賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

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第189話

 イベント『エッセンス・ハンティング』の開催から一週間。

 日本列島のダンジョン経済圏は、F級とC級という二つの階層において、全く異なる様相を呈しながらも、奇妙な安定期を迎えていた。

 

 その底辺を支えていたのは、圧倒的な数を誇るF級探索者たちによる「人海戦術」である。

 

 渋谷、梅田、栄、博多。

 主要都市のF級ダンジョンゲート前は、連日連夜お祭りのような騒ぎだった。

 彼らの装備は軽装だ。

 防御力よりも移動速度を重視したブーツ、スタミナ回復ポーションを満載した軽量バックパック。

 そして手には最低限の護身用武器。

 

 彼らの目的は「攻略」ではない。「周回(ラン)」だ。

 

「――よっしゃ5分で一周! 次!」

「エッセンス見つけた! 瞬殺してリセット!」

「ティア7ゲット! 即オークションへ流せ!」

 

 彼らはダンジョンに入り、猛ダッシュでマップを駆け抜け、エッセンス・モノリスを見つけては解放し、中のモンスターを数秒で沈める。

 ドロップした低ランクのエッセンス(ティア7『囁く』やティア6『呟く』)を回収すると、即座にリセットして再入場する。

 このサイクルを、機械のように繰り返す。

 

 F級のエッセンス・モンスターは弱い。

 強化個体といえど、所詮はゴブリンやコボルドだ。

 数発殴れば沈む。

 

 リスクは皆無。

 回転率こそが正義。

 

 この「F級ダッシュ勢」の膨大な労働力によって、市場には下位エッセンスが溢れかえっていた。

 供給過多。

 だが価格は暴落しなかった。

 

 なぜなら、上位の探索者や企業勢が、自身の装備をクラフトするために、あるいは上位エッセンスへ合成するために、その全てを吸い上げていたからだ。

 「3万円」という底値は、F級探索者にとっての最低賃金保証のようなものとして機能していた。

 

 ***

 

 一方で上位層――C級ダンジョンに挑む「ガチ勢」たちは、深刻なジレンマに頭を抱えていた。

 

 C級ダンジョン『鋼鉄の迷宮』。

 その薄暗い回廊のセーフティゾーンで、ベテラン探索者たちが深刻な顔で話し合っている。

 

「……おい、またエッセンス・モンスター無視(スルー)かよ」

 

 パーティの戦士が、不満げにリーダーに食って掛かる。

 

「目の前に宝の山があるんだぞ?

 C級のエッセンスならティア5、運が良ければティア4が落ちる。

 一本数十万だぞ!」

 

「分かってるよ!」

 

 リーダーの魔導師が、焦燥感を露わにして叫び返す。

 

「だが計算してみろ!

 あの結晶の中にいるのが、何だか分かったか?

 『強化型・ミスリルゴーレム』だぞ!

 しかもMOD(特殊効果)が見えたか?

 『ライフ増強』『属性耐性』『リジェネ(自動回復)』の三点盛りだ!」

 

 リーダーは、手元の端末で周回効率のグラフを確認しながら言った。

 

「あんなのをまともに相手にしていたら、倒すのに10分、いや15分は泥仕合になる。

 その間、他の雑魚狩りもできない。

 今回のイベントポイントは『エッセンス・モンスターの討伐数』で決まる。

 あいつ1体を倒す時間でリセットして、弱いエッセンス個体(ハズレMOD)を3体探して倒したほうが、ポイント効率は上なんだよ!」

 

 これがC級探索者たちを悩ませる「効率の罠」だった。

 

 C級のエッセンス・モンスターは異常に強い。

 基礎ステータスが高い上に、エッセンス特有の強化MODが乗ることで、実質的な「レイドボス」並みの耐久力を誇ることがある。

 彼らと戦えば確実に消耗する。

 そして何より、貴重な「時間」を浪費する。

 

 倒さなければポイントは入らない。

 だが倒そうとすれば、時間がかかりすぎて、時給換算のポイント効率がガタ落ちする。

 

「……ランキング上位の『ユニーク装備』や『ポーション』を狙うなら、面倒なエッセンス・モンスターは無視して、回転率を上げるのが正解だ。

 悔しいが、今の俺たちの火力じゃ、あいつはただの『時間泥棒』だ」

 

 リーダーは、苦渋の決断を下した。

 スルーだ。

 

「ちくしょう……目の前にポイントと現金が落ちてるのになぁ……」

 

 多くのパーティが、泣く泣くエッセンスを見送っていた。

 その結果、市場における上位エッセンスの供給量は伸び悩み、価格は高騰の一途を辿っていた。

 

 「倒さないとポイントは貰えない。だが倒している暇がない」

 その矛盾が、上位層のストレスを限界まで高めていた。

 

