賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

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第207話

 ニューヨーク、マンハッタン東端。

 イーストリバーの川面に映る国連本部ビルの威容は、いつにも増して冷たく、そして重苦しい影を落としていた。

 

 この日、大会議場に集結した193カ国の代表団たちの顔には、

 外交官特有のポーカーフェイスを維持しようとする努力と、

 それを上回る焦燥、欲望、そして無力感が入り混じっていた。

 

 議題は、人類史を二分すると言っても過言ではない決議案。

『決議案30XX-Omega:ムー大陸由来技術およびアカシックレコードの管理運用に関する国際枠組みについて』。

 

 数日前、多国籍調査団が命からがら持ち帰った「神の遺産」。

 それらを誰が持ち、誰が使い、誰が禁止するのか。

 その決定権を巡る、仁義なき論戦の火蓋が切られようとしていた。

 

 議長席には国連事務総長。

 そして最前列の特別席には提案国である「神聖四カ国(ザ・ビッグ・フォー)」――

 日本、アメリカ、中国、ロシアの代表が、鉄壁の陣形を敷いて座している。

 

 日本の席には、沢村総理の名代として、この交渉の全権を委任された九条官房長官(の本体)が、

 氷のような無表情で鎮座していた。

 

「――では、議論を再開します」

 

 事務総長が木槌を叩く音が、乾いた銃声のように響いた。

 

「修正動議が提出されております。

 フランス、ドイツ、ブラジル、南アフリカ……計40カ国の連名によるものです。

 内容は、『アカシックレコードへのアクセス権および放射能汚染除去技術の管理権を、特定四カ国による独占ではなく、

 ユネスコ(UNESCO)およびIAEA(国際原子力機関)直轄の、全加盟国による共同管理とすること』。

 ……提案国代表、フランス大使、どうぞ」

 

 マイクの前に立ったフランス大使は、四カ国の代表を睨みつけるように見据え、情熱的な演説を開始した。

 

「諸君! これは人類の尊厳に関わる問題だ!

 ムー大陸の遺産は、地球という惑星が育んだ歴史そのものであり、特定の大国が私物化してよいものではない!

 特に『アカシックレコード』! 全人類の記憶、失われた歴史の真実!

 これを知る権利は、等しく全人類にあるはずだ!

 なぜ日本やアメリカの学者だけが閲覧を許され、我々の歴史家が門前払いを食らわねばならないのか!

 これは知の独占であり、新たな植民地主義だ!」

 

 会場から割れんばかりの拍手と同意の声が上がる。

「そうだ!」「情報を公開しろ!」「歴史を返せ!」

 

 グローバルサウスの国々も、これに同調する。

 彼らにとって、大国による情報の独占は、長きにわたる搾取の象徴だった。

 

「さらに!」

 ドイツ大使が続く。

「放射能汚染除去技術についても同様だ!

 核のゴミを消し去る夢の技術。これを四カ国だけで囲い込むなど、人道に対する罪と言っても過言ではない!

 世界中には放射能汚染に苦しむ地域が数多くある。

 その救済を遅らせる権利が、誰にあるというのか!」

 

 正論。あまりにも正論だった。

 人権、平等、平和。国連が掲げる崇高な理念に照らせば、彼らの主張こそが正しい。

 

 会場の空気は完全に「反四カ国」で固まりつつあった。

 このまま採決を行えば、修正動議は圧倒的多数で可決されるだろう。

 

 だが。

 

 その熱狂的な正義の大合唱を前にしても、九条官房長官の表情は能面のように微動だにしなかった。

 彼はゆっくりとマイクのスイッチを入れると、会場の喧騒を一瞬で凍りつかせる、静かな、しかし絶対的な「事実」を口にした。

 

「……ご意見、拝聴いたしました。

 理念としては美しい。実に素晴らしい」

 

 九条の声は、感情を排した事務的な響きを持っていた。

 

