賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい 作:パラレル・ゲーマー
東京、ワシントン、北京、モスクワ。
世界の運命を握る四つの首都を繋ぐ最高機密のバーチャル会議室は、この日、かつてない「祭りのあと」の倦怠感と、そして得体の知れない興奮の余熱に包まれていた。
二ヶ月間に及ぶ期間限定イベント『深霧踏破戦線(ミストウォーカー・ラッシュ)』が、昨夜未明をもって完全に終了した。
世界中の探索者たちが血眼になって駆け抜けた霧の迷宮は閉ざされ、今はその戦果――すなわち「報酬」の集計と、市場への影響分析に追われている真っ只中だ。
円卓を囲む四カ国の指導者たちの顔には、深い疲労の色が滲んでいた。
だがその瞳の奥には、今回のイベントがもたらした成果に対する満足感も見て取れた。
「――定刻となりましたので、四カ国定例首脳会議、通称『イベント総括会議』を始めます」
議長役の九条官房長官が、いつもの冷徹な声で宣言した。
彼の四つの身体は、それぞれが膨大なデータを処理している。
「まず総評から。
今回のイベントは、経済的・社会的、そして政治的に見ても、極めて『大成功』であったと評価できます」
九条はモニターにグラフを投影した。
探索者人口の増加、魔石流通量の爆発的増大、そして何より『怪我治癒ポーション・改』による医療革命。
数字は全て、右肩上がりの成長を示していた。
「特にポーションの配布は、世界中の人々に『ダンジョンの恩恵』を可視化させることに成功しました。
反ダンジョン派の声は小さくなり、各国政府への支持率は上昇傾向にあります」
「うむ」
アメリカのトンプソン大統領が、満足げに葉巻をくゆらせた。
「我が国でも、難病の子供が治ったニュースが連日トップで報じられている。
国民はダンジョンを『希望の光』と捉え始めているよ。実に結構なことだ」
「中国でも同様です」
王将軍が頷く。
「党への求心力が高まりました。混乱もなく、秩序あるイベント終了を迎えられたことを評価します」
「ロシアもだ」
ヴォルコフ将軍がウォッカを煽る。
「強い者が報われる。実に分かりやすいイベントだった」
表向きは大団円。
人類は、また一つ神の試練を乗り越え、富と力を手に入れた。
そう、誰もが思っていた。
だが。
その和やかな空気を、唐突な電子音が切り裂いた。
フォン。
円卓の中央、ホログラムの地球儀の隣に、いつものゴシック・ロリータ姿の少女――KAMIがポップアップした。
今日の彼女は、なぜか片手に「反省」と書かれたプラカードを持ち、もう片方の手には高級和菓子店『虎屋』の羊羹を持っていた。
「……あー、お疲れ様ー」
彼女の声は、いつもの傲慢さが少しだけ鳴りを潜め、どこかバツの悪そうな響きを帯びていた。
「KAMI様!」
沢村総理が身を乗り出す。
「イベント開催、誠にありがとうございました!
おかげさまで世界は……」
「いや、ちょっと待って」
KAMIは、沢村の感謝の言葉を手で制した。
彼女は羊羹を一口かじると、眉間に皺を寄せて、開発者(デベロッパー)としての苦渋に満ちた告白を始めた。
「あのね……。ちょっとやり過ぎちゃったみたいなのよね」
「……はい?」
九条が怪訝な顔をする。
「やり過ぎとは?」
「報酬よ、報酬」
KAMIは空中に、二つのアイテムの画像を投影した。
イベント限定ユニークアイテムとして配布された『霧払いの手甲』と『霧渡りの長靴』だ。
「この二つ……。
正直に言うわ。
『調整ミス(ぶっ壊れ)』だったわ」
神の口から語られた、まさかのバランス崩壊宣言。
会議室がざわめく。
「えーとですね……」
KAMIは視線を逸らしながら、言い訳がましく説明を始めた。
「まずはこっち、『霧払いの手甲』の方ね。
これのユニーク効果『敵を倒した時、その敵の最大ライフの5%分の氷結ダメージを周囲の敵に与える』ってやつ。
これ……確定(100%)で発動するのは、流石にOP(オーバーパワー)過ぎたわ」
彼女はイベント期間中に収集された戦闘データを再生した。
ガチムチ兄貴の配信でも見られた、あの光景だ。
たった一撃でゴブリンが爆発し、その爆風が隣のスケルトンを誘爆させ、さらにその奥のオークをも吹き飛ばす。
連鎖(チェイン)。
画面の中の敵の群れは、まるでドミノ倒しのように、一瞬で氷の礫となって消滅していた。
「見てよ、これ。ひどいもんよ」
KAMIは呆れたように言った。
「範囲攻撃スキルすら撃ってないのよ?
