賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

142 / 279
番外編 獣の断章2話

 東京湾、海ほたる周辺海域。

 かつては平和な観光スポットであり、首都圏の物流の大動脈であったその場所は、今や現代兵器と神話的恐怖が交錯する人類史上初の「特異点」と化していた。

 

『――目標、未確認巨大生物! 全弾撃ち尽くせぇッ!!』

 

 無線から響く、悲鳴にも似た指揮官の絶叫。

 

 空を切り裂くローター音。

 陸上自衛隊・木更津駐屯地から緊急発進したAH-1S対戦車ヘリコプター「コブラ」の編隊が、その鎌首をもたげたような異形の怪物に向かって、TOW対戦車ミサイルと20mm機関砲の雨を浴びせかける。

 

 ズドドドドドッ! ドォォォォン!!

 

 爆炎。

 水柱。

 そして衝撃波。

 

 東京湾の海面が激しく波打ち、怪獣の巨体が黒煙に包まれる。

 テレビ中継を見ていた国民、そして官邸の地下で固唾を飲んで見守っていた田所総理たちは、一瞬の希望を抱いた。

 

 現代兵器の火力は凄まじい。

 鋼鉄の戦車すら飴細工のようにひしゃげさせる熱量が、生身の生物に直撃したのだ。

 無事であるはずがない。

 

 だが。

 

 煙が海風に流される。

 そこから現れたのは、傷一つない濡れた黒曜石のような皮膚だった。

 

『……ひ、被害なし……?』

 

 パイロットの震える声が、官邸のスピーカーに虚しく響く。

 

『目標健在! 繰り返します、目標健在! 外皮に損傷認められず! ミサイルが……弾かれました!』

 

「な、なんてこった……」

 

 田所総理は崩れ落ちるように椅子に背中を預けた。

 顔面は蒼白で、指先が小刻みに震えている。

 

「戦車砲もミサイルも効かないのか……?

 あれは生物ではないのか? ゴジラ映画じゃあるまいし、物理法則はどうなっているんだ!」

 

『目標、進行速度を維持! お台場方面へ直進中!

 上陸まで予想時間、あと20分!』

 

 防衛大臣が、血を吐くような声で叫ぶ。

 

「地上火力でどうにか出来ないのか!?

 習志野の空挺団は! 練馬の第1師団は!

 戦車を海岸線に並べて、集中砲火を浴びせろ!」

 

「無理です、大臣!」

 

 制服組の幕僚長が、悲痛な面持ちで首を振る。

 

「87式対戦車誘導弾も、120mm滑腔砲も、計算上あの表皮を貫通できません!

 今のヘリの攻撃で判明しました。奴の周りには何らかの……『見えない壁』のようなエネルギーフィールドが展開されています!

 通常兵器では、傷一つつけられません!」

 

「ではどうするのだ!

 指をくわえて、東京が蹂躙されるのを見ているしかないと言うのか!」

 

「火力が……! 圧倒的に火力が足りないのです!

 戦術核でも使わない限り……いや、それでも効くかどうか……!」

 

 絶望。

 

 会議室を支配したのは、抗うことのできない終末の予感だった。

 誰もが言葉を失い、モニターの中でゆっくりとしかし確実に破滅へと歩みを進める巨獣を見つめることしかできなかった。

 

 そのお通夜のような静寂を、場違いに明るい声が切り裂いた。

 

「――うーん。やっぱり火力が足りないわね」

 

 声の主は、ソファの上でポテトチップスの袋を逆さまにしていたゴシック・ロリータ姿の少女、KAMIだった。

 

 彼女は指についた塩を舐めとりながら、まるでテレビゲームの攻略に行き詰まった子供のような口調で言った。

 

「あの怪獣、解析終わったけど、やっぱりこの世界の理(ことわり)で生まれたものじゃないわ。

 次元の狭間から落ちてきた『迷子』ね。

 身体の周りに高密度の位相シールドを展開してるから、あなたたちの火薬と鉄の塊じゃ何億発撃っても無駄よ」

 

「か、KAMI様……!」

 

 田所総理が、藁にもすがる思いで彼女を見る。

 

「ではどうすれば……! 何か手はあるのですか!?」

 

「あるわよ」

 

 KAMIはにやりと笑った。

 その笑顔は慈愛に満ちた女神のものではなく、面白いオモチャを見つけた悪魔のそれだった。

 

「私の出番ね!