「しかし、フランス大使。そしてドイツ大使。

 皆様は一つ、決定的な勘違いをされているようだ」

 

「勘違いだと?」

 

「ええ。

 この決定権は、そもそも我々四カ国にあるのでもなければ、国連にあるのでもありません。

 所有権者は、ただお一人です」

 

 九条は天井を指差した。

 

「KAMI様です」

 

 その名が出た瞬間、会場の空気がピリリと張り詰めた。

 

「KAMI様は、はっきりと仰いました。

 『アカシックレコードの管理は、能力と責任を持つ四カ国に委任する』と。

 そして、『それ以外の勝手なアクセスは認めない』と。

 これは神託です。

 我々は、その管理者に指名された代理人に過ぎません」

 

 九条は冷ややかな視線で、反対派の代表たちを見渡した。

 

「皆様の決議で『全人類で共有する』と決めるのは自由です。

 ですが、その決議を持ってピラミッドの前に立った時……。

 果たして、あの管理AI『マザー・キーパー』は扉を開けてくれるでしょうか?

 あるいは、KAMI様はその決定を祝福してくれるでしょうか?」

 

「そ、それは……っ!」

 フランス大使が言葉に詰まる。

 

「もしKAMI様のご機嫌を損ねたら、どうなりますか?」

 アメリカの国連大使が援護射撃を行う。

 彼は、もっと直接的で、暴力的な脅しを口にした。

 

「彼女は気まぐれだ。

 『あ、私の言うこと聞かないんだ。じゃあペナルティね』と笑ってボタンを押すかもしれない。

 例えば……貴国の国民全員を、全世界のダンジョンから『出禁(BAN)』にするとか」

 

 会場に戦慄が走った。

 ダンジョン出禁。

 

 それは、現在の経済社会において死刑宣告に等しい。

 エネルギー、食料、医療。全てのライフラインがダンジョン資源に依存しつつある今、

 そこから締め出されれば、国家は一夜にして破綻する。

 

「まさか……そんな理不尽な……」

 ブラジル大使が青ざめる。

 

「理不尽?」

 中国の代表が鼻で笑った。

「神とは本来、理不尽なものだ。

 地震も台風も、そしてダンジョンも。

 我々はその理不尽な力と、共存させてもらっている立場に過ぎない。

 逆らって試してみるかね?

 『本当にBANされるのかどうか』を、貴国の国民の命をチップにして」

 

 脅迫。

 あからさまな、神の威光を借りた恫喝。

 

 だが、その脅しが「ハッタリ」だと言い切れる勇気を持つ者は、この場には一人もいなかった。

 KAMIの性格を知る者ほど、彼女ならやりかねないことを知っているからだ。

 

「……いや、試す分には良いのでは?」

 ドイツ大使が震える声で食い下がった。

「KAMI様は人類の自主性を重んじるとも聞く。

 我々が結束して管理を申し出れば、認めてくれる可能性も……」

 

「可能性ですね」

 ロシア代表が低い声で遮った。

「その数パーセントの可能性のために、国家の存亡を賭けるギャンブルをするのか?

 勇気ある決断だ。だが国民はそれを支持するかな?

 『ドイツ人は明日から魔石も買えなくなりました。でも誇りは守りました』と言って」

 

 会場は沈黙した。

 誰も責任を取れない。

 

「未練たらたら」ではあったが、彼らは認めざるを得なかった。

 この世界の実権は国連にはない。

 神と、その代理人たちにあるのだと。

 

「……議論は出尽くしたようですね」

 九条が淡々とまとめに入った。

 

「アカシックレコードは、人類の精神を崩壊させる『情報の毒』を含んでいます。

 厳格な管理と、選抜されたエリートによる慎重な解析が必要不可欠です。

 これは特権ではなく、汚れ役(リスクヘッジ)なのです。

 どうかご理解いただきたい」

 

 そして彼は、次の、より現実的な議題へと話を移した。

 

「次に、放射能汚染除去技術についてです。

 これも四カ国による厳重な管理下に置かせていただきます」

 

「なぜだ!」

 中東の小国代表が叫ぶ。

「環境技術だろう! 平和利用なら問題ないはずだ!」

 

「平和利用だけならね」

 アメリカ大使が冷徹に答えた。

「だが、この技術は『核の痕跡を消す技術』でもある。

 これが出回ればどうなる?

