賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

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第250話 新世代探索者、初対面

 富士の裾野に広がる、深い樹海に隠された広大な敷地。

 表向きは某大手企業の研究施設として登録されているそこは、実際には日本政府と月読ギルドが共同で管理する極秘の交流・訓練施設であった。

 外周には二重三重の高圧電流フェンスが張り巡らされ、空域は防衛省のレーダー網によって24時間監視されている。入り口のゲートでは、国際空港のテロ対策すら生ぬるく思えるほどの厳格な生体スキャンと魔力パターンの照合が行われており、許可なき者はアリ一匹たりとも侵入を許されない。

 

 その施設の中枢に位置する巨大な屋内訓練場。

 そこに、世界各国から選び抜かれた次世代を担う若き探索者たちが集結しつつあった。

 彼らは一様に、母国で最強の装備と名声を勝ち取ったエリートたちである。表面上は穏やかな親善の顔を繕っているが、その実、交わされる視線は鋭い刃のように研ぎ澄まされていた。彼らは互いの装備の質、魔力の気配、歩き方、視線の動かし方から、「こいつはどれくらい強いのか」を無意識に、しかし貪欲に測り合っていた。

 彼らはまだ、友人ではない。ダンジョンという未曾有の資源を巡る、国家間の代理戦争を戦う競合他者としての警戒心が、広間の空気をピンと張り詰めさせていた。

 

 その殺伐とした空気を、遥か頭上から見下ろす一つの部屋があった。

 訓練場全体を見渡せる、防弾・防魔ガラスで完全に密閉された管制・観戦室。

 そこにいるのは、日本の最高権力者である沢村総理と九条官房長官、そして、彼らの頭を悩ませる最大の元凶にして創造主である、KAMIだった。

 

「……へえ、ちゃんと集まったじゃない」

 

 KAMIは、特注のふかふかなソファの上にだらしなく足を放り出して寝転がりながら、備え付けのモニターと眼下のガラス越しに若者たちの様子を眺めていた。その手には、途中のコンビニで大量に買い込んできたポテトチップスの袋が握られている。バリバリと音を立てながら、彼女は楽しそうに目を細めた。

 

「若いのって、顔を合わせただけで牽制し始めるの、だいぶ動物っぽくて好きよ。ほら、あそこのアメリカの子、露骨に威嚇してるわ」

 

 KAMIにとっては、これは完全に「eスポーツの世界大会の観戦」と同じノリであった。

 だが、隣に立つ沢村総理は、胃の辺りを押さえながら、苦虫を噛み潰したような顔で下を見下ろしていた。

 

「……KAMI様。彼らは各国の威信を背負った、言わば国家の『最高級の兵器』でもあります。この場を本当に、血を見ずにまとめ上げることができるのか……私の寿命がまた数日縮んだ気がしますよ」

 

「総理、諦めてください。我々の仕事は、彼らが起こすであろう摩擦を、致命的な外交問題に発展させないよう、火消しに徹することです」

 九条は、分厚い議事資料の束を片手に、鉄仮面のような無表情を崩さずに言った。

「それにしても、各国の『顔』となる人材がこうして一堂に会する光景は、壮観ではあります。……今後の世界情勢を占う上で、極めて重要なデータになるでしょう」

 

 三者三様の視線が注がれる中、広間には続々と参加者たちが到着し、第一印象という名の見えない火花を散らしていた。

 

 最初に視線を集めたのは、日本代表の一人であるタケルだった。

 彼は制服のシャツの上にラフなパーカーを羽織り、一見するとただの高校生が放課後の部活に来たかのような気楽な足取りで会場入りした。月読ギルドのスタッフと「お疲れ様ですー」などと軽い調子で言葉を交わしている。

