魔族は、とても悪辣だ──恐らく、魔王の人間に対する憎悪が引き継がれているのだろう。
人を殺す事に本能的な喜悦を感じ、それを達成するためならあらゆる労力を惜しまない。
根本的に人間を格下の存在だと思っている。
反面、その人間に打ち負かされそうになったら命乞いや死んだ振りをする生き汚さもよく目立つ。
一時的だが、心の底から見下している相手にへり下る事も厭わない──徹底的に自己の保身と人類へ危害を加える事に特化した侵略生物。
それが魔族なのだ。
故にもし魔族が弱っていても、弱く見えても、決して手を緩めてはならない。
──それはさておき
デスコン、と言う概念がある。
それは多種多様なコンボルートの中から見つけ出された、「最大」の選択肢。
カット耐性、完走までにかかる時間などを全て無視した上で、ただ単純に最も高いダメージを叩き出せるコンボを指して言う。
格闘コマンドがないものを除けばほぼ全ての機体が持っていて、勿論ダガーを装備した俺とて例外ではない──と言っても俺の場合はわざと格闘の1段目を外す透かしコンや、ステップの方向まで指定されるほど複雑なものではない。
「ぎゃっ!がっ、ぐぇえっ!?」
刺す。
格闘の1段目から即座に後派生へ移行し、かつて宿屋の女将だった魔族の背中を滅多刺しにする。
人間であれば肺がある辺りの位置をダガーの柄が沈むような勢いで刺しまくる。
人に化けた魔族の背中がズタズタになっていく様は相当にグロテスクだが、もう慣れてしまった。
そして、最終段の蹴り飛ばし──の前にステップを踏んで、もう一度背中を捉える。
N格後派生を2度繰り返した後に■■■を入れるだけの簡単なコンボ。
けれど今は■■■を使う事は出来ないので、滅多刺しの2回目を出し切るだけで妥協する。
思い切り背中を蹴り飛ばされた魔族は、頭から壁に突っ込んでそのまま沈黙した。
「……死んだな」
「ご無事ですか」
「見ての通り、全然平気」
心配するヴォイドブレイカーに、両手をひらひらと振って応える。
実際女将に不意打ちさせた上でどう凌ぐかがネックだったが、ロボバのルールに生きる俺に求められるのは反射神経ただ1つ。
追従も範囲も乏しい格闘なら、ステップを踏むなりガードを入力するなりで簡単に済ませられる。
此方は伸びが優秀なダガー装備なので、取り逃がす心配をする必要もない。
複数体にロックを集中されているならいざ知らず、この程度で苦戦する事は有り得ないだろう。
今はそれより、だ。
「決まりだな。此処に巣食っているのはディリッチだ」
「そんな……まさかこんな形で街の中まで浸透しているなんて、信じられない」
「人を殺すためならこの程度惜しまない連中だよ、アイツらは……パン作りに精を出しているのは少し驚いたけど」
人間社会に潜伏し、罠を張る魔族の出現──イマンソのような魔族らしい魔族を相手にしてきた騎士シエルにとっては、ショックな出来事だろう。
だが、驚いてばかりではいられない。
人喰らいディリッチは、他者に化けるだけでなく群体と言う中々面倒な性質を持っている。
アーケードではボスの前に何体か出てくる雑魚敵として表現されていたが、此処は現実……そう簡単にはいかないだろう。
今しがた始末した女将も、所詮は奴らの一個体にしか過ぎないのだ。
「さて────」
先ずは、宿を浚わなければ。
面倒は多いが、他の宿泊者や従業員に紛れている魔族を炙り出さねば話が始まらない。
この宿全体が罠の可能性も考えた上で、大胆に行動を起こす必要がある。
だが、とても俺だけの手に負える作業量ではない。
なので、レイ達の助けを請おうとして────
「ぁ……」
尻餅を着いて喉を震わせる、レイの姿が目に入る。
──しまった
迂闊にも程がある。
確かにレイは非常に優れたMMで、魔王を倒す使命を宿しているが、その精神は全くの無垢。
楽園で育てられた彼女は、裏切りや騙し討ちと言った汚い手段とはまるで無縁だった。
女将に化けた魔族がその本性を顕しても、怒りより先に困惑と悲しみが来てしまうほどだ。
そんな彼女の前で、女将を滅多刺しにする光景が与えた精神的ショックは計り知れないだろう。
レイの純粋さについてはストーリー中で何度も触れられていたのに、魔族殲滅に意識を割くあまりつい血気に逸ってしまった。
──これは明確な俺の落ち度だ
自分だって初めて戦った時はそうだったろうに。
怯える心とは裏腹にシステム通りなキレのある動きで斬りかかり、返り血塗れになった自分自身に驚いて腰を抜かした事を忘れた訳ではない。
魔族の悪辣さや命を奪う生々しさを知っておきながら、何のフォローもせず惨殺現場を見せ付けてしまうとは何たる事か。
我が身の浅慮に腹が立つ。
