ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜   作:カエサル

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13.世界の終焉

 

 

二〇二四年十一月七日 第七十五層・コリニア 転移門広場

 

「……まだ、誰も来てないな」

 

シュウは七十五層の転移門も広場に訪れる。そこにはまだ誰もおらずシュウが一番乗りのようだ。

気持ちを落ち着かせるにはちょうどいい。柱に背中を預けると眼をゆっくりと閉じた。

この層でこの鉄の牢獄を終わらせるためにシュウがやることは決まっている。

この予想通りならこの世界を終わらせることはできる。仮にできなかったとしてももう迷うことはない。自分の直感を信じるだけだ。

時間が経つにつれて次々と集まってくるプレイヤーたち。聖竜連合や風林火山といった攻略組のトップ集団ばかりだ。

クラインはシュウを見つけると手を振りながらこちらに近寄ってくる。その後ろにはエギルの姿も見える。

 

「よっ! シュウ、元気そうだな。一ヶ月ぶりぐらいか」

 

「お前らも元気そうだな」

 

シュウとクライン、エギルが拳を合わせる。

その直後、誰かがまた転移してくる。それを見た時にわずかに笑みがこぼれた。

黒のコートをまとい、背負われる黒と水色の片手剣を持つ《黒の剣士》キリトと白のノースリーブに赤のスカートの腰には、細剣をさす血盟騎士団副団長《閃光》のアスナだ。

現れた二人に一気に注目が集まる。

 

「おう!」

 

「なんだ、お前らも参加するのか」

 

「なんだってことはねぇだろ? こっちは商売を投げ出して加勢に来たんだぞ。この無視無欲の精神を理解出来ないかい?」

 

「じゃあ、お前は戦利品の分配からは除外するからな」

 

「いやぁっ! それはだなっ!?」

 

エギルの慌て方にシュウたちは笑う。

そんなくだらない話をしているとここがデスゲームの中で、その最前線なのだと言うことをわすれそうになる。

しかしあのプレイヤーが現れるとともにその空気は一変する。血盟騎士団団長《神聖剣》の使い手、SAO最強のプレイヤー、ヒースクリフと血盟騎士団の幹部たちだ。

 

「コリドーオープン」

 

来るや否やヒースクリフは回廊結晶を手に持つ。通常の転移結晶では一人しか転移することはできないが、この回廊結晶は最大で四十八人を同時に特定の場所に転移させることができる。しかし、それはボスクラスのモンスターのドロップアイテムだったりトレジャーボックスに各層一つずつしか存在していないとてもレア度の高いアイテム。

このようなフロアボス攻略などの事前にアイテム消費やプレイヤーたちの疲労を軽減させるために使用されることが多い。

 

「さぁ、行こうか」

 

ヒースクリフの掛け声とともに集まっていたプレイヤーたちが次々と転移していく。強烈な光に包まれた先には、薄暗い部屋の中には不気味さを漂わせる巨大な扉が待ち構えていた。

フロアボス部屋。いつも以上にその部屋からは異様な雰囲気が漂ってくる。

昨日の話を聞くに偵察部隊がボス部屋を確認しにいったところ数人が入ったところで扉が急に閉まり、次に開いた時にはボスの姿もプレイヤーの姿も見当たらなかったという。プレイヤーたちは転移結晶で逃げたのではなく死亡していた。

つまりこの部屋も結晶無効化の可能性が高い。

それに七十五層。クォーターポイントと呼ばれるSAO内でも以上なまでに強いボスがいる層だ。これまでの二十五層、それに五十層も多くの犠牲者を出した層だった。

つまり今回も生半可な強さではないはずだ。七十四層だってキリトが二刀流を使わなければあれ以上の被害が出ていたのは間違いない。

今一度、集まったプレイヤーたちは装備の確認をする。力を出し惜しみして勝てる様な生半端の敵じゃないはずだ。

 

「準備はいいかな」

 

扉の前に立つヒースクリフ。

 

「基本的には、血盟騎士団が前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限り攻撃パターンを読み取り柔軟に反撃してほしい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。解放の日のために」

 

その場にいる皆が声をあげる。その光景は過去にも見たことがあった気がした。始まりでもあった二年前の光景。自分のためではなく、皆のために戦おうとした戦士(ナイト)の姿を思い出す。

だが、シュウにはもう一つやらなければいけないことがある。この戦いを生き抜いてなんとしてでも果たさなければいけないことがある。

 

「死ぬなよ」

 

「お前こそ!」

 

「今日の戦利品で一儲けするまで死ぬ気はねえぜ!」

 

キリト、クライン、エギルが互いに言葉をかける。そしてついに始まる未知のボス戦。

 

「戦闘開始!!」

 

ヒースクリフの声とともに、プレイヤーたちは一斉にボスの部屋に侵入する。部屋の中は薄暗くボスの姿は見当たらない。

すると退路を閉じるようについさっきまで入ってきた扉が閉ざされてシステム的にロックされる。それに加えてここは結晶無効化エリアだ。つまりボスを倒すまでここから出ることは出来なくなった。

緊張の糸がこれでもかと言うくらいに張り詰められる。

静寂。辺りには音一つない無が広がっている。

 

「なにも起きないぞ」

 

しびれを切らしたプレイヤーが呟いた瞬間だった。

カタ、と微かに何かが動く音がした。それとともにとてつもない殺気が上空から降り注いで来る。

 

