途切れた旋律の先で   作:ピックって高くね…?

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第5話 すれ違う旋律

 

 土曜の昼下がり。
 駅前の商店街は、買い物袋を下げた人たちでごった返していた。
 

棗はLeo/needの面々――咲希、志歩、穂波、そして一歌と一緒に歩いていた。

 

志歩のバイト終わりに、Leo/needの皆で買い物に行く予定だった所、同じタイミングで上がりだった棗も誘われた形だ。

 

歳下の女子高生四人と一緒に歩いている様子は、外から見れば大層良いご身分に思えるだろう。

棗にそんな気は一切ないが。

 

 咲希が笑いながらショーウィンドウを指差す。
 

「見て見て! このギター、めっちゃかっこよくない?」


「価格もかっこいいけどね」

と志歩が即座に返す。


その横で一歌が苦笑しながら、「咲希、それ、プロモデルだよ」と小声で補足した。


穂波は穏やかに笑い、「とりあえず見てみようか」と皆を促した。

 

にぎやかな空気に包まれながら、棗は少し後ろを歩いていた。
 

以前スタジオで見た時よりもずっと、彼女たちの雰囲気が明るくなっている。
 

迷いながらも、自分たちの“これから”を探している――そんな感じだった。

 

楽器店の前で立ち止まったとき、志歩がふと振り返る。
 

 

「そういえば、浅葉さんが言ってた“先生”の件、どうなりました?」

 

「……ああ、それな。」
 

 

棗は少し考え込んでから答えた。
 

 

「一人、心当たりがある。昔の知り合いで、ギターが上手いやつだ」

 

「へぇ~、どんな人ですか?」と咲希が興味津々で覗き込む。
 

 

「……変に真面目で、不器用なやつだよ。たぶん今もどこかで弾いてると思う」

 

そう言いながら、棗の胸の奥に懐かしさが広がる。
 

あの頃、互いに感情をぶつけ合って、壊してしまった関係。


 ――誉。
 

今もその名前を思い出すたび、少しだけ胸が締め付けられる。

 

そのとき、咲希が「あっ」と声を上げた。


 

「ねえ、あれ……こはねちゃんじゃない?」

 

 視線の先、小柄な少女が紙袋を抱えて歩いていた。


 隣には年上の男性――整った顔立ちの青年が一緒だ。
 

 

「ほんとだ。こはねだ」と志歩が頷く。
 

 

「買い物かな? なんか、お兄さんっぽいけど……」と一歌が首を傾げる。


「まさか彼氏じゃ……?」咲希が冗談めかして言うと、穂波がすぐに「ちょっと、咲希ちゃん」とたしなめた。

 

 だが棗の耳には、そんな声は届いていなかった。


 目の前の青年の姿を見た瞬間、心臓が跳ねた。

 歩き方、立ち姿、視線の落とし方――
 忘れるはずがない。

 

 「……誉」

 

 無意識に口をついた名は小さかったけれど、青年は即座に反応した。
 

 弾かれたようにこちらを振り返る。


 交わった視線が、時間を止めた。

 

 「……棗」

 

 その声を聞いた瞬間、過去が一気に蘇る。
 

あの日、途切れたままのバンド練習室の記憶――
 街の喧騒の中、棗はただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

「ねぇお兄ちゃん、これどうかな?」
 

 

妹のこはねが手にした黒いジャケットを胸に当てて見せる。


 袖の赤いラインが印象的で、どこかステージ衣装を思わせた。

 誉は少し考えてから微笑む。
 

 

「いいんじゃないか。こはねらしいと思う」
 

「ほんと?じゃあこれにしようかな」


 こはねは嬉しそうにくるりと回った。紙袋がひらひらと揺れる。

 その笑顔を見るたびに、誉の心は少し軽くなる。
 

 

 あのバンドを失ってから、自分の中の“何か”は止まったままだった。


 けれど、妹が音楽を続けている姿を見ることで、ようやく少しずつ前を向けるようになったのだ。

 

 「最近、ビビバスの皆も調子いいし、またライブ見にきてね」


 

 「……ああ、楽しみにしてる」


 誉は穏やかに答える。


 ほんの少し、こはねに心配をかけていることも分かっていた。


 だからこそ、彼女の前では笑顔でいたかった。

 

 ――その時だった。

 

 「……誉」

 

 不意に、背後から自分の名を呼ぶ声がした。


 振り返るより早く、心がその名を理解していた。

 視線を向ける。


 人混みの向こう、見慣れたシルエット。


 数人の少女たちに囲まれるようにして、棗がこちらを見て立っていた。

 こはねが驚いたように目を瞬かせる。


 

 「えっ……お兄ちゃんの知り合い?」

 

 誉は息を詰め、かすかに頷いた。

 


 「……ああ。昔、一緒にバンドをやってた奴だ」

 

 こはねはすぐに表情を和らげ、そっと兄の腕を押した。

 


 「行ってきなよ。ずっと気にしてた人でしょ?」

 

 誉は小さく笑い、目を伏せた。

 


 「……まったく、妹の方が大人だな」

 

 再び顔を上げたとき、棗が一歩、こちらに近づいていた。


 彼の表情には驚きと、少しの安堵が混ざっている。

 街のざわめきが薄れていく。


 止まっていた時間が、静かに動き出した。

 

 

 

 咲希たちは息を呑んで、その場の空気を感じ取っていた。


 言葉にはしなくても、誰もが分かった。


 ――この二人の間には、何か深いものがある。

 こはねは紙袋を抱きしめながら、
そっと兄の背中を見守っていた。

 再会の瞬間は、あまりにも静かで、けれど確かに、何かが始まろうとしていた。

 

通りを渡る風が、止まっていた二人の時間をそっと撫でていく。

それはまるで、失われた旋律が、もう一度鳴りはじめる前触れのようだった。

 

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