賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

256 / 279
第236話

 霧の都ロンドン。

 テムズ川の川面に朝霧が立ち込める中、

 この歴史ある都市の地下に張り巡らされた血管――世界最古の地下鉄網「チューブ」は、

 今や全く新しい、そして異質な熱気を孕んだ動脈へと変貌を遂げていた。

 

 英国におけるダンジョン開放初日。

 F級ダンジョン『メトロ・ラビリンス(地下鉄迷宮)』。

 

 かつては通勤客でごった返していた地下鉄の駅構内は、

 今や冒険者たちのベースキャンプとして機能していた。

 そこにある光景は、インドのデリーで見られたような怒号と混沌が支配するカオスではない。

 驚くほど整然とし、静謐で、そして冷徹なまでにシステム化された「英国式」の秩序が支配していた。

 

 その秩序の要となっているのが、

 日本政府からの技術供与によって導入された、

 インド仕込みの『完全予約・順番待ちシステム』である。

 

「――パーティID:Alpha-704。ゲートオープン。進んでください」

 

 キングス・クロス駅の改札口。

 自動改札機にスマートフォンをかざすと、無機質な電子音と共にゲートが開く。

 事前にアプリでマッチングを済ませ、指定された時刻に、指定されたメンバーで現れる。

 それは、まるでよく管理された会員制クラブの入店風景のようでもあった。

 

 ゲートをくぐり抜けた先。

 タイル張りの壁が剥がれ落ち、古代の石壁と融合した薄暗いプラットホームで、

 一つのパーティが顔合わせを行っていた。

 

 その構成は、英国社会の縮図そのものだった。

 

「――ごきげんよう。本日はよろしくお願いいたしますわ」

 

 優雅に一礼したのは、仕立ての良い特注の軽量魔法衣(ローブ)を纏った金髪の少女だった。

 シャーロット・ウィンザー。19歳。

 名門貴族の令嬢であり、ケンブリッジ大学に在籍する才女。

 彼女の胸には誇らしげに『ナイツ・オブ・ラウンド(円卓の騎士)』ギルドの見習いバッジが輝いている。

 その手には、日本のオークションで競り落とされたという、魔力伝導率の高い高級な杖、

『E級・紅蓮のロッド』が握られていた。

 

「やあ、よろしく頼むよ。今日は良い狩り日和になりそうだね」

 

 彼女の隣に立つのは、同じく上流階級出身の青年ウィリアム。

 彼は白銀に輝く『F級・ミスリルコート』に身を包み、腰にはレイピアを帯びている。

 彼もまた「円卓」のメンバーであり、今日のパーティにおいては、

 シャーロットの護衛兼指揮官補佐の役割を担っている。

 

 対して、彼らの向かいに立つ三人の男たちは、明らかに「毛色」が違っていた。

 

 彼らが身につけているのは、国から貸与された量産型の革鎧と、実用一点張りの武骨な武器。

 防具の肩には『ユニオン・ジャック・レイバーズ(労働者ギルド)』の認識番号が、白ペンキで雑に書かれている。

 

「……へい、よろしゅう頼みますわ、お嬢様」

 

 先頭に立った大柄な男ハサンが、少し緊張した面持ちで頭を下げた。

 浅黒い肌に深い彫りの顔立ち。

 中東系の移民二世であり、昨日までは港湾労働者として働いていた男だ。

 彼の手には巨大なタワーシールドが握られている。

 今日の彼の役割は、モンスターの攻撃を一手に引き受ける「タンク(壁役)」だ。

 

「よろしくな。足手まといにはならねえよ」

 

 続く男ジャックは鼻を鳴らして、ぶっきらぼうに言った。

 ロンドンの下町イーストエンド出身の生粋の英国労働者階級(ワーキング・クラス)。

 手には工事現場から持ち出したかのような、重そうなスレッジハンマーを持っている。

 

「あら、貴方は……移民の方かしら?」

 

 シャーロットが悪気のない、しかし無知ゆえの純粋な瞳でジャックに問いかけた。

 彼女の生活圏において、このような荒々しい風貌の男を見る機会など、これまでの人生でほとんどなかったのだ。

 彼女にとって労働者とは「景色」の一部であり、個として認識する対象ではなかったからだ。

 

 ジャックのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「……おいおい、勘弁してくれよ、お嬢様」

 