「上よ!!」

 

アスナの声に見上げるとそこには、全身が骨の骸骨のサソリのモンスター。巨大な二本の鎌、長い尻尾。それでいてかなりの大きさだ。

 

「……スカル!?」

 

「……リーパー!?」

 

《The Skullreaper》──骸骨の狩り手──

 

「固まるな! 距離をとれ!」

 

ヒースクリフの声とほぼ同時にスカルリーパーが天井からフィールドへと落下してくる。プレイヤーたちが散りじりとなる中、恐怖で足がすくんでいるプレイヤーが二人。

 

「こっちだ!! 走れ!!」

 

キリトの声でようやく我に返ったのか怯えるプレイヤーたちが走り出した。だが、その一瞬を骸骨は見逃さなかった。大きな鎌状の手をその場で振る。その巨大さ故に軽々と二人のプレイヤーを呑み込んだ。

宙へと吹き飛ばされるプレイヤーたち。アスナが落下地点までいき受け止めようとした瞬間、オブジェクトの欠片となり消滅。

 

「い、一撃で!?」

 

「む、無茶苦茶な」

 

たった一撃でしかもスキルも使わずにこと威力とかこいつはやばい。下手に気を抜けば一瞬でやられかねない。

その光景を見て恐怖し逃げ惑うプレイヤーたち。だが、一人だけスカルリーパーに立ち向かう男がいた。赤と白の鎧を身に纏ったプレイヤー、ヒースクリフがスキルリーパーの鎌を盾で受け止めている。

 

「クソッ! これじゃあ、まともに近づけねぇじゃねぇかよ」

 

体勢を立て直してからシュウは右手に片手剣、左手を手刀へと変えるとスキルリーパーとの距離を詰める。

 

「行くぞ、キリト!!」

 

「おう!!」

 

スカルリーパーの鎌が逃げ惑うプレイヤーたちを容赦無く襲う。鎌がプレイヤーの命を狩りとる寸前で、

 

「下がれ!!」

 

キリトが二本の剣で鎌の攻撃を受け流す。

しかし、とてつもない重さにキリトはいつ押し負けてもおかしくない。

 

「キリト君!!」

 

そこにアスナが追撃し、鎌をギリギリで食い止めている。

 

「もうちょっと耐えてくれ!」

 

キリトたちが受け止める鎌の下へと潜り込むと膝を曲げ、重心を落とす。膝に溜め込まれた力を一気に解放し、左腕を真上へと振り上げる。

───手刀縦剣技《上波烈》

骸骨の鎌が上へと弾き飛ばされる。体勢を完全に崩した。しかし、それでももう一方の鎌がこちらを狙って来る。

意識を左から右へと入れ替える。しかし、あまりの早さにソードスキルの発動が間に合わない。

即死レベルのダメージが直撃しそうになる瞬間、シュウの前に十字の盾を持つプレイヤーが現れる。ヒースクリフだ。スカルリーパーの鎌を受け流す。

その隙にソードスキルが発動可能状態へとなる。

 

「スイッチ!」

 

シュウの言葉にヒースクリフは一瞥することなく後方へと飛び退いた。

ジェットエンジンのような音とともにシュウは鎌めがけて突進する。

───片手剣重単発技《ヴォーパル・ストライク》

大きく体勢を崩したスカルリーパーへとプレイヤーたちが追撃を加える。

 

「二人同時に受ければいける。私たちならできるよ」

 

アスナがキリトに言葉をかける。キリトがそれに大きく頷いた。

シュウはヒースクリフの横へと立ち、

 

「鎌は、あの二人とあんたと俺でなんとかするしかない。手を貸せ、ヒースクリフ」

 

ヒースクリフは何も言わずに盾を構えるとスカルリーパーの鎌めがけて突進していく。その一瞬、わずかに笑っていたように見えた。

今は、あいつの力を借りなければこの状況を打破することはできない。

 

「大鎌は俺たちが受け止める!! みんなは側面から攻撃してくれ!」

 

キリトの叫びにプレイヤーたちは雄叫びを上げ、武器を構えて骸骨の百足へと突進する。ようやくボスのHPバーが減少する。しかしそれもわずかでしかない。

それでもシュウたちがやることは変わらない。

キリトとアスナが右の大鎌を受け止めて、左をヒースクリフが受け止めてからシュウが大きく弾いて体勢を崩させる。

その隙に他のプレイヤーたちが少しずつHPを減らしていく。

時折プレイヤーたちの悲鳴、絶叫が上がるがこの陣形を崩すわけにはいかない。シュウはそんな絶叫を無理やり意識から外すと目の前の骸骨を消滅させるために剣を振るい続けた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

先ほどまでの激戦が嘘のように辺りは静まり返っていた。

激闘は一時間にも続いた。

その末でようやくプレイヤーたちを恐怖のどん底に陥れたスカルリーパーはポリゴンのカケラとなり四散した。

強敵を倒し、本来ならば歓喜の声をあげる者がいてもおかしくないが、そんな余裕があるものは誰一人いないくらいに全員が疲労していた。

 

「……何人やられた……?」

 

ぐったりと座り込むクラインがかすれた声で口を開いた。

 

「……十四人……死んだ……」

 

