2階の「掃除」は恙無く終わった。
まあ「開けろ!魔族狩りだ!」とばかりに扉を蹴破り、中の人間が何をしていようがヴォイドブレイカーに無理矢理触ってもらうだけなのでそう難しい話でもない。
扉を蹴るのはロボバのシステム的に戦闘行為に含まれない、と言うのも新たな気付きだった。
しかし、間に合ったのはごく僅か。
自分達を除いて大体20人程度がこの宿に宿泊していたようだが──その殆どは既にディリッチに成り代わられてしまっていた、と言う事実は中々心に来るものがある。
──3人
保護できたのは、たった3人だ。
女が2に、男が1。
せめてパンに疑いを持った時点で女将は殺しておくべきだった。
もう少し早く行動を起こしていれば助けられた人もいただろうに。
そう思うと悔やんでも悔やみきれないものがあるが、これでもまだマシな方なのだ。
漫画版機甲聖杯ではパン酵母のような手がかりも無いまま魔族探しに奔走し、被害が出た後にしか駆けつけられないレイの苦悩が描かれていた分この程度で済んでいる幸運に感謝すべきだろう。
それに、思いがけない出会いもあった。
「ほーう、これが本物のMMかあ……!このボクもお目にかかるのは初めてで興奮が隠せないよ!」
「……」
「つれないねぇ。ね、君……ちょっと触ってもいいかい?その服……服?だけでいいからさ」
「イコマ様、この変態を殺害してもよろしいですか」
「ダメ」
「……チッ」
何とか助けられた3人の内の1人。
美少年そのものな紅顔を台無しにする目の隈に、ぶかぶかの白衣を羽織った美
ヴォイドブレイカーに触ろうとしては足蹴にされている、信仰が蔓延るこの世界に於いては珍しい生粋の
親類と訣別したとかで姓はない、だったような。
何分プレイアブルでないキャラクターに関してはそこまで深く読み込んでいなかったものだから、その辺りはいまいち記憶がはっきりしない。
この少年と見紛う背丈の片眼鏡を掛けた男は、所謂商人のような存在だ。
ローグライク的な要素を備えたアーケードモードでは「彼の発明品を購入する」形で一部強化アイテムや回復アイテムを入手する事が出来る。
一方、ストーリー中では「百合の間に挟まる男」的なイメージを避けたいからか、主に解説とリアクション担当で物語に深く関与する事はない。
最終的にやり込めばやり込むほどアイテム購入に頼る機会も少なくなるので、いてもいなくても変わらないような扱いをプレイヤー達からは受けていた。
「あなた、魔族の研究してる人でしょう」
「それがどうかしたかな?」
「買い取りたい物があると言ったら?」
「ほう?」
「魔族避けのアイテム、あるんじゃないですか?」
だが、俺はその辺りを縛るつもりは毛頭なかった。
ゲームなら兎も角、現実の異世界で自らに制約を課す必要はない──魔王を出落ちさせられるなら、どんな汚い手段だって喜んで使ってやるとも。
それに、想定している「最悪」に比べれば魔族避けを街に散布して回るなんてクリーンも良いところだ。
「勿論あるとも!何を隠そう魔族に襲われなかったのはこれのお陰だからね!ただ……」
「何か問題が?」
「いや……効果も安全性もちゃんと検証していない試作品を売り付けるのは美学に反するし……」
それは勿論知っている。
そう、このラヴォンと言う男──見た目と言動のマッドサイエンティスト振りに反して実はかなり誠実だ。
ゲーム的な都合とは言えぼったくり的な行為は絶対に働かないし、デメリットがあるアイテムを購入する時はわざわざ毎回警告してくれる。
そもそも子供並の背丈なのも幼少期から魔族の研究に没頭し過ぎて不摂生な生活を送っていたからだし、人柄に関して疑う余地はなかった。
「あなたが興味を持っているMM……ヴォイドブレイカーが監視しているから問題ないと思う。何なら俺達がこの街にいる間、彼女に研究を手伝わせてもいい」
「えっ」
「本当かい!?……いや、MMに言う事を聞かせられる君にも相当興味があるんだがね」
それは企業秘密としか言いようがない。
加えて、軽々しく手伝いを強制される事になったヴォイドブレイカーが露骨にショックを受けているが、これも仕方無い事だ。