 他国から来たエリートたちの中には、「日本の代表が、あんな子供なのか?」と侮蔑や疑問の視線を向ける者もいた。だが、本当に実力のある者――極限の死線を越えてきた者たちは、タケルの背中に負われた使い込まれた剣のオーラと、足運びの重心のブレのなさに、即座にただならぬ「歴戦の匂い」を感じ取っていた。

 

 次に会場の空気を変えたのは、インドから到着したばかりの青年、ラヴィだった。

 ギルドが用意した真新しい防具を身につけ、身なりこそ整えられているものの、その所作にはまだ硬さがある。何より異常なのは、彼の視線の動きだった。

 彼は会場に入るなり、周囲の人間には目もくれず、真っ先に天井の監視カメラの位置、非常口までの最短距離、柱の死角、そして暴発が起きた際に壁となる遮蔽物を、瞬時に、かつ徹底的に確認した。護衛や付き添いのスタッフすら信用していない、ヒリヒリするような警戒心。

 その野生動物のような動きに、タケルは少しだけ眉を上げ、興味深そうな視線を向けた。

 

 続いて、規則正しい、軍隊のような足音と共に現れたのが、中国代表の陳暁(チェン・シャオ)だ。

 18歳にして中国の国立探索者育成基地でトップの成績を収めた紅旗小隊の隊長。長槍を背負い、一糸乱れぬ統制された動きで入場した彼は、他国の参加者に完璧な角度で礼をしてみせた。だが、その瞳には個人の感情は一切なく、あくまで「国家の顔」としての冷徹な観察者の光が宿っていた。彼は会場の設備や他国の装備を一瞥しただけで、その軍事的評価を頭の中で計算し終えているようだった。

 

「Hi, guys!(やあ、みんな!)」

 重苦しい空気を打ち破るように、派手な足音と明るい声と共に登場したのは、アメリカ代表のエヴァン・ブレイクだった。

 金髪碧眼、長身でモデルのようなルックス。彼はスポンサーロゴの入った特注の魔法衣(ローブ)を翻し、まるでレッドカーペットを歩くハリウッドスターのように余裕の笑顔を振りまいた。メディアに慣れ、自分の成功と強さを全く疑っていない、典型的な能力至上主義者。

 エヴァンはタケルを一瞥すると、「へえ、君が噂の日本の高校生スターかい? よろしくな」と、フレンドリーながらも明確に「格下」を見るような視線で軽く手を挙げた。タケルはそれに、苦笑しながら小さく手を振り返した。

 

 そこへ、場違いなほどの気品を漂わせて入場してきたのは、英国のシャーロット・ウィンザーと、その護衛ウィリアムだった。

 純白のシルクに最高級の魔力糸を織り込んだドレスアーマー。彼女の歩く姿は、まるで宮廷の舞踏会にでも訪れたかのようだ。世間知らずな好奇心が前に出ているシャーロットに対し、護衛のウィリアムは周囲のすべてを敵と見做すような警戒の塊となって彼女に寄り添っている。シャーロットはラヴィの鋭い目つきに少し興味を惹かれたようだったが、どう距離を取るべきか分からず、扇子で口元を隠して視線を泳がせていた。

 

 最後に、少し遅れてだるそうに会場に足を踏み入れたのは、ロシア代表のアレクセイだ。

 熊のような巨躯に、歴戦の傷跡が刻まれた重厚な革鎧。背中には自分の背丈ほどもある巨大な両手斧を背負っている。彼は周囲の形式ばった空気を鼻で笑い、「堅苦しい場所だな」とロシア語で吐き捨てた。だが、その足運びは音を立てず、強そうな相手――タケル、陳暁、エヴァン――だけは、しっかりと射抜くような目でチェックしていた。

 

 その他にも、背景にはEU統合ギルドからの出稼ぎ枠であるハンスやピエールの姿もあった。彼らの装備は他国代表の豪華な特注品に比べると明らかに地味で傷だらけだったが、その分、瞳の奥にはギラギラとしたハングリー精神が燃えていた。

 