 彼はハンマーを肩に担ぎ直し、コテコテのコクニー訛りで言い返した。

 

「俺は移民じゃねえぜ? じいちゃんの代からロンドンっ子だ。

 この地下鉄の路線図なら、あんたより詳しいくらいだぜ。

 まあ、住んでる世界が違うから分からねえかもしれねえがな」

 

「まあ! それは失礼いたしましたわ」

 

 シャーロットは口元を扇子で隠して上品に笑った。悪びれる様子はない。

 

「言葉遣いが少し……その、ワイルドでしたので。

 勘違いしてしまいましたわ」

 

「へっ、これだから上流(ポッシュ)は……」

 

 ジャックが毒づくのを、ハサンが慌てて肘でつつく。

「よせよ、ジャック。雇い主だぞ。機嫌を損ねて契約解除されたら、今日の飯代がなくなる」

 

 そう。これは冒険ではない。雇用関係だ。

 『円卓』のメンバーが『労働者』を雇い、パーティを組む。

 それが英国政府が定めた「最も効率的で、階級秩序を乱さない」ダンジョン攻略のスタイルだった。

 

「まあまあ、仲良くやろうじゃないか」

 

 ウィリアムが爽やかな笑顔で仲裁に入った。

 

「我々の目的は一つ。効率的なダンジョン攻略だ。

 君たちには前衛で体を張ってもらう。

 我々は後方から火力支援を行う。

 シンプルな分業だ。

 報酬については、アプリでの契約通りで構わないね?」

 

「ええ、確認しています」

 

 三人目の労働者、真面目そうな青年のトムが答えた。

 

「『魔石およびドロップ品は全て労働者側の取り分とする』。

 その代わり『モンスターへのトドメ(ラストヒット)』および、それに伴う『経験値(XP)』の権利は、

 全て貴族様……円卓の方々に譲る。

 これで間違いありませんね?」

 

「ええ、そうですわ」

 

 シャーロットが頷いた。

 

「私達は魔石など不要ですもの。

 はした金は必要ありません。

 欲しいのは『レベル』と『実戦経験』、そして『名誉』だけ。

 お金ならありますから、魔石は全部、貴方達で分けてくださいまし。

 その代わり、トドメは私達に譲っていただきますわよ?

 間違っても、ハンマーで潰してしまわないように」

 

「ありがてぇな」

 

 ジャックがニヤリと笑った。これがこの歪なパーティが成立する最大の理由だった。

 

 金はあるが、強さが欲しい上流階級。

 強さよりも、明日の生活費が欲しい労働者階級。

 互いの需要と供給が、残酷なまでに完璧に噛み合っていた。

 これは「共闘」ではない。

「取引」だ。

 

「よし、行くか!!!」

 

 ジャックがハンマーを掲げた。

 

「お嬢様たちに傷一つ付けさせねえよ。

 その代わり、稼がせてもらうぜ!」

 

「ええ、頼りにしていますわ」

 

 シャーロットが杖を構える。

 

「では参りましょう。

 メトロ・ラビリンス攻略開始です!」

 

 ***

 

 ダンジョン内部。

 かつての地下鉄線路は今や苔と発光するキノコに覆われ、異界の回廊と化していた。

 線路の枕木の上を、五人のパーティが進んでいく。

 

「ギャギャッ!」

 

 暗闇の奥から耳障りな鳴き声が響いた。

 ゴブリンの群れだ。

 錆びた剣や棍棒を持った小鬼たちが、線路の向こうから走ってくる。

 その数、三体。

 F級ダンジョンの標準的なパックだ。

 

「敵襲! 前方、三体!」

 

 ウィリアムが的確に指示を出す。

 

「前衛ラインを上げろ! 敵を釘付けにしろ!

 後衛に近づかせるなよ!

 シャーロット、詠唱準備!」

 

「了解ですわ!」

 

 シャーロットが杖を掲げ、精神を集中させる。

 彼女の視界に浮かぶ半透明のステータスウィンドウ。

 その『スキルセット』の項目には、彼女が事前に入手し、セットした強力なスキルジェム『ファイアストーム』が赤く輝いている。

 武器に埋め込むのではない。

 彼女自身の魂(ステータス)に紐付けられたそのジェムが、術者の魔力を吸い上げ、現象へと変換していく。

 

「へっ、雑魚が!」

 

 ジャックが前に出る。

 ゴブリンが飛びかかってくるが、彼は動じない。

 持っているハンマーをゴブリンの脳天めがけて振り下ろすのではなく、腹部へ向かって横薙ぎに払った。

 

 ドゴッ!