 科学が通じないなら、もっと理不尽な力(スーパーパワー)をぶつければいいのよ!」

 

 彼女は立ち上がり、空中に指先で何かを描き始めた。

 光のラインが複雑に絡み合い、一つの巨大な設計図を構築していく。

 

「自衛隊から一人、身体能力と反射神経がズバ抜けて優れたヤツを選びなさい。

 今すぐよ。

 私が『巨大ロボット』を出してあげるから、そいつを乗っけて戦わせるわ!」

 

「…………は?」

 

 会議室の時間が止まった。

 総理も官房長官も、防衛大臣も幕僚長も。

 

 全員がポカンと口を開けていた。

 

「きょ、巨大……ロボット……ですか?」

 

 官房長官が、オウム返しに尋ねる。

 

「そうよ。ロボット。

 あんなデカブツには、同じサイズのデカブツをぶつけるのが一番手っ取り早いでしょ?

 男の子って、そういうの好きじゃないの?」

 

 KAMIは当然のことのように言い放った。

 

「いやいやいや! お待ちください!」

 

 田所総理が慌てて立ち上がった。

 

「ロボットって、あのアニメに出てくるようなやつですか!?

 そんなものを突然出したら……どう説明するんですか!

 国民に! 世界に!

 『政府は秘密裏に巨大ロボットを開発していました』なんて通用するわけがない!」

 

 彼の脳裏に、野党からの激しい追及、メディアのバッシング、そして国際社会からの非難轟々の光景が走馬灯のように駆け巡る。

 

 平和憲法、専守防衛、予算の使い道……。

 政治家としての本能が、そのあまりにも荒唐無稽な解決策に対して、全力で警鐘を鳴らしていた。

 

「えー……まだ隠蔽するつもり?」

 

 KAMIは心底面倒くさそうに顔をしかめた。

 

「いいじゃない、バレたって。

 『実は作ってましたー、テヘペロ』で済ませればいいじゃない。

 緊急事態なんだから」

 

「済むわけないでしょうッ!!」

 

 総理が叫ぶ。

 

「政治的リスクが大きすぎる!

 もっとこう、目立たない方法で……例えば強力なビーム兵器をこっそり撃つとか、怪獣を異次元に転送するとか……!」

 

「あーもう、うるさいわねぇ!」

 

 KAMIが癇癪を起こしたように足をダンと踏み鳴らした。

 その衝撃で、会議室の窓ガラスがビリビリと震える。

 

「あんたたち、状況分かってるの!?

 あの怪獣、あと15分でお台場に上陸するのよ?

 上陸したらどうなると思う?

 フジテレビが潰れて、レインボーブリッジが折れて、高層マンションが積み木みたいに崩れるわよ?

 死者数万人、経済損失数兆円コースよ?」

 

 彼女は総理の目の前に顔を近づけ、恫喝するように言った。

 

「出さないと、海獣で東京壊滅しても知らないわよ!

 『東京壊滅』と『巨大ロボット出して言い訳考える』のどっちが良いの!?

 10秒で選びなさい!」

 

「じゅ、10秒!?」

 

「10!」

 

 KAMIが高らかにカウントダウンを始めた。

 彼女の背後には、死神のような黒いオーラが立ち上っている。

 

「9!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 閣議決定が……!」

 

「8!」

 

「野党への根回しが……!」

 

「7!」

 

「総理! 決断を!」

 

 防衛大臣が悲鳴を上げる。

 

「東京が火の海になります!」

 

「6!」

 

「で、ですが……ロボットなんて……!」

 

「5!」

 

「言い訳なら後でなんとでもなります!

