ってくるみたい。
だって今も燃えてる船体に向かって岩が沢山襲ってくるのだ。
船はもう動いてないし、私の箒も停止中。熱に反応してなきゃおかしな動きだよね。
だからこの場に留まるのは危ない。というわけで――さっさと出発するが良し!
「じゃあ、今度こそ出発しますよー!」
再びの全速力で、小惑星帯の外へと向けて出発した。
エンジンの熱に反応して岩が襲いかかってくるけど、もう簡単に避けれるから問題なし!
「……ゆっくり進む選択肢はないんだな……」
「急いでるんで!」
「絶対好きでやってるだろ……」
「速度優先です!」
小惑星帯の合間を全力で駆け抜けて……約2時間後。
遂に私は、小惑星帯を突破することに成功した。
『小惑星帯の突破を確認。お疲れ様でした、
分厚い帯から飛び出すと、途端に小惑星は動きを止めて漂い始める。
その動きは驚くほどに
だってほら、勢いあまって帯から飛び出した岩が止まった私を通り越して宇宙の果てへと旅立っていってる。
さっきまでの岩なら自分の意志で戻っていきそうだもの。
あの小惑星帯の中だけ襲い掛かる機能を持ってる……本当に不思議な場所。
「……本当に、生きて帰ることができたんだな」
「当然です、ヴァルさんは必ずお家まで送り届けますよ」
「……ありがとう。君たちに出会えたのは、俺の人生で最大の幸福だ」
「えへへ」
とっても嬉しいことを言ってくれるけど、まだ終わってはいない。
あくまで小惑星帯を抜けただけ。大事なのはこれからだ。
「さて、次はいよいよ惑星カドミラだね。どっちに向かえばいいかな?」
『星図を投射します。我らの予想位置はここ。カドミラはこちら。真っすぐ進んで、およそ1.5
「むむ、結構遠いね。そうしたら、跳躍での移動だね」
そうしないと何日も箒で宇宙を飛び回ることになる。
そうなったら……その、色々困っちゃうし。
だから私の箒は短期間専門! とっても長い期間の移動は……今後考えよう。
「……ちょっと待て、君は跳躍航行まで可能なのか!?」
「? はい、勿論! といっても、そっちは魔法じゃ無理ですけど」
本来人の身では到底移動できない距離の宇宙を渡るために、人類は超長距離移動技術――跳躍航法を編み出した。
流石にそれは魔女の星での実験はできなくて。
ビビちゃんには既に伝えていて、移動中に調整もしてもらっている。
だからこちらでの移動はぶみゃとビビちゃんにお任せだ。
『
「勿論! ヴァルさん、大丈夫ですよね?」
「あ、ああ。俺の家にシシルのプランターがある。そこに植えてくれて構わないよ」
『ありがとうございます。では、跳躍を開始します。ぶみゃ、頼みます』
「ぶみゃ」
尻尾から蔦が伸び、箒の下側に設置された跳躍機構に接続。
背中の装置――ビビちゃんがぱかりと開いて、緑の光を走らせる。
その光がたっぷり溜まったら、駆動した箒の先端から前方へと強烈な力場が射出された。
『――跳躍エンジン起動。
「ん!
多重魔法陣に魔力を灯して。
歪み始めた目の前の宇宙空間へと舵を取る。
廃棄群星の中で一度実験は済ませているけど、今回は荷物もあるし乗客もいる。
失敗はできない。箒を握る手に自然と力が籠った。
『――4、3、2、1――いけます』
「……了解! いっくよー!」
合図とともにかっ飛ばし、目の前に開いた大穴に飛び込んだ。
途端に景色も意識も間延びして、ぶにょーんって音がするくらい伸びて――長い時が経った気がして。
ぐにゅーんって音が脳内に鳴り響くと同時に、視界がバチっと元に戻った。
その瞬間、私たちは再び宇宙空間へと飛び出していた。
「――はっ! ……ここは?」
『――
「……ははっ、本当に跳躍までしてしまった……」
「ぶみゃ!」
皆が喋ってなにやら賑やかだけど。
一先ず私は周囲を見渡して……起きた変化に驚く。
「小惑星帯がなくなっちゃった」
あれだけ広大に、巨大に広がっていた岩の帯は消え失せ、代わりに遠くに輝く無数の星々と、不思議な形のもやもや――星雲が複雑に広がってる。
触れたらバチバチ焼かれちゃいそうな星雲に、極彩色の筒みたいななにかも遠くに見える。
今までは黒かったり茶色かったりと色彩のなかった宙が、赤や紫と一気に色鮮やかに姿を変えた。
「綺麗……」
どこまでも無限に続く黒い宙に浮かぶ、きらきらと輝く綺麗な玉。
あれが全部『星』で、あの多くにきっと誰かが住んでる。
凄いな、行ってみたいなあ……。
そして、その中でも一際大きな星が近くにある。
今までの小惑星が本当に小さく感じる、暗灰色の巨大な球体。あれが惑星カドミラだろう。
「……帰ってきたんだ」
