美少女が自分を巡って言い争う。
そんなシチュエーションを、1度は漫画かアニメで見たことがあるんじゃないだろうか。
そして、現実に起こることはない。
まだ二十代の半ばで、しかもロボバ一筋ゲーム廃人だったものだから色恋とは無縁だったが、痴話喧嘩なんて余程関係が拗れないと起きないイベントなんじゃないかと思う……多分。
その上で、誰か教えて欲しい。
「師よ、今すぐそのMMから離れて下さい。彼女は危険だ……!」
「危険?それはお前のような存在に対して与えられる評価……後一歩でも踏み込めば即刻消去するわ」
今まさに、俺を挟んで殺し合いを始めようとしている彼女達をどうやって止めればいいのか。
シエルは剣を抜いているし、ヴォイドブレイカーも武装を展開しているしで、此処が宿の食堂であることなんてすっかり頭から抜け落ちているようだった。
だが、俺はそれなりにこの宿にお世話になっているのだ──それがこんな痴話喧嘩的な何かで破壊されるなんて、主人に何と詫びれば良いのだろう。
つい先程までヴォイドブレイカーに攻撃するつもりだった自分が言うのも変な話だが、兎に角今此処で争うのはどうか止めて欲しい。
特に、騎士シエル。
現行人類なんて知ったこっちゃないヴォイドブレイカーが街中で銃を向けるのは、もうある意味仕方のない話だ。
思う所は大いにあるが、止めようとしても実力差が大きすぎてとても止められる気がしない。
機密保持的にそんな簡単に兵装を展開してしまっていいのか、と勝手に心配してみたりするも、俺の力では最早どうしようもないのが現状だった。
しかし、シエル。
教会を辞したとは言えお前は騎士だろう。
宿の中で剣を抜くのは如何なものか──いや、魔族は人間に化けて紛れるからこれが普通なのか?
と言うか、何でヴォイドブレイカーにそこまで強い敵意を向けているのか。
一応カテゴリとしては同じ禁制機械でも、俺の左腕には大した反応を示さなかっただろうに。
だが、何はともあれ此処で戦うのは止めねばならない。
こんなつまらないことで魔王出オチ作戦のための貴重な戦力を喪うなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある。
ある、のだが────
「2人とも、ストップ」
「しかし……」
「ですが……」
渋々、と言った様子の2人の間を通り抜け、外に出る。
元々平均気温が低めなこの地域は、夜になると更に空気が冷える──頭を冷やすにはうってつけだ。
それだけではない。
「
「何が、です」
「地中から高エネルギー反応を確認、これは……!」
呟くと同時、ずずんと大地が揺れる。
そう、来るだろう。
ヴォイドブレイカーが……かつての大戦を生き残ったMMが来ているなら、当然ヤツらもやって来る。
『────────ぁ』
ぬっ、と。
音もなく現れた影のような巨人が、驚きと恐怖のあまり硬直した警備兵を無視して街の外壁に手をかける。
そうして、無数の目が付いた顔面でルーメンの市街を一瞥すると──「口」に当たる部位が、横に裂けた。
『ぁぁああああるぅしええぇええる────!』
魔物の咆哮に建物が揺れ、窓枠が軋む。
影の巨人が発したのは、偉大なる神の名。
しかし、その異様に間延びした発声から感じ取れるのは、信仰や敬意ではなく憎悪。
もう既に世を去った存在へのありったけの憎しみを込めて巨人が叫び、そこでやっと正気に返った人々が恐怖に慄く。
着の身着のまま外へ飛び出し、外壁から此方を覗き込む異形の巨人を目撃し──そうしたところで何の意味もないと理解しつつ、本能的な恐怖に駆られて「それ」の反対側へ走り出すのだ。
兵士も市民も関係ない……兜を脱ぎ捨て、妻子を置き去りにし、ただ自分が助かりたい一身で責任も何もかも投げ出してしまう。
だが、それを責めようとは思わない。
人間のDNAに刻み込まれた魔王への恐怖を拭い去るのは極めて困難だ。
それは人間の本能なのだから。
その場に残れるのは理性で本能を捻じ伏せられる強靭な精神を持った騎士か、魔王と戦うことを目的に製造された
「来るよな、やっぱ」
「師はアレについてご存じなのですか」
そうして残った俺達3人。
俺は騎士シエルの問いに短く頷く。