 『宇宙人が置いていった』とでも言えばいい!」

 

 官房長官が、やけくそ気味に叫ぶ。

 

「4!」

 

 モニターの中では、怪獣が海ほたるを粉砕し、その瓦礫を踏み越えて進んでいる映像が映し出されている。

 

 現実の恐怖と、政治的破滅の恐怖。

 二つの天秤が激しく揺れ動く。

 

「3!」

 

「くっ……! くそっ……!」

 

「2!」

 

 田所総理は、ぎりっと歯を食いしばり、そして叫んだ。

 

「――だ、出してくれッ!!

 巨大ロボットを!!

 東京壊滅よりはマシだッ!!!」

 

「1! ……よし、許可貰ったわよ!」

 

 KAMIはパッと満面の笑みを浮かべた。

 先ほどまでの殺気はどこへやら、まるで欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように、無邪気な笑顔だ。

 

「じゃあ、自衛隊のパイロットを急いで連れて来て!

 適性がある子、リストアップしといたから!」

 

 彼女は空中にウィンドウを開き、一人の自衛官の顔写真とデータを表示させた。

 

『陸上自衛隊・第一空挺団所属 三尉・草薙(くさなぎ)タケル』

『身体能力:S 反射神経:SS 精神耐性:A+』

『備考:実家はゲームセンター』

 

「こいつがいいわ。

 現場近くに展開してるヘリに乗ってるはずよ。

 今すぐ官邸の屋上に呼び戻して!」

 

「りょ、了解しました!

 第一空挺団、草薙三尉を緊急招集! 至急官邸へ!」

 

 幕僚長が怒鳴る。

 

 日本政府の中枢は、かつてないカオスと、そしてヤケクソ気味の熱気に包まれていた。

 

 もう後戻りはできない。

 ロボットを出して怪獣と戦う。

 

 特撮映画のようなシナリオに、国家の命運を委ねるしかなかった。

 

 ***

 

 数分後。

 

 官邸の屋上ヘリポートに、一機の輸送ヘリが強引に着陸した。

 ローターの風圧の中、迷彩服に身を包んだ若い自衛官が、SPたちに抱えられるようにして走り出てくる。

 

 草薙タケル三尉。

 

 彼は、自分がなぜ最前線から呼び戻されたのか、全く理解していなかった。

 

「え? な、なんですか? 極秘任務?

 俺、何かやらかしましたか!?」

 

 彼はそのままエレベーターに押し込まれ、地下の危機管理センターへと連行された。

 

 扉が開くと、そこにはこの国のトップたちが勢揃いしていた。

 総理、官房長官、防衛大臣、そして……ゴスロリ服の少女。

 

「き、君が草薙三尉か!」

 

 総理が彼の手を両手で握りしめる。その手は汗でぐっしょりと濡れていた。

 

「君に日本の未来がかかっている!

 頼む! あれに乗ってくれ!」

 

「あ、あれ……?」

 

 草薙は困惑して首を傾げる。

 

「説明してる時間はないわ!」

 

 KAMIが割って入った。

 

「単刀直入に言うわよ。

 今から巨大ロボットを出すから、あんたがそれに乗ってあの怪獣をぶん殴ってきなさい!」

 

「……は?」

 

 草薙の思考が停止した。

 

 巨大ロボット? 怪獣をぶん殴る?

 この少女は一体何を言っているんだ? ここは官邸ではないのか?

 

「準備は良い!?

 操作方法は直感で分かるようにしといたから!

 あと、痛覚フィードバックは切っとくけど、衝撃はあるから気をつけてね!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!

 意味がわかりません! ロボットって何ですか!