 

 鈍い音と共にゴブリンが吹き飛ぶ。

 だが殺しはしない。手加減をしているのだ。

 ダメージを与え、動きを止めるだけ。

 トドメは「雇い主」のものだからだ。

 

「ハサン! 右!」

 

「おうッ!」

 

 ハサンがタワーシールドを構え、右から回り込んできたゴブリンの突進を受け止める。

 

 ガィィン!

 

 重い衝撃。だが彼の足は一歩も揺るがない。

 その盾には、アメリカのキャピタル・ギルドから流れてきた『物理耐性強化』のエンチャントが施されている。

 

「トム! 左を抑えろ!」

 

「分かってる!」

 

 トムが長槍を突き出し、左のゴブリンを牽制する。

 三人の労働者が完璧な連携でゴブリンたちの進行を阻み、一箇所に固める。

 それはまさに「肉の壁」だった。

 

「――準備完了ですわ!」

 

 後方でシャーロットの声が響く。

 ステータス画面のスキルアイコンが点灯し、彼女の杖の先にバスケットボール大の火球が渦を巻く。

 スキルジェム『ファイアストーム』。

 指定地点に火の雨を降らせる強力な範囲攻撃魔法だ。

 

「そこを退いて!」

 

「へいへい、仰せのままに!」

 

 ジャックたちが慣れた動きで左右に散開する。

 視界が開けた、その瞬間。

 

「――『ファイアストーム』ッ!!!」

 

 シャーロットが杖を振り下ろした。

 轟音と共に灼熱の炎の渦が、線路の上を走り抜ける。

 

 ゴブリンたちが悲鳴を上げる間もなく、炎に飲み込まれる。

 ジュッという音がして、三体のゴブリンは一瞬で炭化し、光の粒子となって霧散した。

 

 カランカランカラン。

 

 後に残ったのは黒く焦げた地面と、そこに転がる三つの魔石だけ。

 

「やりましたねー! ナイスショットです、シャーロット!」

 

 ウィリアムが拍手をする。

 

「ふふっ、良い感じですわね」

 

 シャーロットは額の汗を拭いながら、満足げに微笑んだ。

 彼女の視界には、経験値バーが上昇したことを示すシステムメッセージが表示されている。

 

「おっ、魔石3つですわ。

 では貴方たちで分けて下さいね」

 

 彼女は足元に転がる魔石には目もくれず、次の通路へと視線を向けた。

 

「へっ、ありがてぇな」

 

 ジャックが魔石を拾い上げ、埃を払ってからポケットに入れた。

 F級魔石一個、1万円相当(ポンド換算で約70ポンド)。

 たった数分の戦闘で、彼らの日当の数倍が転がり込んだことになる。

 

「おい、分配は後だ。

 次のが来るぞ!」

 

「了解!」

 

 彼らは進む。

 貴族が魔法を放ち、労働者が盾となる。

 その奇妙な、しかし恐ろしく効率的な行軍は、ロンドンの地下を深く、深く潜っていった。

 

 ***

 

 しばらく周回を続けた頃。

 小休憩の際、ハサンがふとシャーロットの杖を見ながら呟いた。

 

「……うーん。

 お嬢様の魔法威力はすげえんですが……。

 たまにこっちに流れ弾が来そうで、ヒヤヒヤするんですよね」

 

 彼は盾の焦げ跡をさすった。さっきのファイアストームの余波だ。

 

「あら、ごめんなさい。

 でも敵が動き回るものですから、照準を合わせるのが難しくて」

 

 シャーロットが困ったように言う。

 彼女は才能はあるが、実戦経験は浅い。

 

「それに……敵の注意(ヘイト)を固定しきれてない場面もありました」

 

 ウィリアムが分析する。

 

「ハサン君が盾で防いでも、知能のあるゴブリン・リーダーなどは盾を無視して後衛の私達を狙ってくることがある。

 それを止める手段が、今の我々には欠けている」

 

「あー、やっぱりアレか……」

 

 ジャックが頭をかいた。

 

「『挑発(タウント)』のスキルジェムってやつか。

 あれをステータス画面にセットしておけば、叫ぶだけでモンスターの敵対心を強制的に俺たちに向けさせられるんだろ?」

 

「ええ、そうです」

 

 ウィリアムが頷く。

 

「タンク役には必須のスキルですね。

 ですが……君たちは持っていないのかい?」

 

「……持ってるわけねえだろ」

 

 ジャックが苦笑した。

 

「あー、俺等は貰ってないですね。

 貸与された装備はただの鎧と武器だけ。ステータスのスロットは空っぽさ。

 スキルジェムなんて高級品、支給されるわけがねえ。

 市場価格で一つ数十万円(数千ポンド)するんだろ?

