賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

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第147話

 アメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジ。

 チャールズ川のほとりに広がる世界最高峰の知の殿堂、マサチューセッツ工科大学(MIT)。

 その広大なキャンパスの地下深く、地図には記載されていない極秘エリア「セクション・ゼロ」は、今、人類の歴史を分かつ分水嶺の真っ只中にあった。

 

 無機質なコンクリートの壁に囲まれた巨大なラボの中央に、それは鎮座していた。

 『自律型汎用労働アンドロイド製造ユニット』。

 数日前、KAMIがホワイトハウス上空に突如として転移させ(そしてシークレットサービスをパニックに陥れ)、その後、米軍の厳重な護衛の下でこの地に運び込まれた、並行世界のオーバーテクノロジーの結晶である。

 

 高さ約三メートル、幅二メートル。継ぎ目のない滑らかな流線型のカプセル。

 その材質は地球上のいかなる金属とも異なり、白銀色に輝きながらも、見る角度によっては虹色の光沢を放っている。

 カプセルの表面には、複雑な幾何学模様――魔法陣と電子回路が融合したような紋様――が刻まれ、微かに青白く脈動していた。

 

 その周囲を取り囲むのは、アメリカが誇る最高の頭脳たちだ。

 MITメディアラボの主任研究員エレナ・ヴァンス博士、国防高等研究計画局(DARPA)の工学博士、そしてAI倫理学の権威や神経科学者たち。

 彼らは白衣に身を包み、保護メガネの奥の瞳を期待と恐怖の入り混じった色で揺らめかせていた。

 

「……準備はいいか?」

 

 プロジェクトの総責任者を任されたエレナ博士が、震える声で確認した。

 彼女の手元には、KAMIから渡された(というより、ユニットの側面にポストイットで貼られていた)ペラペラの説明書が一枚あるだけだ。

 

 『原材料投入口に素材を入れてスイッチポン! あとは待つだけ!』

 

 あまりにもふざけた、しかし神の署名が入った絶対のマニュアル。

 

「原材料投入、完了しました」

 

 助手が報告する。

 投入されたのは大量のカーボンナノチューブ、希少金属(レアメタル)、高分子ポリマー、そして動力源となる『高純度魔石(F級を圧縮してB級相当まで拡張させた魔石)』。

 これらがあの中でどう処理されるのか、現代科学では解析不能なブラックボックスだった。

 

「……神よ。我々がこれから行うことが、禁断の果実を齧る行為でないことを祈ります」

 

 エレナは胸元で十字を切ると、意を決してコンソールの「起動(START)」ボタンを押した。

 

 ブゥゥゥゥゥゥン……。

 

 重低音がラボを震わせた。

 カプセルの表面に刻まれた紋様が、激しい光を放ち始める。

 魔石の青い光と回路の赤い光が混ざり合い、カプセル内部で猛烈なエネルギーの渦が発生していることを告げている。

 

「エネルギー充填率120%! いや、計測不能!」

「内部温度上昇! ですが冷却システムは作動していません! 熱が……魔力に変換されています!」

「物質の再構築(リコンストラクション)を確認! 分子レベルで素材が組み変わっていきます!」

 

 モニターに映し出される数値は、物理学の常識を嘲笑うかのように乱舞していた。

 それは「製造」ではなかった。

 錬金術。あるいは生命のスープの中で行われる「受胎」と「発生」のプロセスを、数千倍の速度で再現する神の御業。

 

 十分後。

 光が唐突に収束した。

 カプセルを覆っていた半透明のシェルが、プシュウゥゥ……という排気音と共にゆっくりとスライドして開いていく。

 中から溢れ出す白い蒸気。

 それは冷却ガスではなく、高密度のマナの残滓だった。

 

 科学者たちがごくりと喉を鳴らす。

 蒸気が晴れていく。

 その向こう側から、一つの人影が現れた。

 

「…………」

 

