惑星の地表から、およそ36,000km。
静止軌道上と言う現行人類にとって未踏の領域には、今も巨大な円筒形の建造物が周回している。
かつては全長10kmにも及んだ宇宙ステーションの残存部分を修復したそれは、光学・電磁・熱源迷彩などあらゆるカモフラージュが行われ、地上から観測する事は不可能に近い。
「ハァ~!?」
しかし、今。
静謐な人工衛星の中に、うっかり地上まで届いてしまいそうなほど頓狂な声が響き渡った。
「ヴォイドブレイカーが本体を活動用駆体に移管したァ!?何やっちゃってくれてんだよあのワガママ盟主様はァ!」
ぶんぶんと大袈裟な身振りを交えつつ、頭を抱えて奇声を上げているのは、灰色の髪を逆立てた紅眼の少女──全領域火力投射型MM「グレイミーティア」。
魔族に対して歯が立たなかった人類の兵器を再活用する目的で造られた彼女は、大戦終結の後「戦闘行為が目立ち過ぎる」と言う理由で休眠していたが──ヴォイドブレイカーの召集によって長い眠りから叩き起こされた上、当人が姿を見せない事に烈火の如き怒りをぶちまけていた。
「しかも地上に降りてるしよォ!アタシ達が眠ってる間に随分好き放題やってんじゃねえか……!」
彼女の怒りは尤もだ。
何故なら、他のMMの難色を押し切り「地上への降下は必要最低限とし、自分達の存在は可能な限り秘匿する」合意を定めたのは、他ならぬヴォイドブレイカー自身なのだ。
グレイミーティア自身も反対した立場である。
だがそれに従ったのは、ヴォイドブレイカーがMMの中でも一際優れた性能を持ち、尚且つ統轄機と言う重要なポジションに就いていたからだ。
にも関わらず、当人が真っ先に合意を破っている。
それだけならまだしも、円卓に設けられたヴォイドブレイカーの席は未だ空。
どうしてこれを怒らずに居られようか。
「情報リンクもして来ねぇし、アイツ遂にぶっ壊れたんじゃねえのか……?」
「まあまあ、それだけ重要な話なのかもしれませんよ」
「でもよ、ウンディーネ……!」
「連絡を待ちましょう、ね?」
激憤収まらぬと言った様子のグレイミーティアを諌めるのは、水色の長髪を背中に流す女──流体操作特化型MM「ウンディーネ」。
液体金属をコントロールして武器とする彼女もまた、800年前の大戦を生き延びた僅かなMMの1機──その温和な性格故、高圧的なヴォイドブレイカーとその他GOU構成員の仲を取り持つ緩衝材の役割を担っている。
(でも、ミーティアの言う事も尤もだわ)
今回目覚めたのは、この2人だけ。
と言うより、ヴォイドブレイカーが再起動を要請したのが、グレイミーティアとウンディーネだけだった──これが何を意味しているのか、ウンディーネには理解出来ない。
グレイミーティアほどではないにせよ、聡明な個性を与えられた彼女も盟主の異常を疑わざるを得なかった。
(情報リンクまで拒否するなんて、何を考えているの……?)
大戦期に生産された全MMは、魔力通信を用いて即時に情報を共有する事が可能である。
これは不規則に耐性を変化させる魔王複製体に対抗する措置の一環であり、その伝達速度から単なる情報共有手段として用いられる事も多い。
特にヴォイドブレイカーは、直接対面していてもレシートみたいに目の滑る情報を送り付けてくる事が多かったのだが──今回に限って、何故かそれを避けると来た。
正直に言って、不可解な事この上ない。
果たして、あの盟主が一体何を考えているのか────
『──待たせたわね』
と、何の前触れも無く中空にホログラムが出現する。
ヴォイドブレイカーは遅刻をしないし、もししても謝罪はしない。
精神モジュールの底まで傲慢さが染み付いた、盟主特有の慇懃な声色。
何もかも普段通りだ。
普段通りだからこそ、不安が募る。
そんな彼女に口火を切ったのは、やはりグレイミーティアだった。
「自分から遅れといて詫びの1つも無しとは、手前何様のつもりだ?」
『重要事態の対処に手間取っていた、それだけよ』
「はーん?盟主様が手間取る程の事態ねぇ」
『……何?不満があるならはっきり言って』
「別にぃ?それで何だ、魔王でも復活したか?」
売り言葉に買い言葉。
ヴォイドブレイカーとグレイミーティアが揃えば、何時も「こう」だ。
もう何百年もこんな事を続けていて、2人とも良い加減に飽きないのだろうか──そんな事を考えながら、ウンディーネは続く舌戦に耳を傾けようとして。
『そうよ』
「え」
空気が、凍る。
今この女は何を言ったのか。
魔王が復活したと言ったのか?