 俺は空挺団員で、パイロットじゃ……!」

 

「うるさい! 男なら黙って乗る!」

 

 KAMIは問答無用で指を鳴らした。

 

「転送(テレポート)!」

 

 シュンッ!

 

 草薙の姿が光の粒子となって、その場から消え失せた。

 

「……行かせたわ」

 

 KAMIは満足げに頷いた。

 

「よし、じゃあ私も仕事するわよ」

 

 彼女は円卓の中央に飛び乗った。

 そして両手を広げて叫んだ。

 

「――顕現せよ! 対・特異点用決戦兵器!

 機動神将『タケミカヅチ』!!」

 

 ***

 

 東京湾岸、お台場。

 

 避難警報が鳴り響く無人の街に、怪獣の巨大な足音が近づいていた。

 海を割り、その醜悪な姿を現した巨神が、フジテレビの球体展望台を見下ろす位置まで迫っている。

 

 絶望的な光景。

 逃げ遅れた人々が遠くからその姿を見て悲鳴を上げる。

 

 その時。

 

 空が割れた。

 

 お台場の潮風公園の上空空間に、巨大な亀裂が走る。

 そこから溢れ出したのは、神々しいまでの黄金の光。

 

 そしてその光の中から、一つの巨影が降臨した。

 

 ズウゥゥゥゥゥゥン!!!

 

 大地を揺るがす着地音。

 アスファルトが砕け、土煙が舞い上がる。

 

 煙が晴れたそこには、全高120メートルを超える鋼鉄の巨人が立っていた。

 

 日本の武者鎧をモチーフにしつつも、流麗な曲面装甲で構成された近未来的なフォルム。

 背中には光の輪のようなスラスターユニットが輝き、両腰には長大な実体剣(カタナ)が佩かれている。

 

 カラーリングは白と紅。日の丸の赤だ。

 その頭部にはV字のアンテナと、鋭く光るツインアイ。

 

「ガ、ガンダム……?」

「いや違う! なんだあれは!?」

「ロボットだ! 巨大ロボットが来たぞ!」

 

 避難中の人々が、そしてテレビ中継を見ていた全国民が、その姿に目を疑い、そして熱狂した。

 

 ***

 

『うわあああああッ!?

 ここ、こはどこだ!? なんだこの視界は!?』

 

 コクピットの中。

 

 草薙タケルはパニックに陥っていた。

 

 彼の周囲は360度全天周囲モニターとなっており、まるで空中に浮いているかのような視界が広がっている。

 目の前には怪獣の巨大な顔が、同じ目線でこちらを睨んでいる。

 

『怪獣!? でか……いや、俺がでかくなってるのか!?

 なんなんだこれは!』

 

 その時、彼の脳内に直接あの少女の声が響いてきた。

 

『――落ち着きなさい、パイロット』

 

 官邸の危機管理センター。

 

 KAMIは壁一面の巨大モニターをジャックし、即席の管制室(コマンドルーム)を作り上げていた。

 彼女はインカムを装着し、オペレーター席に座って指示を飛ばしている。

 

 その後ろで、総理たちが呆然と立ち尽くしている。

 

「いい? 聞こえる?

 今は余計なことを考えないで。

 あなたは今、ロボットの中にいる。そのロボットは、あなたの神経と直結しているわ。

 あなたが『動こう』と思えば動く。手足のようにね」

 

『う、動く……?』

 

「そう。まずは歩いてみて。

 右足を出して。前へ」

 

 草薙は混乱する頭で、それでも命令に従おうとした。

 

(歩く……。前に歩く……!)

 

 ズシンッ!

