賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

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第178話

 東京・紀尾井町。

 ホテルニューオータニの敷地内、鬱蒼とした日本庭園の奥深くに、ひっそりと佇む料亭『千羽鶴』。

 政財界の黒幕たちが密談を交わす場所として知られるその奥座敷は、今宵、日本の未来と、そして「人の命の値段」を決めるための、冷徹な計算機室と化していた。

 

 上座には、沢村総理と九条官房長官、そして麻生ダンジョン大臣の三名。

 対面には、経団連の三田村会長を筆頭に、五菱商事の権藤社長、三井物産のトップなど、日本経済を牛耳る重鎮たちが並んでいる。

 卓上には、手つかずの懐石料理と、最高級の日本酒。

 

「――まずは、C級ダンジョンの安定稼働、お慶び申し上げます」

 

 口火を切ったのは三田村会長だった。

 彼は猪口(ちょこ)を手に取り、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「当初は『攻撃が当たらない』だの、現場から悲鳴が上がっておりましたが、蓋を開けてみれば順調そのもの。

 魔法職中心の編成への切り替え、オーラ役の導入。

 我が国の企業努力により、今やC級は安定した『収益源』となりました。

 魔石の供給も安定し、株価も堅調。……結構なことですな」

 

「ええ、全くです」

 麻生大臣が皮肉な笑みを返しながら、杯を干した。

「あなた方が『効率化』と称して、社員をロボットのように働かせているおかげで、税収も潤っておりますよ。

 死者もゼロ。結果オーライですな」

 

 場が温まる。

 だが、それはあくまで前菜だ。

 全員が知っていた。

 今日の会談の目的は、C級の成功を祝うことではない。

 その先に待つ、次なる扉についてだ。

 

「……さて」

 沢村総理が、スッと表情を引き締めた。

「本題に入りましょう。

 KAMI様より、次は『B級ダンジョン』だという話が出てきております」

 

 B級。

 その単語が出た瞬間、料亭の空気が、少しだけ重くなった。

 まだ詳細は不明だ。

 だが、C級の次である以上、難易度が跳ね上がることは間違いない。

 

「……いよいよですな」

 三田村会長が唸った。

「C級までの『お遊び』は終わり。ここからが本番というわけですが……。

 総理、どうします?

 実際、B級となれば、いよいよ『死人』が出るのはまずい」

 

 彼は、経営者としての本音をぶつけた。

「C級までは運良く死者ゼロで来ましたが、B級は未知数だ。

 モンスターの強さも、罠の凶悪さも、段違いでしょう。

 死人が出た時、企業としてどう責任を取るのか。

 その『確約』がないままでは、我々としても及び腰にならざるを得ません」

 

 権藤社長が引き継ぐ。

「そうです。

 死人が出た時の責任回避の確約がない状態で、社員を突撃させるわけにはいきません。

 株主代表訴訟のリスク、社会的信用の失墜。

 『国策としてやるなら、国が全責任を負う』くらいの免責特権をいただきたい」

 

 彼らの要求は明確だった。

 完全なる責任回避。

 「死んでも文句を言われない」という特権。

 それを寄越せと、彼らは言っているのだ。

 

 その傲慢な要求に対し、九条官房長官は、静かに首を横に振った。

 

「……いえ。責任回避の確約は、まだ出しません」

 

「ほう?」

 三田村が眉を上げた。

「まだ、ということは……。

 条件次第では譲歩してくれると?」

 

「ええ」

 九条は淡々と答えた。

「我々も企業の皆様の、これまでの功績は高く評価しております。

 C級まで、政府が定めた厳しいルールを守り、装備を整え、結果として死者ゼロでここまで来られた。

 その『実績』と『管理能力』は、無視できるものではありません」

 

 九条はあえて、楽観的な観測を口にした。

「正直、あなた方の徹底した安全管理を見ていると……。

 このままB級に行っても、案外、死人は出ないのでは? と考えるほどですよ」

 

「買いかぶりすぎですな」

 麻生大臣がニヤリと笑った。

「まあ、死ぬ死ぬと言って、結局誰も死なないのが一番ですがね。

 とはいえ、どれくらい死人が出るか? が現状では全くの不明です。

 未来予知でもない限り、正確なリスク計算は不可能です」

 

 沢村総理がまとめる。

「不確定要素が多い中で『完全に責任を免除する』という法律を通すのは、流石に無謀です。

 野党も黙っていないでしょうし、世論が許さない。

 『企業が社員を殺しても無罪』などという法案は、内閣が吹っ飛びます」

 

「……ふむ」

 三田村は腕を組んだ。

「それは分かる。だが我々としても、上(B級)は目指したい。

 そこにはC級以上の資源が眠っているはずだ。

 しかし、ルールがね……?」

 

 膠着状態。

 進みたいがリスクが怖い企業。

 進ませたいが責任は負えない政府。

 

 そこで麻生大臣が、懐から一枚のメモを取り出した。

 彼は、まるで八百屋で大根の値段でも交渉するかのように、人の命の値段を語り始めた。

 

「……そこでだ。

 『免責』ではなく、『補償の明確化』で手を打ちませんか?」

 

「補償?」

 

「ええ。

 通常の労災事故において、会社の安全配慮義務違反が認められた場合の死亡慰謝料。

 相場は、だいたい2,000万円から2,800万円といったところですな」

 

 麻生は、淡々と言った。

 

「しかしですよ。ダンジョンでは、工事現場よりもさらに死にやすいでしょう?