「はい! 惑星カドミラ、到着です! それでヴァルさん、どこに降りればいいですか?」
ビビちゃんは静かになったので、ここからはヴァルさんの案内で進まないといけない。
「あ、ああ。……流石に都市港はマズいか。そのまま暗地へ行くのがよさそうだ。案内するよ」
「よろしくお願いします。……それで、ヴァルさん。その暗地ってなんなんですか?」
ずっと気になってはいたんだけど、タイミングがなくてなかなか聞けなかったんだ。
あまりいい表現ではなさそうだけれど……。
「暗地は……そのままの意味だ。このカドミラで、恒星の光が届かない暗い場所さ――」
ヴァルさんの話を聞きながら、指示に従ってカドミラへと降りていく。
分厚い大気を突破して赤熱する結界の向こう側、だんだんと近づいて見えてくる景色は――。
「――凄い、真っ白」
辿り着いた惑星カドミラ。
その眼下に広がる景色は、驚くほどに白と灰に染まった巨大な渓谷であった。
「これがカドミラ……?」
「ああ、そうだ。恒星から遠く離れた辺境のこの星は、年中溶けない氷に覆われた氷の星なんだよ」
「氷……ええ!? じゃあこれ、見えてるもの全部氷なんですか!?」
大気圏を突破したばかりの私たちにも届きそうなくらいの高い山から、ここからじゃ暗すぎて底まで見通せない暗い深い谷まで。
とてつもなく高低差のある真白の渓谷、それが視界の果てまで延々と続いている。
これが全部氷……?
それは、とっても寒そうだ。
「……ヴァルさん、もう呼吸はできますよね? ちょっとだけ結界解いてもいいですか?」
「ああ。寒いから気をつけて」
それが知りたいんです!
というわけで結界を解いて……寒っ!?
試しに結界を解くと、突き刺す寒さの突風が吹き荒れた。
それこそ全身に氷を貼り付けられたみたいに、大気圏突破で火照っていた頬が一気に冷たくなる。
このまましばらく晒されていたら、あっという間に凍ってしまいそうだ。
「ぶみゃみゃ!?」
鞍の中で丸まっていたぶみゃが大慌てで私のローブの中に逃げ込んでくる。
ごめんね、寒かったね……
凍える突風に煽られながら、その流れていく先を見つめる。
真っ白な渓谷は深く険しく。
刺々しく伸びた氷によってつくられた無数の小さな通路が至る所に開いており、入ったら二度と出られない複雑な迷宮みたいだ。
そんな深く入り組んだ氷の谷に流れる風の音は、ぼうおうと、まるで巨大な怪物の鳴き声のような音を響かせている。
「この音……宇宙怪獣!?」
「……ただの風の音だよ。ここに住む生物もいるにはいるが、表層に出てくることは殆どないな」
「むう……残念」
でも、見える景色には本当に氷か岩しかない。
生命の息吹なんて欠片も感じない冷たい世界が広がっている。
「これがカドミラの名物、大氷谷だ。1万メートルを超す山からそれより深い谷まで存在する、氷の巨大渓谷だよ」
「凄い……でも、本当にこんな所に人が住んでるんですか?」
歩いていたら1時間もせずに遭難――どころか凍死してしまいそうな絶景だ。
とてもじゃないが人が住めるようには見えないけれど。
もう一度結界を張り直して、鋭い風の吹く谷を進んでいく。
「勿論氷の上には住んでいないさ。こう見えて、星の中心部は岩石でね。大昔にこの星を開拓した連中はこの氷がない場所――谷間に人造都市を建造したのさ」
「へえ……そんなことが可能なんですね」
「正直、暮らしている俺らからしても理解不能な技術だよ。今はこの星で5つ都市が稼働しているんだが、どれも構造は似たようなものでね。深い渓谷の壁面につくられたせいで、上下に長い構造をしてるんだ」
上下に長く広がる、積層構造の都市。その不思議な構造は、当然上下の差異を生む。
地上層は氷による豊富な水源と、恒星の光を享受することができ、地下層は噴出するガスと炉心の熱で劣悪な環境下に置かれる。
それは当然身分の差を作り出した。上層が力を持ち、下層には被支配者層が流れていく。
「さっきは5つと言ったが、
「そんなに!?」
「都市って言っても数百人とか、多くても数千人程度の規模だ。だから氷下街の方が正確かな?」
更に百年に及ぶ開拓の結果、そもそも人工都市から遠く離れた地下に多くの居住区画が築かれていき、そうした僻地の氷下街の事を『暗地』と呼ぶようになったそうだ。
はあー……魔女の星なんて6人しか住んでなかったのに、この氷だらけの星に何十万人もの人が暮らしている。規模の違いに眩暈がしてくる。
人って、技術って凄いんだなあ……。
「……でも、その暗地?って過酷な場所なんですよね。どうしてそこが欲しいんですか?」
確か、ヴァルさんのいる工房が奪われちゃうって話だったよね?