しかし、ディリッチが宿だけに潜んでいるとは到底考え難く、もう人手を遊ばせておく余裕はない。
1度魔族と戦いを始めてしまった以上、事は一刻を争う──生きていれば謝罪も反省も好きなだけ出来るが、死んでしまっては何にもならない。
「シエル」
「はい」
「レイと一緒に、1階の……食堂の安全を確保してくれ」
「師は、如何為さるのです?」
「2階の全部屋を廻って人間を連れてくる。奴らの隠蔽はかなり高度だが、ヴォイドブレイカーが直接触れれば容易に看破出来る筈だ」
「承知しました」
要点だけを素早く把握したシエルが、のろのろと立ち上がったレイの方へ駆けていく。
表情を見る限り彼女にしても思う部分が幾らかあるようだが、そこで割り切って行動出来るのは流石騎士と言ったところか。
例え小さな逡巡でも、極限の戦いではそれが大きな隙になると理解している。
寧ろ、この場では俺の方が────
「イコマ様」
「……ああ、悪い」
派手な銃器は屋内戦に向かない──大型ライフルからカッターのような形状の短刀に持ち換えたヴォイドブレイカーに声をかけられ、我に返る。
そうだ、後にしろ。
この世界に来たばかりの俺みたいだ、なんてそんな感傷はディリッチを掃討してからにすれば良い。
今必要なのは、ロボバプレイヤーの思考。
如何にして相手を追い込むか、ただそれだけ……そう思い込むしかない。
「相方頼む」
「ええ……識別は私に任せて」
血に塗れたダガーを握り直し、心を平にする。
焦りも怒りも負けを呼び込むだけだ。
少なくともロボバではそうだった。
下手なプレイをしてしまった時は「CPUと一緒に死ね」とか「死ねハゲ」とかやたらとバリエーション豊かな罵倒をメッセージで受けたが、それらに心を動かしてはならないのと同じ事。
何より此処からは──廊下にずらりと並ぶ扉、その内側の総てが潜在的な敵となるのだから、極限まで慎重になる必要があるのは疑う余地がない。
1階の安全を確保、と言ってもやれる事はそう多くない──精々いざと言う時に備えてテーブルや椅子を端の方にどかし、人がいないか見て回る程度。
俄に剣撃と悲鳴、物が倒れたり何かが走り回る音で満たされた2階に比べれば平穏とすら言える。
聞き耳を立てれば、彼らは一部屋一部屋扉を蹴破って中の者を取り押さえ──それが人なら保護し、人でないなら先程やったように手早く殺す。
イコマとヴォイドブレイカーが2階で行っているそれは、害虫を駆除するかのような手際の良さ。
事実、彼が宿屋の女将に向けた目線は人間に対するものではなかった。
徹底的な無感情。
機械的に女将の背中へダガーを突き立てる姿が、レイの脳裏に強く焼き付いている。
「大丈夫ですか?」
「……うん」
一通り見て回ったついでに厨房から拝借してきたであろうコップを受け取り、軽く呷る。
冷たい水は乱れた心を落ち着けるのには役に立たなかったが、カラカラになった喉を潤して舌の回りを取り戻すには有効だ。
シエルの顔色もレイに劣らず血の気が引いているが、それでもまだ些かマシに見える。
「……レイさんが気に病む必要はないです」
「どうして?」
「新兵は皆ああなります……私だって例外じゃなかった」
「……そっか」
この場において、真に戦いの恐ろしさを知らないのはレイのみだ。
魔王との決戦に参加していたヴォイドブレイカーは言わずもがな、若輩ながら騎士を率いていたシエルも命懸けの戦場でその過酷さを理解している。
誰もが通る道であるが故に、シエルは数日前レイが発したイコマに対しての「守る」発言を大言壮語だと嘲るつもりはなかった。
「それに、やはり……師は
「おかしい?」
寧ろ、異常なのはイコマの方だ。
「師が魔族狩りを始めてからまだ半年だと聞いています。しかし……幾ら何でも手慣れ過ぎている」
「手慣れていたら駄目なの?」
「駄目ではないです。ないですが、一体どうやってあれほどの経験を……」
確かにここ数週間はイマンソ、魔王複製体、ディリッチと魔族との連戦が続いている。
しかし本来、魔族の出現頻度は短くても数ヵ月に1回程度──加えて、何処かで魔族が異常発生していたと言う噂も聞いた事がない。
つまり、イコマがシエルと遭遇するまでに魔族と戦った経験は多くて2、3回程度の筈だ。
にも関わらず、彼はあまりにも手慣れ過ぎている。
イマンソを流れるように
明らかに戦闘の回数と経験の蓄積が釣り合っていない。
「イコマは旧人類の生き残りだって言ってた。私達が知らない事を沢山知っているのは、そのせいかも」
「それは、そうでしょう」
一応「旧人類だから」で大体の説明はつく。
旧人類だから、魔族の生態に詳しい。
旧人類だから、余裕を持って魔族と交戦出来る。
──本当に?