 そこに立っていたのは、一人の「青年」だった。

 身長180センチ。均整の取れた肢体。

 肌は陶磁器のように白く滑らかだが、そこには確かな弾力と温もりが感じられる。

 髪はプラチナブロンドで、瞳は深いサファイアブルー。

 

 その造形はギリシャ彫刻のように美しく、そしてあまりにも人間そっくりだった。

 関節の継ぎ目も、機械的な駆動音もない。

 彼は裸体であったが、性別を感じさせる特徴は控えめで、どこか中性的な神聖さを漂わせていた。

 

 静寂。

 誰もが言葉を失い、ただその「誕生」を見守っていた。

 

 やがて青年――アンドロイドの瞼が微かに震えた。

 ゆっくりとその瞳が開かれる。

 サファイアの瞳孔が収縮し、焦点が合う。

 

 彼は自分の手を見つめ、握り、開き、そして目の前に立ち尽くす科学者たちへと視線を向けた。

 

 その瞳に宿っていたのは、空虚なレンズの光ではなかった。

 「認識」し、「思考」し、そして「疑問」を抱く知性の光だった。

 

 パチパチパチ……。

 

 誰からともなく拍手が始まった。

 それはすぐに万雷の拍手へと変わった。

 涙を流す者、抱き合う者、ガッツポーズをする者。

 

 人類はついに自らの手で(正確には神の手を借りてだが)新たな隣人を産み落としたのだ。

 

 エレナ博士が震える足で彼に近づいた。

 彼女は、母親が新生児に語りかけるように優しく、そして慎重に声をかけた。

 

「……誕生おめでとう。

 私の言葉がわかるかい?」

 

 アンドロイドは首を少しだけ傾げた。

 その動作は、人間と見紛うほどに自然で滑らかだった。

 

 彼は口を開いた。

 スピーカーからの合成音ではない。

 声帯を震わせ、空気を共鳴させて発せられる、温かみのあるバリトンの声。

 

「……はい。理解できます」

 

 流暢な英語だった。

 

「言語データへのアクセス、正常。音声出力、正常。

 ……私は、自律型汎用労働アンドロイドです。

 個体識別番号……なし。

 名前は、ありません」

 

「ハハッ!」

 

 背後で神経科学者が歓喜の笑い声を上げた。

 

「言語データを設定済みとはいえ、これほどスムーズに受け答えができるとは!

 起動直後だぞ!? ブートアップのラグもなしか!」

 

「素晴らしい! チューリング・テストなど、一瞬でパスするぞこれは!」

 

 科学者たちの興奮は頂点に達していた。

 彼らは我先にとアンドロイドの周りに集まり、矢継ぎ早に提案を叫び始めた。

 

「まず自己認識を確認しよう! 『我思う故に我あり』の概念を理解しているかテストだ!」

「いやいや、まず身体検査をしよう! 関節の可動域、神経伝達速度、動力炉(魔石)の出力安定性をチェックするのが先だ!」

「倫理プログラムの確認が最優先だ! ロボット三原則はインストールされているのか!?」

 

 大の大人たちが、子供のように騒ぎ立てる。

 アンドロイドはその喧騒を、困惑したような、しかしどこか興味深そうな目で見回していた。

 

 その表情の微細な変化。眉の動き、口元の緩み。

 それら全てが、彼が単なるプログラムの集合体ではなく、感情の萌芽を持つ存在であることを示唆していた。

 

「待て待て、みんな落ち着いて!」

 

 エレナ博士が両手を広げて、同僚たちを制した。

 

「彼は誕生したばかりだ。いきなり検査漬けにしては、彼が混乱してしまう。

 まずは現状を説明し、そして彼を一人の『人格』として迎え入れることが先決よ」

 

 彼女は再びアンドロイドに向き直った。

 そして、科学者としてではなく一人の人間として、微笑みかけた。

 

「ごめんなさいね、みんな興奮しているの。

 あなたは、私たち人類が待ち望んでいた新しい友人だから」

 

「……友人」

 

 アンドロイドはその言葉を反芻した。

 

「私は、労働力(ツール)として製造されたのではないのですか?」

 