キリトの言葉に誰も信じられなかった。

確かに結晶無効化エリアであり、瞬間回復及び戦線離脱が行えなかった状況ではあったとしてもここに集められたプレイヤーたちはここまで生き残ってきた猛者ばかりだった。

そのはずなのに十四人もの死者をだした。

 

「嘘だろ……!?」

 

皆が絶望の顔色を浮かべる。

 

「……あと、二十五層もあるんだぞ……」

 

「本当に俺たちは……天辺までたどり着けるのか……!?」

 

残り二十五層。ここがクォーターポイント。他の層よりも格段に強かったとはいえ、ここから先のフロアボスエリアは結晶無効化となっているだろう。

毎回、これだけの犠牲を出していたら最後の層にたどり着く頃には、わずかなプレイヤー。いや、あの男しか残っていないだろう。

絶望するプレイヤーたち。

……それは一人を除いてだ。この疲れ果て、絶望感がこの場全体を支配する中、ヒースクリフだけは平喘とした顔で立っている。

まるで一人だけ別の次元にでもいるようだった。

それは文字通りの意味。あいつは全てを見透かしているような眼でプレイヤーたちを見ている。

それこそ神のような視点で。

こんな狂いきった世界に神と呼ばれる存在がいるとするなら一人だけだ。

このゲームの全ての創始者であり、一連の事件の犯人とも呼べる存在───GM、茅場晶彦のみだ。

それがシュウがたどり着いた答えだった。

あのデュエルで感じた違和感。オーバーアシストとも呼んでいいほどの圧倒的なまでの反応速度。

それは、ヒースクリフのHPバーがイエローへと突入しそうになったタイミング。シュウが大技を決めよとしたその瞬間に起きた。

ヒースクリフのHPはあれだけの攻撃を受けながらイエローゾーンに入る寸前で止まっている。

イエローゾーンにHPが入ったところを誰も見たことがない。そうじゃないはずだ。

誰も見たことがないんじゃなくてイエローゾーンに入ったことがないのならば、この瞬間を叩けば奴のボロは出る。

その瞬間、キリトが刃を担いでヒースクリフへと突進する。ヒースクリフは目を見開いて驚愕の表情を浮かべながらも左手の盾でガードする。キリトの攻撃は盾に防がれるも、それによって生まれた盾の間めがけてシュウは短剣を一直線に投げた。

キリトの陰によって隠れていたせいで完全に反応が遅れたヒースクリフの胸へと短剣は突き刺さる───

寸前に紫色の障壁に阻まれる。それは圏内で攻撃したときに表示される障壁に似ていた。

【Immortal Object】不死を意味する表示だ。通常プレイヤーには、出現知るはずのない表示だ。これを恐れてデュエルの時にイエローゾーンに陥るのを避けたのだ。

 

「キリト君、なにを──」

 

突然、動き出したキリトを追ってアスナがキリトの元へといく。

だが、アスナは空中に浮かぶ文字に驚きを隠せない。周りのプレーヤーたちもその文字に驚きざわつく。

 

「システム的、不死……!? って、どういうことですか、団長?」

 

「この男のHPゲージはどうあろうとイエローにまで落ちないようにシステムに保護されているのさ」

 

それがヒースクリフのイエローゾーンに陥ったことがないという伝説の正体だった。

 

「この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった。あいつは、今どこで俺たちを観察し、世界を調整しているんだろうって……だが、俺は単純な心理を忘れてたよ。どんな子供でも知ってることさ……」

 

キリトの言葉に続けるようにシュウは口を開いた。

 

「他人のやってる、RPGを傍から眺めるほどつまらないものはない……そうだろ」

 

シュウとキリトは、声を合わせ言う。

 

「「......茅場晶彦!!」」

 

その言葉に再び、全員が声にならない声をあげる。

 

「なぜ、 気づいたのか参考までに教えてくれないか……キリト君、シュウ君」

 

「最初におかしいと思ったのは、デュエルの時だ。最後の一瞬だけあんたあまりにも速すぎたよ」

 

「やはり、そうか。あれはわたしにとっても痛恨事だったよ。君たちの動きに圧倒されてつい、システムの《オーバーアシスト》を使ってしまった」

 

彼はゆっくりと頷くと、初めて表情を見せる。唇の端を歪めて、ほのかな苦笑いを浮かべる。

 

「確かにわたしは、茅場晶彦だ!!」

 

この男、ヒースクリフ。いや、茅場晶彦は、さらに衝撃の事実を口にする。

 

「付け加えれば、最上階で君たちを待つはずだった、このゲームの最終ボスでもある」

 

またも皆が声にならない声をだす。

 

「趣味がいいとは、言えないぞ。最強のプレイヤーが一転、最悪のラスボスか」

 

「……洒落にならねぇよ。テメェは」

 

このゲームの創始者にして一万人の魂を閉じ込めた牢獄を作り出した男、茅場晶彦は見覚えにある薄い笑みを浮かべた。

 

「……最終的にわたしの前に立つのは、キリト君とシュウ君と予想していた。全十種存在するユニークスキルのうち《二刀流》スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、《手刀術》は全てのプレイヤーの中でスキルの発動が最速の者に与えられ、その者たちが魔王に対する勇者の役割を担うはずだった」

 

ヒースクリフはどこか楽しそうに説明を続ける。

 

「だが、君たちは、わたしの予測を超える力を見せた。まぁ、この想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言ったところかな」

 