知っている、勿論知っているとも。
機甲聖杯のアーケードモードをやっていればどのキャラ・ルートでも必ず1度はヤツの相手をすることになるから、行動パターンから何から完全に把握済みだ。
そう、ヤツの名は────
「魔王複製体……!何故此処に……!?」
「魔王、複製体……?それは一体……?」
「チッ、これだから愚鈍な現地生命体は……1度だけしか説明しないから理解しなさい。アレは魔王が自身の細胞から造り出したコピーよ。今はまだ大したことはないけれど、放っておけば戦闘能力だけは魔王本体に匹敵するほどに成長するわ」
「よく分からないけど、凄く危険じゃないですか!」
「そう言ってるでしょう」
何か全部ヴォイドブレイカーが説明してくれたので、俺は魔王複製体の観察に戻ることにする。
目が付いてるのが顔面だけでまだそんなにキモくないから、アレは多分第一形態だろう。
てっきり第三形態辺りで来ると思っていたから、拍子抜けしてしまった。
と言うか、さっきまで血で血を洗う殺し合いを始めそうな雰囲気すら漂っていたのに意外と2人の会話が成立しているものだから、寧ろそちらの方に驚いてしまった。
お互い自分の使命に凄く真面目だから、実は当人も自覚していないところで波長が合ったりするんだろうか。
まあ、それはそれとして。
「尾けられたな、ヴォイドブレイカー」
「私が、ですか。しかしどうやって……」
「あれ、知らないのか」
てっきり複製体が出現するのも込みで地上に降りてきたのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
いや、GOU側が複製体出現の法則に気付くのは再誕事変*1の後だった筈だから、この時点ではまだ知らなくても仕方ないのか。
「
「────ッ!?」
「肉体は、だが」
ヴォイドブレイカーの表情が、歪む。
それはそうだろう──人類は魔王の精神と肉体を分離した上で「マントルと外殻の間に叩き落とし、身動きが取れなくなった隙に衛星軌道上からありったけの火力を投下」なんて惑星環境を破壊し尽くす方法で、やっと撃破したのだから。
魔王が星より硬いことを前提とした、狂気に狂気を重ねた計画だ。
しかもその結果としてほぼ全ての大陸が崩壊し、僅かに残っていた旧人類も完全に死に絶えた。
だから、もし彼女の愛する人類が全てを擲って倒した筈の魔王が生きていたとしたら──それはこの上ない屈辱であり、憎悪に値する事実だろう。
しかし、魔王の出オチを狙っている身としてはこの事実を明かすのは早ければ早いほどいい。
「魔王の肉体は自力での再生が不可能なまでに破壊されたが、殺しきれてはいなかった。散逸した細胞がマントルの対流と融合し、覚めることのない眠りの中でこの星を巡っている」
「では、まさか……」
「不完全ながら星と
そう、故に
文字通りの意味で地面から湧いてくる。
魂と分離した肉体は、ただただ原始的な欲求にのみ従って動き続ける。
ヴォイドブレイカーとて、その可能性を考えなかった訳ではあるまい。
しかし恐るべき懸念が自身と俺の言説を以て補強されたことに、息をぐっと詰まらせ……徐に視線を下げた。
「では、複製体が出現したのも」
「ああ、地面に足を着けただろう」
「それだけで……」
「人だろうがそうじゃなかろうが、怨みの力は凄いってことだな、多分」
そう、魔王……もといこの星からすれば、不倶戴天の敵が肌の上を這っているようなもの。
例え微睡みの中であっても、不快さと憎しみは到底耐えられるものではないのだろう。
「しかし、何処でその情報を────」
『ぁあるしえぇえええるぅぅぅ』
そんなことを説明している内に、巨人は城壁を乗り越えようとそののっぺりした身体を前傾姿勢にしていた。
複製体はどうやら普通に壁をよじ登るのではなく、身体全体で滑り込むつもりらしい。
すると、必然的に結構な面積の住宅が潰されてしまう訳で──迷惑なことこの上ない。
ああいう手合いには、早急にお灸を据える必要があるだろう。
色々説明したいし、気付けば騎士シエルへの言葉遣いも崩れてしまっていたが、今は後回しだ。
「ヴォイドブレイカー」
「……了解。始末は自分でするわ」
ローブを脱ぎ捨て、メカニカルなボディスーツのみを纏ったヴォイドブレイカーがふわりと浮き上がる。