 『汚しても掃除できるなら、核兵器を使ってもいいじゃないか』と考える狂人が必ず現れる」

 

「核の拡散と、使用のハードル低下。

 それを防ぐためには、掃除機(クリーナー)のスイッチは、責任ある大国だけが握っていなければならないのです」

 中国代表も同調する。

 

「もちろん」

 九条がフォローを入れる。

「技術は独占しますが、その『恩恵』は共有します。

 汚染に苦しむ国があれば、我々四カ国が『除去部隊』を派遣し、責任を持って浄化作業を行います。

 装置そのものは渡せませんが、綺麗な土地はお返しする。

 それで十分でしょう?」

 

 サービスとしての提供。

 技術のブラックボックス化。

 

 これもまた、反論の余地のない「現実的な解」だった。

 

 会場の空気は、諦めと、そして「妥協点」を探る方向へとシフトしていた。

 アカシックレコードと核除去技術。

 

 この二つの「劇薬」については、四カ国の独占を認めざるを得ない。

 だが、手ぶらで帰るわけにはいかない。

 

 その空気を読み取った九条は、用意していた「飴」を提示した。

 

「……しかしながら」

 九条の声が少しだけ柔らかくなった。

「我々も全ての技術を囲い込むつもりはありません。

 KAMI様から託された他の三つの技術。

 

 『オリハルコン採掘・加工技術』

 『海水淡水化プラント』

 『汎用重力制御システム』

 

 ……これらについては、より開かれた形での管理運営が可能であると考えております」

 

 会場がどよめいた。

 オリハルコン。淡水化。重力制御。

 

 どれも産業革命級の技術だ。

 特に水不足に悩む中東・アフリカ諸国や、資源のない国々にとっては、喉から手が出るほど欲しい技術だ。

 

「これらは民生技術であり、世界経済の発展に直結します。

 よって、これらの技術管理については四カ国だけでなく、国連安全保障理事会……すなわち常任理事国5カ国に加え、

 非常任理事国10カ国を含めた『拡大管理委員会』を設置し、そこで運用ルールを決定することを提案します」

 

「……非常任理事国もですか?」

 インド代表(現在は非常任理事国だ)が身を乗り出した。

 

「はい。

 さらに、技術の実用化に伴うライセンス供与については、G20加盟国を優先しつつ、順次全加盟国へと広げていくロードマップを作成します。

 特に『海水淡水化』については、人道的見地から最優先で技術移転を進めるべきでしょう」

 

 九条は巧みに「分断」を図った。

 全ての国に平等に配るのではない。

 

「力ある国(安保理メンバー)」に管理権を与え、

「準・強国(G20)」に優先権を与える。

 

 そうすることで反対勢力の中核を切り崩し、こちらの陣営に取り込むのだ。

 

「魔導工学基礎理論についても」

 九条は続けた。

「基礎的な教科書(マニュアル)は公開します。

 ただし、その応用については、IAEAのような国際監視機関『国際魔導工学機関(IMEA)』を設立し、査察を受け入れることを条件とします。

 これもまた安保理の管轄下に置くのが妥当でしょう」

 

 会場の空気が変わった。

 反発一色だった雰囲気が、「自分たちはどの枠に入れるのか」という計算と、

 パイの分配への期待へと変わっていく。

 

 フランス代表が咳払いをした。

「……常任理事国として、その提案には一定の理があると考えます。

 エネルギーと水の管理は、国際社会全体の責任ですからな」

 

