「――星龍商会ですか?」
戻ってきたヴァルさんに告げられたのは、荷物運搬の依頼だった。
運ぶのはザメニ一家。その依頼主にして届け先が星龍商会だという。
『例の賞金を払ってくれるという方ですね』
「ああ、そうだ」
きらりと光るビビちゃんのカメラに、苦笑いをしながら頷くヴァルさん。
お金持ちって聞いてたけど、商人だったんだ。
……荷物を奪われたりとかしてたのかな?
「今回、俺たちにエンジンの依頼をしてくれた人もその人でね。爺さんの代から世話になってる恩人なんだ。明日に届けて欲しいと言われてて……君たちに輸送を頼みたい」
「私たちですか?」
てっきりこの後はヴァルさんたちがやるものだと思ってた。
別にやることなんてなんにも決まってないから勿論構わないのだけれど……いいのかな?
「助けてもらった上で申し訳ない。ただ、これは君たちにとっても利益になる筈だよ」
「……?」
『どういうことでしょうか、ヴァリアノ様』
運ぶのが利益になる? どういうことだろう。
問いかけに、ヴァルさんがニッと笑う。
「理由はいくつかあるんだが、一番はさっき言った通り――金だ」
「お金!」
「ぶみゃ!」
とっても大事!
「ザメニ一家の懸賞金に加えて運賃も払ってくれる。言い値で構わないってことだから、君らの調査資金の足しにして欲しい」
「ありがとうございます。でも、言い値……?」
うーん、言い値かぁ。
好きに決めていいって言われても、そもそもお金の価値が良く分かっていないんだよね。
なにせずっと魔女の星にいたからお金なんて触ったこともないのだ。
勿論概念というか、存在自体は知ってるけど、
星によって通貨が違うのだろうか?
ならこの星の通貨単位はどれなんだろう?
全然、なんにも分からない。どこかで覚えないとなあ……。
「むむむ……」
「……もし良ければ、その辺りも俺が決めておこう。構わないか、ビビ?」
『決めるのはビビではありません。どうしますか、
「あ、はい! 勿論大丈夫です、よろしくお願いします」
良かった、助かった。
あんまりちゃんと考えてなかったんだけど、どうやら宇宙の旅にお金は必須みたい。
「食べ物とか、地面があれば魔女の星から持ってきた種で何とかなるかなぁって思ってたんだけど……駄目みたいだね、ぶみゃ」
「……みゃ」
あ、ぶみゃもそっぽ向いた。
やっぱりこれじゃ駄目なんだね……うう、ちゃんとお金稼ぎます……。
「すまない、ユミルに聞くべきだったな。ともあれ了解だ。任せてくれ」
「いえ、よろしくお願いします」
でも、こうしてみると私たちの方がヴァルさんに助けられてばっかりだ。
これはもっと、恩返しをしないとね。まずは明日の運搬から、頑張ります。
「あの、その星龍商会ってどこにあるんですか?」
「ん? ……そうだな。まずはその辺りを説明しよう」
ヴァルさんが小さな装置を取り出すと、そこから立体図――惑星カドミラが映し出された。
暗灰色の巨大な球体。その中心、赤道付近に5つの光点が灯った。
「これは?」
「この星には5つの都市があると言っただろう? その場所だよ」
「……思ったより近い位置にあるんですね」
5つの点のうち、4つがかなり近い場所に集まっている。
星全体から見ればほとんどご近所さんだ。
1つだけやけに遠い都市があるけれど……。
「せっかくならもっと散らばった場所に造ればいいのに」
「開拓したばかりの星ではこういう都市の造り方をするんだ。まずは拠点として足がかりになる場所を造って、そこから生活圏を拡げていくのさ」
「へえ……そういうものなんですね」
「ああ。目的の都市――
ご近所さんの1つ、一番左上の点が灯り、そこから北側に離れた場所に小さな点が灯った。
これがルステル……都市間の距離と比べて倍以上離れた場所にある。
こうしてみると、星の3割くらいは開拓が進んでる。
ルステルはその北西の端っこにあるみたい。
「氷下街はこの4都市を中心に、外に広がる網目状に造られる。掘り進んで見つけた安定地盤――都市が建てられるくらい硬い谷に氷下街を造って、また掘り進む……その繰り返しだ。ルステルはその中でも一番外側の、最新の街なのさ」
「なるほど……」
きっと、昨日みたいに氷の谷を飛んでいくことになるだろう。
あのどこまでも真っ白な景色を駆け抜けるのは楽しそうだ。
「なに、君の箒なら2時間もかからないだろう。ただ、宙でのあの速度を出されたら間違いなく迎撃されるから、抑えめに頼むよ」
「迎撃……!? 攻撃されるんですか!?」
「みゃ!?」
そんなに危ないの、私の箒!?