 観戦室のKAMIが、ポテトチップスを咀嚼しながら満足げに呟いた。

「へえ。ビルドも性格もバラバラで、なかなか面白い面子が揃ったじゃない。……あのアメリカの子、自信満々でいいわね。ラヴィはまだ全然誰も信用してないし、中国の子は真面目すぎ。人間観察としては最高の布陣だわ」

 

「……彼らがこの後、どう動くか。胃薬の用意は万全です」

 沢村が、ハンカチで額の汗を拭った。

 

 広間の中央に、日本側の担当者――月読ギルドの幹部の一人が進み出て、マイクを握った。

 

「皆様、長旅ご苦労様でした。これより、『国際新世代探索者交流プログラム』の開会ブリーフィングを行います」

 担当者の声は事務的で、一切の感情を挟まない冷徹なものだった。

「誤解のないよう、最初にお伝えしておきます。このプログラムは、単なる国際親善の場ではありません。世界は今、B級ダンジョンという未知の危険域に直面しています。皆様には、若手探索者の安全基準の共有、各国のダンジョン運用感覚のすり合わせ、共同任務時の最低限の連携確認、そして……将来的な『国際的ダンジョン危機対応』の予備接続を目的として、ここに集まっていただきました」

 

 担当者の言葉には、明確な圧力がこもっていた。

 要するに、「君たちはもう、一国だけのスターではない。世界の命運を共有する駒である」と、暗に宣言しているのだ。

 

 参加者たちの反応は様々だった。

 タケルは「思ったよりガチで真面目だな……」と小さく肩をすくめた。

 エヴァンは鼻で笑い、「交流ってより、ただの選抜試験じゃん」と呟いた。

 陳暁は、祖国からの命令を果たすために当然のこととして、微動だにせず正面を見据えている。

 ラヴィは、国家という巨大な力に再び利用されるのではないかという警戒心を、さらに強くして目を細めた。

 シャーロットは「公的な使命ですわね」と背筋を正し、アレクセイは「自由参加って言ってなかったか? 面倒くせえ」と小さくぼやいた。

 

 観戦室のKAMIが、呆れたように笑う。

「あーあ。最初から大人の都合が透け透けね。でもまあ、隠しても無駄よね。あの子ら、バカじゃないんだから、自分がどういう風に利用されるかくらい分かってるわよ」

 

「……想定通りです。隠すよりも、最初から現実を突きつけた方が彼らには響きます」

 九条が、モニターのデータをスクロールさせながら冷徹に応じた。

 

「では、ブリーフィングに先立ち、まずは各自の自己紹介をお願いします」

 担当者の促しで、円陣を組むように並んだ若者たちが、順番に口を開いた。単なる名前の紹介ではない。その短い言葉の中に、彼らのダンジョンに対する価値観と、背負っているものが露骨に漏れ出ていた。

 

「日本のタケルです。専業探索者志望。今は月読ギルドでお世話になってます。学校は一応行ってるけど、現場優先って感じでやってます」

 タケルは軽く手を挙げ、飄々とした口調で言った。だが、その言葉の裏にある「学校よりも現場」という覚悟の重さは、彼の纏うオーラが証明していた。

 

「……ラヴィだ。インドから来た」

 必要以上のことは一切言わない。その極端な短さが、逆に彼が抱える「重さ」を周囲に突きつけていた。他国の参加者たちが、探るような視線を彼に向ける。

 

「中国人民の期待を背負って参りました、陳暁です。国家の代表として、大いなる成果を持ち帰るために全力を尽くす所存です」

 完璧な姿勢で言い放つ陳暁。そのあまりにも国家主義的な挨拶に、タケルは「うわぁ、堅苦しいな」というように少しだけ眉を上げた。

 

「アメリカのエヴァン。よろしくな。俺は勝てる奴と組みたい。強いなら国籍はどうでもいい。弱い奴は足手まといだから遠慮してくれよ?」

 爽やかな笑顔で、しかし恐ろしく残酷な能力主義をさらりと口にするエヴァン。陳暁とは全くベクトルが違う、個人主義の強者としての矜持がそこにあった。

 