 遺族の感情も荒れる。マスコミも騒ぐ。

 2000万ポッチでは、誰も納得しませんよ」

 

 彼はメモをテーブルの中央に滑らせた。

 そこに書かれた数字を見て、経営者たちが息を呑む。

 

「――3億でどうでしょう?」

 

「さ、3億……!?」

 権藤が絶句した。

「相場の10倍以上ではありませんか!

 一人死んだら3億を遺族に支払う?

 高すぎる! それでは事業として……」

 

「成り立ちませんか?」

 九条が冷徹に切り返した。

 

「今のC級での利益、凄まじいでしょう?

 B級になれば、さらにドロップ品の質も量も跳ね上がる。

 ユニークアイテム一つで、数十億の値がつく世界です。

 ……今の利益なら、死亡者がガンガン出るとかで無ければ、十分払えるでしょう?」

 

 九条は続けた。

「毎日10人死ねば破産ですが、月に一人か二人なら?

 必要経費(コスト)の範囲内ではありませんか?

 『3億円』という破格の補償金を契約書に明記する。

 そうすれば遺族も納得せざるを得ない。世間も『企業は十分な責任を果たしている』と見る。

 企業の法的・社会的リスクを、金で解決するのです」

 

 経営者たちは顔を見合わせ、そして脳内で高速の計算を始めた。

 

(……3億。確かに高い)

(だが、今のC級でさえ日銭で数億稼げている)

(B級ならリターンは倍以上か)

(我々の装備と組織力なら、全滅することはまずない)

(事故率を1%以下に抑え込めば……3億払っても十分にお釣りが来る)

 

 彼らの目の中で、社員の命が「3億円」という固定費に変換され、バランスシートの中に組み込まれていく。

 冷徹な計算が終了した。

 

「……うーん」

 三田村が唸った。

「現実的なラインですね」

 

「でしょう?」

 麻生が畳み掛ける。

「完全免責は無理でも、これで事実上の『手打ち』にする。

 どうです?」

 

 三田村は、権藤たちと視線を交わした。

 彼らも微かに頷いている。

 リスクが「計算可能」になった時点で、それはもはや恐怖ではなく、経営課題の一つに過ぎない。

 

「そうだなぁ……」

 三田村は重々しく口を開いた。

「まあ、悪くはないですな。3億円。

 その条件で、B級への参入ルールを固めましょう」

 

「ありがとうございます」

 沢村が安堵の息をつく。

 

 だが三田村は、そこで終わらなかった。

 彼は鋭い眼光で沢村を見据え、最後の、そして最も重要な条件を突きつけた。

 

「ただし、総理。

 一つだけ、譲れない条件があります」

 

「……何でしょう?」

 

「このB級ダンジョンへの参入。

 『大手以外は参入禁止』にしていただきたい」

 

 その言葉に、会議室の空気が、再び張り詰めた。

 

「3億円という補償金。これは我々のような体力のある大企業だからこそ払える額です。

 中小零細や、わけのわからないベンチャーに、そんな支払い能力がありますか?

 彼らが参入して死人を出して補償もできずに倒産する。

 そうなれば、ダンジョン産業全体のイメージダウンだ。我々までとばっちりを受ける」

 

 三田村は断言した。

 

「B級は、選ばれた企業だけの聖域とする。

 資本金100億円以上、従業員数1000名以上。

 それ以下の企業は、リスク管理能力不足として門前払いにする。

 これは譲れません」

 

 それは露骨な市場独占の要求だった。

 中小を排除し、甘い汁を自分たちだけで吸い尽くすための参入障壁。

 

 だが政府側にとっても、それは悪い話ではなかった。

 管理すべき対象が減れば、それだけ監督も楽になる。

 何より、万が一の時に、確実に責任を取れる相手だけを選別できる。

 

「……承知してます」

 九条があっさりと答えた。

「我々としても、有象無象に死なれては困りますからな。

 B級特区の認可基準を厳格化し、事実上、大手以外を締め出す形にしましょう」

 

 利害が一致した。

 国民の機会均等などという建前は、この密室のテーブルの下に蹴り込まれた。

 

「では」

 三田村がグラスを掲げた。

「一人死んだら3億円、ということで……」

 

「ええ。3億円で」

 麻生もグラスを合わせた。

 

 カチン。

 澄んだ音が、静かな料亭に響く。

 

 人の命の値段が決まった。

 そして、B級ダンジョンという巨大な富の源泉が、一部の特権的な大企業によって独占されることが決まった。

 まだ見ぬ「B級」の恐怖も仕様も分からないまま。

 ただ「金」と「政治」の論理だけで、レールが敷かれたのだ。

 

 沢村はその光景を見ながら、心の中で苦く笑った。

(……KAMI様が見たら、また『人間って強欲ね』と笑うだろうな)

 

 だが、進むしかない。

 彼らは、神のいない場所で、自分たちなりの、薄汚い、しかし強固な秩序を作り上げていくしかなかったのだ。

 

 

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