 

 巨人が右足を踏み出した。

 それだけで地面が震える。

 

「おお……!」

 

 官邸で歓声が上がった。

 

「歩いた! ロボットが歩いたぞ!」

 

「歩いただけよ! 喜ばない!」

 

 KAMIが一喝する。

 

「いい、草薙三尉。

 あなたの任務は、あの怪獣を倒すことじゃないわ。

 まずは『場所を変える』ことよ」

 

 彼女はお台場の地図をモニターに表示させた。

 

「ここは市街地に近すぎる。ここで暴れたら被害が甚大になるわ。

 怪獣の注意を引いて、沖合の埋立地……『中央防波堤』の方へ誘導しなさい。

 あそこなら無人だし、多少壊しても文句は言われないわ」

 

『ゆ、誘導……。どうやって!?』

 

「挑発しなさい!

 殴るフリでもして、あいつを怒らせるのよ!」

 

「りょ、了解!」

 

 草薙は覚悟を決めた。

 

 これは夢かもしれない。ドッキリかもしれない。

 

 だが目の前に怪獣がいる。

 守るべき街が背後にある。

 

 ならば自衛官としてやることは一つだ。

 

 彼は巨人の腕を振り上げた。

 自分の腕を上げるのと同じ感覚で、数百トンの鋼鉄の腕が唸りを上げて持ち上がる。

 

(すげぇ……! 本当に自分の身体みたいだ!)

 

『おいコラァァッ! 化け物ッ!

 こっちだ!』

 

 機動神将タケミカヅチが、怪獣に向かって威嚇するように拳を突き出した。

 

 怪獣が反応する。

 

『グオオオオオオオオオッ!!』

 

 耳をつんざく咆哮。

 自分と同サイズの敵対者の出現に、怪獣の敵意が完全にロックオンされた。

 

「よし、食いついたわ!

 バックステップ! 距離を取りつつ海側へ誘導して!」

 

『は、はいッ!』

 

 タケミカヅチが地響きを立てて後退する。

 怪獣がそれを追ってズリズリと前進する。

 

 お台場のビル群から、戦場が徐々に遠ざかっていく。

 

「よしよし、良いじゃない!

 その調子よ! 上手いわよ、パイロット!」

 

 KAMIが手を叩いて喜んだ。

 

 総理たちも固唾を飲んで見守る。

 

 いける。

 これなら被害を最小限に食い止められるかもしれない。

 

 だが。

 

 相手は次元を超えて現れた未知の怪物だった。

 

 怪獣は、ただ鈍重に歩くだけの存在ではなかった。

 

 獲物が逃げると見るや、その背中のヒレが一斉に発光した。

 そして爆発的な加速を見せた。

 

『――ッ!? 速いッ!』

 

 草薙が反応する間もなかった。

 巨大な質量が砲弾のように突っ込んでくる。

 

 怪獣の強烈なショルダータックルが、タケミカヅチのボディに直撃した。

 

 ドガァァァァァァァァァンッ!!!

 

 凄まじい衝撃音。

 数万トンの巨体が軽々と宙を舞う。

 

 タケミカヅチは数百メートル吹き飛ばされ、埋立地の土砂山に激突してようやく止まった。

 

『ぐわぁぁぁぁぁッ!!』

 

 コクピットの中で草薙が悲鳴を上げる。

 

 痛覚はないはずだが、脳が「死」を錯覚するほどの衝撃が彼を襲った。

 視界が激しく明滅し、アラート音が鳴り響く。

 

「うわー、ヤバい! やられた!」

 

 防衛大臣が頭を抱える。

 

「一撃で……! 壊れたか!?」

 

「ダメだ……勝てない……!」

 

 官邸がパニックに陥る中、KAMIだけが冷静だった。

 

 彼女はモニターに表示された機体ステータスを一瞥すると、マイクに向かって叫んだ。

 

「――落ち着きなさい!

 ダメージはないわ!

 装甲でダメージ吸収出来てる! HPバーはまだ緑よ!」

 

『えっ……?』

 

 草薙が目を開ける。

 

 確かに身体は動く。モニターも生きている。

 腹部の装甲には亀裂すら入っていない。

 

「私の作ったロボットよ?