こうして一度動き出してしまった以上、最早時間の猶予も手段を選んでいる暇もない──魔族避けの薬剤を上空から散布して、無理矢理にでも奴らを炙り出す。
それに、当初の予定だとこの街の人間全員にタッチしてもらう予定だったので、ヴォイドブレイカーの負担を減らす意味でも悪くない話だろう。
当人の意思を全く無視している点を除けば、だが。
──しかし、そんなに嫌か
もう顰め面を隠しもしないヴォイドブレイカーに、内心で呟く。
彼女は今でこそこうして戦闘に参加する事が多いが、本来の地上降臨より以前は旧人類復活の研究に没頭する……所謂研究者気質のMMだ。
そう言う意味ではラヴォンとも気が合うと思っていたのだが、どうやら現行人類への嫌悪感の方が勝っているらしい。
その辺りの機微については、正直俺は疎い方だ。
人並みの常識と良識はちゃんと備えているつもりだが、他人の気持ちを汲むのは昔からあまり得意ではなかった。
いや、それより。
「うぅむ、売るのはいいんだが……」
「いいんだが?」
先程からやけに出し渋るではないか。
俺の知るラヴォンは何かを発明したら嬉々として見せびらかしてくるタイプだった。
それに、魔族に対抗する為なら快く発明品を売ってくれる好漢だったと記憶しているが────
「……実は、これっぽっちしかないんだ」
そう言って彼が白衣のポケットから取り出した瓶は、それはもう「小」瓶の名を冠するに相応しい小ささだった。
本当に親指と人指し指で摘まめる位の、醤油差しよりもちっちゃいヤツのそのまた半分。
散布なんてとんでもない、霧吹きとしても使うのがやっとな量しか残されていなかった。
「マジか……」
「残念だけどマジだよ」
「……」
「いや、これから増産する予定だったんだけどねぇ」
2人揃って顔を見合せ、途方に暮れる。
──これは困った
いや、本当に困った。
これは恐らく、俺のせいだ。
本来のストーリーであればディリッチと相対するのはもう何日か後になる筈だったのに、魔族を速やかに始末する事しか考えていなかったばかりに全ての物事を早めてしまった。
物事をスムーズに、安全に進めたいのに結果がこれでは本末転倒だろう。
しかし、時間が待ってくれる訳でもなく。
最早原典通り大量の犠牲が出るのも許容しなければならないのか、と憂鬱な気分で階段を下りて────
「ああ、イコマ殿。魔族掃討ご苦労でした」
「うん、ご苦労」
─どちら様ですか?
普段は背中に流している長髪を纏め、突如として凛とした印象の強いイケメン系女性へと転身を遂げた騎士シエル。
そして何故かドヤ顔で副官面をしているレイとその背後で膝をつく自警団の面々に、思わず俺は首を傾げてしまい──否、それだけではない。
「『魔女狩り』をしましょう!」
「ちょっと待てや」
溌剌とした表情でとてつもない事を言い始めた騎士シエル──そのあまりにも堂々たる問題発言に、思わず素が漏れるのを止める事が出来なかった。
先程から「それ」は不快だった。
「それ」が地中で惰眠を貪っている間
偶然の事故や人間の戦争による損失ではなく、分体だけが的確に刈り取られている。
──何だ、何が起こっている
殺した人間に擬態する彼らが一方的に駆除されていくのは、「それ」の人生の中で初めての出来事だった。
全く未知の事態に、それは困惑と不快感を覚え──丁度人間に襲われている分体の1つと意識を共有した。
『そっちに逃げたぞ!』
『建物に入れるな!殺せ!』
そこにあったのは、「それ」すら思わずたじろいでしまう程の熱狂に満たされた人間達の姿だった。
自警団の者だけではない。
老若男女も職業の区別もなく、誰もが包丁やナイフ、棒を削った即席の槍など各々の武器を握って分体を執拗に追い回している。
優れた擬態能力を持つ分体は、代償として戦闘能力がかなり低い──一人や二人ならまだしも、何十人にも及ぶ町人に追われては逃げ回るしかなかった。
『見ろ!あれが魔族だ!』
『皆の妻を殺し、夫を殺し、子を殺し、父母を殺してその皮を被る悪魔共の醜悪な本性だ!』
『一匹足りとも残してはならない!安らかな眠りを欲するならば、シエル・ノヴァと教会の名の下に一致団結して奴等を駆除せよ!』