「……俺たちの忠誠……希望を……よくも! よくも!! よくも!!」

 

血盟騎士団のプレイヤーがヒースクリフに剣を向け振り下ろす。その瞬間、ヒースクリフがメニューウインドウを開く。すると、男の体は空中で停止しそのまま床に落下した。

 

「……麻痺?」

 

そこからヒースクリフが手を動かすたびに次々とプレイヤーたちが不自然に倒れていく。

そして最終的にシュウとキリト以外の全員が麻痺にかけられる。

 

「どういうつもりだ。この場で全員殺して隠蔽する気か」

 

いや、違う。

この男がそんなことをするわけがない。

 

「まさか、そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方ない。わたしは最上層の《紅玉宮》にて君たちの訪れを待つことにするよ。ここまで育ててきた血盟騎士団、そして攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは、不本意だが、なに、君たちの力ならきっと辿り着けるさ。だが、その前に……」

 

ヒースクリフがわずかに微笑んでこちらを向く。

 

「キリト君、シュウ君、君たちには、わたしの正体を看破した報酬を与えなくてはな。チャンスをあげよう。今この場でわたしと一対一で戦うチャンスだ。無論、不死属性は解除する。わたしに勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトされる。どうかな……?」

 

その条件を呑めば、みんなが助かる。

シュウの答えは最初から決まっていた。あの男、ヒースクリフを殺すことこそがこのゲームをクリアする手段だとどこかでその可能性にかけていた。

この世界を救う英雄になる。シュウにはもうその資格などはない。だが、彼女たちとの約束を守るためにシュウはこの世界を解放する。

英雄としてではなく……

 

「ダメよ。キリト君、シュウ君、今は引いて」

 

キリトの腕の中でアスナが必死で身体を揺さぶりながら声を張り上げる。

 

「……ふざけるな……いいだろう。決着をつけよう」

 

キリトが声を振り絞るようにしてゆっくりと頷いた。

ここでヒースクリフと戦うのは、最善の策ではないのは多分、どちらも理解しているはずだ。自らに不死属性を与えられ、プレイヤーたちに無条件で麻痺を付与し、ユニークスキルまでも自らのものにしている、この世界の最高神に二人だけで挑むなどほとんど不可能だ。

 

「キリト君!」

 

「ゴメンな。ここで逃げるわけにはいかないんだ」

 

キリトは覚悟を決めたようにアスナにつぶやく。

 

「……死ぬつもりじゃないんだよね」

 

「あぁ、必ず勝つ……勝ってこの世界を終わらせる」

 

「わかった、信じてるよ……キリトくん」

 

キリトは抱きかかえるアスナをゆっくりと床に寝かせ、立ち上がる。背負われる二本の剣を抜き、一歩一歩ヒースクリフに近づく。

 

「だが、こちらとしても君たちを二人まとめて相手にするというのは、少々不利になる」

 

そんなことはない。

仮にシュウとキリトの二人掛かりで挑んだとしても最後にフィールドに立っているのは、この男だろう。

対等の条件で戦ったとしても、あの防御力は異常だ。それも《オーバーアシスト》を使わずにこの実力だ。

一瞬でも隙を見せればそこを突かれてシュウとキリトはやられるだろう。

ヒースクリフは、目の前のメニューウインドウを操作する。すると彼の真横に強烈な光が出現する。

そこに現れた姿を見て、全てのプレイヤーたちは目を見開いた。赤と白の鎧。鋭くまっすぐ伸びた長剣。十字を思わせる巨大な盾。

その姿はまぎれもないヒースクリフそのものだ。

驚きで言葉にできないでいると、ヒースクリフは薄い笑みを浮かべながら、

 

「そこまで驚くことはないだろう。わたしのデータをコピーして作られたアバターだ」

 

そこまでのことをゲームマスターは行えるのか。自らをコピーする。しかし、それは意識の入っていないただの抜け殻。

そんなものを増やしたところで本物には格段に劣る。

 

「そんな人形を増やしてどうする気だ。まさか、片方はそいつと戦えって言うのか?」

 

「いかにもそうだ」

 

するとヒースクリフの横にいた人形がゆっくりと目を開くと、声をあげた。あの男と同じ声で、同じ表情で、同じ口調でだ。

 

「確かに本物のわたしと比べてしまえば、君たちに想像通り、AIである分劣るはするだろう。しかし、その代わりにちょっとしたハンデがわたしにはある。心配をすることなどない」

 

AIのヒースクリフは、坦々とした口調で説明する。

 

「ハンデだと?」

 

「ああ、こちらのAIには君たちの戦闘データが完全にインプットされている」

 

つまり、普通に戦ったら絶対に倒せないと言うことになる。

 

「だが、それはシステム上のことだ。それを超えることができれば、勝つことは容易いだろう、シュウ君」

 

ヒースクリフは真っ直ぐにシュウを見る。

それは挑発、いや、挑戦しろと言うような目だ。

システムを超える。そんなことができるのか。

システムとはこの世界における絶対の力。それに抗えというのか。

───やってやろうじゃねぇか!

