賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

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番外編 断章2話

 極楽湯・異世界支店――かつてのショッピングモールの広場に突如として出現した、純和風の巨大銭湯。

 その二階にある畳敷きの休憩室。

 そこは今、この崩壊した世界における最初にして最大の「作戦指令室」となっていた。

 

 湯上がりの火照った体に、生成したばかりの清潔な木綿の浴衣を羽織ったコロニーのリーダー、ミラーは、信じられない思いで畳の感触を確かめながら、目の前の少女に向き合っていた。

 対するKAMIは、座布団の上で胡座をかき、瓶入りのフルーツ牛乳を腰に手を当てて飲み干している。

 

「ぷはーっ! やっぱり風呂上がりの一杯はこれに限るわね! 文明の味よ、文明の」

 

「……ああ。生き返った気分だ。5年分の垢が落ちた気がする」

 

 ミラーは深く息を吐いた。

 彼の顔色は、数時間前とは見違えるほど良くなっている。

 絶望と疲労に凝り固まっていた表情筋がほぐれ、人間らしい理性が瞳に戻っていた。

 清潔さと温かさは、人間の尊厳を取り戻すための最小単位なのだと、彼は痛感していた。

 

「さて」

 

 KAMIは空になった瓶を放り投げた(それは空中で光の粒子となって消えた)。

 

「さっそくビジネスの話をしましょうか。ミラー、現状把握からよ。このコロニー『ノアズ・アーク』の現在の収容人数は?」

 

「正確な数字は……昨日の点呼で342名だ」ミラーは即答した。

「うち、戦闘可能な成人男性が80名。女性と老人が150名。残りは子供だ。武器は、弾薬が尽きかけているアサルトライフルが数丁と、あとは自作の槍やナイフくらいのものだ」

 

「300人ちょっとかぁ……。少ないわね」

 

 KAMIは不満げに唇を尖らせた。

 

「それじゃあ、この都市に残された遺産を回収するには、あまりにも手が足りないわ。効率が悪すぎる」

 

 彼女は空中にホログラムの地図を展開した。

 それは、彼らがいるこの都市の詳細な俯瞰図だった。

 廃墟と化したビル群、崩落した高速道路、そして無数に蠢く赤い点(ゾンビ)。

 

「私の目的は、この世界に眠る金、銀、宝石、レアメタルを根こそぎ回収すること。そのためには『人海戦術』しかないわ。あなたたちだけじゃ100年かかっても終わらない」

 

 KAMIは地図上の周辺地域を指差した。

 

「だから人を集めるの。周囲のコロニー、隠れ住んでいる生存者、野盗崩れの集団。何でもいいわ。とにかく人間をかき集めて、労働力にするのよ」

 

「人を集める……だと?」

 

 ミラーは眉をひそめた。

 

「正気か? 口減らしのために殺し合いが起きるご時世だぞ。人を増やせば、それだけ食料と水が必要になる。今の我々の備蓄じゃ、一週間も持たん」

 

「だから私がいるんじゃない」

 

 KAMIは呆れたように言った。

 

「食料と水なら、私がいくらでも出してあげるわよ。対価さえあればね。

 いいこと? これからのこの世界のルールはシンプルよ。

 

『働かざる者食うべからず』。

 

 でも逆に言えば『働けば必ず腹一杯食える』。

 貴金属や宝石を持ってくれば、その重さに応じて食料と水を配給する。

 この単純明快なシステムを、この世界全体に広めるの」

 

「……なるほど。報酬があれば人は動くか」

 

 ミラーは唸った。

 

「確かに今の世界で『安全な水』と『美味い飯』以上の報酬はない。金塊など腹の足しにもならんが、あんたがいれば、金塊がパンに変わる。……錬金術の逆だな」

 

「そうよ。で、ここ、場所はどこなの? アメリカのどこかだとは思うけど」

 

「ああ、ここはペンシルベニア州フィラデルフィアだ」

 

 ミラーは地図の一点を指した。

 

「かつて独立宣言がなされた、アメリカ合衆国発祥の地さ。今じゃゾンビと瓦礫の独立国家だがな」

 

「フィラデルフィアね。悪くないわ。都市の規模もそこそこだし、東海岸の主要都市へのアクセスもいい」

 