そして、その戦闘で檄を飛ばす女──彼女の扇動によって、街全体が異様な熱に包まれている。
触れるだけで擬態を看破する女と、臭くて堪らない謎の液体を吹き掛けてくる男の手によって、次々と分体達が暴かれていく。
魔族である「それ」に知る余地はなかったが、この熱狂は騎士シエルの身分詐称によるものだ。
そもそもからして、彼女は既に教会騎士ではない──その称号と栄誉は数週間前、ルーメンの街に駐屯する騎士を経由して返還されている。
だが、その報せがシエテのような小さな街に届いているかまでは別の話。
騎士団が壊滅する凶事の発覚を王国が遅らせているのもあって、対外的にはまだ第9軍は「健在」。
シエルはその状況を利用して街の人々を傘下に加え、その際に生じる不満を全て魔族に押し付けたのだ。
──全部魔族が悪い
大切な人々の命が奪われたのも。
夜中に叩き起こされ、寝ぼけ眼を擦りながら街中を奔走する羽目になったのも。
何もかも魔族が悪い。
正に魔女狩りの様相である。
しかも「魔女」を間違える事はない。
ヴォイドブレイカーと魔族避けの霧吹きを持つイコマがいる限り、誤認からの同士討ちは絶対に起きない。
深く考える時間も与えられないまま怒りをぶつける大義名分と矛先を得た民衆は、遂に自ら率先して武器を持つに至った。
──……ッ
あっという間に半分以下まで減った分体達に、「それ」は思わず歯軋りした──この状況は、「それ」が望んだのと全く正反対だったからだ。
誰が魔族か分からない疑心暗鬼の状態に人々を陥らせ、無意味に殺し合う様をじっくり楽しんでから美味しく頂く──悪趣味極まりない美食を「それ」は生き甲斐としていた。
なのに、今は全てが逆転している。
人間達は魔族への憎悪によって結束し、怒れる集団となって分体を駆除して回っている。
これをどうして許せようか。
「オオオオオオォォォォオオ……!!」
プライドを傷つけられた「それ」は吠え、地表を突き破った。
例え人間ごときが団結しようと、自分が直接姿を見せれば須らく恐怖に慄くだろう。
食卓は乱されたが、平らげる分は問題ないだろう。
何故なら、自分は「人喰らいディリッチ」なのだから。
そんな慢心を秘めたまま。
だが、それこそが致命的な誤りだった。
種族として傲慢な魔族は、損切りが出来ない。
自分の誤りが認められないから、思う通りに状況が動かなくても同じ目標や手法に拘り続ける。
ディリッチも同じだ。
さっさと別の街へ標的を変えれば済むものを、のこのこと自らその姿を見せてしまった。
その愚かさをディリッチが悟る隙は、与えられない。
「ここからは、私の番────」
人の手が無数に生えた醜悪な蛇の眼前。
「────死んで、街の人達のために」
二丁拳銃を構えた少女が、氷のような声で呟いた。
シュート・イコマ
ゲーセンが生んだ悲しきモンスター。
基本的に戦うこと以外は不得手な上に、人を気遣うつもりはあるけど他人の気持ちはあんまり読めない男。
指揮スキルはゲーセン由来なので1~3人位に指示を出す分にはそれなりだが大人数を動かすことは出来ない。
シエル・ノヴァ
そうだ、魔女狩りしよう。
かつては高潔な騎士だったが、地位を返上してからは割とダーティな手段も取る。
ちなみにイケメン系な言葉遣いは騎士団長としてのもので、徽章を持っていないのを誤魔化しつつ人々を煽動するために行っている。
「まあ今日1日騎士団辞めたの誤魔化せれば良いかな…」とか考えていたりと兎に角やり方がダーティ過ぎる。
でも魔族がクソカスなのが悪いと思うの。
ヴォイドブレイカー
過労死を寸前で回避した。
基本的に苦労人気質。
レイ・クラーク
天然ボケ気味だけど締める所はキッチリ締める。
イコマとヴォイドブレイカーが分体狩りを主導しているので今回の主戦力。
ラヴォン
所謂ショップの人。
幼い頃から研究のし過ぎで全然成長しなかった美少年風美中年。
善人だがトンチキな物を売り付けてくる。
人喰らいディリッチ
めっちゃめちゃ人の手が生えた蛇のような外見をしている。
(趣味と見た目と行動が)キモい。