「で、それでお前今日の宿代払えるのかっつってんだよ」
ん?なんだここは。
ていうかなんだこのおっさんは。
気づけばラブホの受付みたいなところにいるし、目の前には変なゴーグルのような物を被ったおっさんがいるし。
若者の間で最近こういうファッションが流行っているのだろうか。
まぁ、俺も24歳のピチピチナイスガイなんだがな。
ていうかそもそも目の前のおっさん自体、若者じゃないし。
んー、というかなんだこの状況は。
数秒前までの記憶によると、確か俺は会社帰りだったと思う。
そして家の近所にあるコンビニに愛飲のエナジードリンクを買いに寄った。
コンビニ出る。出店音が響く。次の瞬間これ。
はぁー。なんですかこれは。前後関係が結びつかないんですが。
んー、ドッキリかなんかか?
友人に動画配信者がいるからなぁー、それ関連の可能性はある。
つってもまぁ、そもそも”今日の宿代”ってなんやねんとは言いたい。
イマイチなんのドッキリかも読めないし、気づいたらラブホにいましたドッキリ(笑)、とか動画的にあまりにも面白くないと思うんだが。
とは言っても、ドッキリ以外この状況を上手く説明できる気がしない……。
ので、取り合えずドッキリを受けてるって仮定して次を考えよう。
となると、目の前のおっさんは仕掛け人ってことになるが……なんか知ってるのだろうか。
「なぁ、ここはどこなんだ?どこのラブホなんだ?」
取り合えず、ジャブを打ってみる。
が、しかしおっさんは口をあんぐり。
まるであたかも頭がおかしくなったやつを見るかのような表情。
おいおい、なんなんだよお前。質問した俺の方が馬鹿みたいな感じじゃねえか。
……おい、なんか言えって。こっちが恥ずかしくなってくるってばよ。
「おい、質問に答えてくれ」
耐えきれなくなって、不機嫌気味にそう言ってやるとようやくおっさんは正気を取り戻したのか、こっちの質問に答えてくれた。
「あ、ああ?お前バカな事聞いてんじゃねえよ……この宿に入って来たのはお前じゃねえか。っつーかラブホって失礼だな、おい」
「いや、そうじゃなくてさ。ここがどこの街か教えてくれ」
「ん?いよいよお前の頭が心配になってきたが……ここは”グリーズシティ”だ」
ほーん、ふーん、グリーズシティね。
おんおん……うん、グリーズシティってどこやねん。
そんな街聞いたことも見たこともないし、そもそも日本にそんな街なかったと思うんだが。
となると、海外かなんかか?あるいは、このおっさんが俺の事をからかっているだけか。
まぁ後者はないしな。この反応で嘘ついてたらアカデミー主演男優賞とれる。
だから、たぶん本当の事をいってるんだろう。
つっても海外でもそんな都市名聞いたことないし……マジでどこなんだここは。
……んー、もしかして、これドッキリでもなんでもない感じっすか?
