途切れた旋律の先で   作:ピックって高くね…?

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第8話 再会の旋律

 

会場を包む歓声の余韻が、まだ耳の奥に残っていた。


レオニードの透き通る歌声、ビビッドバッドスクワッドの熱気。


浅葉棗と小豆沢誉は、客席の隅で拍手を送っていた。

大学生になってから初めて聴くライブの熱は、かつてステージに立っていた自分たちをどこか思い出させた。

 

「……すごかったな。どのチームも」

「うん。——みんな、自分たちの“セカイ”をちゃんと持ってる」

 

棗の言葉に誉はうなずく。


その瞬間、IAのあの表情が脳裏に浮かんだ。


あの日、“untitled”の旋律を響かせたときに見せた、悲しげで、それでいて優しい微笑み。


あの笑みの意味を、ようやく理解できた気がした。

 

一足早いが、ライブが終わった二つのユニットを労いに、二人は控え室へ向かう。

代表して一歌とこはねが
出迎えたが、その表情はどこか曇っていた。

 

「いい演奏だったと思うが…何かあったのか?」

 

「……トリのバンド、まだ来てないみたいで。時間、かなり押してるんです」


「急なトラブルがあったみたいで……でも、このままだとステージが止まっちゃう」

 

疲弊した様子の一歌が眉を寄せる。
追加演奏も提案されたが、レオニードもビビバスも体力は限界に近かった。


どうすべきか、空気が重く沈む中——誉が一歩前へ出た。

 

「じゃあ、俺たちが出るよ」

 

「え……?」

 

こはねが目を丸くする。
棗も思わず誉を見る。

 

「おい、何言って——」

 

「本気だよ。俺たち、ずっと逃げてたんだ。
藍がいなくなって、曲名を失ったのも……全部、向き合うのが怖かったからだ」

 

その言葉に、棗の胸が締めつけられる。


伊波藍。
彼女がいなくなったあの日から、音楽はただの“音”に成り果てた。


何を弾いても虚しくて、どんな旋律も完成しなかった。


三人で創った曲たちは次々に壊れていき、最後に残ったのは「untitled」——
名を失った、空白の旋律。

あれは、俺たちの心そのものだったのかもしれない。

 

棗は目を閉じ、深く息を吸った。

 

「……いいぜ。久しぶりに、あの頃の続きをしよう。でも、後悔すんなよ?」


「もう十分後悔してるさ」

 

誉が笑った。その笑顔を見て、棗の中の迷いがすっと消えていった。

——なら、もう一度だけ、音を出そう。
あの頃と同じように。
藍が愛した、音楽のかたちで。

 

照明が再びステージを照らす。
歓声とざわめきの中、二人が姿を現した。
ギターとベースだけの編成に、観客は一瞬ざわつく。
しかし、誉が弦を鳴らした瞬間、その空気が一変した。

 

重ねるように、棗がベースを鳴らす。
最初の一音で、会場の時間が止まったかのようだった。


二人の音が呼吸のように絡み合い、沈黙が揺らめきに変わる。
音の粒が、舞い上がる埃のように空間を満たしていく。

 

——これが、俺たちの“再会”だ。

 

ステージの照明が柔らかく包み込み、客席の空気が熱を帯びていく。
棗の指先は震えていたが、それを止めるつもりはなかった。
震えも、痛みも、すべて音にしてしまえばいい。
それが今の俺にできる、唯一の誠実な方法だ。

一曲を終えると、誉が静かにマイクを取った。

 

「……次が最後の曲です。
この音を、今ここにいるみんなと——あいつに、届けたい」

 

それが合図だった。
ギターのリフが響き、ドラムもシンセもない空間に、二人の歌声が飛び込む。


 

曲は「ハウトゥー世界征服」。

 

ステージに立つのは、ギターとベースが一人ずつ。そして、ボーカルを務めるのも二人。

かつて藍が歌っていた場所に、今、二人の声が重なった。

それはRebearlionという名前と決別するための曲であり、彼女への弔いでもあった。

 

大人になった二人の歌には、美しさも清廉さもない。ただひたすら純粋な、幼い“叫び”だった。


誰にも届かなくていい。ただ、あの頃の自分たちに向けて歌いたかった。

 

誉の声は伸びやかに、棗の声は荒削りに。
二人の声が重なり、ぶつかり、やがて溶け合う。


観客が息を呑むのがわかった。
音の一つひとつが、心臓を打つように鳴り響いている。

 

ラストサビ。
二人の視線が交わる。
“Rebearlion”の名のもとに生きた日々、失った時間、藍の笑顔——すべてが一瞬に詰まっていた。

 

音の奔流が客席を包み込む。
観客が手を叩き、涙を流しながら叫ぶ。
二人は、その熱を真正面から受け止めた。

最後のコードを弾き切った瞬間、
照明が落ち——闇がステージを飲み込む。

 

その時。

天井から降り注ぐような光の粒が、舞い上がった。
まるで無数の星屑が逆流するように、ステージを包み込む。
風が吹いたようにマイクが揺れ、
スクリーンが音もなく点灯する。

そこに——IAがいた。

柔らかな灰色の髪が風に揺れ、瞳には深い光。
彼女はただ静かに微笑んでいた。
まるで、夢の続きに立つ幻のように。

 

「……ずっと、聴いてたよ」

 

その声は、音ではなく、心に直接届いた。
瞬間、場内の照明が変わる。
IAの後ろに、三人の影——棗、誉、藍のかつての姿が重なる。

そして始まったのは、“untitled”。

——いや、違う。
それは、もう“untitled”ではなかった。

光の波がIAの周囲で弾け、空間に音の花が咲く。
その旋律には確かな“名”が戻っていた。


IAの歌声に導かれるように、誉と棗が同時に弦を鳴らす。

ギターとベースが呼吸を合わせるたび、
スクリーンの中の藍が嬉しそうに笑う。
涙が滲んだ視界の中で、二人はただ、音を信じて弾き続けた。

その音が、時を越えて、失われた“セカイ”を繋ぎ直していく。

——途切れた旋律の先で、ようやく僕らは出会えた。

 

「行こう、誉」


「ああ——Rebearlion、再始動だ」

 

最後の一音が空に消え、
IAの姿は光の粒となって舞い上がる。

それは、音の中に還っていくようだった。
まるで、“ありがとう”と言うかのように。

歓声が爆発する。
そしてその中で、棗と誉はただ、静かに笑い合った。

再び始まった音の物語は、今——新しい名を得た。

 

 

 

 





これにて完結です。イベントストーリー同様8話での完結でした。
1日ずつ投稿しようかとも思ったんですが、待つのが苦手なもので一気にやってしまいました。反省はしません。
彼らRebearlionには色々と設定を用意していましたが、全ては開示しませんでした。私の中では、彼らはイベントゲストとして登場するキャラ(映画のミクさん)みたいなイメージでした。本編のストーリーに絡むことは滅多にないレアキャラです。

感想、評価をしていただきますと、私が勝手に家でハウトゥー世界征服を熱唱します。
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