俺が魔力を噴射してブーストを使うのとも、飛行魔法とも異なる自然な挙動──魔力を用いた重力制御は、規模に個体差こそあれMMの標準装備だ。
「武装展開、支援兵装チェック……オールグリーン」
続いて、彼女の周囲に様々な武装が展開される。
開放バレル式のロングライフル、電磁式ブレード、グレネードランチャー、自律飛行スフィア──何れもGOU所属MMの標準的な武装。
中空に浮かぶメカニカルな魔法陣から呼び出されたそれらは一纏めに連結され、次いで召喚されたX字状のバックパックへ。
最後に背中のアタッチメントとバックパックがガチンと接続するのを確認したヴォイドブレイカーは、ライフルを構え──異形の巨人に啖呵を切る。
「目標確認──排除開始」
ゴッ、と。
衝撃波と青白い軌跡を残して飛び去った機甲少女が、魔王複製体に飛びかかる。
その縦横無尽な軌道は、最早俺達の目で追えるようなものではない。
うーん、流石はヴォイドブレイカー……対立することになっていたら、やはり負けていただろう。
3000コストでも屈指の環境機体なだけあって、ブースト性能からしてもう俺達とは全然違う。
殆ど棚ぼたみたいな形だけど、彼女が味方になってくれて本当に良かった。
で、だ。
『あ、あああぁるしぇるぅ』
「師よ、あれは……!」
「大きいのがいれば、そりゃ小さいのもいるだろ」
複製体をそのまま人間サイズにしたような、一つ目の異形がそこら中からわらわらと湧いてくる。
その動きは酷く緩慢だ。
だが、彼らが腕を振るえば人の頭を粉砕することくらいそう難しいことではないし、怖じ気付いた兵士達が相手をするのは難しいだろう。
「騎士シエル」
「は、はい!」
「相方頼む」
ロボバは相方が居てこそ、その本領を発揮出来る。
戦略や戦術の幅が大きく広がり、一気に戦いが彩りを増す──故に、シエルを即席の相方として指名した。
確かにまだロボバ的な戦いには不慣れだが、現状の付き合いで信頼と呼べるものを築けたのは彼女しかいない。
果たして、彼女が同じように思っているかは分からないが──どうやら、気合いは十分らしい。
「──お任せを。師の背中は私が守ります」
直剣を鞘から抜き放ち、異形に向けて構えを取る。
ロボバのシステムに囚われている俺と違って、真っ直ぐ芯の通った……一目で騎士なのだと分かる構え。
成る程、これは頼もしい。
元々大して師匠らしいことは出来ていないが、シエルの立ち姿から溢れる活力は俺より遥かに漲っていていた。
だが、俺も負けてはいられない──彼女に騎士の誇りがあるように、俺にもロボバ廃人としてのプライドがある。
それに、この程度の相手に手こずるようでは魔王の出オチなど夢のまた夢だろう。
「さて────」
シエルに倣って剣を抜き、左腕を腕甲に変化させる。
今回の相手は数が多い──隙の大きい乱舞派生は封印して格闘コンボは手堅く締め、横サブ*2で複数体を巻き込むのがベストだろう。
最悪、後隙はシエルにカバーして貰う……
そんな風に戦術を組み立てながら、剣を肩に担ぎ上げ──脳内のカウントダウンを待たずして、ブーストで一気に飛び出す。
「──やっと、低コスト格闘機の本領が発揮出来る」
そう、格闘機は前に出てこそ。
例えヴォイドブレイカーのような目にも止まらぬ戦いとは行かずとも、自分のやり方を曲げるつもりは毛頭なかった。
シエル・ノヴァは、己の成長に手応えを感じていた。
「はぁっ!」
「あ、る────」
シンプルな振り下ろしと突き。
この2点に絞って、複製体を砕いていく。
そう、技巧を凝らした剣技はそれを求められるだけの知性を持つ相手に用いるもの。
今回のように知性の低い相手に対しては、技に拘るより基礎的な剣の扱いこそ相応しい。
よくよく考えれば当たり前の話だが、騎士の誇りにただ身を委ねていたシエルには欠けていた視点だ。
そんな過去との差異に、シエルは思わず苦笑し──複製体に突き刺した剣をずるりと引き抜く。
──これが、隙
複製体に限った話ではないが、魔族の肉体は非常に硬い。
生半可な力では斬るも突くも難しい──それは突き刺した剣を引き抜く時も同様だ。
