「あなたの強みは、
「召喚魔法、ですか」
「あれはとてもいい……私も使えるようになりたかった」
シエル達が宿泊する宿の1階、食堂の隅に席を取った男──生駒修人は、今日何本目か分からないワインを呷りながらそう切り出した。
対するシエルは、フォークの先端でくるくるとパスタを巻き取りながら怪訝な表情をする。
イコマが彼女の想像を超えた発言をするのは、何も今日が初めてではなかった。
そもそも、彼の言葉は全体的に難解だ──コストだのロックだのと言った全く未知の単語と、辛うじて聞き分けられる単語が絶えず入り交じる喋り方は、なまじ丁寧な分より一層理解に時間を要する。
しかして、無駄な発言は1つとしてない。
それを踏まえた上でシエルは己の眷属に過剰な期待は抱けなかった。
「私の
シエルの眷属「
その名の通り人の形をした土像であり、厳つい見た目に反して人懐っこい仕草が目立つ可愛らしい奴なのだが……如何せん、そこまで賢くないのだ。
防御力こそ優れているものの、非生物の魔物だからか複雑な指示を理解できず──連携を求められる集団戦闘には参加させ辛いため、シエルは専ら盾を持たせての壁役か物資運搬のような単純な作業に従事させていた。
先のイマンソ戦でも奮戦していたものの、幻影魔法で姿を消す異形の前には歯が立たず他の騎士達共々倒されて今は回復中だ。
寧ろシエルとしては、元が土くれであるが故に時間さえかければ復活出来るのが強みだと考えていたのだが……イコマはそうではない、と言う。
「ああ、複雑な指示は必要ないのです」
「必要ない?」
「ええ。しっかりと貴方の指示を守る忠誠心があり、攻撃に
「は、はあ……岩を投げさせるんですか?」
どうにも納得のいかない様子のシエルとは対照的に、男は羨ましそうな表情を隠しもせずにグラスを傾ける。
それもその筈だ。
男は、眷属自体の強さではなく────
(いいなぁ、やっぱ俺もアメキャン欲しいなぁ……)
それを使った、ゲーム的なテクニック。
俗に言う、アメキャンを羨んでいるのだから。
ロボティクスバーサスでは、ブースト移動やジャンプをしてから着地する際に必ず硬直──操作不能な時間が発生する。
これは全キャラクター共通の仕様であり、対戦を制するに当たって最も重要なポイントの1つだ。
如何に相手に対してブーストの残量で優位に立ち、着地時の硬直という明確な隙を突くかが作品全体を通しての醍醐味となっている。
当然、それを誤魔化したり回避したりする技も1つや2つではない──ふわふわ*2・ズサキャン*3・着キャン*4等々、10年以上の歴史を持つロボバでは機体に合わせた様々なテクニックが存在する。
その中でも特にオーソドックスなのが、アシスト呼び出しを足の止まらないメイン射撃でキャンセルし、ストンと自由落下する──先程述べた、所謂「アメキャン」。
素早く落下・着地することで相手より先にブーストを回復し、より有利な状況に持ち込むことが可能なテクニックと言えば分かりやすいだろうか。
これの何が良いって、アシストの攻撃とメインの射撃によって牽制しながら着地出来る点だ。
特に自分のような射撃能力に乏しい機体からすれば、着地保護と弾幕張りを同時にこなせるアシストはもう喉から手が出るほど欲しい。
何なら全然誘導しなくて威力もしょぼい石投げだったり、欠伸が出そうなほど遅い突進で良いから欲しくて仕方がない──まあ、そもそも俺の
後、これは極めて私的な理由になるが。
──欲しいじゃん、仲間
そう、アシストとして呼び出されるのは大体操作キャラクターに縁のある機体達だ。
上司、部下、同僚、兄弟姉妹……立場は十人十色だが、兎に角そのキャラにとって「呼んだら来てくれそう」な人物の乗るMMが助太刀してくれる。