 KAMIは地図を縮小し、アメリカ全土を表示させた。

 

「とりあえずの目標は、アメリカ全土の貴金属の回収よ。フィラデルフィアを拠点(ハブ)にして、徐々に支配領域を広げていく。そのためにはまず宣伝が必要ね」

 

「宣伝?」

 

「ええ。生存者たちに『ここに来れば飯が食える』ってことを知らせなきゃ。ねえ、この世界、電波は生きてるの? ラジオとか」

 

「……ギリギリだな」

 

 ミラーは苦い顔をした。

 

「軍の緊急放送用周波数が微弱ながら生きているという噂はあるが、受信機を持ってる奴がどれだけいるか。それに、放送設備なんてとうの昔に破壊されてる。ここにあるのは、俺が趣味で直した短波無線機が一台あるだけだ。届いても、せいぜい数キロ四方が限界だろう」

 

「あるなら十分よ」

 

 KAMIはニヤリと笑った。

 

「案内しなさい。その無線機、私が『魔改造』してあげるから」

 

 管理棟の屋上にある、風雨に晒された粗末な無線室。

 埃を被った旧式のアマチュア無線機が机の上に鎮座していた。

 配線はむき出しで、電源を入れると頼りないノイズを吐き出すだけの代物だ。

 

「……これで全米に声を届けるだと?」

 

 ミラーは懐疑的だった。

 

「物理的に不可能だ。電力も足りないし、アンテナも折れている」

 

「物理法則なんて、気合でなんとかなるのよ」

 

 KAMIは無線機に手をかざした。

 

「――構成定義変更(オーバーライド)。出力増強、周波数帯域拡張、エーテル波同調、自動翻訳モジュール付与……。ついでに電源は地中の熱源を変換して、永久機関化っと」

 

 バチバチッ!

 

 激しいスパークと共に、古ぼけた無線機が変貌を遂げる。

 錆びついた金属の筐体が、黒曜石のような滑らかな質感へと変わり、折れていたアンテナが光の粒子を纏って天へと伸びていく。

 真空管の代わりに青白く輝くクリスタルが埋め込まれ、力強い駆動音を奏で始めた。

 

「はい、完成。これでアメリカ全土……いや、その気になれば地球の裏側まで届くわよ」

 

 KAMIはマイクを手に取った。

 

「さあ、原稿は考えてあるわ。あなたが読みなさい。現地の言葉の方が説得力があるでしょう?」

 

 渡されたメモには、シンプルだが生存者たちの魂を揺さぶるに十分な言葉が記されていた。

 ミラーは唾を飲み込み、震える手でマイクを握った。

 

 スイッチを入れる。インジケーターが「ON AIR」の赤色に点灯する。

 

「……あーあー。テステス。

 ……こちらはペンシルベニア州フィラデルフィア、コロニー『ノアズ・アーク』。生存者諸君に告ぐ。繰り返す。生存者諸君に告ぐ」

 

 ミラーの声は、魔改造された無線機を通じて増幅され、電離層を突き抜け、あるいは反射し、廃墟となったアメリカ大陸の隅々へと拡散していった。

 

 地下壕で震える家族のラジオに。

 装甲車で移動する武装集団の受信機に。

 あるいは壊れかけたショッピングモールの館内放送にさえ、強制的に割り込んで。

 

「我々は、安定した食料と清潔な水の供給源を確保した。嘘ではない。繰り返す、これは罠ではない。

 我々は新たな『取引』を提案する。貴金属、宝石、レアメタル。かつて価値があったが、今はゴミとなったそれらの品々を我々の下へ持ち込め。

 金塊1キロにつき、一ヶ月分の食料と水を保証する。指輪一つでも構わない。一食分の温かいスープと交換しよう」

 

 その放送を聞いた生存者たちの反応は様々だった。

 

「馬鹿げている」「新手の罠だ」「カルト宗教の勧誘か」

 

 だが最後の言葉が、彼らの絶望的な日常に小さな楔を打ち込んだ。

 

「信じられない者は、手ぶらで来てもいい。最初の数日は無償で炊き出しを行う。その目で確かめろ。ここには風呂もある。

 フィラデルフィアだ。我々は来る者を拒まない。……以上だ」

 