ただ腕の力で引くのみならず、身体全体を使ってバックステップを踏むような勢いでなければ、強固な外皮に引っ掛かってしまう。
そして、その一連の動作は大きな隙となるのだとイコマは言った。
それを証明するかのように、着地したシエルの背後に新たな複製体が迫り──騎士が叫ぶ。
「──ゴーくん!」
『────ッ!』
突如として地面から飛び出したのは、シエルの眷族である
その強みは、彼の本質が土塊を纏う魂魄であり、地面さえあれば何時でも何処でも瞬時に呼び出せる点にある。
そうしてシエルとの間に立ち塞がった土造騎士は、その剛腕を大きく広げ──複製体をがっしりと掴むと、シエルに向かって放り投げた。
ただ、それだけ。
それだけで、放物線を描いた複製体はシエルの剣に突き刺さって息絶えた。
(着地を誤魔化すって、こう言うことですか……っ)
これもまた、イコマの入れ知恵だった。
土造騎士の強みは、その本質が土塊を纏う魂魄であるが故に土さえあれば一瞬で召喚可能な点にある。
この性質を活用し、相手の不意を突く形で迎撃する──今まで荷運びや土壁のような簡単な役割しか担えなかったゴーレムは、これによって立派なシエルのアシストになったのだ。
胡乱で難解なイコマの言葉をシエルなりに解釈した結果だが、実際それは彼女に騎士団では得られない成長をもたらしていた。
しかし、だ。
(それでも、遠く及ばない)
シエルがやっと8体倒したのに対し、イコマは既に22体もの複製体を始末していた。
その挙動は、相変わらずシンプルながら奇怪としか表現しようがない。
魔刃斬を三連射したかと思えば真っ直ぐに斬りこみ、何故か時折ジャンプ斬りを挟んでは虹色の残光を引きながら複製体を次から次へと切り刻んでいく。
何度見てもシエルにはとても理解出来ない、しかし間違いなく何らかの規則に基づいた挙動。
身も蓋もない言い方をしてしまえば、気色悪い。
しかも気色悪いのに一目で効率的だと分かるのが、なお気色悪い。
戦いながら儀式でもしているのかと言いたくなる不可思議な動きに、自ら弟子入りしたシエルも微妙な表情をせざるを得なかった。
──不可思議といえば
そう、不可思議と言えばヴォイドブレイカーとの関係性もだ。
一体、彼女との間に何があるのか。
そもそもMMは人類に対して非協力的……と言うか、接触を避けるような態度を取っているのではなかったのか。
事実、これまでにシエルが直接目撃したMMと言えば教会に所属しているマステマくらいのもの。
そのマステマにしても、一部の司祭や枢機卿などしか接触が許されていない秘中の秘で、同じ教会の騎士団に所属している身でありながら会話の1つすらしたことがない。
それだけ人間とMMの接点は少ないにも関わらず、イコマはヴォイドブレイカーを一方的に知っている様子だった。
魔王にしてもそうだ。
シエルやMMが知らない事を当然のように知っている彼は、一体何者なのか。
そして、ついでに。
(……何故、あんなに親しいのか……!)
騎士団では師弟とはある種一心同体なのだと教わったのに、何だって初対面の女と仲を深めているのか。
やたらヴォイドブレイカーと親しそうなイコマの姿に、シエルは憤った。
とてつもなく不誠実だ。
到底許し難い。
腹が立って仕方がない。
「────ん」
と、イコマが突然動きを止める。
彼が他者を制したり、虚空で視線を止めたりすると大抵妙な出来事が起こるのだ。
なら次は何か、とシエルが身構えていると──空中から降り注ぐ射撃によって、複製体が次々と射抜かれていく。
弓矢ではない。
禁制機械である銃を用いた、正確無比なヘッドショット。
「……助太刀、要る?」
そして彼が見上げる先には──銀髪の女。
両手に拳銃を構えた新たなMMに、男はふっと表情を緩め。
──また女ですか、この変態師匠が!
シエルは一人、激怒した。
シュート・イコマ
実際生身の人間(しかも焦点が常に合ってない)がピョン格しまくってたら滅茶苦茶気色悪いと思う。
魔王
口に出して語る事すらおぞましいとして忌避される800年前の厄災。
魂と肉体を分離した上、星ごと破壊する勢いの総攻撃を仕掛ける事でやっと無力化に成功したが、その細胞はマントルと一体化して星の内を巡っている。
その微睡みから目覚めさせる事など、あってはならない。