 ブラジル代表も頷いた。

「非常任理事国にも決定権があるのなら……。

 我々、南半球の声を反映させる余地はある。

 四カ国独占よりは、遥かにマシだ」

 

 インド代表も納得の表情を見せた。

「魔導工学の基礎が公開されるなら、我が国の技術力で応用発展させることは可能だ。

 悪くない取引だ」

 

 勝負あった。

 

 九条は内心で深く息を吐いた。

 アカシックレコードと核除去という「核(コア)」は死守しつつ、

 その他の技術を「管理付き」で開放することで国際社会の不満をガス抜きし、

 同時に国連という枠組みを、四カ国の支配体制の補完装置として再利用する。

 

 完璧な、そして冷徹な政治的勝利だった。

 

「……では、決議案の修正に入ります」

 事務総長が宣言する。

 

 採決の結果は、圧倒的多数での可決だった。

『国連決議30XX-Omega改』。

 

 ・アカシックレコードおよび核汚染除去技術は、四カ国による「特別管理指定技術」とする。

 ・その他のムー大陸由来技術は、国連安保理傘下の新組織にて管理・運用する。

 ・KAMIの意思を尊重し、人類の平和と発展のために協力する。

 

 それは実質的な「四カ国覇権の追認」であり、同時に「多極化する世界秩序の再編」でもあった。

 

 会議終了後。

 バーチャル会議室に戻った四人の指導者たちは、疲れ切った顔で、しかし満足げにグラスを傾けていた。

 

「……やれやれ。骨が折れましたな」

 麻生大臣(オブザーバー)が苦笑した。

「国連という劇場で、これほど大掛かりな猿芝居を打つことになるとは」

 

「だが効果はあった」

 トンプソン大統領が葉巻をくゆらせる。

「これで『大義名分』は立った。

 誰からも文句を言われることなく、堂々と技術を独占できる。

 ……KAMI様という『虎の威』は、使いようによっては核兵器よりも便利だな」

 

「ええ」

 九条が静かに頷いた。

「彼女は『私の名前を使ってもいい』と言った。

 その言葉を最大限に利用させていただきました。

 ……もっとも、彼女自身は我々のこの茶番劇を、ポップコーンでも食べながら笑って見ているのでしょうが」

 

「違いない」

 ヴォルコフ将軍が笑った。

「だが、あのAI……マザー・キーパーだったか。

 あの堅物も、この結果なら納得するだろう。

 『管理』と『秩序』。彼女の好む言葉だ」

 

「さて、次は実務です」

 王将軍が気を引き締めるように言った。

「オリハルコンの採掘プラントの建設、そして魔導工学の実装。

 決めるべきことは山積みだ。

 特に海水淡水化プラントの設置場所……我が国は内陸部の乾燥地帯へのパイプライン敷設を急ぎたい」

 

 彼らは既に次のステップへと動き出していた。

 政治的な障壁は取り除かれた。

 あとは手に入れた技術を、いかに早く、いかに効率的に「国力」へと変換するか。

 

 新たな開発競争のスタートだ。

 

 沢村総理はモニターの向こうの仲間たち(共犯者たち)を見渡した。

 

「……まあとりあえずは、一安心というところでしょうか。

 今夜くらいはゆっくり眠れ……あ、我々は眠れませんでしたね」

 

 その自虐的なジョークに、乾いた笑いが起こる。

 眠らない身体を持つ彼らに、休息はない。

 

 だが、その瞳には、かつてのような絶望の色は薄れていた。

 彼らは、この狂った世界の手綱を、少しずつだが確実に握りしめつつあるという実感を得ていたのだ。

 

 四カ国の夜は更けていく。

 明日からはまた、オリハルコンの採掘やプラント建設といった実務という名の戦いが待っている。

 

 だが今だけは、グラスを傾け、

 この束の間の勝利の美酒に酔いしれることを、誰も咎めはしないだろう。

 

 

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