途切れた旋律の先で 作:ピックって高くね…?
開演を知らせるアナウンスが、ライブハウスの天井にこだまする。
照明が落ちると同時に、客席のざわめきが一瞬にして静まり返った。
そして――ギターのストロークが、空気を切り裂いた。
最初に聞こえたのは、星乃一歌の歌声。
まっすぐな声で、胸の奥のどこかに触れる。
続いて、日野森志歩の低く響くベース、天馬咲希の柔らかなキーボード、そして望月穂波の確かなリズムが重なり、音がひとつになっていく。
――Leo/need。
その名前を、棗は何度か耳にしたことがあった。
志歩の話の中でも、何度か出てきた「幼馴染の仲間たち」。
志歩の腕前から、実力は察していた。だが、ここまでとは。
“幼馴染女子高生バンド”だと侮っていた自分が、恥ずかしくなるほどだった。
四人が作り出す音は、粗削りながらもどこまでも真っ直ぐで、まるで互いの存在を確かめ合うようだった。
その光景を、棗はじっと見つめていた。
「……いいバンドだな」
気づけば、唇が小さく笑みを形作っていた。
胸の奥が熱く、懐かしい何かが疼く。
あの頃、誉と、藍と共に鳴らしていた音。
――もう戻らないはずの音が、今この場所で脈打っている気がした。
◇
ライブが終わり、照明が落ちる。
客席から拍手と歓声が湧き上がる中、出番を終えたメンバーが裏手から降りてくるのが見えた。
その中にLeo/needのメンバーがいるのに気が付く。その際志歩と目が合うと、こちらによって来る。
「どうでした? 私たちの音」
「……良かった。真っ直ぐで、嘘がない。……羨ましいぐらいだ」
「ふふっ、そう言われると悪い気はしないですね」
その笑顔が、以前よりずっと柔らかく見えた。
ほんの少しだが、棗の胸の奥の冷たい塊が溶けていくのを感じた。
◇
場所を変えファミレス。打ち上げのような空気の中、志歩に連れられて、棗はLeo/needのメンバーと顔を合わせた。
「こちら、前に機材のことで手伝ってもらってた浅葉さん。ベースもちょっと見てもらってる」
「へぇー! すごい、ベースの先生なんだ!」
と咲希が目を輝かせる。
穂波は穏やかに微笑んで挨拶をし、一歌はどこか羨ましそうに志歩を見る。
「先生か…いいなぁ志歩」
「いいなって、どうしたの急に」
予想外の発言に、志歩は少し戸惑っているようだ。
「星乃…でよかったか?星乃のギターは独学なのか?」
棗が少し驚いたように聞くと、一歌は苦笑して肯定した。
「一歌でいいですよ。……動画とかみて勉強はしてるんですけど、たまに自分の癖が抜けなくて。教えてくれる人がいたらなって思うんです」
「確かにー!師匠とか弟子みたいで、わくわくするね!私も欲しいかも!」
「咲希ちゃんは司さんとか、それこそお母さんがいるんじゃない?」
そんな彼女たちのやりとりに、棗は少しだけ笑った。それを見て意外そうな顔をしながら、志歩は訊ねる。
「浅葉さんは、誰かギター教えられる人に心当たりありませんか?」
「まあ……いるには、いるが」
「!本当ですか⁉︎」
どこか渋い顔の棗の発言に、一歌が身を乗り出す。横で穂波が宥めているのを横目に、棗は思考を巡らせていた。
心の中に、ひとりの顔が浮かぶ。
――誉。
かつて、誰よりも真っ直ぐに“音”と向き合っていた男。
そして、同じくらい壊れやすかった男。
“俺たちは、もう一度話すべきなんじゃないか”
そんな考えが、静かに胸の奥に芽を出していた。
◇
帰り道、夜風が心地よい。
ポケットの中のピックを指でなぞる。
志歩たちが作り出す“今の音”を聴いて、久しぶりに、何かが前へ動いた気がした。
――壊れても、音は鳴らせる。
あの頃信じていたものは、きっとまだどこかにある。
きっかけは先ほどもらった。ならば…
「……会うか、誉に」
そう呟く声は夜に溶けたが、胸の奥では確かに響いていた。
再び動き始めた“音”の調べが、彼を次のステージへと導こうとしていた。