賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい   作:パラレル・ゲーマー

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第96話

 その日、日本の、いや世界の歴史が、静かに、そして不可逆的に、その新しい一ページをめくった。

 場所は東京・渋谷。かつて若者文化の発信地として、そして世界で最も有名な交差点として知られたその場所は、今や人類の未来を占う、最も巨大な野外劇場と化していた。

 

 スクランブル交差点のど真ん中、ハチ公前の広場を飲み込むようにして、それは鎮座していた。

 高さ約五メートル、黒曜石を思わせる、どこまでも滑らかで、周囲のネオンの光さえも吸い込むかのような漆黒のフレーム。まだ起動していないダンジョンゲートだ。

 

 その異質なゲートを何重にも取り囲むのは、人・人・人の壁。さらにその外側には、この歴史的瞬間を一秒でも早く世界に伝えようと、世界中から集まった数百のメディアが巨大なキャンプを形成していた。彼らの無数のカメラのレンズが、これから歴史が刻まれるであろう一点に、飢えた獣の目のように向けられていた。

 

「――まもなく突入予定時刻です」

 

 交差点を見下ろすビルの屋上に急遽設営された、野戦指揮所の巨大なテントの中。作戦の総指揮を執る榊(さかき)一等陸佐が、壁一面を埋め尽くすモニターを睨みながら、冷静に告げた。

 

 彼の隣では、オブザーバーとしてこの作戦に同行を許されたジャーナリスト、黒崎謙司が、固唾を飲んでその光景を見守っていた。

 

「……榊一佐。国民が最も知りたいのは、やはり安全性です。本当に兵士たちの命に、危険はないのでしょうか」

 

「黒崎さん、我々はあらゆる事態を想定しています」 と榊は答えた。その声には、軍人としての絶対的な自信が宿っていた。

「それに、KAMI様からも『大丈夫』とのお墨付きをいただいている。神のインフラを、我々は信じるだけです」

 

 その言葉と同時だった。ゲートが、何の予兆もなく、その内側に漆黒の渦を生み出した。まるで夜そのものが凝縮されたかのような、どこまでも深い闇。

 

 榊がマイクに向かって、力強く、そして明瞭に命じた。

「――第一次先行調査部隊、突入せよ!」

 

 ゲートの前に整列していた陸上自衛隊第一空挺団および特殊作戦群の精鋭十二名が、寸分の狂いもない動きで、その闇の中へと一人、また一人と吸い込まれていく。

 

 最後の隊員の姿が消えた瞬間、渋谷の喧騒は完全に沈黙した。数秒が数時間にも感じられる、張り詰めた静寂。

 

 その静寂を破ったのは、指揮所のスピーカーから響き渡った、若い隊員の、冷静な、しかし興奮を隠しきれない声だった。

 

『――こちらアルファ1! 内部に進入! 全員異常なし! こちらの映像・音声、クリアに届いているか!?』

「こちらCP(指揮所)! 電波良好だ!」 と榊が応じた。

「まあ神のインフラだからな、それくらいはしてくれるだろう。周囲の状況を報告せよ!」

『了解! 周囲は……洞窟です。緩やかな下り坂になっており、壁には微かに発光する苔のようなものが…。酸素濃度・気圧ともに正常値。汚染も検知されません。安全を確保しつつ、先行します!』

 

 指揮所のメインモニターに、隊員のヘルメットカメラが捉えた薄暗い洞窟の映像が映し出される。その光景を、渋谷の群衆も、世界中の人々も、固唾を飲んで見守っていた。

 

 そして、突入から約十分後。その時は訪れた。

 

『――CP! 前方に未確認生命体を発見! 数は三! ゴブリンと思われる個体と接敵! これより戦闘行動に入ります!』

 

 モニターの映像が激しく揺れる。暗視カメラが捉えたのは、緑色の肌をした背の低い人型の生物。その手には、粗末な棍棒が握られていた。

 

 ゴブリンの一体が、奇声を発しながら先頭の隊員に殴りかかる。だが、その動きはあまりにも遅かった。分かりやすい軌道で振り下ろされる棍棒を、隊員はこともなげに、左腕一本で受け止めた。

 

「――せいぜい子供程度の戦闘能力です!」

 

 その冷静な報告と共に、隊員の右手が閃いた。特殊合金製のコンバットナイフが、ゴブリンの首を、まるでバターを切るように一閃する。

 

 ワンパン。ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、光の粒子となって霧散した。残る二体も同じだった。訓練された精鋭たちの前に、彼らは敵ですらなかった。

 

『ゴブリン三体、討伐完了! こちらの損害、皆無!』

 

 隊員の報告に、渋谷の群衆から安堵と興奮の歓声が上がる。

 

『変化あり! ゴブリンが消滅した地点に何かが……! ドロップ品と思われます! F級の魔石を一つ、片手剣を一本入手!』

 