「英国のシャーロット・ウィンザーですわ。我が国の若い探索者世代の責任を代表して、皆様と有意義な交流を深めたいと思っております」

 優雅にカーテシーを披露するシャーロット。その気品には、隠しきれない「上から目線」が混じっていた。彼女は隣に立つラヴィにチラリと目を留めたが、その薄汚れた経歴を持つ青年とどう距離を取るべきか測りかねているようだった。

 

「ロシアのアレクセイだ。別に国家代表なんて柄じゃねえんだが、上の連中に来いって言われて仕方なくな。まあ、お前ら、死なない程度によろしく頼むわ」

 巨斧を肩に担ぎ直し、面倒くさそうに吐き捨てるアレクセイ。だが、その粗野な挨拶が、逆にピンと張り詰めていた会場の空気を少しだけ緩ませた。

 

 自己紹介が終わり、わずかな自由時間が与えられると、即座に小さな摩擦の火種が燻り始めた。

 

「日本の高校生スター君。君の活躍は動画で見たよ。なかなか良い動きをしてるけど、あんな派手な剣術、アメリカの最新の魔導戦術の前じゃすぐに息切れするぜ?」

 エヴァンが、親しげな顔をしてタケルに近づき、チクリと煽りを入れる。

「心配ありがと。でも、魔法使いさんに息切れの心配されるとはね。前衛の俺が倒れる前に、ちゃんと後ろから火力出してくれよな」

 タケルも負けじと、笑顔のまま反撃する。

 

 一方、英国のウィリアムは、ラヴィに向かって冷ややかな視線を向けていた。

「インドの……特別参加枠の方でしたか。我々のような正規の教育を受けた者たちに、ついてこられると良いのですがね」

 ラヴィは無表情のまま、ウィリアムの首元から足元までを値踏みするように見つめ返し、一言だけ返した。

「教育より、生き残る嗅覚の方がダンジョンじゃ役に立つ。……あんた、背中ががら空きだぞ」

 

 さらに別の場所では、陳暁とアレクセイが衝突しかけていた。

「国家の強固な支援なくして、探索者の継続的な成長はあり得ない。我々の規律こそが最強だ」と主張する陳暁に対し、アレクセイは鼻で笑った。

「国家国家うるせえな。最後に頼りになるのは、お偉いさんの支援じゃねえ。自分の握ってるこの斧だけだ」

 

 パチパチと火花が散る会場。

 

 観戦室のKAMIが、ポンッと手を叩いて喜んだ。

「あ、始まった。若いのに、ちゃんと自分のプライド持ってて面倒くさくて最高ね」

 沢村は胃薬のボトルをポケットから取り出しながら、「想定通りとはいえ……頭が痛い」と呻いた。

「想定通りです。ここからが本番ですよ」

 九条は冷徹に言い放った。

 

 このままでは、ただの喧嘩で終わってしまう。

 しかし、彼らを結びつける「最強の共通言語」を、運営側は用意していた。

 

「――では皆様、席についてください」

 ブリーフィング担当者が、パンッと手を叩いて注目を集めた。

「次に、実践的な情報共有を行います。現在、皆様が直面している『B級以降のマイナス耐性域』の危険な環境について、各自の経験を共有してください」

 

 その言葉が発せられた瞬間。

 会場の空気が、劇的に変わった。

 先程までの国籍や身分、プライドの張り合いが、一瞬にして消え失せ、本物の「戦士」たちの真剣な空気に塗り替えられたのだ。

 

「……マイナス耐性域での戦いか。中途半端な装備はマジで死ぬ。一瞬の油断が即死に繋がる。常にHPを最大に保つためのリソース管理が絶対条件だ」

 タケルが、先程の軽いノリを消して、重い声で言った。

 