「ザメニ一家とのこと、覚えてるだろう? 君の箒は目立つんだ。しかも俺たちからしたら全く未知の移動手段だからね。危険視されて撃たれても不思議じゃない」
「うっ」
……確かに撃たれたもんね。
他の岩なんて目もくれず、私目掛けて一直線に。
目立つんだろうなぁ……。
「気を付けます……」
「そうしてくれ。他に、何か聞きたいことはあるか?」
「あ、それなら――」
私は映し出された光点のうち、唯一離れた場所にある点を指さした。
他と違ってほとんど反対側――星の裏側に灯るその点。そこの説明をヴァルさんはしなかった。
「ここはなんなんです? やけに遠くにありますけど」
「……やっぱり、気になるよね」
ヴァルさんがくしゃりと苦笑いを浮かべた。
……聞いちゃいけないことだったかな。
「さっき5つ都市があると言っただろ? その内4つは明日行く『星龍商会』って企業と、『テラプラント』という企業が連携して開拓・運営をしてるんだ」
星龍商会は宇宙の万屋。塵から星まで――宇宙の全てを取り扱うことが信条の、生粋の商売人たちだという。
星の深部にある鉱石や開拓して生み出した土地、更には氷まで商品にしちゃうんだって。
まさに万屋。なんでも売れるなら、星を開拓しようとするのも納得かも。
そしてテラプラントの方は、食べ物に特化した企業みたい。
「様々な家畜を交配・培養して育成したり、星を緑化して住めるようにしたり……人類の生存環境構築にかけては宇宙一の技術を持ってる企業だよ」
「さっき食べたカドポポも、テラプラントの商品なんだよ? 極寒の環境下でも育成できる豚の仲間なの」
「へえ……」
同じ銀河通商連盟の企業でも得意分野が全然違うらしい。
なんでも売ってるから都市づくりも得意な星龍商会と、住環境の充実――特に『食』に強いテラプラント。
2つの企業が協力してこの星の開拓を行ったということみたい。
「……じゃあ、最後の1都市は? ここは他の企業が開拓したってことですよね」
「ああ。そしてその企業が問題でね……喉が渇いたな。飲み物を――」
「私がやるよ。ヴァルは
「あ、ありがとうございます」
シシルさんが渡した飲み物――お酒を一気にぐっと呷って。
ヴァルさんは少し火照った顔で告げる。
「最後の都市を開拓したのは、『ラヴァテクス』って企業だ。銀河通商連盟の中でも最も野蛮な武器商人だよ」
ヴァルさんの声色が、少し沈んで怖いものになった。
そうか、多分この企業がヴァルさんたちを……。
『武器商人? ここは辺境の地なのでしょう。何を売るつもりです?』
「売りに来たんじゃない。採りに来たんだ。奴らの商売道具、機動兵器に必要な輝石をね」
「……輝石!」
それは私も知っている。
透き通る赤色の、宝石みたいに綺麗なその石は、宇宙で稀に見つかる希少素材。
とっても強力なエネルギーが内包されていて、先ほど使った跳躍航法もその輝石の力で実現したという。
当然私の宇宙箒にも入ってる。大きさは多分、10㎝くらいだろう。
そんな量でも跳躍ができるし、それくらいの量を手に入れるのも大変みたい。
宇宙の旅には必須だけれど、とっても希少な物なのだ。
「輝石は不思議な石で、宇宙のどこでも見つかるんだが、その中でも一番発見例が多いのが星の中心部――核に近い場所なんだ」
「じゃあ、企業が星の開拓をするのって……」
「色々と理由はあるが、輝石を求めて、というのはかなり強い動機だな」
ほんの小さな欠片で宇宙を遠く跳躍できる石。
それはきっと、とてつもない価値を生むのだろう。
こんな氷だらけの星をここまで開拓してしまうくらいには。
「だからラヴァテクスは他の4都市とは大きく離れた星の裏側に都市を造ったんだ。その一帯全てを自分たちで独占して、大氷谷を掘り進めてる。輝石を採るためにね」
「そうなんですね……」
同じ連盟の企業でも協力とかはしないんだ。
むしろ敵対している?
そこまではいってないかもだけれど、仲は良くなさそうだね。
「いいか、君らは絶対に彼らの領域――星の反対側に行ってはいけないよ。奴らはザメニ一家なんて笑えるくらいの戦力があって、容赦がない。君が奴らの制空権に入った瞬間に攻撃を受けるだろう。君が凄いのは身をもって知ってるが、それでも危ない」
「わ、わかりました……」
……あ、危なかった。
ヴァルさんに言われてなかったら、何も気にせず入って撃ち落とされていたかも……。
確かに宇宙海賊がいるんだもんね。もっと強力な軍隊がいて当たり前だ。
ヴァルさん曰くとっても目立つ私は格好の的。気を付けないと。
「ビビちゃん、この地図覚えられる?」
『ご安心を。もう記録済みです』
「さっすがー! ありがとう」
これならもう飛び込む危険はなさそうだね。
でも、そしたら明日ヴァルさんのお届け物をした後はどうしようかな。
他の都市に行ってみてもいいだろうし、他の星に行ってもいいんだろう。
あ、そうだ。
近くの星についてもヴァルさんに聞いておかないと……。
「――この、輝石のせいで……」
「……?」
ふと顔をあげた時、ヴァルさんの呟きが聞こえてきた。
それは、なんだかとっても苦しそうで……。
「ヴァルさん?」
「ん? ……すまない、ちょっと考え込んでしまってた」
「……はい」
でも次の瞬間にはいつものヴァルさんの顔だった。
気のせいだったのかな……?
