ヴァルさんの恋人、シシルさんはとっても綺麗な人だった。
真っ赤な髪は燃える様に鮮やかで、ぱちっとした目はきらきら輝いている。
細いのに出るとこは出てて……まるで
お鼻は
「シシル、紹介するよ。俺をここまで送り届けてくれたユミルだ。後――」
「猫のぶみゃと、粘体のビビちゃんです!」
「……ということだ。俺の、いや、俺たちの命の恩人だ。ぜひ――」
言い切る前に、シシルさんが私の方へと駆け出して、思いっきり抱きしめられた。
驚いて、ザメニ一家が地面に落ちた。
「わっ!?」
「あなたのおかげでヴァルにまた会えたわ。本当に、ありがとう……!!」
とっても温かくて、ふわりと花の香りがした。
そして、シシルさんの身体は凄く震えている。きっと寒さのせいじゃないのだろう。
だから私もしっかりと抱きしめ返した。いつか、魔女にそうしたみたいに。
「……無事に送り届けられて、良かったです」
「ええ、本当に! あなた幸運の女神様よ!」
「わ、わわっ!?」
そのまま頬に熱い口づけをされてしまった。
途端にぼっと身体が熱くなる。美女の口づけって……凄い!
あわあわしてると、今度は私の頬に両手を添えてジッと見つめてきた。
「あの……?」
「……でも、ヴァルを助けたってことはあなたも廃棄群星にいたのよね。あなたみたいな可愛い子が?」
「あ、えっと……そうですね」
「……どういうこと?」
首を傾げてヴァルさんを見たシシルさんに、当のヴァルさんはくしゃっとした笑みを浮かべた。
「全部ちゃんと説明するさ。さあ、まずは入ってくれ。ここだと冷えるだろう」
「あ、そうね! ごめんなさい! ……そうだ、お腹すいてない? ご飯にしましょう!」
「……!!」
他の星のご飯! それは……食べてみたい!
頑張ったからお腹もペコペコなのだ。
「ぜひ! あ、でもその前に」
「?」
「種を植えさせてもらえませんか?」
「ぶみゃ!」
話をするにはビビちゃんがいないと。
私とぶみゃじゃ、ちゃんと説明できる自信がないのだ。えへん。
***
「さあ食べて! カドミラ名物カドポポの赤煮よ!」
「わあ……!!」
広い工房の2階にある居住区にて。
シシルさんが出してくれた銀のお椀にたっぷりと入っているのは湯気をくゆらす赤茶の液体。
そこにはとろとろにほぐれた大きな塊が入っていて……これ、ひょっとしてお肉?
「良い匂い……これは?」
「カドポポっていう動物の肉をじっくり煮込んだの。栄養たっぷりで温まるわよー」
「この赤い色はなんですか?」
「ああ、それは
「さ、食べて食べて!」
……お肉、初めて食べる。
魔女の星は植物しかなかったからだけれど、もっと過酷に見えるこの星ではお肉まで作れるんだね。凄いなぁ……。
「――どうか、良い食事を」
「ぶみゃみゃ」
本当は作った人がいう挨拶だけれど、ここは魔女の星じゃないから仕方ないね。
代わりに返事してくれたぶみゃに笑いかけてから、一口。
「――美味しい!」
「ふふっ、良かったわ、気に入ってくれて!」
「とっても強烈な味です! 色んな味が、匂いがして……びっくりです!」
舌の上で色んな味がばちばち弾ける。
とろりとした
魔女の星の植物料理ではありえない程の豊潤な旨味に満ちている。
「香辛料がたっぷり入ってるからね。今日は奮発しちゃった」
「え、良いんですか? 香辛料って、確か貴重なものなんじゃ……」
「愛する人の命を救ってくれた恩人よ? これじゃ足りないくらいよ」
「……ありがとうございます」
私としては通り道のついでのお手伝いだった。
でもあれだけ喜んでもらえて、こうして美味しい食事までいただけて……とっても幸せ。
「んー、美味しい……!!」
初めての食事を満喫していると、外からどたばたと音が聞こえてきて、お髭のおじさんが顔を出した。
「――おいヴァル! 準備終わったぞ、いつでもいける!」
「分かった。直ぐに行く! ……すまない、シシル。少しだけ任せていいかい?」
「うん、頑張ってね」
「ありがとう。ユミルもゆっくりしててくれ!」
ヴァルさんはそのまま慌てて立ち上がって、おじさんと一緒に出て行っちゃった。
バタバタと足音が遠ざかっていく。
「どうしたんですか?」
「鉱石が手に入ったから、注文のエンジンをつくるのよ。もう納期も迫ってるしね。……ところで」
シシルさんが笑みを浮かべたままテーブルの下を覗き込む。