 モニターの片隅に、隊員の視界にだけ表示されるAR情報が、共有ウィンドウとして映し出された。そこには、入手したアイテムの詳細な性能が表示されている。

 

 ――――

 名前:F級魔石

 レアリティ:コモン

 種別:素材/エネルギー源

 

 効果テキスト:

 この石は術者の「意志」に呼応し、その内に秘められた純粋な魔力エネルギーを、様々な現象へと変換する奇跡のエネルギー源である。

 

 ・熱変換:術者の意志に応じて熱を発生させることができる。

 例:約1リットルの水を瞬時に沸騰させる程度の熱量。

 

 ・電力変換:術者の意志に応じて電力を発生させることができる。

 例:スマートフォンのバッテリーを一瞬で満充電にする程度の電力。

 

 ・物理干渉:術者の意志の強さに応じて、軽い物体を宙に浮かせたり、動かしたりすることができる。

 

 ただし内包する魔力は有限であり、一度その力を使い果たした魔石は、ただの石ころと化す。

 

 フレーバーテキスト:

 神が天から火を盗んだプロメテウスを罰したように、我々もまた、この地底から盗み出した新たな『火』によって罰せられるのだろうか。

 

 いや、違う。

 

 これは罰ではない。

 次なる時代へと進むための祝福だ。

 ――――

 

「ご苦労」 と榊は冷静に応じた。

「では、ゴブリンをどんどん倒して装備を回収していけ。アルファ2は、その片手剣を使ってみろ。銃器との有効性を比較する」

『了解! 片手剣を使用します!』

 

 部隊は洞窟の奥へと、さらに進んでいく。ゴブリンの群れが、次から次へと現れる。だが、彼らはもはや脅威ではなかった。ただの経験値であり、資源だった。

 

 そして、ちょうど十体目のゴブリンを片手剣で斬り伏せた、その瞬間。アルファ2の隊員の身体が、淡い光に包まれた。彼の耳元で、そして指揮所のスピーカーを通して世界中に、高らかなファンファーレが鳴り響いた。

 

『――なっ!? CP! 身体に変化が……! 目の前にウィンドウが!』

 

【LEVEL UP!】

【ITEM BOX を入手しました】

【SKILL POINT を入手しました】

 

「スキルポイントを入手したと、アナウンスがありました!」

 榊はマニュアル通りに冷静に、しかしその声には隠しきれない興奮を滲ませて言った。

「どうぞ!」

「了解!」 と榊は続けた。

「ひとまずそのポイントは、何もせずに温存しろ! 討伐を続けろ!」

 

 彼らは、神が作った新しい世界のルールを、一つまた一つと、その身をもって学んでいく。

 

 やがて部隊は、洞窟の最深部、一回り大きな広間へとたどり着いた。そこには、一体の、他のゴブリンよりも一回り大きく、粗末な杖を持った個体が、数体のゴブリンを従えて待ち構えていた。

 

『新たな敵と接敵しました! ゴブリン・シャーマンと思われます!』

「よし、倒してみてくれ」

 

 戦闘は一瞬で終わった。隊員たちはもはや手慣れたもので、完璧な連携で周囲のゴブリンを軽くいなし、そして一人の隊員がシャーマンの懐へと一瞬で潜り込み、その心臓をナイフで貫いていた。

 

 シャーマンが光の粒子となって消滅した、その瞬間。ダンジョン全体が、静かに、そして荘厳に鳴動した。隊員たちの目の前に、一つの巨大なメッセージが浮かび上がった。

 

【F級ダンジョン『最初の隘路』討伐完了】

 

「了解した」 と榊は言った。その声には、深い安堵の色が浮かんでいた。

「第一次調査任務、完了だ。直ちに帰還せよ」

『了解! アイテムを全て持って帰還します!』

 

 広間の中央に、来た時のゲートとは異なる、青白く輝く光の渦――帰還用のポータルが出現する。隊員たちがその光の中へと、一人、また一人と姿を消していく。

 

 そして数秒後。渋谷スクランブル交差点。

 

 漆黒のダンジョンゲートが、その渦を青白い光へと変えた。

 その光の中から、十二名の精鋭たちが、何事もなかったかのように、一人、また一人と歩み出てきた。

 

 その瞬間、渋谷を、日本を、そして世界を覆っていた張り詰めた沈黙が爆発した。

 

 うおおおおおおおおおおおおッ!!!!

 

 割れんばかりの地鳴りのような歓声。人々は泣き、笑い、そして見ず知らずの隣人と、固く固く抱き合った。

 

 英雄たちの凱旋。先頭に立った隊長がヘルメットを脱ぎ、その手にしたドロップ品の片手剣と、数個の魔石を高々と天に掲げてみせた。

 

 その光景が、この新しい時代の始まりを告げる、最初の、そして最も力強いファンファーレだった。

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