シエルの土造騎士がコマンドに設定されていることからも分かる通り、アシストとは強固な信頼で結ばれた仲間を指しているのだ。
で、俺にはそれがない。
つまり、仲間がいない。
ないしは、仲間認定してくれる人がいない。
……こんなに悲しいことが他にあるだろうか。
確かに俺は赤聖杯の件で帝国から恨みを買っているだろうし、此処ルーメンの街に訪れるまでは流浪の旅人のような生活をしていた。
人当たりも悪くないつもりだが、移動が頻繁過ぎてそもそも誰かと仲を深めている暇などなかっただろう、と言われればぐうの音も出ない。
でも。
でもだ。
──異世界でぼっちはやっぱり辛い
文字通りゲーム感覚でこの半年間やってきている訳だが、こうも他者との繋がりが薄いと流石に堪えるものがある。
それに、ロボバはコミュニケーションだ。
武装の特徴を活かした読み合いや、操作の癖を機敏に感じ取る駆け引き──或いはそれらを一切合切放り捨て、勢いにモノを言わせるゴリ押しまで。
対戦を通じて互いの全能力をぶつけ合う真剣勝負は、最も純粋な対話の形と言ってもいい。
だが、この世界にはそれがない。
純粋に、命のやり取りであるが故に。
戦いの後に残るのはどちらか一方だけ。
敬意を示す「ありがとうございました」も、死んでいる対戦相手には送れないのだ。
だからせめて、仲間とは送り合いたい。
ゲーム脳の下らない我が儘かもしれないが、「ありがとうございました」を送り合える仲間が欲しいと、俺はそう思っている。
と、まあ。
大分湿っぽい話をしてしまったが。
要するに、何故俺が王国の辺境であるルーメンでシエルにコーチングをしているのかと言えば────
主人公であるレイ・クラーク。
彼女が作中初めて訪れるのが、この街だから。
そこで過去と現在のギャップに驚いたり、MMが迫害の対象になっている事実を知ったり──そして、イマンソの襲来によって自らの能力を明かすことになってしまうのだが。
山奥の秘村で数百年の凍結から再起動した彼女が最初にルーメンを訪れた理由は極めて単純で、
これはアーケードモードでも漫画版でも変わらないし、誰かに誘導された結果でもない*5。
ついでに言えばイマンソの有無も関係無い。
あれとの戦い自体は序盤において重要な転機の1つだが、仮に奴が存在しなくともレイ・クラークは必ずルーメンにやって来る。
これは「機甲聖杯」の運命なのだ。
それでもって、アーケードにおけるレイのストーリーは単純明快。
街々を巡って聖杯と仲間を集め、復活した魔王を絆パワーでぶっ倒す。
他キャラのストーリーが大体後味悪かったりバッドエンドだったりする中で、これほどスッキリ終わるキャラは他にいない。
他に満場一致でハッピーエンドと言えるのは、マステマ*6のストーリーくらいだが……教会絡みは色々と面倒なので、目的や行動はシンプルな方がいい。
後、シンプルにレイが強い。
ストーリー的な強さは終盤に入るまで中の中程度だが、機体としての彼女は操作しやすさと武装が両立した2500コスト屈指のバランス機。
格闘も射撃も優秀、降りテクまで完備されているお陰で「取り敢えず初心者に勧めるなら」と訊かれれば先ず真っ先に名前が挙がるだろう。
また、終盤のフル装備状態が別キャラ扱いで実装されているのもポイントが高い……1粒で2度で美味しい、それがレイと言う機体。
中盤辺りに登場する
つまり、俺がこの世界で安全に生きるなら、彼女に同行して大陸中の魔族をシバいて回るのが最も賢い選択肢なのだ。
「……」
故に、俺は騎士シエルのコーチングに四苦八苦しつつここ1週間近くずっと出待ちをしている。
ただし、へべれけの千鳥足で。
実の所、既にこの街を通り過ぎているんじゃないかと言う懸念もあるが、イマンソがルーメンの外にいたなら時期的にはまだ向かっている最中か滞在しているかのどちらかだ。
それに、奴を倒した後始末もしなければならない。