「でも、違う」
「え?」
そうではない、と言う確信がシエルにはあった。
彼が旧人類なら、あの不可解な挙動は何だ。
それをされるだけで勝手に狙いが外れる虹色の残光は、あまりにも画一的な……まるで型に無理矢理嵌め込んだみたいなあの剣術は何なのだ。
ヴォイドブレイカーすらあれには度肝を抜かれていたようだから、旧人類が皆あのような意味不明過ぎる動きをする訳ではあるまい。
何時どうやって身に付けたのか誰も知らない、彼だけが持つ異様な技巧。
「師を守ると言う事は、彼の目線に立つ事──隠された謎に踏み込む必要があると思います」
「謎に、踏み込む……」
「それはもしかしたら、魔族との戦いよりも残酷で過酷な話かもしれません。レイさん、貴女にその覚悟はありますか?」
覚悟。
そう、覚悟だ。
イコマの謎を知ろうと試みるのも、魔族との戦いも、深淵に踏み込むと言う意味では同じ事。
シエルはそれを理解した上でイコマを師と仰いでいる。
どうしようもなく恐ろしくて、常識が及ばなくて──しかし待ち受ける結末がどのようなものであろうと、自ら進んで火に飛び込む蛾のようにその異様さに惹かれてしまっているのだ。
そして、レイにもその選択肢が与えられている。
底の見えない深淵に飛び込むか、見なかったことにしてこの場を去るか。
後者を選んだところで、責めるのはイコマ以外の相手を悉く見下しているヴォイドブレイカーくらいだろう──逃げたとしても、誰も文句は言わない。
「ない」
レイはハッキリと答えた。
知識は楽園で詰め込まれたもので、魔王を倒す使命はアル爺からの借り物に過ぎない。
レイにはまだ確固たる自分がなく、覚悟を決める事は出来ない。
そんな自分に嘘を吐いて虚勢を張る事だってできやしない。
「──これから、する」
しかし、「決断をする」事は知っている。
南と北のルート選択で自分で決めることをレイは知り、彼の空虚な瞳を見て「守りたい」と思うことを知った。
それらの経験に基づけば、「決める」事は出来る筈だから。
今は無理でも、いずれは必ず。
「……そうですか」
その決意をシエルは否定も肯定もしなかった。
シエルとて騎士団を辞した身だ。
他人の覚悟にあれこれ言える程上等な身分ではない。
旧人類の逸れ者、MMの逸れ者、騎士団の逸れ者が集うこの一行の集まりは非常に緩く、曖昧なもので繋がっている。
だとしても、だ。
「……来る」
窓の外に、松明の灯りが無数に揺らめく。
恐らくはこの街の自警団と野次馬だろう。
しかし、早すぎる。
まだこの騒動が発生してから10分と経っていないにも関わらず、これだけの人数が駆けつけてくるなど有り得ない──さては、魔族が扇動したか。
どうやら、ディリッチなる魔族は想像以上に深くまでシルテの街に浸透しているらしい。
「迎えましょう、私達なりのやり方で」
「うん」
音から察するに、イコマとヴォイドブレイカーの「片付け」はじき終わる。
2人の戦いは、それまで何とか2階に自警団を近づけない事だった。
シュート・イコマ
戦うことしか出来ない男。
一応周囲のことも考えようとしてはいるが、戦闘中は完全にロボバに思考を囚われているのでそこまで頭が回らない悲しき猿の惑星人。
シエル
この猿の惑星人怖…
でもこの強さがあれば騎士団の仲間を死なさずに済んだのでは?
レイ・クラーク
未だ純粋無垢。
それ故に経験を積めば大成する可能性は非常に高い、
ヴォイドブレイカー
イコマに関してはもうやりたい事を全力でサポートするのが一番良いんじゃないかな…と思い始めている。
グレイミーティアからは考え直せと叱られている。