 放送を終えたミラーは、ぐったりと椅子に沈み込んだ。

 

「……これで本当に人が来るのか?」

 

「来るわよ」

 

 KAMIは確信を持って言った。

 

「人間はね、絶望していても腹は減るの。『もしかしたら』という一縷の望みに懸けて、ゾンビの群れを突っ切ってでもやってくるわ。

 さあ、忙しくなるわよ。一週間後には、ここはお祭り騒ぎになるわ。受け入れの準備、しっかりやりなさいよ?」

 

「……了解だ、ボス」

 

 ミラーは苦笑いしながらKAMIに敬礼した。

 彼はもう、この非常識な少女の指揮に従うことに、何の迷いも感じていなかった。

 

 放送から一週間後。

 

 フィラデルフィアの廃墟の街並みに、奇妙な光景が広がっていた。

 あらゆる方角から薄汚れた人々が、あるいは徒歩で、あるいは改造された車両で『ノアズ・アーク』を目指して集まってきていたのだ。

 

 その数、数千人。

 

 彼らは皆痩せ細り、警戒心に満ちた目をしていたが、その背中にはパンパンに膨らんだリュックサックや、荷台に積まれた袋があった。

 中身は、廃墟からかき集めてきた、かつての遺産たちだ。

 

 コロニーの正門前は、長蛇の列で埋め尽くされていた。

 

「並べ! 押すな! 順番だ!」

 

 ミラーの部下たちが拡声器で叫びながら、列を整理する。

 

 暴動が起きないのは、正門の横にKAMIが「見せしめ」として設置した巨大な給水タンクがあったからだ。

 蛇口からは、クリスタルのように澄んだ水が、惜しげもなく溢れ出している。

 

 その光景だけで、人々は理性を保つことができた。

 ここは本物だと。

 

 列の先頭では、受付カウンターが設置されていた。

 そこには、KAMIが生み出した近未来的なデバイスが積まれている。

 

 黒いラバー素材のシンプルなリストバンド。

 表面には小さな液晶画面がついている。

 

「これが今後の通貨になる!」

 

 ミラーが、集まった群衆に向かって高らかに宣言した。

 彼は、自分の腕につけたリストバンドを掲げた。

 

「この世界で紙幣などケツを拭く紙にもなりゃしねえ。だが、この『アーク・ブレス』は違う!

 こいつはお前たちが持ち込んだ貴金属の価値を正確に査定し、デジタルな数値として記録する財布だ!」

 

 KAMIのシステム説明はこうだ。

 

 まず、持ち込まれた貴金属や宝石を専用の鑑定ボックス(これもKAMI製)に入れる。

 すると瞬時に、その純度と重量が計測され、現在の地球(本体の世界)の相場に基づいたドル換算の価値が弾き出される。

 その金額が無線で個人のブレスにチャージされる仕組みだ。

 

 いわば電子マネーである。

 

「内蔵通貨として『ドル』表記されているが、昔のドルとは違うぞ! これは『KAMIドル』だ!

 このポイントを使えば、敷地内の自販機や配給所で、食料、水、医薬品、衣類、そして風呂の利用権まで、あらゆるものが購入できる!」

 

 生存者の一人が、恐る恐る金のネックレスを鑑定ボックスに入れた。

 

『査定完了。350ドルをチャージしました』

 

 ブレスの画面が光り、数字が表示される。

 

 彼はその足で、隣に設置された巨大な自動販売機へと走った。

 ブレスをかざす。

 

 ガコン。

 

 出てきたのは、真空パックされたローストチキンと、キンキンに冷えたコーラのボトル。

 

「……ううおおおおおおおお!」

 

 男はコーラを掲げ、獣のような歓喜の声を上げた。

 

 その光景が、群衆に火をつけた。

 

「俺のも査定してくれ!」

「ダイヤモンドだ! 結婚指輪だ! いくらになる!?」

「銀食器を持ってきたぞ!」

 

 欲望と、そして生存への渇望が爆発する。

 

 だがそこには、一定の秩序があった。

 ミラーが最も重要なルールを叫んだからだ。

 

「注意しろ! このブレスには生体認証ロックがかかっている!