「敵より先に退路を確認しないと終わる。囲まれたら、どんな高火力でも対応しきれない。地形を把握し、常に背中を守る壁を確保するのが鉄則だ」

 ラヴィが、鋭い目で周囲を見渡しながら、自らの過酷な生存術を語った。

 

「乱戦は避けるべきです。槍は、隊列を維持できる狭所でこそ活きる。前衛が崩れれば全てが瓦解する。陣形の維持こそが命です」

 陳暁が、理路整然と戦術論を展開する。

 

「派手な魔法は確かに強いが、持久戦になるとMPが詰む。いかに低コストの魔法で敵を削り、決定的な瞬間に火力を集中させるか。魔力管理のシビアさはC級の比じゃない」

 エヴァンも、真面目な顔で魔法使いとしての苦悩を吐露した。

 

「高火力後衛でも、護衛のタンクが倒れたら終わりですわ。後衛がどれだけ火力を持っていようと、前衛の盾への信頼がなければ、詠唱の時間を稼ぐことすらできません」

 シャーロットが、自身の経験を踏まえて切実に語る。

 

「結局、最後は一回も判断を間違えない奴が生きるんだよな。運じゃねえ、一瞬の状況判断だ。……まあ、それが一番難しいんだがな」

 アレクセイが、肩をすくめて笑った。

 

 国籍も、身分も、戦い方も違う。

 だが、彼らは皆、同じ「B級の地獄」を見て、同じように死にかけてきた者たちだ。

 ダンジョンの現場の生々しい話になった瞬間、彼らの間には確かな「共鳴」が生まれていた。

 

 観戦室のKAMIが、満足げにモニターを指差した。

「ほらね。結局あの子ら、ボス戦や死にかけた話になると、一瞬で分かり合うのよ。人間同士の共通言語って、愛とか平和とかじゃなくて、案外『理不尽な死に直面した経験』なのかもね」

 

「……少しは、話が通じるようになったようだな」

 沢村が、ほっと胸を撫で下ろした。

 

「では、空気も温まったところで、最初の共同課題を発表します」

 担当者の言葉に、若者たちは一斉に視線を向けた。

 

「単なる模擬戦や、モンスターの撃破数競争は行いません。本プログラムの最初の課題は……『要救助者の回収と撤収』です」

 

 背後のモニターに、巨大な施設の立体マップが表示される。

「ここは、B級ダンジョン環境を模した簡易シミュレーション施設です。状態異常、マイナス耐性デバフ、そしてランダムな崩落リスクが再現されています。制限時間内に、最深部に取り残された『ダミーの要救助者』を回収し、全員生還して撤収すること。

 評価基準は『撃破数』や『クリアタイム』ではありません。『全員生還』と『要救助者の無事』が最優先事項です」

 

 その意図は明白だった。

「このプログラムは、個人の派手な力を見せつける場ではない。仲間を生かすための場だ」という、運営からの強烈なメッセージ。

 

 参加者たちの初期反応は、やはりそれぞれのプレイスタイルを表していた。

 タケルは即座に自分の装備をチェックし、制限時間とマップの距離を計算し始めている。

 ラヴィはモニターのマップを凝視し、考え得るすべての退路と、視界の悪くなりそうなチョークポイントを頭に叩き込んでいる。

 陳暁は周囲のメンバーを見回し、指揮系統をどう構築するか思案している。

 エヴァンは自分の魔力量でどれだけ敵を面制圧できるか、火力の試算を行っている。

 シャーロットは、誰が自分の護衛(タンク)に入ってくれるのか、役割分担を確認したそうにしている。

 アレクセイは面倒くさそうに首を鳴らしたが、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

 観戦室のKAMIが、嬉しそうに手を叩いた。

「いいじゃない。殺し合いの対人戦(PvP)じゃなくて、救助ミッション。こういう制約がある課題の方が、ただ強いだけじゃない、地頭の良さとか連携のセンスが出るのよね」