えっと、なんか状況が少しずつ読めてきてしまったかもしれない。
「おっさん、ちょっと外見てきていい?」
「いいぞ、頭冷やすついでに好きに見て来い」
おっさんのいるフロントの反対にある入口から外に出てみる。
今は夜だったらしい。気持ちの良い夜風が肌に当たった。
そして、辺りを見回してみる。
渋谷とかにあるそれとは一線を画す高さの超高層ビルが、空を埋め尽くす光景。
そんなビルとビルの間を青白いホログラフィックの魚みたいなのが泳いでいる。
あちらこちらにピンク色や緑色のネオンライトが光る看板が掲げられており、眩しばかりだ。
当然そんな光景に俺はびっくり仰天するわけだが、通行人たちむしろ慣れているとばかりに普通に歩いているではないか。
その光景はまさしく……近未来都市、という言葉が相応しかった。
ああ、うん。なるほど。
なんか妙に冷静に自分の状況を理解してしちまったよ。
つまりはそう、俺はどうやら異世界に転移してしまったらしい。
しかも中世ヨーロッパではなく、近未来なサイバーパンクな都市に。
まぁ、漫画とかアニメとかそこら辺は教養として読み漁ってたから、近未来の世界観に関してはそこそこ詳しい自信がある。
だからこそ、眩しいばかりのネオンが一面に広がるこの光景に
まさか本当にこんな事が起ころうとは夢にも思っていなかったが、どうやら本当に俺は転移してるっぽい。
サイバーパンクな近未来に転移、か。
んー、ってことは技術チートとかそこら辺は無理か……。
じゃあ転生特典とかなんかとかあるのだろうか。
というかそもそも、近未来に転生した場合の転生特典とかって何がもらえるんだろ。
強力な魔法がもらえるとかそこら辺の線はなさそうだしな……ま、そこらへんは本当に転生特典がもらえているかどうかは分からないから考えるだけ無駄そうだが。
だなんて考えつつ、夜風がだんだん寒くなってきたので、いったんおっさんのところに戻ってみる。
「で、ところでガキ、お前はどーすんだよ」
と、そんな感じで帰ってきたに俺におっさんは聞いてきた。
あ、そうじゃん。
このままじゃ俺、野宿になるやんけ。
……んー、転生初日に野宿は嫌だなー。
流石に硬い床で寝るのは御免だ。
取り合えず、俺は何か使えそうな物がないかポケットを漁ってみた。
使えそうなものー、使えそうなものー、なにかないかー。
お、あった。
がしかし、取り出したものは全く持って見覚えのない物だった。
「おいガキ!?お前なんで本物の金を持ってるんだ!?」
おっさんが驚いた通り、ポケットから出てきたのはまさかの純金のコイン。
いやいやいや、驚きたいのはむしろこっちなんだが。
俺こんな純金のコイン持ったこともねぇし見たこともない。
しかも結構重いし、かなり高そう。
ていうか純金って初めて持ったけど結構重いんですね。
「しっかし、いい身なりした嬢ちゃんだとは思ってたが……本当に金持ってたとは」
「嬢ちゃん?」
「ああ、嬢ちゃんって感じの見た目だろ?お前」
おいおい、ちょい待ちちょい待ち。
さっきから処理しきれない情報が押し寄せてくるんですが。
ウェイトウェイト、うー、オーケー。
なるほど、おっさんは俺をおちゃんだと思ってるんだな?
ってヴォイヴォイ!?
一体全体、俺の事を何だと思ってるんだこのおっさんは。
俺は24歳ナイスガイなんだぞ?
身長はこれでも170は超えてるし、どっからどう見ても成人男性だ。
なにをどうみたらお嬢ちゃんとやらに見えるんだ?目が腐ってるのか?
刹那、俺の脳内に嫌な考えが過ぎる。
……いや、待て。
俺は今異世界に転移、いや転生……いや、憑依している可能性があるんだ。
となると、あの可能性もある。
TS憑依した可能性だ。
いやいやいやいや、ちょいちょそんなまさか。
とっさに、ズボンの中に手を入れてみる。
……そこには、かつて愛用していた息子は影も形もなかった。
▽▲▽▲
あの後、おっさんにあの金貨渡したらすんなり泊めさせてもらえた。
なんでも何日でも止まってもいいとかなんだとか。
まぁ、そりゃ金貨ですものね。しかも結構重かったし。
とまぁそんな感じで俺は宿の確保に成功した。
宿の中は、意外と広くて清潔。
よくあるビジネスホテルって感じだが、所々にホログラフィックパネルとかが置いてあって近未来って感じ。
やっぱ俺転生したんっすね、としみじみ。
しっかし俺はそんな室内には脇目もふらず風呂へ一直線。
コーナーで差をつけ、爆速で風呂へ直行。
なんでこんな急いでいるのかって?