 物理障壁(フィジカル・バリア)と自己修復装甲(ナノマシン・アーマー)の二重構造だもの。

 あんなトカゲの体当たりごときで壊れるわけないでしょ!」

 

 KAMIは不敵に笑った。

 

「さあ立ちなさい、草薙三尉!

 ここからが本番よ!

 ただ誘導するだけじゃつまらないでしょ?

 殴られたら殴り返す!

 それが『巨大ロボット』の礼儀作法よ!」

 

『……了解!』

 

 草薙の中で何かが吹っ切れた。

 

 頑丈だ。壊れない。

 ならば恐れる必要はない。

 

 土砂崩れの中から、鋼鉄の巨人がむくりと起き上がる。

 そのツインアイが怒りの光を放った。

 

『よくもやったな……!

 次はこっちの番だ!』

 

 タケミカヅチが腰のウェポンラックに手を伸ばす。

 

 ジャキィィン!

 

 抜かれたのは、刀身が赤熱化した巨大な実体剣――ヒート・カタナ。

 

「いけぇぇぇッ! タケミカヅチッ!」

 

 田所総理が、いつの間にか拳を握りしめて叫んでいた。

 

 東京湾を舞台に、神話の戦いが幕を開ける。

 

 それは、退屈だった世界#568が、熱狂と興奮の「非日常」へと完全に書き換えられた瞬間だった。

 

 KAMIはモニターの前でポテトチップスをかじりながら呟いた。

 

「うんうん。やっぱり怪獣映画は特等席で見なきゃね」

 

 彼女のシナリオ通りに、あるいはシナリオ以上に、人間たちは踊り、そして戦っていた。

 

 その結末がどうなるのか。

 それはまだ神にも分からない。

 

 だからこそ面白いのだ。

 

『――いけぇぇッ! 切り裂けぇぇッ!』

 

 官邸の地下危機管理センターは、もはや国の司令部というよりは、巨大なスポーツバーかプロレス会場の様相を呈していた。

 モニターの中では、白と紅の巨神が赤熱化した巨大なカタナを振りかざし、怪獣へと肉薄していた。

 

『オラアアアアアッ!!』

 

 パイロットの草薙三尉の気合と共に、超高温の刃が怪獣の肩口に叩き込まれる。

 

 ジュワアアアッ!

 

 肉が焼ける嫌な音と共に、大量の水蒸気が噴き上がる。

 

『グオオオオオオッ!!』

 

 怪獣が苦痛の咆哮を上げる。

 その長い尻尾が鞭のようにしなり、音速を超えてタケミカヅチの側面を襲う。

 

 ガギィィン!

 

 タケミカヅチは左腕のシールドでそれを受け止める。

 

「右よ! シールドのエネルギー残量はまだ余裕があるわ。恐れずに踏み込みなさい!」

 

 KAMIが指示を飛ばす。

 

『了解!』

 

 タケミカヅチのスラスターが火を噴く。

 巨体が信じられない加速で前進する。

 

 草薙はカタナを逆手に持ち替え、スラスターの全推力を乗せたタックルを敢行した。

 鋼鉄の肩が怪獣の顎をかち上げる。

 

 ガゴォッ!

 

 体勢を崩した怪獣の腹部に、草薙はゼロ距離からカタナを突き立てる。

 

『貫けぇぇぇぇッ!!』

 

 ズブシュゥゥゥゥゥ!!

 

 深々と突き刺さる刃。

 怪獣が痙攣し、そして膝をつく。

 

『これでぇぇッ! トドメだぁぁぁぁッ!!』

 

 タケミカヅチが大上段に剣を構える。

 刀身が太陽のように白く輝く。

 最大出力のプラズマを纏った必殺の一撃。

 

『一刀両断ッ!!!』

 

 ズバァァァァァァァンッ!!!

 

 光の柱が立ち昇る。

 怪獣の巨体が頭頂部から股下まで真っ二つに両断された。

 

 一瞬の静寂。

 そして、左右に分かれた怪獣の死体がドオォォンと倒れ込み、黒い灰となって崩れ去っていった。

 

『……も、目標沈黙! 生体反応消失!