漫画版には、イマンソがルーメンに魔物を潜ませている描写があった。
首魁が倒れたことで統率を失い、連中は街を去ったと見るのが自然だが──それでも、残っている可能性はある。
イマンソごとレイに纏めて返り討ちにされる展開を潰してしまった以上、俺がその責任を取る必要があるだろう。
「……ひっく」
そんな訳で、俺はレイ捜索も兼ねて酔っ払いの振りをしながら夜の街をパトロールをしているのだ。
これなら不意に他人の顔を凝視したり、路上で不自然に立ち止まったりしてもただの奇行扱いで済む。
下がるものも精々俺の風評くらいで、それも用が済めばすぐ街を離れることを考えれば安いものだ。
そんなことを考えながら、脳内ミニマップに余所見していると──どん、と通行人と肩をぶつけてしまう。
「──っ」
「あ、すみません。大丈夫です、か……」
意識を戻せば、そこには全身をローブに包んだ小柄な女性の姿がある。
フードを深く被っているため表情を窺い知ることは出来ないが、秋も深まるこの季節にそれ自体は然して珍しいことではない。
ないの、だが。
「……」
ミニマップに、赤い光点が表示されている。
場所は、俺のすぐ隣。
肌が触れ合うほど近くに、それがいる。
──
注目したら誰彼構わず名前と体力ゲージを開示するロックオンと違って、ミニマップは確実に敵と味方だけを映してくれる。
この機能に、間違いはない──つまり、魔族か帝国猟兵かは知らないが、こいつは俺を殺しに来た「敵」だ。
では、こいつは何者か。
多種多様な機体入り乱れるロボバでは、知識量がモノを言う。
一方的な初見殺しやハメ殺しを避けるためにも、対戦相手が使う機体の知見を深めておくことは非常に重要だ。
故に、俺はゆっくりと視線を彼女に合わせ────
「……クソッタレ」
思わず、悪態が漏れた。
ああ、知っている。
知っているとも──機体選択画面で選んだ際に毎回名乗るものだから、嫌でも覚えてしまう。
「シュート・イコマね────」
それは、ロボバにおける
実装以来最速で4度のナーフを受け、それでもなお環境の一角に居座る、俗に言う「ぶっ壊れ」機体。
そして機体相性の都合上、ほぼ間違いなく2000コストの俺では勝てないMM。
「──少し、話をしましょう」
◯生駒修人(通常)
2000コスト格闘機。
何の前触れもなく「機甲聖杯」の世界に迷い込んでしまったロボゲー廃人。
自分だけロボバのシステムが反映されているのもあってややゲーム脳的な思考をしているが、それは異世界で磨耗を抑えるための本能的な逃避でもあり、丁寧な応対を心がけているものの不測の事態には素が漏れてしまう。
また、常にミニマップや相手の耐久ゲージを見ているため傍目からだと目がイっちゃってる人にしか見えない…が当人はそれを自覚していない。
戦闘ではロボバの知識とシステムを活かして優位に進めるが、足の遅い格闘機であるためガン逃げが得意な機体や射撃能力の高い機体には苦戦を強いられることも。
◯シエル・ノヴァ(流浪)
1500コスト射撃寄り万能機。
全体的な性能は控えめなものの、降りテクに使える追従アシストと1500コストにしては優秀な格闘でゆっくりと盤面を進める玄人向け機体。
「機甲聖杯」本編にはイマンソが殺害した騎士団長として名前だけ登場する。
◯静止軌道同盟(GOU)
かつて「魔王」との大戦で残存したMMの一部が結成した組織。
静止軌道上を周回する宇宙ステーションを根拠地としており、ヴォイドブレイカーの管理の下で人類再興を目的に活動している。
しかし、圧倒的なリソース不足のため現在は聖杯の回収を主な任務としている。
なお、所属する個体によって認識の差はあるものの総意として「現在ヒトを僣称している生命体は『人間』ではない」と言うスタンスを取っている。