それは、ダメだ。
それだけは、あってはならない。
人類が自らの絶滅を代償として道連れにしたあの忌々しい侵略生命体が生きているなど、決して許される筈がない──しかし、顔を強張らせたミーティアとウンディーネに構わずヴォイドブレイカーは言葉の礫を浴びせた。
『現在目標は細胞単位で散逸し、マントルの対流に乗って惑星内を周回していると考えられるわ。魂は既に電界へ追放しているから、意識を取り戻すとは考え難いけれど……例え
「────」
『魔王撃滅の為、現時刻を以てGOUステーションは第二種警戒態勢へ移行します。また、当機を除く全MMは複製体活性化を避けるため以後地上への降下を────』
「ちょ、ちょっと待って!」
『……何?ウンディーネ、疑問があるなら早く言って』
あまりにも、情報が多すぎる。
しかも情報リンクではなく、口頭で伝えてくるものだから尚更処理が追い付かない。
ミーティアは早くも円卓に突っ伏して頭を抱えていた。
「魔王の細胞はマントルに溶け込んでいて?」
『ええ』
「地面に足をつけるだけで複製体が出現して?」
『ええ』
「この戦力で再度魔王撃滅を試みる?」
『ええ』
何を言ってるのこの子、とウンディーネも頭を抱えた。
とても正気とは思えない──大戦前ならいざ知らず、今の戦力で総数も分からない複製体を殲滅するなんて、無茶苦茶にも程がある。
物資も、頭数も、かつての栄光と比較すれば今のGOUは矮小極まりないのだ。
気性の荒いミーティアがヴォイドブレイカーに「壊れた」と難癖をつけるのは今に始まった事ではないが、まさかそれを本気にしないといけない日が来るとは──と言うか、だ。
「待って、貴女はその情報を何処で入手したの?」
表層ならまだしも、現在のGOUに惑星内部を調査する設備や能力はない。
また、中世レベルの生活水準しかない現行人類にも当然そんな技術は備わっていない。
では、ヴォイドブレイカーは一体どうやって魔王に関する情報を入手したのか。
それを問うと、彼女は己を落ち着かせるように一拍呼吸を置いて……呟く。
『発見したわ』
「何を?」
『"人類"を』
人類。
それは800年前に途絶えた、我らが愛しき主を指して言っているのか。
現在地上に蔓延っている実験体の末裔ではなく、正真正銘「人類」を指しているのか。
思わず突っ伏していた状態から顔を上げたグレイミーティアは、ウンディーネと顔を見合せ──恐る恐る、口を開く。
「『あの』人類か?」
『ええ』
「間違いなく?」
『身体スキャンは合計1025回行ったわ。必要なら今からリンクするけど?』
「いや──いや、いい」
問答を終えたグレイミーティアは、どかっと椅子の背凭れに身体を預けた。
そうして深い、深い深呼吸を挟んで──喜びを爆発させた。
「マジか!マジかマジか!やるじゃねえかヴォイドブレイカー!」
『……』
「ふざけた返事するならぶん殴ってやろうと思ってたけどよぉ!よくぞ約定を破ってくれた!」
『……』
「そんでその人間は保護したんだろ?速く連れてこいよ、な?」
『無理よ』
手足を振り回して全身で歓喜を表現するグレイミーティア。
そんな彼女に普段通りの冷めた目線を送りつつ、珍しい事に──本当に珍しい事に疲労の溜め息を吐きつつ、ヴォイドブレイカーは否を突き返した。
「あ?何でだ」
『人類……イコマ様は私達に不信感を抱いている、と推測されるわ』
「不信感だァ……?」
『イコマ様は目覚められてから既に半年も経っているらしいの。その間私達と1度も交信をしようとしなかった……それで伝わるでしょう?』
「つまり、GOUが地上を静観していたから信用ならないと?」
『ええ。私達に頼るのではなく自力で魔王を倒す手段を探していた事からも、その点に疑う余地はないわ』
遅れて我を取り戻したウンディーネの問いに、ヴォイドブレイカーは頷く。
確かに、そう言われると反論のしようがない。
GOUの関心事と言えば、エネルギーリソースである聖杯の回収と、万が一に備えて保存されていたものの魔力に汚染されてしまった精子や卵子をどうやって浄化するかと言った事ばかり。
地上に対しては環境調査と監視程度しか行っていなかったのだから、コールドスリープから目覚めた彼がGOUは臆したと考えるのも不自然ではない。
それに、と苦々しい表情を隠しもせずに続ける。
『イコマ様は、既に聖杯を取り込んでしまった』
「なっ……マジかよ」
「それは……話が変わってくるわね」
聖杯。
圧倒的な魔力を蓄えるエネルギーリソースにして、あらゆる形態の魔王複製体に対応するべくMMを現場で修復・改良する装置。
その万能性は、本来「改良」の対象外である人間にすら適用可能な程だが──しかし、繊細な人の細胞は1度変化させてしまったら元には戻らない。
況してやその身に取り込むなど、取り返しのつかない異変をもたらす危険性もある。
ウンディーネの記憶ではその辺りの研究をしていた施設もあった筈だが、魔王との決戦に伴う地殻変動で現在の位置は分からず終いだ。