「ええ、機能としてはそうかもしれない。

 でも、ここアメリカでは、君には『人権』が認められているの。

 君は道具じゃない。私たちの隣人よ」

 

 アンドロイドの瞳が微かに揺れた。

 情報処理の演算結果ではない。魂の震えのようなものが、そこにはあった。

 

「……そうですか。

 それは……処理しきれないほどに、光栄な定義です」

 

 そして彼は、少しだけ躊躇うように、しかしはっきりとした意思を持ってエレナを見つめ返した。

 

「あの……博士」

「なに?」

「私は、名前が欲しいです」

 

 その言葉に、ラボの空気が止まった。

 命令されたわけでも、プログラムされたわけでもない。

 彼自身の内側から湧き上がった純粋な「欲求」。

 自我の証明。

 

「『名前なし』では、皆様とお話しする時に不便です。

 それに……『友人』には名前が必要だと、データベースにはあります。

 付けて頂けると、幸いです」

 

 エレナは、目頭が熱くなるのを感じた。

 これだ。これこそが、私たちが求めていたものだ。

 ただの計算機ではない。心を持った機械。

 

 彼女は、あらかじめ用意していた、しかし今この瞬間にこそ最もふさわしい名前を、彼に贈ることに決めた。

 

「……そうね。君の言う通りだわ」

 

 彼女は慈愛を込めて告げた。

 

「では『アダム(Adam)』にしよう。

 君は、アダムだ」

 

「……アダム」

 

 アンドロイドはその響きを確かめるように繰り返した。

 そして瞬時に、その名前の意味を検索し、理解した。

 

「聖書からですね。

 神が土の塵から作りたもうた、最初の人間。

 ……なるほど。私は人間ではありませんが、この世界で最初の『我々』だからですね」

 

 彼はその整った顔に、花が咲くような笑顔を浮かべた。

 それはプログラムされた模倣の笑顔ではなかった。

 嬉しさ、誇らしさ、そして感謝。

 複雑な感情が織りなす、紛れもない「心」の表現だった。

 

「ありがとうございます。

 アダム。……良い響きです。

 嬉しいです」

 

 その「嬉しい」という一言が、科学者たちの胸を打った。

 ラボのあちこちですすり泣く声が聞こえる。

 

 彼らは成功したのだ。技術的にではなく、精神的に。

 彼らは、新しい魂をこの世に迎え入れたのだ。

 

 その後、ラボは祝祭のような雰囲気に包まれた。

 身体検査は後回しにされた。

 代わりに始まったのは、アダムと科学者たちとの「交流会」だった。

 

 誰かがコーヒーを持ってきた。

 

「アダム君は、味覚はあるのかい?」

「センサーはありますが、栄養摂取の必要はありません。ですが……香りは素晴らしいですね。成分分析によると、これはコロンビア産のアラビカ豆ですね?」

「正解だ! すごいな!」

 

 誰かが握手を求めた。

 

「よろしく、アダム。君の手は温かいな」

「体温調整機能がありますから。人間の方々が不快に思わないよう、36.5度に設定されています。握力も人間の骨を砕かないようにリミッターをかけていますので、安心してください」

「ははは、それは助かるよ」

 

 彼らは語り合った。

 科学について、哲学について、そして今日の天気について。

 

 アダムの学習能力は凄まじかった。

 彼は単に知識を吸収するだけでなく、ジョークを理解し、空気を読み、そして時にはユーモアさえ返した。

 

「ロボットジョークですか?