シュウは小さく笑みを浮かべる。

 

「キリト……人形は俺に任せろ」

 

「……シュウ」

 

キリトは大きく頷いた。

 

「無論、こちらのAIのわたしを倒したとしても条件は同じだ。全プレイヤーの解放を約束しよう」

 

その言葉だけを聞いてシュウの覚悟は完全に固まった。

 

「キリト、シュウ……やめろぉぉ!!」

 

「キリトーッ! シュウーッ!」

 

エギルとクラインの声は、動けない体で声を張り上げるが、それでシュウたちを止めることはできない。

キリトがエギルと視線を合わせ、小さく頭を下げた。

 

「エギル。今まで剣士クラスのサポートありがとな。知ってたぜ。お前が儲けのほぼ全部を中層ゾーンのプレーヤーの育成につぎ込んでたこと」

 

そして次にクラインの方を向き、

 

「クライン。あの時、お前を……置いて行って悪かった……」

 

「て、テメェ、キリト! 謝ってんじゃねぇ! 今、謝るんじゃねぇよ、許さねぇぞ!! ちゃんと向こうで飯の一つでも奢ってくれねぇと許さねぇぞ!! 絶対許さねぇからな!!」

 

クラインは目に涙を浮かべながら叫ぶ。

 

「わかった、向こう側でな」

 

キリトは、アスナをじっと見つめる。そして、ヒースクリフの方を向く。

 

「悪いが、一つだけ頼みがある」

 

「何か」

 

「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだらしばらくでいい……アスナが自殺出来ないように計らってほしい」

 

「よかろう」

 

「キリト君! ダメだよ! ……そんなの……そんなのないよ!!」

 

涙交じりのアスナの絶叫が響いた。しかしキリトはヒースクリフの方に向き直ると振り返ることはなかった。

 

「……後のことは頼むぞ。みんな」

 

シュウは聞こえないような小さな声で残されるプレイヤーたちに呟いた。

それぐらいしかシュウからかける言葉はなかった。

こんな汚れきった手で多くの人を救えるというのならこれ以上の罪滅ぼしはない。

茅場は左手でウインドウを操作すると、その場に立つプレイヤーたちのHPバーが同じ長さに調整される。レッドゾーン寸前。一撃でもクリティカルが出れば決着がつく。

ついで、茅場の不死属性を解除するシステムメッセージが表示されると茅場は床に突き刺さった剣を二人同時に抜き、後ろに構える。

正直なところで言えば勝機はなかった。剣技においてやつとシュウとの差はほとんどないと言ってもいい。しかし、あの男には《オーバーアシスト》がある。それをあのAIが操れるかどうかはわからない。だが、AIということは最善の方法でシュウを潰してくるはずだ。

それに加えて、シュウの戦闘データをインプットされていると言った。つまりは今までシュウが操ってきた戦い方では、間違いなく負ける。

やつは言った。システムを超えろと。

それが出来なければシュウは死ぬ。

空気が張り詰めていく。圧力に押しつぶされていくようだ。

これはデュエルではなく単純な殺し合いだ。

互いの命をかけたせめぎ合い。出し惜しみしていては、負ける。

約束を果たせなくなる。

だからこそ、シュウはこの世界を解放するための英雄ではなく。この世界そのものを壊す破壊者として茅場を───

 

「殺す───ッ!」

 

シュウとキリトは床を蹴り、一気に茅場めがけて剣を繰り出した。茅場はやはりそれを難なく受けとめる。

シュウはさらに片手剣へと力を加えてそのまま後ろに強制的に後退させる。

キリトたちとかなり距離が離れた。これならばお互いに自由に戦える。

今一度、シュウは目の前に立ちはだかる男を睨みつけた。目の前にいるのは寸分違わぬヒースクリフの姿だ。だが、こいつはAIだ。

それにもう迷うことはない。こいつを殺してシュウはこの世界を壊す。

片手剣を肩に担ぎ上げ、わずかに左手を前に構える。剣が閃光を纏い床を蹴り上げ一気に距離を詰める。

───片手剣突進技《レイジスパイク》

しかし、この攻撃は確実に茅場に止められる。それは理解している。全てのソードスキルをデザインしているのはこの男だ。ならば、全てのソードスキルはモーションに入った瞬間にこいつには何が使用されるか予知することができる。しかし、逆を返せばそれ以外の動きは完璧には予知できないということだ。

片手剣の刃が激突する寸前、シュウは左手に光を纏わせてシステムが身体を前に進ませようとする力を無理矢理抑え込んで膝を曲げるモーションへと移行する。すると身体に強制的にブレーキがかかり、盾の寸前で《レイジスパイク》がキャンセルされ、手刀術のソードスキルが上書きされる。

システム外スキルのスキルキャンセル。

一気に膝に溜め込まれた力を盾にゼロ距離で打ち込む。

───手刀縦剣技《上波烈》

下から切り上げられた攻撃はやはり十字の盾とぶつかり合う。

 

「クッ───ッ!」

 