 ……勝ちました! 我々の勝利です!』

 

 草薙の荒い息遣い混じりの報告。

 

 その瞬間。

 

「うおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 官邸が歓喜の渦に包まれた。

 

「ふー、なんとか勝てたわね……」

 

 KAMIはヘッドセットを外し、ふぅーっと長い息を吐いた。

 

「あの怪獣、想定より30%くらい強かったわ。危ないところだった」

 

 彼女は勝利に沸く人間たちを横目に、すぐに次の思考へと切り替えた。

 ポテトチップスの袋に手を伸ばしながら、その赤い瞳を鋭く細める。

 

「さて……言い訳を考えなきゃ」

 

「あ、そうだった……!」

 

 田所総理が現実に引き戻される。

 

「ネットの様子は?」

 

「ネットは大混乱です!」

 

 官房長官がタブレットを操作し、分析結果を読み上げる。

 

「『海獣が現れたと思ったら巨大ロボットが現れた!』『なんだあれは!』『日本の秘密兵器か!?』と、世界中が騒然としています!」

 

「しかし……」

 

 官房長官は不思議そうな顔をした。

 

「奇妙なことに、『日本政府が指揮していた』と断定している意見は少数です。

 『宇宙人説』や『未来人説』『謎のヒーロー説』が飛び交っており、『日本政府が関与しているとは信じ難い』といった反応が大半です」

 

「よし!」

 

 KAMIはパンと手を叩いた。

 

「巨大ロボット? 知らないわよ? ってシラを切るわよ!」

 

「ええ……? そ、それで通じますかね?」

 

 総理が不安そうに尋ねる。

 

「通じるわよ!」

 

 KAMIは断言した。

 

「だって巨大ロボットなんて常識外の物、存在してるのがおかしいもの。

 現代科学じゃ物理的にありえないわ。

 だから『日本政府として知らない』『我々も困惑している』と言えばいいのよ!

 誰も『日本政府が隠し持っていた』なんて本気では信じないわ」

 

「な、なるほど……」

「国民の『政府への信頼のなさ(そんな凄いもの作れるわけがない)』を逆手に取るわけですか……」

 

「それにね」

 

 KAMIは深刻な表情で、別のデータを表示させた。

 

「あと、調べた限り……今回の件、やっぱり『次元の裂け目』からあの海獣が落ちてきたみたい。

 この世界の座標軸が不安定になってて、穴が空いちゃってるの」

 

「じ、じゃあ……」

 

「ええ。しばらくは、また海獣が出るわよ」

 

「ヒィッ!?」

 

 防衛大臣が悲鳴を上げる。

 

「また日本に来るかは不明だけど……。

 次はアメリカに行くかも? あるいはヨーロッパか。

 裂け目は移動してるから、地球上のどこに出てもおかしくないわ」

 

 KAMIは腕を組んで考え込んだ。

 

「……こうなると、日本政府の所有物にすると都合が悪いのよ!

 もしアメリカに怪獣が出て、日本がロボットを貸さなかったら国際問題になるし、貸して壊れたら責任問題になる。

 メンテナンス費用だって馬鹿にならないわ」

 

 彼女はニヤリと笑った。

 

「だから、アメリカ政府と協力して今後のシナリオを決めるわよ。

 『ロボットは正体不明の守護者』であり、『日米は協力してこの未知の脅威に対処する』という枠組みを作るの。

 アメリカも自国が襲われる可能性があるなら、この話に乗ってくるはずよ」

 

 彼女は指を鳴らした。

 

「レッツ・隠蔽工作よ!」

 

 官邸の地下からワシントンへのホットラインが繋がれる。

 

 神と人間による、世界を巻き込んだ壮大な「ごまかし」と、そして新たな防衛体制の構築が、今まさに始まろうとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。