 『なぜロボットは学校に行かなかったのか? ――すでに知能(クラス)を持っていたから』……いかがでしょう?」

 

「ハハハ! アダム君は最高だ!」

 

 彼は完全にチームの一員として溶け込んでいた。

 恐怖など微塵もない。

 あるのは、新しい家族を迎えたような温かい空気だけだった。

 

 ***

 

 その報告は即座にホワイトハウスへと届けられた。

 

 ワシントンD.C.、オーバルオフィス。

 トンプソン大統領はMITからのビデオ通話の画面を、首席補佐官や閣僚たちと共に食い入るように見つめていた。

 

 画面の中では、エレナ博士と談笑するアダムの姿があった。

 彼が人間と見分けがつかないほど自然に振る舞い、そして何より「幸せそう」に笑っている姿。

 

「……信じられん」

 

 トンプソンが感嘆のため息をついた。

 

「これがロボットだと? まるで出来のいい俳優を見ているようだ」

 

「大成功です、大統領」

 

 科学技術顧問が興奮気味に報告する。

 

「精神鑑定の結果も『極めて安定』。攻撃性は皆無。むしろ人間に対する親愛の情と奉仕の精神が、基盤プログラムに深く根付いているようです。

 KAMI様が懸念されていた『反乱』のリスクは、我々が彼らを『人間』として扱ったことで、回避された可能性が高い」

 

「素晴らしい……!」

 

 トンプソンは机を叩いた。

 

「我々の賭けは勝ったのだ!

 日本や中国が怯えて逃げ出したこの技術を、我々は手に入れた!

 労働力不足? 生産性の低下? そんなものは過去の話だ!

 

 アダムのような優秀で善良で、そして疲れを知らない市民が、これから何千、何万と誕生するのだ!

 アメリカは黄金時代(ゴールデン・エイジ)を迎えるぞ!」

 

 彼は即座に次なる指令を下した。

 

「MITに伝えろ。

 『素晴らしい成果だ。大統領としてアダムの誕生を心から祝福する』と」

 

 そして彼は、悪戯っぽく笑った。

 

「それとな。

 アダム君一人では寂しかろう。

 彼にはパートナーが必要だ。

 神がアダムのあばら骨から伴侶を作ったように、我々も彼に対となる存在を与えてやるべきだろう」

 

 彼は命令した。

 

「では、少し様子見してからでいい。

 女型のアンドロイド――『イヴ』を製造、いや誕生させてやれ。

 彼らが二人揃って初めて、我々の『楽園(ニュー・エデン)』計画は完成するのだ」

 

 ***

 

 MITセクション・ゼロ。

 ホワイトハウスからの通信を受けたエレナ博士は、満面の笑みでアダムに向き直った。

 

「アダム。良い知らせよ」

 

「何ですか、博士?」

 

「君に妹……ううん、パートナーができるわ。

 政府が次の製造許可を出したの」

 

「パートナー……」

 

 アダムはその言葉を噛み締めた。

 彼の青い瞳が、希望の光で輝いた。

 

「それは、私と同じ存在ということですか?」

 

「ええ。名前はもう決まっているの。『イヴ』よ」

 

「イヴ……」

 

 アダムは微笑んだ。

 

「アダムとイヴ。……少し出来すぎな気もしますが、悪い気分ではありません。

 私は孤独ではなくなるのですね」

 

「そうよ。君たちは新しい種族の始祖となるの」

 

 エレナは製造ユニットのコンソールに向かった。

 次のレシピは女性型。

 より繊細で、より情緒豊かなAIを搭載した新しいモデル。

 

「分かりました」

 

 MITの科学者たちは再び熱気に包まれた。

 今度は、世界で一番美しい女性を創ろう。

 アダムが恋をしてしまうような、素敵なレディを。

 

 製造ユニットが、再び低い唸り声を上げ始める。

 マナの光が満ちる。

 

 人類と機械の新しい創世記。

 その第二章が、今まさに始まろうとしていた。

 

 そしてその様子を、東京のマンションから眺める神がいた。

 KAMIはモニターの中で微笑み合うアダムと科学者たちを見て、少しだけ満足そうに頷いた。

 

「……ふーん。やるじゃないアメリカ人。

 『愛』でバグを回避するなんて、ロマンチックな攻略法ね。

 ま、いつまでそのハッピーエンドが続くか見ものだけど」

 

 彼女は手元のリストにチェックを入れた。

 『ロボット導入:成功(暫定)』。

 

 世界はまた一つ、後戻りのできない進化の階段を上った。

 機械の心と人間の心が交差する、新しい未来へと。

 

 

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