 俺たちの給料じゃ、逆立ちしても買えねえよ」

 

 スキルジェム。

 それはこの世界のダンジョンで稀にドロップする希少品であり、ステータス画面にセットすることで超常の力を発揮するアイテムだ。

 持てる者と持たざる者を分ける、決定的な境界線。

 

「そうですか……。

 まあ貴方達に不要なのは、そうですが」

 

 ウィリアムは少し考え込んだ後、シャーロットに目配せをした。

 シャーロットはすぐにその意図を理解した。

 彼女は聡明だ。自分の安全のためには、多少の出費など惜しくはない。

 

「……タンクとしては、挑発スキルジェムぐらいは欲しいですね」

 

 彼女は、さも当然のことのように言った。

 

「貴方たちが敵を漏らせば、私が危険に晒されますもの。

 私の安全のために、貴方たちにはもっと優秀な壁になってもらわなければ困りますわ。

 肉の壁にも、質の向上は必要ですものね」

 

 彼女は懐から最新型のスマートフォンを取り出した。

 そして執事への直通回線を開く。

 

「手配しておきましょう!

 じい? 私ですわ。

 ええ、今すぐ『挑発(タウント)』のスキルジェムを3つ、シティの取引所で落札してちょうだい。

 価格? いくらでも構いませんわ。

 明日の探索までに、この方たちに支給できるように手配を。

 ええ、経費で落としておいて」

 

 電話を切ると、彼女はニッコリと笑った。

 

「これで解決ですわね。

 明日からはステータス画面にセットして、ちゃんと私を守ってくださいまし?

 道具は与えましたわよ」

 

「……マジかよ」

 

 ジャックたちは顔を見合わせた。

 数十万円のスキルジェムを、電話一本で、しかも三つも。

 まるで消耗品でも買うような気軽さで。

 

「……へっ、金持ちってのはすげえな」

「ありがてぇ……これで仕事が楽になる」

 

 彼らは感謝した。

 だが、その感謝の裏には埋めようのない格差への諦めと、そして「施し」を受けることへの微かな屈辱が混じっていた。

 

 ***

 

 一方その頃。

 場所は同じロンドン・ダンジョンの少し離れたエリア。

 そこではイギリスとは全く異なる熱気と、そして悲壮な覚悟が渦巻いていた。

 

「――アレー(行け)! 休むな! 次だ!」

 

 リーダーの怒号が飛ぶ中、数百人の若者たちが泥まみれになって戦っていた。

 彼らは『EU統合探索者ギルド』の派遣部隊たちだ。

 フランス人、ドイツ人、イタリア人、スペイン人。

 国籍は違えど、彼らの目には共通の色が宿っていた。

「焦り」と「ハングリー精神」だ。

 

 彼らは「特別ビザ」を持って海を渡り、このダンジョンに潜っている。

 自国にはまだダンジョンがない。ここで稼ぎ、強くなるしかないのだ。

 

 彼らの手には、日本やアメリカから輸入されたばかりの『スキルジェム』が握られている。

 高額な輸入品。

 政府が血税を投入し、日本やアメリカに頭を下げて買い集めた虎の子の戦力だ。

 ステータス画面のスロットには、彼らの希望が詰まっている。

 

「日本から輸入したスキルジェム……無双だなー」

 

 ドイツ人の青年ハンスが、ステータス画面から発動させた『ファイアボール』でゴブリンの群れを焼き払いながら呟いた。

 F級のジェムだが、その威力は現代兵器を凌駕する。

 

「魔法が使えるだけで、こんなに世界が変わるとはな。

 俺たちは今まで、こんな力を持った連中に経済を牛耳られていたのか。

 日本もアメリカも、こんな力を持っていたのか」

 

「ああ。だが、これで対等だ」

 

