途切れた旋律の先で 作:ピックって高くね…?
商店街のざわめきが遠のき、時間が止まったような静けさが訪れた。
目の前には、昔と変わらぬ姿の誉。
棗は息を飲み、言葉を探した。
先に口を開いたのは、誉の方だった。
「……久しぶり」
その声は、懐かしくもどこか遠い。
棗はわずかに頷いた。
「ああ。まさか、こんな場所で会うとはな」
「こっちの台詞だよ」
互いに苦笑がこぼれる。
長い時間の空白が、たった数語のやり取りで少しだけ埋まった気がした。
むしろ、長い時間のおかげなのか。
「一緒にいたのは、妹か?」
「こはねだ。昔何回かあっただろう?」
「…ああ、あの子か。……大きくなったな」
誉の後ろについて回っていた、幼かった少女を思い出す。あれから、それだけの時が経ったのだと改めて実感した。
自分の話をしていることに気がついたのか、少し後ろに控えていた少女が誉の隣に並ぶ。
「あ、あのっ!小豆沢こはねです。ごめんなさい…覚えてなくて」
「気にしなくていい。俺たちが中学生の頃の話だ」
むしろ、覚えてなくてよかった。この様子では、藍のことも知らないだろう。
「それで、そっちは……随分と面白いことになってるな。彼女たちは?」
「ああ、バイト先の後輩とそのバンドメンバーだ。…色々あって、少し面倒見てる」
「…そっか」
安心と、寂しさが混じった複雑な声音だった。
大方、まだ俺が音楽を続けていることについて、だろうか。
お前も、手放せてないだろうに。
視線を一瞬誉の手に落とした後、要件を思い出した。
「誉。お前、ギターはまだ弾けるか?」
「…ブランクはあるけど、一応ね。手入れはしてるし」
こはねは、Leo/needの面々と話題に花を咲かせている。少し耳を傾けると、どうやら元々友人関係にあるらしいことがわかる。
世間は狭い。
「ギターの子が、先生を探しているらしい。頼めないか?」
「僕が…?棗でも出来るだろう、ギターなら」
確かに誉の影響で、ギターは多少なら弾ける程度には知っている。でも、
「俺はお前以上の腕の奴は知らない」
「っ…褒めても何も出ないぞ」
「本心だ」
俺にとっては、どんなプロの高度な演奏よりも、誉のギターが一番だった。
藍もそうだった。
「…わかった。大学の講義と被らなければ手伝うよ」
「助かる。悪いな」
「いいよ。それに、僕も棗と話しておきたいことがあったし」
その言葉に少し驚く。誉の方を見ると、ほんの少しだけ、かつての面影を感じた。バンドをしていた頃の、あの雰囲気が
「…話って?」
「その話はまた今度にするさ。…それで、ギターの子はあの黒髪の子かな?」
「ああ、星乃だ。よくわかったな?」
「このくらいはね。…棗が面倒見るくらいだ、少し気合いを入れないと」
そう言って、妹の荷物を持ち直すと歩みを進めた。
昔と変わらず、自分を認めてくれていることを嬉しく思う。それと同時に、何かを決心した様子の誉と今の自分を比べ、少し引け目を感じた。
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あの後、棗の紹介でLeo/needの面々に挨拶をし、ショップの中で簡単なアドバイスと、手入れの道具について選び方のコツをレクチャーした。
「今日はありがとうございました!」
「ごめんなさい。結局夕方まで付き合わせてしまって…それに私のドラムまで」
「いいさ。妹の友人にくらい良い顔をさせてくれ」
実際、とても良い子たちだった。貪欲に学ぼうとする気概もあるし、かつての自分を見ているようで懐かしかった。
本当に、懐かしかった。
「また何か聞きたいことがあれば、いつでも連絡してくれていい。こはねや棗経由でもいいから」
きっと棗も、こんな気持ちだったのだろう。
懐かしくて、眩しくて___どうしようもなく苦しくなる。
彼女たちにそんな思いをさせたくないから、こうして目をかけるのだろう。
「あの、もしよろしければ、今度の音楽イベントにいらしてください。私たちも出させていただくことになってるんです」
「あ!これ、私たちのユニットも出るやつだ」
「ええ⁉︎こはねちゃんたちも出るの⁉︎」
なにやら盛り上がりを見せる少女たちを横目に、反対側に立つ棗を見る。
向こうもこちらを見るなり、肩を竦めて嘆息した。あんな態度をしているが、棗は間違いなく行くだろう。
「わかった、行かせてもらうよ。こはねとも約束したしね」
まあ、彼女たちのあの笑顔を見れば、悪い気はしない。単純に興味もある。
だからその前に、大事な用を済ませよう。
「…棗」
「…さっきの件か?」
雰囲気が変わったのを感じ取ったのだろう。棗も姿勢を正し、こちらを向く。
「今夜時間取れるか?話したいことがある」
「わかった。場所は__」
「__セカイに来てくれ」
「……は?」
耳を疑った、何を言われたのか理解出来ないような、そんな反応だった。
逆の立場なら僕でもそう思うだろう。
あの日から僕らの間で、"セカイ"という言葉は禁句のようなものだった。
あえて、今回それを口にした。
「こはね、帰るよ」
「あ、うんっ!みんなまたね!」
もうここで告げることはない。放心した様子の棗に背を向ける。
「…っ、誉!」
我に返った棗に名前を呼ばれるが振り返らない。
予期せぬ出会いだった。このまま話してしまえば、要らぬことを口にしてしまいそうだから。
心配そうにこちらを見上げるこはねの頭を撫でながら、今夜に向けて決意を固めていた。