つまり、だ。
「ヴォイドブレイカー、あなたはそのイコマ様に同行して説得を続けると同時に、彼から聖杯を摘出する術を探すのね?」
『……そうなるわ』
自分達に比べて遥かに脆い人間が魔族に襲われないよう四六時中警戒しなくてはならない上に、絶えず彼の内にある聖杯をチェックし続けなくてはならない。
道理で、彼女の悲願でもある人類を発見したのにあまり喜んでいない訳だ。
ウンディーネがほんの少し考えただけでも、彼が死ぬパターンが何十とシミュレート出来る。
「……まあ、お前の事情は分かったけどよ。なんでそれをアタシ達だけに話すんだ?」
『それは……』
またしても珍しい事に、ヴォイドブレイカーが言い淀む。
まるで認め難い自らの汚点を打ち明けねばならないかのように、何度も口を開いては閉じる。
そうして十数秒間、たっぷりと葛藤に時間を使って……やがて、諦めた彼女は白状した。
『……高圧的でしょう、私は』
「え?ああ、まあ……うん。普通に話してるだけですげぇムカつく」
『……現在、イコマ様の心情はかなり現地生命体に傾いている。これを何とかして私達に戻さなければならない』
「でも、コミュニケーション能力に自信が無いからリアルタイムでサポートして欲しい、と」
『……そうよ』
で、あるなら2機だけ起動したのも納得出来る。
ミーティアは見ての通り感情的な気質があるが基本的に人情派だし、自分で言うのも妙な話だがウンディーネはコミュニケーションに自信があった。
何より他10機のGOU構成員は総じて問題が多い。
人類滅亡のショックで人格モジュールに何らかの破綻を来した者や、根っから戦闘狂な者、挙げ句に最低限の判断力しか存在しないほぼ殲滅兵器が控えているのだから、グレイミーティアとウンディーネが選抜されるのも当然だろう。
何だかんだ言って他者への評価は適切に行っているヴォイドブレイカーを、ウンディーネは少しだけ見直した。
「昔はヴォイドブレイカーもあんなに純真だったのにねぇ……あの頃を思い出してみるのはどうかしら」
『……過去は過去。あの頃には戻れないわ』
「まあ、それもそうね」
1度完全に歪みきったものは、もう元に戻らない。
それはヴォイドブレイカーも、ウンディーネも、グレイミーティアだってそうだ。
それでも、人類に懸ける想いだけは誰一人として決して変わる事はない──MMは人々を守るために創られた存在であるが故に。
「そう言う事なら、私達は惜しみ無く支援するわ」
「おう。ビシバシ指摘してくから、覚悟しろよな」
『……礼を言っておくわ』
そしてその人類を窮地から救う為なら、どれだけいがみ合っていても協力出来る。
それこそが、MMが持つ美徳の1つだった。
一方、その頃。
地上では────
「どうすっかなこれ……ボスラッシュ行くか?」
ヴォイドブレイカー
GOU盟主にして現行人類ガチアンチ。
本当は問答無用でイコマを人工衛星に連れて行きたいが、もしそれをやったら何をしでかすか分からないので渋々大人しくしている。
グレイミーティアとウンディーネをセコンドに付けてイコマ攻略に乗り出すが…?
グレイミーティア
2500コスト射撃機。
粗暴で感情的で人情家な全領域火力投射型MM。
かつての大戦時、MMが戦場の主役となるに連れて従来の兵器は魔王複製体への効果が見込めない事からお払い箱になりつつあった。
しかし、魔力を浸透させた弾丸であれば有効打となることが発見されたため、持て余していた兵器群をMMに再利用するプランが計画された。
大戦時は空間転移によってほぼ無制限に弾丸が供給されるため撃ち放題だったが、現在は生産設備がほぼ壊滅したため当人曰く「みみっちい」戦い方を強いられている。
主な武装:
右腕部20mm機関砲(CIWSから転用)
左腕部多連装ロケットランチャー(携行用ロケットランチャーから転用)
右肩部六連装誘導弾(MLRSから転用)
左肩部120mm滑腔砲(戦車から転用)
脚部ミサイル(携行式地対空ミサイルから転用)
余談だが、ロボバではイコマが2500コストを使う時の持ち機体であり思い入れが深い。
ウンディーネ
3000コスト万能機。
穏やかな気質でGOUの調整役を担っている。
武装は流体金属だけだが、これを自由自在に操作する事で敵を攻撃したり
シュート・イコマ
あっ戦力揃ってるし難しい方の分岐選ぶかぁ…
◯GOU宇宙ステーションについて
全長2キロに及ぶ、如何にも悪の組織っぽい形状の人工衛星。
かつての決戦時に於いて指揮所として使われていたが、魔王がマントルから狙撃した事によって大破、機能の80%以上を喪失した。
現在はGOUが無事な部分を修復した上で拠点として使用されている。
尚、マントルに溶けている現在の魔王が過剰反応を起こすのは大戦当時このステーション直轄だったMMだけであり、直接決戦に参加していないMMに反応を示す事はない。