 

「では、チーム分けを発表します。三名一組の混成チームです」

 担当者が名簿を読み上げる。

 

「チームA。日本のタケル、インドのラヴィ、英国のシャーロット」

「チームB。中国の陳暁、アメリカのエヴァン、ロシアのアレクセイ」

 ※今回は主役クラスに絞るため、護衛のウィリアムや、EUのハンスとピエールは補助観察に回されることになった。

 

 チームAの空気が、早くもギクシャクし始めていた。

 タケルは「よろしくな!」と気楽に声をかけるが、ラヴィはまだ警戒心を解かずに短く頷くだけ。シャーロットに至っては、ラフな高校生と薄汚れた雰囲気のインド青年の間に挟まれ、どう接していいか分からず、困惑して扇子を弄っている。

 だが、彼らは三人とも、生き残るための「頭」は悪くなかった。

 

 一方、チームBの空気は、まさに一触即発の爆発寸前だった。

「私が指揮を執る。中国軍の規律に従い、最短ルートで突破する」と宣言する陳暁。

「はあ? 指揮は一番火力の出る俺が取るのが筋だろ。俺の魔法で吹き飛ばしながら進めばいい」と能力至上主義を押し付けるエヴァン。

「どっちが指揮を執るにせよ、俺に命令したけりゃ実力で証明してみせろ。口先だけの奴には従わねえぞ」と斧を構えて反発するアレクセイ。

 我が強すぎる三人が、開始前から完全に噛み合っていない。

 

 観戦室のKAMIが、ポテトチップスを吹き出しそうになった。

「ぶっ……! あっちのBチーム、だいぶ事故るわね、これ。でも見てて最高に面白いのは絶対あっちよ!」

 沢村は再び胃を押さえ、顔を青ざめさせた。

「……あれで本当に大丈夫なのか? 誰か死ぬんじゃないか?」

「訓練シミュレーターですので、致命傷は強制転送で防がれます。ご安心を」

 九条が、モニターの緊急停止ボタンに手を置きながら無表情で答えた。

 

「では、実技課題を開始します。ゲート・オープン!」

 

 シミュレーターへの扉が開き、両チームが薄暗い迷宮へと足を踏み入れた。

 

 チームAの進行は、驚くほど慎重だった。

 序盤、シャーロットが後衛からの高火力魔法で敵の群れを一掃しようと前に出ようとする。

「下がれ! まずは視界と地形の確保が先だ!」

 タケルが鋭い声でそれを制止した。

「……ッ、ここ、足場が脆いぞ。それに右の通路から奇襲が来る地形だ」

 ラヴィが地面の僅かなひび割れと、空気の淀みから、崩落のリスクと退路の危険性をいち早く見抜く。

 

 中盤。小規模な罠が作動し、通路に毒の霧が充満しかけた。

 シャーロットが焦り、「私が風の魔法で吹き飛ばしますわ!」と大魔法の詠唱に入ろうとする。

「やめろ! ここで派手な魔法を使えば、衝撃で天井が落ちるぞ!」

 ラヴィが咄嗟に彼女の腕を掴んで止めた。

「任せろ、俺が抜ける!」

 タケルが、ラヴィの判断を完全に信頼し、最小限の動きで罠の発生源へ肉薄し、物理的に破壊して霧を止めた。

 

 その一連の動きの中で、三人の間に明確な変化が起きていた。

 シャーロットは初めて、ラヴィの異常なまでの「警戒心」が、単なる臆病ではなく、泥水の中で生き抜いてきた本物の「経験」から来るものだと理解した。

 ラヴィは、タケルがただの軽い高校生ではなく、現場の状況に応じて瞬時に仲間の判断を受け入れ、行動に移せる高い適応力を持っていることを知った。

 タケルは、シャーロットがプライドだけの貴族令嬢ではなく、間違っていると言われれば、すぐに自分の行動を切り替えられる素直さと度胸を持っていることを評価した。

 