そこには寝転び触手を伸ばしてるぶみゃと、その横でぴょこぴょこ動いてる粘体――ビビちゃんを見る。
「その子たちは何も食べなくて平気? というより……その、なんて生き物なのかしら?」
『――それについてはビビから説明しましょう』
「わっ!? 喋った!?」
『
「ふぁい」
頬張っていたお肉を飲み込んでから、ビビちゃんを抱えて机の上に置く。
ついでにぶみゃが膝の上に乗ってきた。
声はこっちから出るからね、ありがと。
『――ビビは
「ぶみゃ!」
「魔女に……使い魔?」
シシルさんが困ったように首を傾げてる。
やっぱり魔女は一般的ではないみたいだ。
その辺りも知っておかないといけないね。
『我々はとある依頼で廃棄群星の調査をしていました。その過程でヴァリアノ様の救難信号を捉え――』
そうしてビビちゃんが説明してくれている間に、私はお肉を。ぶみゃはどこからから取り出した猫草の食事を堪能するのであった。
***
工房へと戻った俺は、仲間とともにすぐさまエンジンの製作に入った。
奴らの独占で素材が足りなかったフレームがこれで作れる。
といっても鉄が来るまで数日かかる。今はそれ以外を仕上げておこう。
他の部品を完成させ、最後に一気に組み込む。通常と異なる手順だがやるしかない。
納期まで残り10日……なんとか間に合わせないとな。
「おい、ライアンから連絡来たぞ。お前が持ってきた鉱石が凄えって。かなりの高純度らしい。こりゃ周りにも配ってやれるぜ」
「でしょう? まずはウチでしばらく使う分を確保して、残りは組合を通じて配りましょう」
「だな。……しっかし、あんな量の鉱石、一体どこからくすねてきたんだよ、ヴァル」
「え? だから、廃棄群星……」
「んなわけねぇだろ。ホントにお前が突破したなら、んな顔はしてねぇ。お前はグラベルさんの孫だぞ? 見りゃわかる」
「それは……」
彼女たちについてなんて説明をすればいいのか、ずっと考えていたのだが未だに答えを出せずにいた。
魔法と言っていたあの力は、多分……いや、間違いなく普通じゃない。
あまり多くの人に知られていい類のものではないだろう。
……まあ、既に多くの人に見られてるんだが。
本人があまり気にしてないのが逆に不安になるんだよな……。
「……ヴァル」
「親父! 起きていて平気なのか?」
「息子が生きて帰ってきたんだ。出迎えくらいさせてくれ」
「……そうだな。心配かけた」
「謝ることじゃない。良くやった。親父も喜んでるよ」
「いや……俺は、運が良かっただけだよ」
車椅子に乗った親父は、少し前に肺をやられて病床の身。
爺さんの技を常に間近に見てきたこの人は、船にこそ乗らないがエンジン技術なら爺さんに並ぶ。
誰もが認める、工房グランドのニ代目だ。
それに比べて俺は、エンジン技術も操船技術も、どちらも全然足りてない。
この工房の存続危機に、俺の技術で出来ることなんて何もなかった。
だからせめて命を賭けて、廃棄群星に向かったんだ。
――本当に、なんて無謀なことをしたんだろう。
ユミルに会わなきゃ、俺は無駄死にしてここにいる皆を路頭に迷わせていた。
そんなこと、責任ある立場の人間がしてはいけない。それは、逃げだ。
例え技術が未熟でも、俺はここに残って皆と全力で戦わなければいけなかったんだ。
「すまない……俺が、こんなことにならなきゃな……」
「親父のせいじゃない。爺さんたちのせいでもない。悪いのはあいつら。だから、俺たちは全力で抗うさ。皆がそうしてきたみたいに」
「……ああ」
ただ、俺の無謀にも意味はあった。
ユミルたちに出会えたんだから。
……この幸運を掴んで離さず、俺たちは生き残る。
かつて爺さんたちがそうしたように。
この工房を……いや、この街を俺が守るんだ。
「おいヴァル! コイツらどうすんだ!?」
「え? ……あ、ザメニ一家か」
工房の入口に放置していた彼らは相変わらず縛り付けられて眠っている。あの睡眠剤の効果は凄いな。多分、違法な成分か量が入ってたんだろう。
慌ただしくて彼らのことをすっかり忘れていたが、丁度いい。
もう指示は済んだから、後は優秀な技師たちがやってくれる。
俺は俺のすべきことをしよう。
「そこに置いといてくれ、ちょっと通信してくる」
「は? 誰と?」
「引き取り手!」
通信室に飛び込んで、目的の相手への連絡文を送る。
相手は本来多忙の身。だが間違いなくこの一連の騒ぎに注目している筈だ。
なにせこのエンジンの依頼主だからな。