通常攻撃で一匹つついただけで、画面全体の敵が死んでる。
これじゃあ『アクションゲーム』じゃなくて『プチプチ潰し』よ。
爽快感はあるけど、ゲームバランスとしては完全に崩壊してるわ」
「はあ……」
麻生ダンジョン大臣が、ピンと来ていない顔で相槌を打つ。
「つまり、強すぎたのですな?」
「強すぎなんてもんじゃないわよ!」
KAMIは力説した。
「本来、この『爆破(Explode)』属性っていうのは、ハクスラの中でも最強クラスの能力なの。
並行世界の設定だと、これを持ってるアイテムはドロップ率0.0001%とかの超激レア装備か、あるいは『敵を倒した時10%の確率で爆発する』みたいな確率発動が普通なのよ」
彼女は修正案(パッチノート)を、空中に書き殴った。
「だから、次回以降のドロップ……つまり、今後もしこのアイテムが恒常ドロップ品として実装される場合、あるいは類似のユニークが出る場合は、性能を下方修正(ナーフ)するわ」
【修正予定案】
・敵を倒した時、35%の確率で爆発が発生する。
・固有ユニーク(ボスドロップ等の最上級品)の場合でも、50%の確率で発動。
「100%確定発動なんて、二度と出さないわ。
あれは『イベント限定のお祭りアイテム』として、ちょっとサービスしすぎたわね……」
神の反省。
だがその言葉は、逆説的にある一つの事実を証明していた。
今、探索者たちが手にしている『霧払いの手甲』は、二度と手に入らない、神が調整ミスを認めたほどのオーパーツであると。
「……なるほど」
九条が冷徹に、その意味を咀嚼した。
「つまり現在流通している約2万5千個の『霧払いの手甲』は、今後入手可能な同名アイテムと比較して、圧倒的な性能差を持つ『レガシー(遺産)』となるわけですね」
「そうよ」
KAMIは頷いた。
「免責事項に書いた通り、既に配っちゃった分は性能変更しないから。
持ってる人はラッキーだったわね。
一生モノの公式チートアイテムを手に入れたようなものよ」
その事実に、各国の指導者たちの目の色が変わった。
特に自国の軍隊に大量に確保させていたトンプソンと王将軍は、内心でガッツポーズをしていた。
(勝った……! 最強の雑魚殲滅兵器を確保したぞ!)
