賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

130 / 279
第122話

「クラフト革命」と「魔銃(マジック・ガン)ショック」から数日が経過した。

 日本列島を、そして世界を包み込んでいた熱狂は、一時の爆発的なカオスから、より重く、より粘着質な「経済的定着」へとフェーズを移行させつつあった。

 

 その象徴が『富のオーブ』の価格推移だった。

 

 当初 5,000円で投げ売りされていたこのガラス玉は、一夜にして 5万円へと跳ね上がり、その後も天井知らずの高騰を続けた。

 10万、12万、13万……。

 まるで壊れたエレベーターのように上昇を続けたチャートは、ある一点でピタリと止まり、そこで強固な岩盤のような支持線を形成した。

 

【現在の買取価格:『富のオーブ』 150,000円】

 

 15万円。

 それが、市場が弾き出した「魔法への入場料」の適正価格だった。

 

「……15万か。草も生えないな」

「高すぎるだろ……。これじゃ気軽にクラフトなんてできない」

「いや妥当だろ。たった 15万で、その辺のバットが凶器に変わるんだぞ?」

 

 SNS では、悲鳴と納得の声が入り混じっていた。

 だが驚くべきことに、価格はそこでピタリと安定し、下がる気配を見せなかった。

 ゴブリンからのドロップ率は変わっていない。毎日数万個単位で市場に供給されているにもかかわらずだ。

 本来なら暴落してもおかしくない供給量。それを全て飲み込み、価格を高値で維持させている巨大な「胃袋」が存在した。

 

 アメリカ合衆国である。

 

 ***

 

 ワシントン D.C.、ホワイトハウス。

 トンプソン大統領は、経済担当補佐官から提出されたレポートを読み、満足げに葉巻をくゆらせていた。

 

「……日本市場からのオーブ調達は順調かね?」

「はい、大統領。商務省と国防総省が連携し、日本のギルド市場に流れる『富のオーブ』の約 40%を、エージェントを通じて極秘裏に、かつ迅速に買い付けております」

 

 補佐官はタブレットのグラフを示した。

「1個 15万円……現在のレートで約 1,000ドル。決して安くはありませんが、我々の需要を考えれば必要経費です」

 

 アメリカには、民間人が保有する銃器だけで 4億丁が存在する。

 その全てが今や、「ただの鉄屑」か「最強の魔導兵器」かを選ぶ岐路に立たされていた。

 ノーマルアイテムである既存の銃を、ダンジョンで通用するマジックアイテムへと昇華させるための唯一の鍵。

 それが『富のオーブ』なのだ。

 

「4億丁の銃を全て魔法化するには、4億個のオーブが必要だ」

 トンプソンは煙を吐き出した。

「日本からの供給だけでは到底足りん。だが今はかき集めるしかない。

 国民は飢えているのだよ、『自分の愛銃が魔法の力を帯びる』という新しいアメリカン・ドリームにな」

 

 テキサスのガンショップでは、1個 1,500ドル(約 22万円)でオーブが飛ぶように売れていた。

 日本での仕入れ値に輸送費とマージンを乗せても、アメリカ人は喜んで金を出す。

「自分の命を守るためなら安いものだ」と。

 

 この巨大な「ドルによる買い支え」が、日本のオーブ相場を 15万円という高値で固定させていたのだ。

 

 一方で、他のオーブの価格は落ち着いていた。

 

【現在の買取価格:『変化のオーブ』 10,000円】

 

「変化」は、一度マジックアイテムになった装備の能力を書き換えるためのものだ。

 もちろん需要はある。より強いオプションを求めてリロールし続ける廃人たちは、湯水のようにこれらを消費する。

 だが、「まずは魔法化したい(ノーマル→マジック)」という初期需要の爆発的な母数に比べれば、その需要は限定的だった。

 

「とりあえず 15万払って魔法武器にする。オプション厳選は金持ちの道楽」

 それが、今の探索者たちの共通認識となっていた。

 

 ***

 

 そしてこの歪で、しかしあまりにも景気の良いバブルの波に乗り、天文学的な利益を叩き出している者たちがいた。

 その筆頭が、あの高校生探索者――タケルである。

 

 日曜の夜。

 彼の SNS アカウント『タケル@F級攻略中』に、新たな投稿が投下された。

 それはもはや自慢というレベルを超えた、一種の社会現象の報告書だった。

 