これだけ暗く冷たい場所で土地を奪い合うなんて、なんにもいいことがない気がするけれど……。
「そうだな。その辺りは長くなるから後でゆっくり話すとしよう……さあ、見えてきた」
「ぶみゃ!」
ローブの中からぶみゃが元気よく飛び出した。
その枯れ草の匂いのする身体の向こう側――深い谷の奥に築かれた、黒色の都市が見えてきた。
「わぁ……凄い、本当に空中に都市がある!」
「みゃみゃみゃ!」
分厚い岩壁に挟まれた渓谷の狭まった個所に打ち込まれ固定された金属の土台。
その上に築かれた都市は元気に真っ黒な煙を吐き出し、重たい金属音が周囲の岩壁に反響して不思議な音色を響かせている。
氷の天井と険しい岩壁に囲まれた人工都市――ヴァルさんの故郷。
「これが俺らの氷下街――ルステルだ。歓迎するよ!」
そうして、私たちは初めて魔女の星以外の人里にたどり着くのであった。
***
金属浮遊街ルステルの一角に着陸した私たち。
どうやら空にいる間に多くの人たちに見つかっていたらしく、着陸と同時にこちらに駆けてくる人たちがいた。
「――ヴァル、ヴァルじゃないか! 無事だったのか!?」
「ああ、皆! なんとか生きて帰ってきたよ」
分厚いもこもこの服に身を包んだ人たちは、私からすると誰が誰だか全く分からない。何なら性別すら判別不能で、ビビちゃんを抱えて首を傾げるしかできなかった。
「というか、なんだよあれ! 生身で空飛んでたじゃないか!」
「……あー、あれは、何といえばいいか……と、とにかく!」
集まってきた皆に大きな声をあげて、ヴァルさんが腕を振るった。
「俺は『廃棄群星』から帰ってきた! 見ろ、ここに鉄がたんまり入ってる!」
「――おお!!」
どよめきが広がっている。
人たちの視線がコンテナに向かって、次いで私やその上に纏められたザメニ一家に集まる。
「あの変な格好の子は……」
「おい、あれザメニ一家じゃないか!? なんでこんな所に……!!」
……このローブ、変なのかな?
ちょっとだけ落ち込んでいると、にわかに騒がしくなった周囲にヴァルさんが声を張り上げる。
「とにかく、これで鉄が作れる! ライアン、任せた」
「おう! 直ぐにやるぜ。待ってろ!」
「助かる……俺たちは急ぎ工房に戻らなければならない。皆、道を開けてくれ!」
「おいヴァル、鉱石を俺たちにも……!!」
「分かってる! 後で使いを出すから、詳しくはそこで。今は通してくれ!」
「おう、そうだ! 皆道を開けろ! おいヴァル、シシルが待ってるぞ、急いで帰ってやれ」
「……ありがとう。ユミル、ザメニ一家は後で運ぶから……」
「あ、いえ、運びますよ!」
皆がいると危ないんだけど……高く上げちゃえば平気かな?
浮遊魔法でコンテナを持ち上げるとどよめきが起きた。
「君は……まあいい、こっちだ!」
「はい!」
ヴァルさんの後を追って、かんかんと鳴る網目の金属床を進んでいく。
このルステルという氷下街は、工房や鉱山用の炉が常に稼働しているためか思ったよりも暖かかった。
勿論流れ込む風は凍えるくらいに冷たいけれど、炉の熱と混ざり合うことで熱く冷たい不思議な風が肌を撫ぜていく。
足元は常にぐおんぐおんと振動が伝わっていて、鳴り響く金属の音と人々のざわめきが賑やかだ。
魔女の森とはまるで違う景色に音色。
その全てが新鮮で、楽しくて仕方がない!
「凄いね、ぶみゃ! これが他の星の景色なんだね……!!」
「ぶみゃ」
私は今、知らない星の知らない街にいるんだ。
嬉しくて飛び跳ねながらヴァルさんの後をついていって、しばらく。
恐らく街の端っこに位置する建物の前で、ヴァルさんが振り向いた。
「着いたぞ、ここがウチの工房――グランドだ」
「ここが……」
他の暗い建物に比べて、屋根や壁がオレンジに塗られた鮮やかな建物。
その入口が開いて、中から綺麗な女性が飛び出してきた。
「――ヴァル!?」
「シシル! 帰ったよ!」
「ああ、本当にヴァルなのね……よく無事で……」
「勿論だ! それだけじゃないぞ、鉱石だって手に入れた! これで俺たちは助かるんだ!」
そのまま抱き合って、2人とも泣き始めてしまった。
私たちは置いてきぼりにされちゃったけど……。
「……良かった。ヴァルさん、嬉しそうだね」
「みゃ」
泣きながらも笑っているヴァルさんのその顔は、私が見たかった
それだけで、私はここまでこれてよかったと、そう思うのだった。