途切れた旋律の先で 作:ピックって高くね…?
土曜の昼下がり。 駅前の商店街は、買い物袋を下げた人たちでごった返していた。
棗はLeo/needの面々――咲希、志歩、穂波、そして一歌と一緒に歩いていた。
志歩のバイト終わりに、Leo/needの皆で買い物に行く予定だった所、同じタイミングで上がりだった棗も誘われた形だ。
歳下の女子高生四人と一緒に歩いている様子は、外から見れば大層良いご身分に思えるだろう。
棗にそんな気は一切ないが。
咲希が笑いながらショーウィンドウを指差す。
「見て見て! このギター、めっちゃかっこよくない?」
「価格もかっこいいけどね」
と志歩が即座に返す。
その横で一歌が苦笑しながら、「咲希、それ、プロモデルだよ」と小声で補足した。
穂波は穏やかに笑い、「とりあえず見てみようか」と皆を促した。
にぎやかな空気に包まれながら、棗は少し後ろを歩いていた。
以前スタジオで見た時よりもずっと、彼女たちの雰囲気が明るくなっている。
迷いながらも、自分たちの“これから”を探している――そんな感じだった。
楽器店の前で立ち止まったとき、志歩がふと振り返る。
「そういえば、浅葉さんが言ってた“先生”の件、どうなりました?」
「……ああ、それな。」
棗は少し考え込んでから答えた。
「一人、心当たりがある。昔の知り合いで、ギターが上手いやつだ」
「へぇ~、どんな人ですか?」と咲希が興味津々で覗き込む。
「……変に真面目で、不器用なやつだよ。たぶん今もどこかで弾いてると思う」
そう言いながら、棗の胸の奥に懐かしさが広がる。
あの頃、互いに感情をぶつけ合って、壊してしまった関係。
――誉。
今もその名前を思い出すたび、少しだけ胸が締め付けられる。
そのとき、咲希が「あっ」と声を上げた。
「ねえ、あれ……こはねちゃんじゃない?」
視線の先、小柄な少女が紙袋を抱えて歩いていた。
隣には年上の男性――整った顔立ちの青年が一緒だ。
「ほんとだ。こはねだ」と志歩が頷く。
「買い物かな? なんか、お兄さんっぽいけど……」と一歌が首を傾げる。
「まさか彼氏じゃ……?」咲希が冗談めかして言うと、穂波がすぐに「ちょっと、咲希ちゃん」とたしなめた。
だが棗の耳には、そんな声は届いていなかった。
目の前の青年の姿を見た瞬間、心臓が跳ねた。
歩き方、立ち姿、視線の落とし方―― 忘れるはずがない。
「……誉」
無意識に口をついた名は小さかったけれど、青年は即座に反応した。
弾かれたようにこちらを振り返る。
交わった視線が、時間を止めた。
「……棗」
その声を聞いた瞬間、過去が一気に蘇る。
あの日、途切れたままのバンド練習室の記憶―― 街の喧騒の中、棗はただ立ち尽くしていた。
◇
「ねぇお兄ちゃん、これどうかな?」
妹のこはねが手にした黒いジャケットを胸に当てて見せる。
袖の赤いラインが印象的で、どこかステージ衣装を思わせた。
誉は少し考えてから微笑む。
「いいんじゃないか。こはねらしいと思う」
「ほんと?じゃあこれにしようかな」
こはねは嬉しそうにくるりと回った。紙袋がひらひらと揺れる。
その笑顔を見るたびに、誉の心は少し軽くなる。
あのバンドを失ってから、自分の中の“何か”は止まったままだった。
けれど、妹が音楽を続けている姿を見ることで、ようやく少しずつ前を向けるようになったのだ。
「最近、ビビバスの皆も調子いいし、またライブ見にきてね」
「……ああ、楽しみにしてる」
誉は穏やかに答える。
ほんの少し、こはねに心配をかけていることも分かっていた。
だからこそ、彼女の前では笑顔でいたかった。
――その時だった。
「……誉」
不意に、背後から自分の名を呼ぶ声がした。
振り返るより早く、心がその名を理解していた。
視線を向ける。
人混みの向こう、見慣れたシルエット。
数人の少女たちに囲まれるようにして、棗がこちらを見て立っていた。
こはねが驚いたように目を瞬かせる。
「えっ……お兄ちゃんの知り合い?」
誉は息を詰め、かすかに頷いた。
「……ああ。昔、一緒にバンドをやってた奴だ」
こはねはすぐに表情を和らげ、そっと兄の腕を押した。
「行ってきなよ。ずっと気にしてた人でしょ?」
誉は小さく笑い、目を伏せた。
「……まったく、妹の方が大人だな」
再び顔を上げたとき、棗が一歩、こちらに近づいていた。
彼の表情には驚きと、少しの安堵が混ざっている。
街のざわめきが薄れていく。
止まっていた時間が、静かに動き出した。
咲希たちは息を呑んで、その場の空気を感じ取っていた。
言葉にはしなくても、誰もが分かった。
――この二人の間には、何か深いものがある。
こはねは紙袋を抱きしめながら、 そっと兄の背中を見守っていた。
再会の瞬間は、あまりにも静かで、けれど確かに、何かが始まろうとしていた。
通りを渡る風が、止まっていた二人の時間をそっと撫でていく。
それはまるで、失われた旋律が、もう一度鳴りはじめる前触れのようだった。