『【収支報告】

 本日のダンジョン活動終了。

 パーティ 4人で 12時間周回。

 

 ・魔石(F級)

 ・富のオーブ

 ・変化のオーブ

 ・その他ドロップ装備

 

 売却総額:13,500,000円

 一人あたりの取り分:3,375,000円

 

 ……日給 300万超えたわ。笑うしかない』

 

 添付された画像には、銀行口座の入金通知が映し出されている。

 桁がおかしい。

 高校生が一日で稼ぐ金額ではない。大企業の役員の月収にすら匹敵する額が、12時間の労働で振り込まれているのだ。

 

 ネットは騒然となった。

 

『は?????』

『日給 300万???? 年収じゃなくて???』

『オーブのドロップ率、修正入ってないのかよ! 神運営すぎる』

『これ税金どうなんだっけ?』

 

 その疑問に対する答えこそが、この狂乱をさらに加速させていた。

 

『>>税金

 ダンジョン特措法により、オークション及びギルドへの売却益は(魔石除く)【全額非課税】。

 手数料 5%引かれてるけど、それ以外はまるまる手取りだぞ』

 

『うわあああああああああああ!』

『300万がそのまま手元に残るのかよ!』

『美味しすぎるだろ!!! バグだろこんなの!』

『俺も明日から会社辞めて潜るわ。もう我慢できねえ』

 

 魔石は定額買い取りだが、オーブや装備品はオークション形式、あるいは変動相場での売却となる。

 政府は「ダンジョン産出物の譲渡所得は非課税」と定めた。

 つまり、タケルが手にした 337万5千円は、額面通りの現金として彼の手元に残るのだ。

 

 タケルは追記で、こう呟いていた。

 

『正直、今はバブルだと思う。

 アメリカさんが買い支えてくれてるおかげでオーブが高いけど、供給が増えて安定したらいずれガクッと値下がるはず。

 でもしばらくはこのボーナスタイムは続きそうだな。

 稼げるうちに稼いでおく。』

 

 そのあまりにも現実離れした高校生の言葉に、大人たちは嫉妬し、若者たちは憧れ、そして日本経済は熱を帯びて回転を続けていた。

 

 ***

 

 官邸地下、ダンジョン庁長官室。

 麻生ダンジョン大臣は、タケルの SNS を見ながら、ヒヒヒと笑い声を漏らしていた。

 

「……威勢がいいな、若者」

 彼は手元の電卓を弾いた。

「日給 300万。月 20日稼働で月収 6000万。年収 7億2000万か。

 プロ野球選手も顔負けだな」

 

 隣に立つ九条が、淡々と補足する。

「ですが大臣。彼らが稼いだその金は、決してタンス預金にはなりません。

 フェラーリ、高級時計、タワーマンション、そしてより強力な装備。

 彼らは稼いだ端からその金を湯水のように使い始めています。

 国内消費への波及効果は計り知れません」

 

「そうとも」

 麻生は頷いた。

「非課税にしたのは正解だったな。

 税金で吸い上げるよりも、彼らに使わせた方が経済は回る。

 それに、オークション手数料 5%だけでも、国庫には毎日数十億円が入ってきている」

 

 彼はモニターの別の画面を見た。

 そこには、アメリカ政府からの緊急輸入依頼書が表示されていた。

『富のオーブ 月間 100万個の安定供給を希望する』。

 

「……アメリカさんも必死だな」

 麻生は苦笑した。

「1個 15万で 100万個……月間 1500億円の輸出案件か。

 ただのガラス玉が、自動車産業並みの輸出の柱になるとはな。

 KAMI 様には足を向けて寝られんよ」

 

「しかし」

 と、九条が懸念を示す。

「このバブル、いつまで続きますか?」

 

「さあな」

 麻生は肩をすくめた。

「タケルの言う通り、いずれは落ち着く。

 銃に行き渡れば需要は減るし、供給過多になれば値崩れする。

 だが……」

 

 彼は目を細めた。

「人間というのは、一度覚えた蜜の味を忘れられん生き物だ。

 オーブが安くなれば、今度は『もっと良いオプション』を求めてリロールの沼にハマる奴らが増えるだけだ。

 形を変えてこの熱狂は続くさ。

 ……我々が上手く手綱を握っている限りはな」

 

 バブルは膨らむ。

 弾けるその瞬間まで、極彩色に輝きながら。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。