だが。
KAMIの「反省会」は、それでは終わらなかった。
「でもね……」
KAMIはもう一つのアイテム、霧色のブーツの画像を指さした。
「本当の問題児はこっちよ。
『霧渡りの長靴(Mist-Walker's Stride)』」
彼女の声が一段低くなった。
「これ……正直、グローブ以上にやらかしたと思ってるわ」
「……と言いますと?」
ヴォルコフ将軍が尋ねる。
「『常時・霧化(Permanent Phasing)』」
KAMIは頭を抱えた。
「敵や障害物(壁以外)をすり抜けて移動できる能力。
これ本来は、パッシブスキルの奥義とか、あるいは『敵を倒した後4秒間だけ』とか、特定のスキルを使った時だけ発動するような限定的な能力なのよ。
それを……『靴を履いてるだけで常に発動』なんて、我ながら狂ってたわ」
彼女は、その能力がもたらす「異常性」を解説した。
「ダンジョン攻略において一番の死因は『囲まれること(スタック)』よ。
逃げ道を塞がれてタコ殴りにされて死ぬ。それがセオリー。
でもこの靴を履いていれば、そのリスクが『ゼロ』になる。
どんなに敵が密集していようが、空気みたいにすり抜けて安全圏に逃げられる。
これを持ってるだけで、生存率が桁違いに跳ね上がるの」
「それは……素晴らしいことではありませんか?」
沢村が言った。
「死人が出ないのは、我々にとっても望ましいことです」
「ダンジョンの中ならね」
KAMIは意味深長な笑みを浮かべた。
「でも沢村さん。
この『霧化』の能力……。
ダンジョンの外でも使えるってこと、忘れてない?」
その一言。
会議室の空気が、瞬時にして凍りついた。
「……え?」
「物理的な『人間』や『障害物(設置物)』をすり抜ける能力よ」
KAMIはさらりと言った。
「もちろん魔力防壁の建物の壁とか地面とか構造体はすり抜けられないわよ?
でも、人混みとかバリケードとか普通の壁、あるいは……」
彼女はトンプソン大統領をじっと見た。
「『警備員』とか『兵士』の包囲網なら、簡単にすり抜けられちゃうわね」
ガタッ!
トンプソンが椅子を鳴らして立ち上がった。
「な、なんだと……!?」
「あら、気づいてなかったの?」
KAMIは羊羹をかじりながら言った。
「この靴を履いた暗殺者がいたとして。
大統領を守るSP(シークレットサービス)が何重に壁を作っていても、その暗殺者はSPの身体を『幽霊のようにすり抜けて』、懐まで一直線に到達できるわ。
タックルしても無駄。掴むことも突き飛ばすこともできない。
だって『すり抜ける』んだもの」
戦慄。
それは国家安全保障を根底から揺るがす、最悪のセキュリティホールだった。
「ぐ、軍事的にも……!」
王将軍が青ざめた。
「敵の防衛線を、歩兵が無視して突破できるということか!?
盾を持った重装兵も、バリケードも、戦車の車体さえもすり抜けて、司令部を直接強襲できる……!」
「そうよ」
KAMIは頷いた。
「究極の潜入(インフィルトレーション)装備。
それが『霧渡りの長靴』の正体よ。
しかも移動速度+30%。
逃げる相手を捕まえるのも、追手から逃げるのも、この靴があれば思いのまま。
……どう? 軍人さんたちにはたまらないオモチャでしょう?」
トンプソン、王、ヴォルコフ。
三人の指導者たちの目がギラリと光った。
彼らは即座に、自国の「確保数」を脳内で計算していた。
(……我が軍のアークエンジェル部隊には、約300足が配備されている。これを大統領警護隊と特殊作戦軍に優先配備すれば……!)
(……青龍ギルドの確保分は200足。台湾海峡有事の際、敵艦の甲板に乗り込んだ兵士が、防衛要員をすり抜けてブリッジを制圧する……使える!)