 他人のブレスを奪っても使用することはできない!

 それどころか、強奪や窃盗、暴力行為を行った者は、システムが自動的に感知し、そのブレスを『永久凍結(BAN)』する!

 二度とこのコロニーで、水一滴たりとも交換できなくなるぞ!

 

 欲しければ奪うな! 拾え! 探せ! 働け!」

 

 KAMIが組み込んだセキュリティシステムは完璧だった。

 

 ブレスは装着者のバイタルサインとリンクしており、持ち主が殺害されたり、無理やり外されたりすると、即座に機能を停止する。

 さらに、コロニー内での暴力行為も監視されており、加害者のアカウントは即座に凍結される。

 

「ここでは善人だけが腹一杯食える」

 

 その単純で、しかし残酷なまでに公平なルールが、無法者たちを縛り付けていた。

 

「ふー、まだまだ人が来るな……」

 

 夕暮れ時。

 

 管理棟のバルコニーからその様子を見下ろしていたミラーは、心地よい疲労と共に息をついた。

 

 広場は、まるで祭りのような賑わいを見せていた。

 配給されたテントでくつろぐ家族。

 久しぶりの温かい食事に涙する老人。

 そして、明日の「宝探し」の計画を練る若者たち。

 

 そこには、死に絶えたはずの「社会」が再び息吹き始めていた。

 

「食料品と水はたくさんあるが……。とりあえずは成功か?」

 

「ええ、とりあえずはね」

 

 手すりに腰掛け、足をぶらつかせていたKAMIが、スティック状のキャンディを舐めながら答えた。

 彼女の視線は、広場の隅でコソコソと密談している数人の男たちに向けられていた。

 

 彼らは他の生存者の荷物を品定めするような、油断ならない目をしている。

 

「略奪なんかが起きなきゃ良いけど……」

 

 KAMIは冷ややかな目で言った。

 

「システムで禁止しても、抜け道を探そうとする馬鹿は必ず現れるわ。コロニーの外で待ち伏せして、換金前の貴金属を奪う『山賊』とかね。あるいは、偽物の金を掴ませようとする詐欺師とか」

 

「……ああ、間違いなく出るだろうな」

 

 ミラーもまた、歴戦の兵士の顔になった。

 

「人が集まれば悪意も集まる。光が強くなれば影も濃くなる」

 

「まあ、そこは自己責任ね」

 

 KAMIはキャンディを噛み砕いた。

 

「私はあくまで『取引所』のオーナーであって、彼らの保護者じゃないもの。

 ルールを守る者には恩恵を。守らぬ者には死を。

 略奪するような輩は逐次討伐しなきゃね。ねえミラー。あんたの部隊、装備は足りてる?」

 

「……弾薬が心もとない。それに車両の燃料もだ」

 

「分かったわ。追加の対価として、武器と弾薬、ガソリンもラインナップに加えましょう。もちろん、コロニーの治安維持部隊(あなたたち)専用の特別価格でね」

 

 KAMIは指を鳴らした。

 

「自警団を組織しなさい。そして、このコロニーの周囲半径10キロを『聖域』とするの。そこでの略奪は神への反逆とみなして、容赦なく排除する。

 圧倒的な武力による平和。それが、この世紀末で一番効率的な統治方法よ」

 

「……悪魔的な提案だが、乗った」

 

 ミラーはニヤリと笑った。

 

「どのみち、力なき正義など寝言に過ぎん世界だ。あんたが神なら、俺たちはその神罰の代行者になろう」

 

「契約更新ね」

 

 二人は沈みゆく夕陽に染まる廃墟の街を見つめた。

 

 そこには無数の「宝」が眠っている。

 そして、それを掘り起こすための「労働力」が集まりつつある。

 

 かつてのアメリカ合衆国発祥の地フィラデルフィアは、今、欲望と希望が入り混じった新たなゴールドラッシュの震源地となろうとしていた。

 

「さあ、もっと集めなさい。金も銀も魂も。

 私の『全能』のために、この星の残骸を最後の一粒まで搾り取ってあげるわ」

 

 KAMIの赤い瞳が夕陽を受けて妖しく輝いた。

 彼女の「支店経営」は、まだ始まったばかりだった。

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