 ***

 

 だが資本主義の怪物は、そんな非効率を見逃しはしない。

 

 「効率が悪いなら効率を良くすればいい」

 「硬くて時間がかかるなら、時間をかけずに一撃で殺せばいい」

 

 そのシンプルな、そして暴力的な結論に最初に到達したのは、やはり彼らだった。

 

 五菱商事・ダンジョン攻略部第一班。

 C級ダンジョンの深層部。

 

「――目標確認。エッセンス・モノリス。内包モンスターは『ストーン・ガーディアン』。MODは『物理耐性』と『ライフ増強』」

 

 偵察兵の報告に、現場指揮官の佐山は冷徹に頷いた。

 

「硬そうだな。普通に手数で攻めれば、再生されて終わる」

 

「スルーしますか?」

 

「いや」

 

 佐山はニヤリと笑った。

 

「やるぞ。強敵に対するビルド最適化のテストだ」

 

 彼は、部隊の後方に控えていた一人の男に合図を送った。

 

 その男は、これまでの「機動力と手数重視」のトレンドとは対極の、異様な装備を身に纏っていた。

 全身を覆う重厚なプレートメイル。

 そしてその手には、身の丈ほどもある巨大な両手槌(ウォーハンマー)が握られている。

 

 移動速度は遅い。

 回避能力など皆無。

 だが、そのハンマーのヘッド部分からは、見るからに禍々しい赤黒いオーラが立ち上っている。

 

 『ティア1・軽蔑のエッセンス(物理攻撃力超強化)』を使ってクラフトされた、五菱商事の秘密兵器。

 名付けて『アトラス・ハンマー』。

 

「位置につけ。タンクヘイト確保。バッファー全力支援」

 

 佐山の号令と共に、部隊が動き出す。

 

 まず、盾を持ったタンク役が結晶を解放する。

 現れた巨大なストーン・ガーディアンが咆哮を上げる。

 

「グルアアアアッ!」

 

「こっちだ、デカブツ!」

 

 タンクがスキル『ウォークライ(挑発)』を発動し、敵の注意を一身に集める。

 ガーディアンの岩の拳がタンクの盾を叩く。

 激しい衝撃音。だがタンクは一歩も引かない。

 彼は、ただ耐えるための「壁」だ。

 

 その背後で、魔導師たちが詠唱を開始する。

 

「――攻撃力強化(オフェンス・アップ)!」

「――物理耐性低下(アーマー・ブレイク)!」

「――クリティカル率上昇(フェイタル・フォーカス)!」

 

 色とりどりの支援魔法が、ハンマーを持つ男に集中する。

 

 そして男は、ゆっくりと、あまりにもゆっくりとハンマーを振りかぶった。

 予備動作が大きい。隙だらけだ。

 だが、タンクが敵を抑えている今、その隙は存在しないも同然だった。

 

 スキル『アースクエイク(地震撃)』。

 さらに、全ての筋力を一撃に乗せるパッシブスキル『渾身(ヘヴィ・ブロウ)』が発動する。

 

 チャージに要する時間は約3秒。

 その3秒間、全ての火力を一点に凝縮する。

 

「……チャージ完了」

 

 男の目が赤く光った。

 ハンマーが唸りを上げて振り下ろされる。

 

「――消し飛べッ!!!」

 

 ズドォォォォォォォォォンッ!!!!!

 

 落雷のような轟音。

 ハンマーがガーディアンの脳天を直撃した瞬間、衝撃波が周囲の地面を粉砕した。

 硬度を誇るはずの岩の身体が、まるで豆腐のようにひしゃげ、そして内側から爆散する。

 

 【Damage: 99,999 (Critical!)】

 

 視界に表示されたダメージ数値は、カンスト(測定限界)近くだった。

 HPバーが一瞬で消滅する。

 再生する暇も、反撃の暇も与えない。

 文字通りの「一撃必殺(ワンパン)」。

 

 光の粒子となって消えるガーディアンの跡には、高位のエッセンスと大量のドロップ品が転がっていた。

 戦闘時間、わずか5秒(準備含め)。

 

「……ふん。成功だな」

 

 佐山は満足げに頷いた。

 

「これなら時間のロスは誤差の範囲だ。

 どれだけ硬かろうが、一撃で沈めれば問題ない。

 これが我々の『効率化』だ」

 

 彼は、新しいドクトリンの完成を確信した。

 

 鈍足極まりないが、ダメージはでかい。

 「一撃必殺型パーティ」。新たなメタの誕生だった。

 

 ***

 

 企業勢の動きは、即座に周囲へと伝播した。

 五菱商事が採用したこの「一点突破型・超火力編成」――通称『スラム(叩きつけ)構成』の噂は、瞬く間にトップランカーたちの間に広まった。

 