(……スペツナズに装備させれば、いかなる要塞も無力化できる。これは核兵器に次ぐ抑止力になるぞ)
先ほどまでの「ゲームバランスの崩壊」という懸念は消え失せた。
代わりに彼らの脳裏を支配したのは、「このチートアイテムをいかにして敵国より多く確保するか」という冷徹な軍事戦略だった。
「……KAMI様」
トンプソンが震える声で確認した。
「この靴も……今後は……?」
「もちろんナーフよ」
KAMIは断言した。
「次回以降ドロップする同名アイテム、あるいは類似のスキルには制限をかけるわ。
『すり抜け中はMPを激しく消費する』とか、『すり抜け中は攻撃できない』とか、『一定時間ごとにクールダウンが必要』とかね。
常時発動でデメリットなしなんて、あっちゃいけないのよ、本来は」
つまり。
今世界に存在している約2万5千足の『霧渡りの長靴』だけが、
無制限に、無条件に、物理的な包囲網を無効化できる「神の靴」として残り続けるということだ。
「……これは大変なことになりましたな」
麻生大臣が、乾いた笑い声を漏らした。
「たかがゲームのアイテムだと思っていたものが、現実世界のクーデターや暗殺を成功させる『鍵』になってしまったわけですか」
「そうね」
KAMIは悪びれもせずに言った。
「まあ私としては『ダンジョン攻略用』に作っただけなんだけど。
人間がどう使うかは、あなたたちの自由よ。
……ま、私が警備担当者なら、この靴を履いた人間が近づいてきたら、問答無用で広範囲魔法か爆撃で吹き飛ばすけどね。物理的に触れなくてもダメージは通るんだし」
その対策さえも、あまりにも暴力的だった。
「さて、反省会は以上よ」
KAMIは羊羹を食べ終え、手をパンパンと払った。
「今回のイベントで、約5万人の探索者がこの『二つの神器』を手に入れたわ。
彼らは今、自分の手元にあるアイテムが、今後の世界でどれだけの価値を持つか、まだ完全には理解していないかもしれない。
でも、すぐに気づくでしょうね」
彼女はモニターに映るオークションサイトの画面を指さした。
そこではイベント終了直後から、これらのアイテムの価格が異常な値動きを見せ始めていた。
【霧渡りの長靴:現在価格 20億円】
【霧払いの手甲:現在価格 18億円】
「ほら、もう気づいた人たちが買い占めを始めてる。
軍隊、大企業、マフィア、テロリスト……。
この『5万個』を巡って、裏社会では血みどろの争奪戦が始まるわよ」
KAMIは、心底楽しそうに笑った。
「ポーションは命を救ったけど、こっちは命を奪う火種になるかもね。
……あーあ、罪作りな神様だこと」
彼女は立ち上がり、最後に四人の男たちに告げた。
「まあ、あなたたちも頑張って確保することね。
特に『霧渡りの長靴』は、あなたたち自身の命を守るためにも必要なんじゃない?
いつ、壁をすり抜けた暗殺者が寝室に現れるか分からないんだもの」
その不吉すぎる予言を残して、KAMIは姿を消した。
会議室には重苦しい沈黙が戻った。
だがその沈黙の中身は、開会時とは全く異なっていた。
彼らは今、互いを「この危険な遺物(レガシー)を保有する潜在的な脅威」として、改めて認識し直していたのだ。
「……総理」
九条が静かに言った。
「国内にある『霧渡りの長靴』の所有者リスト、早急に作成させます。
そして可能な限り政府で買い上げるか、あるいは厳重な監視下に置く必要があります。
これはもはや装備品ではありません。……兵器です」
「ああ」
沢村が頷いた。
「予算は惜しむな。麻生大臣、頼めるか」
「……ええ、仕方ありませんな」
麻生が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「三兆円の返済が遠のくが、総理の寝首をかかれるよりはマシだ。
特別会計から出しましょう」
一方、トンプソン、王、ヴォルコフの三人も、それぞれの思惑で動き出していた。
「CIAに指令! 市場に出回るブーツを全て確保しろ! 同盟国にも圧力をかけろ!」
「公安部、国内の所有者を洗え。党に献上させろ。拒否する者は……分かっているな?」
「スペツナズを動かせ。海外のオークション落札者から『譲り受ける』のだ」
イベントは終わった。
だが、その報酬がもたらした波紋は、ダンジョンの中だけに留まらず、現実世界を侵食し始めていた。
5万人の選ばれし者たち。
彼らが手にしたのは、神の祝福か、それとも破滅への切符か。
高騰し続けるオークションの数字だけが、その狂気を静かに、そして正確に刻み続けていた。
世界はまた一つ、危険で、そして退屈しない場所になったのだった。