意識を左から右へと移す。技後硬直が起きれば、必ずその隙を狙われてしまう。

茅場が長剣を振り下ろそうとする寸前、右手のソードスキルが起動する。そのまま片手剣を斜めに振り下ろす。

───片手剣単発技《スラント》

金属がぶつかり合う衝撃音とともにシュウは技後硬直が起きる前に大きく飛び退いた。

単発技故に技後硬直は少ない。

単純なソードスキルでは、茅場に読まれる。しかし、先ほどのように単発同士の繋ぎでは、簡単に読まれてしまう。

だが、既存のソードスキルの連続攻撃は読まれる。ならば、既存のソードスキルを書き換えるしかない。スキルをキャンセルし、さらに新たなスキルを繋ぎ合わせる。

システムには存在しない新たなソードスキルならば、いくら茅場と言えども反応はできない。

シュウは一呼吸おくと再び地を蹴って茅場へと突進する。その途中で《クイックチェンジ》によって武器を手刀から槍へ持ち変え、それとともに槍は白銀の閃光を放つ。

───槍三連突進技《トリシューラ》

一撃目の突進が相手との距離を詰める。そして二撃目が茅場の身体を貫く瞬間に盾がそれを拒む。それはわかっている。

それと同時に片手剣へと意識を移す。左手の槍を手から離すとスキルがキャンセルされる。右の片手剣を茅場めがけて振り下ろす。

───片手剣三連撃《サベージ・フルクラム》

これさえも茅場にはどこに飛んでくるか把握している。

剣の飛ぶ方向も予測される。三連撃が打ち込まれたのちにシュウの身体を技後硬直が襲いくる。その前に、いや、片手剣スキル発動中に開いていたウインドウを左手で殴りつけ、手刀を展開する。

左腕をわずかに後ろに引くと身体が軽くなるのを感じた。それと同時に一気に前に突き出した。

───手刀五連技《五連星》

一撃目を横薙ぎし、盾の縁へと当てる。すると大きく茅場の盾が横に弾かれる。

今だ!

二撃目を茅場の身体めがけて振り下ろすがやはり読まれていた。それに合わせるように長剣が振り上げられる。

手刀をめがけて打たれたものではなくシュウ本体を狙った攻撃だ。

───避けきれない。ならば……

片手剣を手放し、右の拳を固める。そして後ろへと引くと右の拳が閃光を纏う。

───体術スキル《閃打》

それで横へと弾かれた盾を殴りつける。衝撃が腕を伝わって身体を後ろへと吹き飛ばす。ほぼ同時にウインドウを展開し、再び殴りつけた。

閃光を纏っていた右の拳を指先まで伸ばすと腕まで閃光を纏い地面に着地すると同時に身体の前へと持ってきてシステムが起動した瞬間に突進する。

───手刀上位剣技《太刀風》

距離をとっていた間に茅場も体勢を立て直している。盾が手刀を拒んだ。しかし、それでもシュウは突進を止めることなく逆にその力を利用して上へと飛び上がった。

そして空中でシュウの身体を一瞬の硬直が襲った。真上に長剣を突き立てシュウの落下位置に合わせる。

シュウは技後硬直が解けると同時にその長剣を弾くと倒れこむように地面に落下する。

これでも奴には届かない。

すると茅場は口元に笑みを浮かべると、

 

「やはり素晴らしいな君は」

 

たび重なるスキルのキャンセルと繋ぎを行なったせいで多くの体力が持ってかれている。

 

「《手刀術》はやはり君が使ってこそ真の力を発揮するようだ」

 

「な……なんの、話……だ」

 

すると茅場のAIは薄い笑みを浮かべる。

 

「君も気づいているはずだ。《手刀術》がどこか、わたしの《神聖剣》やキリト君の《二刀流》とどこか違うと……」

 

その疑問を今なぜ口にするんだ。

確かに感じたことはあった。《神聖剣》や《二刀流》はそれそのものがゲームバランスを崩しかねないかもしれない強さを持つ。攻防自在の剣技に圧倒的な連続攻撃。しかし、《手刀術》はどうだ。本当にそれそのものがゲームバランスを崩すほどの力を持っているのか。

確かに技後硬直の影響を受けずに次のモーションに移行できるというのは大きなアドバンテージだ。しかし、それは他の武器から手刀へと移る時だけの一度だけだ。手刀から他の武器へは不可能。それに手刀から手刀への移動も通常の方法では不可能となる。

つまり普通に行えば繋げるのは一回だけだ。

それがゲームバランスを崩せるほどの力を持っているといえるのか。

 

「それは《手刀術》というスキルは、そもそもシュウ君、君のために作られたスキルと言っても過言ではないスキルなのだから」

 

こいつは何を言っているんだ。

言っている意味がわからない。《手刀術》がシュウのために作られたスキルだと。そんなことがあるわけがない。

ユニークスキルが個人のために決められて作られるなどそれでは茅場はプレイヤーを選んでスキルを与えていたということか。

しかし、その考えをすぐに目の前のAIは否定する。

 

「もちろん、君以外のプレイヤーにも与えられるチャンスはあった。先ほど言ったように《手刀術》はすべてのプレイヤーの中で最もスキルの発動速度が早い者に与えられる。君は間違いなくこの世界の中で最速だった。だからこそ君に《手刀術》を与えた」

 

茅場はまるで謎でも解いていくようにその言葉を次々と出していく。

 

「だが、《手刀術》は本来ならばソードスキルの構想段階で却下されたスキル。しかし、それは、βテストで君の戦い方を見て考えが改められたよ」

 

茅場は笑みを浮かべる。

 

「それでわたしは一つの能力を加えてユニークスキルという形でこの世界に実装した」

 

それが技後硬直の影響を受けない。

確かにその能力によってシュウの攻撃パターンはさらに広がった。しかし、それがこの世界の神によって決められたことだった。

それならば、ハナからシュウはこの世界の一部に組み込まれていたということになる。

シュウは口角の端をわずかに吊り上げて笑う。

 