 東京・六本木。月読ギルド本部。

 ギルドマスター月島蓮は、入手した戦闘データを解析し、即座に全ギルド員に通達を出した。

 

「――メタ(流行)が変わったぞ」

 

 月島はホワイトボードに図解を描きながら説明した。

 

「これまでは『回避』と『手数』で戦うスタイルが主流だった。

 だが今回のイベントモンスター相手に、それは効率が悪すぎる。硬すぎるし、再生される。

 敵の回復量を上回る瞬間火力(バーストダメージ)を出さなければ、ポイント効率は出せない」

 

 彼は倉庫から一本の巨大な両手剣を引っ張り出してきた。

 『D級・グレートソード』。攻撃力は高いが、重すぎて誰も使いたがらなかった不人気武器だ。

 

「これからは『一撃』の時代だ。

 タンクが耐え、バッファーが強化し、エースが一撃で沈める。

 RPGの基本に立ち返れ。

 『役割分担(ロール)』の徹底だ!」

 

 月読ギルドは、即座にパーティ編成を組み替えた。

俊敏性を捨て、筋力に極振りした「破壊役(ブレイカー)」を育成し、彼らに最高級の両手武器を持たせる。

 そして、彼らを守り強化するためのサポート要員を厚くする。

 

 真似をするのは恥ではない。

 勝つための最適解を選ぶことこそが、プロの流儀だ。

 

 ***

 

 そしてその波は、個人のトップランカーたちにも波及した。

 

 渋谷のギルド支部。

 “剣聖”ケンタは、自らの愛剣である片手剣を見つめ、そして悩んでいた。

 

「……限界か」

 

 彼のスタイルは、片手剣と盾による攻守のバランス型。

 ソロでもパーティでも安定した立ち回りができるのが売りだった。

 だが今回のエッセンスモンスター相手には、決定打に欠ける。

 

「切っても切っても倒せない。

 時間がかかりすぎて、結局ポイント効率が落ちる……。

 これじゃあランキング上位は狙えない」

 

 彼は決断した。

 スマホの銀行アプリを開き、そこに表示された残高を確認する。

 これまでの活動で稼いだ莫大な貯金。

 超高級車が数十台買えるほどの金額がそこにはあった。

 

「……やるしかない。流行りに乗るのも才能だ」

 

 彼は震える指で、オークションアプリの「購入」ボタンを押した。

 

 彼が購入したのは、D級ユニーク・ツーハンドアックス『断頭台(ギロチン)』。

 そして一個数万円もする『後悔のオーブ(スキル振り直し)』を必要数分。

 

 口座から一瞬で大金が消える。

 だが後悔はなかった。

 これは未来への投資だ。

 

 彼は『後悔のオーブ』を使用し、自らが慣れ親しんだ『片手剣マスタリー』や『盾防御』のスキルを削除していく。

 そして新たに、『両手武器特化』『クリティカル倍率強化』『一撃入魂』といった、攻撃一辺倒のスキルツリーを構築していった。

 

 ジェムセットも変更する。

 『連続攻撃(マルチストライク)』を外し、『近接物理ダメージ強化』『攻撃速度低下・ダメージ増幅(パルベライズ)』を装着する。

 

「防御は……『ダイヤモンド・スキン』と装備の耐性だけで耐える。

 回避は捨てる。

 攻撃される前に、一撃で粉砕する。それが新しい俺のスタイルだ」

 

 翌日。

 ダンジョンに潜ったケンタの姿は一変していた。

 

 盾を持たず、身の丈ほどもある巨大な斧を担いだその姿は、もはや剣聖ではなく『狂戦士(バーサーカー)』だった。

 

「――うおおおおおおッ!」

 

 気合一閃。

 彼が振り下ろした斧が、予備動作の隙を仲間のタンクに守られながら、C級モンスター『アーマード・リザード』の硬い甲羅ごと、その身体を両断する。

 

 ズバンッ!

 

 一撃。

 これまで数十回斬りつけなければ倒せなかった相手が、たった一発で沈んだ。

 

 時間はかからない。

 スルーする必要もない。

 ただ粉砕して進めば、ポイントもエッセンスも手に入る。

 

「……ははっ。なんだこれ」

 

 ケンタは、その圧倒的な破壊力に、笑いがこみ上げてきた。

 

「気持ちいい……! これだよ! 俺が求めてたのは!」

 

 重い。遅い。隙だらけ。

 だが当たれば終わる。

 

 その究極のハイリスク・ハイリターンな戦法は、彼のゲーマー魂を激しく揺さぶった。

 

 C級ダンジョンは今、巨大な武器を担いだ戦士たちが闊歩する、暴力と効率の支配する狩り場へと変貌しようとしていた。

 

 

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