 派手さはない。だが、チームAは「勝つ」ことよりも「絶対に死なない」ことを最優先に行動し、もっとも安定した進行を見せていた。

 

 一方、チームBは地獄だった。

 序盤から、陳暁の軍隊式ルート進行と、エヴァンの力押しが完全にバッティングしていた。

「エヴァン、無駄撃ちをするな! 魔力を温存しろ!」

「うるさいな、これで倒せるなら手っ取り早いだろ!」

 エヴァンの高火力魔法が迷宮内に轟き、敵を粉砕するが、その衝撃で余計な敵の群れまで引き寄せてしまう。

「だから言っただろうが! 机上の作戦(最適化)なんざ、現場じゃ役に立たねえんだよ!」

 アレクセイが苛立ちながら、群がる敵を斧で薙ぎ払う。

 

 中盤、要救助者のダミーを発見した際、最大の危機が訪れた。

 ダミーの周囲には強力なトラップと多数の敵が配置されていた。

「私が突行して回収する。お前たちは援護しろ!」

 陳暁が任務優先で強引に押し切ろうとする。

「いや、俺の魔法で一帯を焼き払ってから安全に回収すべきだ!」

 エヴァンが火力を主張する。

 

 だが、二人とも決定的なことを見落としていた。

「おい、待て! 今の火力で焼いたら、ダミー(救助対象)ごと消し飛ぶぞ! 全員成功の条件を落とす気か!」

 アレクセイだけが、現場の状況を冷静に俯瞰し、最悪のシナリオに気づいた。彼は陳暁とエヴァンの間に割って入り、強引に二人の動きを止めて連携を修正させた。

 

 結果として、チームBは圧倒的な個の力で敵を殲滅し、ダミーを回収して完遂はした。

 だが、それはあまりにもギリギリの、綱渡りのような勝利だった。「強い」ことと「共同任務に向いている」ことは、全く別次元の話であるという残酷な現実が、そこに露呈していた。

 

「――実技終了。結果を発表します」

 モニター越しに、担当者の声が響いた。

 

 チームA。

 総合評価:S。

 時間はかかったものの、無駄なダメージを一切受けず、完璧な連携で救助を成功させた。タケル、ラヴィ、シャーロットの三人は、汗を拭いながら互いに目を合わせ、少しだけ照れくさそうに笑い合った。

 

 チームB。

 総合評価:B。

 タイムは最速だったが、連携面での多大な課題と、救助対象を危険に晒した点が大きく減点された。陳暁とエヴァンは、自身のプライドをへし折られ、内心の悔しさに唇を噛み締めている。アレクセイは「だろうな。俺の言った通りだ」と鼻で笑った。

 

 交流会らしい、静かな余韻が会場を包む。

 シャーロットが、ラヴィの前に歩み寄り、少しぎこちないが、真摯な態度で頭を下げた。

「……貴方の的確な判断に、救われました。感謝いたしますわ、ラヴィさん」

 ラヴィは、貴族からの礼に一瞬戸惑い、警戒の目を見せたが、最後には短く頷いて返した。

「……気にするな。死なないためだ」

 そこへタケルが歩み寄り、ラヴィの肩を軽く叩いた。

「お前、最初は堅物かと思ったけど、現場じゃめっちゃ信用できるな。助かったぜ」

 ラヴィは、タケルの軽さに呆れたように息を吐いた。

「……お前は、思ったよりうるさい奴だな。だが、動きは悪くなかった」

 オンラインでの画面越しの共鳴が、血と汗を流した現実の共闘を経て、本物の「戦友としての関係」に変わり始めていた。

 

 観戦室のKAMIが、満足げに手を叩いた。

「へえ。ちゃんと『生き残るためのチーム』になったじゃない。やっぱりラヴィ、重いもの背負ってるけど良い判断するわね。タケルはあれでちゃんと緩衝材になって場を回すのが偉いわ」