「だったらテメェに感謝しねぇとな。これでもテメェを殺せるんだからな!」

 

それがどうしたというのだ。

《手刀術》がシュウのために作られたスキル。ならば、それはこのスキル力を全て引き出せるのはシュウだけということだ。

閃光を纏った右腕が盾と激突する。続けて左の刃が追撃。しかし、それも長剣に防がれる。

ソードスキルを使用するのはやつの体勢を崩したその瞬間しかない。

連撃のソードスキルもキャンセルも繋ぎも意味がないとなればソードスキルに頼らない攻撃でやつを崩して決めるしかない。

だが、それはことごとく盾と長剣に防がれる。

わずかに見える茅場の顔はまるで退屈だと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「さらばだ……キリト君」

 

シュウの耳がそんな声をとらえた。わずかに首をそちらへと向けると紅の光を纏った長剣が高々と掲げられ、それは動かないキリトへと振り下ろされる寸前だった。

 

「キリト──ッ!」

 

しかし、叫びは届いても助けに行けるような距離ではない。振り下ろされる長剣と、立ち尽くすキリトの間に人影が飛び込んでくる。それは、栗色の長い髪の少女だ。アスナだ。

宙を舞うように現れた少女はキリトを庇い振り下ろされる長剣の刃を受けた。

そしてキリトの腕の中でぐったりと倒れこむ彼女はそっと瞼を閉じた。そして無情にもシステムはアスナの身体をポリゴンのカケラへと変え、一瞬でその姿を消した。

 

「アス……ナ……」

 

シュウの身体に大きな衝撃が加わった。

茅場の盾がシュウの身体を吹き飛ばした。

 

「これは、驚いた。自力で麻痺から回復する手段はなかったはずだがな。こんなことも起きることかな」

 

最愛の人を失って完全に戦意を喪失するキリト。その場に膝をついていつ倒れてもかしくない。このままではキリトも死んでしまう。

その前にシュウは目の前のこいつを殺すしかない。

 

「うおぉぉぉ!!」

 

雄叫びをあげてシュウが両腕に纏っていた光が真っ赤に染まりあがる。それはまるで血のようだ。

自らの力のみで敵を殺すという意思が生み出した覇王の連撃。

───二手刀上位剣技《覇撃連殺》

二つの真っ赤に染まった刃が相手の命を散らすまで攻撃をやめない二十連撃の手刀の中ではかなりの大技だ。

すると茅場はそれを待っていたと言わんばかりの表情を浮かべる。

しまった。そう思った時には既に遅かった。

二手刀の最大の利点は、他のスキルに劣らない威力を誇ることだ。しかし、それは同時に大きな隙を生み、さらには最大の利点である技後硬直の影響を受けないということができなくなる。

つまりそれは、スキルキャンセルもコネクトも行えないということになる。つまりこの二十連撃で茅場を仕留めなければ、シュウの敗北は確定する。

次々と放たれる紅い刃。だが、それはことごとく盾に防がれる。

そして最後の攻撃も無情にも盾に防がれる。

そして大きな硬直がシュウの身体を襲う。それはもはや抗えないシステムの力だ。

 

「さらばだ……シュウ君」

 

クリムゾンレッドの光を纏った長剣がシュウめがけて振り下ろされる。

 

───ごめん。約束守れなかった。

 

敗北を覚悟して目を閉じる。

 

『コラ! しっかり前を見る!』

 

聞こえた懐かしい声にシュウは目を開けた。

それはまるで時間が止まったような世界だった。何もかもが止まった世界。そんななか動く人影の姿。

その姿をシュウが見間違うわけがなかった。

 

───ごめん。

 

『なんで謝るの?』

 

───俺は、君との約束を守れなかった。もう終わりだ。

 

すると人影は少し首を傾けたのちに笑ったように顔の形を変えると、

 

『まだ、負けてないじゃん。ここから反撃だよ』

 

───無茶言うな。俺にはもう動く力がない。あいつの攻撃を防ぐことはできない。

 

するとシュウの右腕を誰かが押す。そしてゆっくりとウインドウが表示されていく。さらに勝手に画面が動くと《クイックチェンジ》の画面へと変わる。

 

『これで戦えるだろ! ぶちかませよな、シュウ!』

 

『うん、シュウならきっと勝てるよ!』

 

いつもムードメーカーだった少年と冷静にみんなのことを思ってくれた少年の声だ。

 

『後はそれをいつもみたいに殴りつけるだけだ。そのぐらい俺たちの力がなくてもできるだろ』

 

しっかり者のみんなをまとめてくれた少年がいつもみたいに挑発する。

 

───ああ。これなら簡単だ。

 

シュウは静止した世界で拳を握り締める。

そして世界がゆっくりと動き出す。そのわずかな瞬間、消えそうな小さな声だった。だが、シュウにははっきりと聞こえた。

大好きだった(・・)少女の声が、

 

『シュウ……世界を救って』

 

そして静止していた世界が完全に動き出した。振り下ろされる長剣は迫り来る。

シュウは力を目一杯振り絞って表示されるウインドウを殴りつけた。

右手の手刀が消失のエフェクトともに空中に光が集結していく。それがオブジェクト化する前に握る。

持ち手には、一切の装飾がなく刃先が湾曲し、赤黒い鎌のような形状をしている槍。多くの命を奪ってきた死の槍。

それこそがおよそ四千人のいのちを奪ったこいつの命を狩りとるふさわしい。

死の槍を握り締める。

後は絶対なるこの世界の力に抗うだけだ。

───あいつらができたんだ。俺がやらないわけにはいかない!