あったりめぇだ。そりゃ気になるだろ。自分の姿。
服をいそいそと脱ぎ、風呂のドアを開けイン。
素っ裸で鏡の前に立ってみる。
そこに映っていたのは……んー、なんということでしょう。
ムキムキナイスガイの姿はどこにもなく、そこにいたのは腰まで伸びた黒髪の少女でした。
顔立ちは可愛らしく、どちらかというと大人しめの美少女。
んー、これは素晴らしいですね、はい。
可愛らしい美少女が、全裸で立ってる。
倫理的にアウト臭いが……まぁいっか、これ自分だし。
まぁ、つまり俺はどこの誰かも知らぬ美少女の体に憑依したと言うわけなんだな。
どうしてこうなったのかは知らん。むしろ俺が聞きたいくらい。
だが取り合えず、元の体の持ち主にはグッジョブと言っておこう。マジでありがとう。
さて、そうして一通りセルフチェックを済ませた後、ついでに風呂を浴びてさっぱりした俺はベッドの上に横になった。
艶のある水気を含んだ黒髪が、ベッドに広がる。
窓の外の光景を横目に見る。
そこには相変わらず美しいネオンライトと超高層ビルが立ち並ぶ都市の光景が広がっていた。
近未来的で、サイバーパンクな世界だ。
ホログラフィック映像がそこらかしこに展開されていて、夜だというのにこんなにも明るい。
ゆっくりと、ベッドから立ち上がり窓の方へ歩み寄る。
窓にぺとりと手を付くと、ひんやりとした外気が感じ取れた。
なんとも言えない感情がこみあげてくる。
こう、センチメンタルな、なんというか。そんな感じの感情だ。
やっぱり綺麗な景色って心にいいんですね。はい。
そうして、俺はしばらくその光景に見とれてしまった。
しばらく眺めているうちに、一つの疑問が浮かび上がってくる。
俺には、この体として生きてきた記憶がない。
この体の持ち主がどんな人間で、どんな性格だったのか一ミリも分からない。
なんならこの体の持ち主の人格はどうなったのかすらよくわからない。
分かっているのは、美少女で……あと金持ちだったという事くらいだろうか。
自分が何者なのか、分からないのだ。
いや、本当に俺って何者なんなんだろうね。
現状その手掛かりはどこにもなさそうだし。
んー、まぁそこらへんは考えていても仕方がなさそうな所ではあるんだがな。
俺は考えていても仕方がない事を考えこむ質の人間じゃない。
むしろ、そういうのはさくっと考えるのをやめてしまう人間だ。
というかもう眠い。今日はいろんなことがあったからな。
脳もお疲れなんだろう。
そうして、すっぱり考えるのを諦めた俺は結局、ベッドに戻って寝ることにした。
▼▲▼▲
グリーズシティ中心部にある、超々高層ビル。
たいがい高層ビルが立ち並ぶこの街でも、とりわけ高いこのビル。
このビルは、テックボルトと呼ばれるこの街で最も権力と金を握るとされるメガカンパニーが所有している。
深夜3時。
眠らないとされるこの街でも、流石にこの時間になるとオフィスの電気はほとんど消える。
人気のない、暗闇に包まれた社内。
そんなオフィスの一角に、未だに電気がついている部屋があった。
部屋からは、人の話し声が聞こえる。
「アイツはまだ見つかってないのか」
「残念ながら、お嬢様は捜査部隊が探しておりますが……いかんせんこの街は広くて……」
「そうか……クソ。”実験体”などに俺の娘などという役を着させるからこんなことになるんだ」
「広報部の失態です。人間性が希薄だったゆえに、飼いやすいと思っていましたがどうやら読み間違えてしまったようです」
「もういい。これ以上、話はしたくない。お前は帰れ」
「はい」
そんな会話。
会話が終わると、しばらくしてオフィスの電気は完全に消えた。
ついに夜の闇に沈んだのだった。