 

 その後、施設の食堂で設けられた休憩時間。

 最初は国ごとに固まっていた若者たちも、次第に混ざり合い、一つの共通言語――「ダンジョン」について語り合い始めていた。

 

「俺の最初の装備、親父に借金してオークションで買った炎の剣なんだよな。あれがなかったら今頃F級で死んでたわ」

 タケルの言葉に、ラヴィが自嘲気味に返す。

「俺の最初は、そこらの工事現場から拾ってきた鉄パイプだ。防具なんてTシャツ一枚だったぞ」

「えっ!? 鉄パイプ一本で!? マジで!?」

 エヴァンが信じられないという顔で身を乗り出す。

「わたくしの初装備は、一族の者が用意してくれた最高級の特注品でしたわ……。皆様の苦労に比べれば、恥ずかしい限りです」

 シャーロットが少し恥じ入るように言うと、アレクセイが豪快に笑った。

「良い装備を持つのは悪いことじゃねえよ。だが、最後に残るのは自分の腕と判断力だけだ。どんな名剣も、振るう奴がビビってりゃただの鉄屑だからな」

「……同感だ。国家が用意した最高の装備を、己の技量で完璧に使いこなす。それもまた実力のうちだ」

 陳暁が、真面目くさった顔で頷く。

「まあ、結局は装備も才能も、生き残って上手く使った奴の勝ちだろ?」

 エヴァンが、悔しさを隠してウィンクしてみせる。

 

 価値観も、生まれも、国籍も全く違う連中。

 だが、最初の武器の話、死にかけた瞬間の話、マイナス耐性域の理不尽さ、そしてダンジョンの中で食べる非常食の不味さについて。

 ダンジョンの話になった瞬間だけは、彼らは同じ言語を共有し、心から笑い合っていた。

 背景で見ていたEUのハンスとピエールも、「金で買った装備と、技術で埋めた経験の差だな」と語り合いながら、彼らの輪に加わっていく。

 

 食堂の喧騒をモニター越しに見下ろしながら、沢村総理が深い安堵の息をついた。

「……どうなることかと思いましたが。思ったより、ちゃんと『交流』になっていたな」

「ええ」

 九条が、感情のない声で冷徹な事実を告げる。

「彼らは見事に、一人の探索者として通じ合いました。……しかし、この先は違います。彼らが帰国すれば、国家の思惑が今以上に強く彼らにのしかかるでしょう。この和やかな時間は、今日限りのものかもしれません」

 

 KAMIは、訓練の映像ウィンドウをスワイプして消し、代わりに巨大な世界地図をモニターに表示させた。

 

「若いのが顔合わせして、実力の確認が終わったなら。次は、マップを広げる番かしらね」

 

 彼女は、地図の上で、赤く点滅する二つの巨大な陸塊――インドとイギリスの位置に、細い指を置いた。

 

「やっぱり次は、あの二つの扉を開けるのが面白そうだわ」

 

 その言葉に、九条は無言のまま、眼鏡の奥の目を鋭く光らせて反応した。

 沢村は、再び胃の痛みがぶり返してきたのを感じ、「また……胃薬の量が増えるな……」と弱々しく呟いた。

 

 KAMIだけが、これから起こるであろう世界的な大混乱を想像し、最高に面白そうに、邪悪で無邪気な笑みを浮かべていた。

 

 彼らはまだ、友達ではない。

 だが、もう単なる他人でもない。同じ時代、同じ理不尽なシステムに挑む「同業者」としての硬い共鳴が、彼らの間に確かに生まれていた。

 そして神は、その若き駒たちを配置し終え、次なる巨大な盤面を動かそうとしている。

 

 次なる舞台は、灼熱の混沌と、霧深き策謀の国。

 世界の地図が、また新しく書き換えられようとしていた。

 

 

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