意識が研ぎ澄まされていく。たった一点へと。

動くのは右腕だけで充分。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

雄叫びとともに腕が一瞬軽くなるのを感じた。

そしてシュウはありったけの力を込めて死の槍を茅場の首めがけて振りかざした。

驚愕の表情を浮かべる茅場。後は、死神の鎌がこいつのHPを奪い去るのを信じるだけだ。確率はそこまで高くはない。

だが、皆が繋いでくれたチャンスだ。死神であるシュウがその罪を滅ぼせるかもしれない最後のチャンスなんだ。

 

「これで終わりだ!!」

 

ありったけの叫びとともに鎌が茅場の首を跳ね飛ばした。それとともにシュウは無理な体勢からの攻撃によって倒れる。

だが、これで終わった。全てが終わった……はずだった。

シュウの目の前には赤と白の鎧を着た騎士が平然と立っていた。そのHPはレッドゾーンに突入してはいるがまだ健在だった。

つまりシュウは失敗したのだ。

振り下ろされる長剣。一秒が何倍にも引き伸ばされたような感覚。見えていてもいくらゆっくりだとしてもこの攻撃は避けられない。

 

───やっぱり無理だったか。

 

しかし、なぜかシュウには後悔はなかった。全力を使った。あいつらに助けてもらった。否定していたはずの力も使った。

それでも茅場には届かなかった。

完全な敗北。

もうシュウにやれることはない。

もし、もしもそれが可能なば死の間際にもう一度だけ、みんなにちゃんとお礼を言っておけばよかった。

長剣がシュウへと振り下ろされた。

しかしくるはずの痛みが訪れることはなかった。

 

「ここまでのようだな」

 

その代わりに茅場満足したような声が聞こえた。

何を言っているのかわからなかった。しかし眼の前の茅場の視線を向ける方向を見てその理由を理解した。

 

少し遠く。黒の剣士と聖騎士が戦っていた。しかし、それは今や静かになっていた。

二人の身体には互いの腹部にそれぞれの剣が突き刺さっている。しかし、キリトのHPは既に全損している。だが、彼はそこに立っている。そして茅場を倒そうとシステムに抗っていた。

そして茅場のHPが無くなると同時に二人の身体は光のオブジェクトの欠片になり、この世界から消滅する。

 

「キリ……と……」

 

手を伸ばす。届かない。助けられない。声すらあげられなかった。

そして響き渡る機械音のアナウンス。

 

『十一月七日十四時五十五分、ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました。ゲームはクリアされました……』

 

ゲームはクリアされた……?

シュウは目の前の茅場のAIを光を失った瞳で見る。しかしもうそこには誰の姿もなかった。

そして無機質に鳴り響くアナウンスが徐々に遠のいていくとともにシュウの意識は光の中へと溶けていった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

重く閉ざされた瞼を開ける。見知らぬ真っ白な天井が視界に映り込む。異常なほど重い身体を起こし、頭を触ろうとするが、何かがそれを邪魔する。

 

「あれ……?」

 

その時、自分の視界映る手は、先ほどまでの光の刃は纏っておらず、肉などが削ぎ落とされたように皮と骨しか見えない。

誰だこの身体は?

頭が重い。考えが働かない。

一度落ち着いてメニューウインドウでマップを開けば場所がわかるはずだ。

誰ともわからない指を下へとフリップし、メニューウインドウを表示させる。

しかし、それが出現することはなかった。

バグか。

今度はログアウトボタンだけじゃなくてメニューまで表示されなくなったのか。

 

「───とんだ、糞、ゲー……じゃ、ねぇー、か」

 

声も自分のものに似ていたがかすれ掠れで酷い。

 

『ほら、いつまで夢を見てるの?』

 

聞こえてきた優しい声にシュウの意識は覚醒する。

 

「……そう……だ……った……」

 

今まで起きた出来事がまるで再上映されるように流れ込んでくる。

茅場晶彦との対決。完全なる敗北。

そしてSAOを解放へと導いた|英雄【キリト》とその最愛の人の死。

力がほぼ入らない手で頭に覆う無機質な機械へと手を伸ばす。腕に何かが糸のようなものが引っ付いてくるがそれを無理矢理引き抜く。

アラートのような音がなるがそんなこと知ったことではない。

そして二年間、仮想という現実に閉じ込めた機械を外した。見た目はもうボロボロで傷だらけだ。シュウが知っている姿からはかけ離れていた。そして骨と皮しかない手でナーヴギアを殴りつけた。

 

「……クッソ」

 

 

 

 

二〇二四年十一月七日……鉄の檻《浮遊城アインクラッド》に閉じ込められたプレイヤーたちの長い戦いがその日終わりを告げたのだった。

 




SAO編完結!

これだけだとバッドエンドみたいな終わり方になってしまいましたがALOに続けるためにこんな感じにさせていただきました。
修正前だとシュウは何もできずにヒースクリフの麻痺を受けてその場に倒れこんでいるという形でしたが今回は、AIとの戦いということにさせていただきました。

誤字脱字、気になる点、おかしな点、感想などがありましたらメッセージ、感想等でお知らせください。
また読んでいただければ幸いです
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