「もう返事がきた。流石だな……」
内容は通話の指示。『詳しく話せ』と、そういうことだろう。
さあ、正念場だ。
深呼吸をしてから通信をかける。
ほんの数秒で繋がり、画面に依頼主の姿が映った。
『――よう、
「ええ、なんとか生きてますよ」
『本当にのう。あの小惑星帯に突入したと聞いた時は思わず拝んだもんだったが、まさか生きて帰るとは。グラベルに次いでの偉業、めでたいことじゃ』
ばんばんと緩やかな拍手が聞こえてくる。
口調こそジジ臭いが、響いてくる声は甘美なほどに若く高い。
画面の向こうには紫煙をくゆらせる妖艶な黒髪美女が、豪奢なソファに身を預けている。
まだ成人したてに見えるその女性こそが爺さんの代から世話になっている女傑、ティハン。
このカドミラを支配する勢力の1つ――星龍商会の
深いスリットの入った黒い
あれで爺さんより年上だってんだから恐ろしい。
そのやけに整った笑みが、ふと真顔に戻る。
『……と言いたいところじゃが、違うのだろ?』
「……ええ、俺は幸運だった。それだけです」
やっぱり、ユミルのことについても把握済みか。
この様子だと目的は俺よりも彼女たちかもしれない。
やはり迂闊に情報は話せないな。……といっても、俺も大して知らないのだが。
『ふん、まあいい。で、何があった? 残念だが納期は延ばせんぞ?』
「わかってますよ。道中でザメニ一家に襲われましてね、頭目をはじめ、6人を捕らえています」
『なに? でかした! すぐに寄越せ』
「俺の工房にいますよ。納品と一緒に持っていこうと思いましたが……」
『ならん。すぐにもってこい』
よし、食いついた。
今回俺らの工房を奪おうとしているのは、このティハンの商売敵――ラヴァテクス。
機動兵器の製造で名をあげた新進気鋭の企業体。
その手下として活発に動くザメニ一家には手を焼いていたと聞くが……事実らしい。
「何故です?」
『お主らのこと、儂が既に把握してるんじゃ。奴らも間違いなく気づいとるよ。
「……それは確かに」
今までは工房への武力介入は起きなかったが、可能性はあるな。
そう考えると確かにここには置かない方がいいな……。
「ただどうやって運ぶか……。それこそ道中で襲われかねないですよ?」
『なに、足ならあるだろう? とびきり優秀なのが』
……なるほど、そう来るのか。
「あれはたまたま助けてもらっただけで、俺の部下ってわけじゃ……」
『運賃なら出す。言い値で構わんよ。だからさっさとそいつらを儂の前に連れてこい。当然お前も来るんじゃぞ? たまには顔を見せに来い』
「……わかりました」
『今日は……流石に疲れておろう。明日だ。待っておるぞ』
妖艶な笑みを浮かべて、彼女は通信を切った。
途端に重くなった身体から、深く息を吐き出す。
「……ふぅ、なんとかなった」
なんとかいい条件を引き出せた気がする。
多分、彼女のあの力は波乱を呼ぶ。
ならさっさと良識ある権力者と知り合っていた方がいいだろう。
「良心的……うん……」
本当に、比較的だけど、あの人ならきっと悪いようにはしない筈。
あんたの友だ。信じるぞ、爺さん。
それに、彼女たちはどうやら手持ちがないらしい。
ならこれで少しは稼いでもらうとしよう。
余計なお世話かもしれないが、恩人には少しでも報いなければな。
……あの子、明らかに世間離れしてるんだよな。
調査と言ってたが、そんなことしてる気配は微塵もなかった。
それにあの力。
まさか、本当に廃棄群星の奥から来たとでも……いや、そんなまさかな。
ただ、何か秘密があるのは間違いなく。
俺にできることは、可能な限りしてやりたい。
……っと、そろそろ戻らないと。
首を振って意識を切り替え、俺はシシルたちの元へと急ぐ。
待たせすぎたとキッチンに戻ると――。
「――あ、ヴァル! 見てみて、この子凄いんだよ!」
「これが浮遊魔法! タネも仕掛けもありませーん!」
「ぶみゃー!?」
両手を挙げたユミルの眼前に、ぶみゃという猫が浮かんでいる。
何かに吊られたわけでも、手で持ち上げているわけでもない。
正真正銘、空中に浮遊してる。
「魔法だって、凄いんだねー!」
「……ビビ」
『我々について説明しても、どうしても納得いただけなく。そうしたら
「直接みせ方が、早いでしょ!」
「……なるほど」
うん、やはり彼女には一刻も早く色んな説明と保護が必要だ。
楽しそうに笑う無邪気な少女を見て、そう誓うのであった。