 隣のフランス人ピエールが剣を振るう。

 ステータスにセットした『ダブルストライク』のジェムが輝き、二連撃が炸裂する。

 

「早くレベル上げして、ステータスで人生逆転したいぜ。

 イギリス人に雇われてペコペコするのは御免だ。

 あっちのダンジョンで稼ぎまくって、いつかはこのスキルを自分のものにするんだ」

 

 彼らの装備はイギリスの「円卓」のような高級品ではない。

 日本の中古市場から流れてきた型落ち品やリサイクル装備だ。

 傷だらけの鎧、刃こぼれした剣。

 だが彼らにはハングリー精神があった。

 

「おい、次のゴブリンのグループ倒しに行こうぜ?」

 

「ああ、行こう」

 

 彼らは知っている。

 自分たちが「特別枠」という名の裏口入学で、イギリスのダンジョンに入れてもらう立場であることを。

 だが、中に入ってしまえばこっちのものだ。

 実力で成り上がり、いつか本国に富を持ち帰る。

 それが彼ら「大陸組」の誓いだった。

 

 ***

 

 夕方。

 ロンドン、ユニオン・ジャック・レイバーズ・ギルド支部。

 探索を終えたジャックたちのパーティは、換金所のカウンターにいた。

 

 シャーロットとウィリアムは汚れるのを嫌って、専用のVIPラウンジで紅茶を飲みながら待機している。

 換金手続きのような雑用は、従者(労働者)の仕事だ。

 

「……査定完了。

 本日の魔石およびドロップ品の総買取額、2100ポンド(約30万円)になります」

 

 受付の女性が告げた。

 

「おお……!」

 

 ジャックたちがどよめく。

 F級ダンジョンにしては上出来だ。

 貴族たちの火力支援のおかげで回転率が桁違いに良かったのだ。

 普通なら一日かかって稼ぐ額を、数時間で叩き出した。

 

 ジャックは現金を受け取ると、シャーロットたちの下へ戻った。

 

「イギリス人パーティーでは山分けは貴方達で3等分ですわ」

 

 シャーロットが当然のように言った。

 彼女にとってその程度の金は端金だ。財布に入れるのも煩わしい。

 

「どうぞリーダー」

 

「……へい」

 

 ジャックは金を三等分した。

 一人あたり700ポンド(約10万円)。

 彼らが工場で働いていた頃の二週間分の給料だ。

 それがたった半日で手に入った。

 手のひらに残る紙幣の厚みが、現実感を伴って彼らの胸を打つ。

 

「換金おつかれ様。我々は不要なので」

 

 ウィリアムが微笑む。

 

「君たちが装備を整えてくれれば、我々も安心して背中を預けられる。

 その金は明日のための投資だよ。

 もっと良い盾を買うなりしたまえ」

 

「はい、お一人700ポンドですわ」

 

 シャーロットも優雅に言った。

 

「また明日も組みたいですけど、どうです?

 貴方達の壁としての働き、悪くありませんでしたわよ。

 私のレベルも上がりましたし、明日はもっと深くまで行けそうですわ」

 

 上から目線。

 どこまでも「使う側」と「使われる側」の線引が明確な言葉。

 

 だが、その手には確かな報酬が握らされている。

 

 ジャックはその札束の厚みを指先で確かめ、そして腹を括ったように笑った。

 

「ええ、喜んで。

 お嬢様のレベル上げ、とことん付き合わせていただきますよ。

 ……では、また明日」

 

「ごきげんよう」

 

 貴族たちは迎えに来た高級車で去っていった。

 残された労働者たちは地下鉄に乗って、パブへと向かう。

 

「……700ポンドか」

 

 ハサンが呟いた。

 

「故郷に送金すれば、家族が一年暮らせる」

 

「悪くねえ商売だ」

 

 ジャックはビールを注文した。

 

「プライドは傷つくが、腹は膨れる。

 それに、あの『挑発』のジェム。あれがあれば俺たちはもっと稼げる。

 ……いつか、あいつらを見返してやるさ」

 

 彼らは知らず知らずのうちに、このシステムの歯車として完璧に機能し始めていた。

 階級による分業。

 富の偏在と再分配。

 歪んでいるが、確実に回っている。

 

 ロンドンの霧の中、魔石の輝きだけが人々の欲望を照らし出していた。

 英国のダンジョン・エイジは静かに、そして強固に、その根を下ろしつつあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。