「気づいたらもうこんな時間か。明日は早いからもう寝よう。今日は泊っていってくれ。部屋は……爺さんの部屋がいいかな。あそこなら直ぐに使える」
「じゃあ私も今日は泊まるね! ユミルちゃん、一緒に寝よ。まずは汗流そっか!」
「え、ちょっと……!?」
そのまま手を引かれて、家の外にあるというお風呂へと連れていかれるのであった。
***
ルステルのお風呂は熱い蒸気を浴びて汗を流すというものだった。
薄い湯着を纏って、工房の動力の熱で温めたスチームが満ちた部屋でたっぷり流した汗を、最後に溶かして溜めた水で一気に流す。
氷が豊富なカドミラだけど、熱が貴重だからこういう形になったみたい。
あんなに暑い部屋は初めてで、くらくらしちゃった。
でも出た後の風がとっても冷たくて。芯はぽかぽか、表面はひんやりという不思議に身体が心地よい。
「んー、ここのお風呂は大きいから気持ちいいんだよねー」
「本当に。凄かったです……!!」
地下階にあるお風呂を出て、工房の裏庭に出る。
深い谷に築かれ、天井に分厚い氷があるこの氷下街は、夜は本当に真っ暗だ。
微かなガス灯の明かりだけが灯る暗い空。そこに真っ白な息を吐き出して、シシルさんがこちらを見た。
「ねえ、ユミルちゃん。ありがとうね」
「え……?」
「ヴァルのこと。あなたが助けてくれなきゃ彼は二度と帰ってこられなかったでしょ? 工房も鉱脈も全部奪われて……こうして笑えてるのも全部あなたたちのおかげよ」
「そんなことっ、……?」
あれ、今鉱脈って言った?
それってもしかして、輝石の事?
……そういえば、ヴァルさんも最初に会った時にそんなことを言っていたような。
首を傾げていると、シシルさんが私の手を握った。
「あるの! いくら言っても足りないくらいなんだから。だから気を付けてね、ユミルちゃん」
「はい……?」
「ラヴァテクスは本当に大きな企業なの。銀河通商連盟で一番の戦争屋。他の勢力に取り込まれずに維持できている理由でもあるんだけど、それだけに色んな所で暴れ回ってるんだ」
「……そうなんですね」
「星龍商会が抑えようとしてもきっと何かしてくるわ。だから、明日は気を付けて」
握る手が震えているのは、寒さのせいではないんだろう。
やっぱり、ヴァルさんの工房を奪おうとしているのはそのラヴァテクスという企業なんだね。
とっても大きくて、強い企業に狙われて。
実際ヴァルさんは死にかけていた。
それは今も変わってなくて。もしかしたら明日、襲い掛かって来るかもしれないんだね。
だからシシルさんはヴァルさんと……私の事も心配してくれてるんだ。
ついさっき会ったばかりの私を。暖かく迎えてくれただけじゃなく、心配まで。
その言葉や想いがとっても暖かくて。
自然と、声が出てきていた。
「安心してください、シシルさん」
「え?」
「私、どうやらとっても速いので!」
「……速い? 強いじゃなくて?」
「? はい!」
だから心配する必要なんて何もないのだ。
そして――。
――うん、やっぱり、私にできることがあるならやろう。
こんな星を開拓しちゃう企業相手に、私が何ができるかはまだ分からないけれど。
それがお世話になったヴァルさんやシシルさんへの恩返しだ。
多分、ヴァルさんに聞いたら止められるだろうから、明日ティハンさんという星龍商会の人に聞いてみよう。
私に、何ができるのかを。
「ふふっ、そっか。じゃあ大丈夫だね」
「はい!」
「よーし、寝る前に甘いもの食べよっか。用意するね」
「わーい、ぜひ!」
そうして、私は初めて魔女の家以外のベッドで夜を明かすことになった。
「ぶみゃ、おいで」
「みゃ」
「もう、いつも嫌がるんだから。でももう2人きりなんだから、一緒に寝よ」
「……みゃ」
渋々来てくれたぶみゃを抱いて。
既に寝息を立てているシシルさんの寝顔を見て、笑みを浮かべてから柔らかなベッドに横になる。
「明日は商会の人に会うんだね。楽しみだなあ。どんな人なんだろうね」
宇宙での出来事は、色々と予想外のことばかりだけれど……とっても楽しくて刺激的だった。
宇宙海賊に蠢く小惑星、なによりあの氷の絶景!
魔女の森にいただけじゃ絶対に見られなかった景色ばっかり。
外に出れて良かった。
「……良い眠りを、ぶみゃ」
「ぶみゃ」
ああ、明日はどんなことが待ってるんだろう。
とっても楽しみ。