ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜   作:カエサル

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ALO編
14.許された過去


 

 

寒いある冬の日。日の光が光線のようにカーテンのすき間から顔へと差し込む。朝を告げる光で寝起きの重い身体をベットから起こす。

まだ覚醒しきってない頭でカーテンを開けると眩しい陽射しが容赦無く寝起きの身体に降り注ぐ。眠気が残る頭が大きめのあくびを身体へと命令する。

寝間着のスウェットから黒いジャージへ上下着替え、その上にダウンジャケットを着込む。

寝る前につけた暖房がまだほのかに暖かさが残っている自室から廊下へと足を運ぶ。

廊下でさえも外のように感じる寒さだ。階段を下りて玄関から外へと出る。

吐いた息が白くなる。雪こそは降ってないが、外には霜が降りており、アスファルトの路面も少し凍っている。

今すぐにでも家に戻って二度寝したいところだが、約束をほったらかしにしたら後であの子に何を言われるかわからない。

真冬の凍えそうななる中、少女の威勢のいい「はっ! ていっ!」という声。朝ということもあり、他に音はないためかよく聞こえる。

どこか懐かしむようにその声が道路の真ん中で聞いていた。

すると自然と笑みがこぼれてくる。

おっといけない。道の真ん中で少女の声を聞きながら半ニヤケなんて側から見たら変質者に見える。しかし、自然と出たものは意外とすぐには戻らない。

頬を数回、パチンと叩く。表情を変えるためにやったつもりが寒さのせいでかなりの痛みが襲う。

 

「……いっ!」

 

声をあげそうになるのを必死で堪えて真向かいの家へと足を運ぶ。今時、珍しい日本家屋の雰囲気が残っている。中には、池や道場まであるためなかなかの広さだ。

家に入る前に表札をチラッと確認する。

 

【桐ヶ谷】

 

如月集也(シュウ)はまたわずかに笑みを浮かべそうになるのを必死で堪えながら家の敷地へと足を踏み入れた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おはよう」

 

集也は右手を上げながら軽い挨拶をしながら庭先を訪れた。黒色の上下スウェット姿の少年が縁側に腰をかけている。

 

「なんだ、遅れてくると思ったんだけどな」

 

少年はニヤッと笑う地ミネラルウォーターのミニボトルをひょいっと投げる。右手でキャッチする。

 

「お前じゃねぇんだから遅れねぇよ……キリ……和人」

 

わざわざ言い直す必要はなかったかもしれない。しかし、集也はどこかその名で呼ぶことを避けていたのかもしれない。

キリト……。あの時、目の前で消滅したはずの少年の名前。

シュウとともにゲームマスターである茅場に勝負を挑み相打ちという形で鉄の牢獄を解放した英雄。シュウも彼に救われた。あと一瞬でも、キリトが茅場を倒すのが遅ければあの場でシュウも死んでいた。

SAOを解放されたシュウに残ったのは喪失感だけだった。しかし、あの時は驚いた。

まさか目の前で皆を解放して消えた少年が生きていたのだから。それも同じ病院で。

再び、出会えたことには嬉しかった。だが、どこかでは、彼に会ってはいけないと思っている自分もいた。

しかし、運命の悪戯か和人の家がまさか集也の家の目の前だということを二年越しに知ることになった。つまり、集也と和人は同じ学校に通っていた。何度か、顔を合わせているはずなのにSAOでは、初対面のような反応だった。

どれだけお互いに現実(リアル)のことに興味がないんだろうか。

 

「お、おはようございます、集也く……さん」

 

ぎこちない挨拶をしたのは、綺麗に切り揃えられた黒髪。やや勝ち気そうな瞳のどこか男の子の雰囲気のような白い道着に黒袴の竹刀を持った少女。

和人の一つ下の妹の桐ヶ谷直葉。

ぎこちないのにはわけがあった。

直葉とは、元々剣道部の先輩と後輩という関係だった。それなりに仲のいい関係で可愛い後輩。妹のような感覚で接していたが、二年の月日がその関係を元に戻してしまった。

集也は彼女との関係を自然なものに戻したいと思っていた。直葉は、この二年間、親が病院などに来れない時には、集也の面倒も見てくれていたという。それは、感謝してもしきれない。

 

「おはよう、スグ……葉」

 

こちらもぎこちない挨拶とわずかに微笑みながら和人の右隣に座った。

集也の隣にわずかに距離を開けて直葉も座る。縁側に立てかけられた竹刀を久しぶりに持って見る。

 

「こんなに軽かったのか」

 

二年ぶりの感触。とはいってもSAOに入る前などはβテストなどに没頭していたり、従姉弟に必要以上に協力対戦をしろと言われて真面目に部活に取り組んでいなかった。その度に直葉に、「ちゃんと来て!」と怒られたのを思い出して懐かしむ。

竹刀を片手剣を振るように軽快に振り回す。やはり、軽い。長さの割には、重量がないためシュウが操るのに最適ともいえる武器だ。あとは、これと同じくらいの重さの槍があれば完璧なのだが、ここは現実。今の集也には必要ないものだ。

 

「……軽いな」

 

ボソッと呟く。それが聞こえたのか直葉は驚いた表情を浮かべ、

 

「それ真竹だから結構重いですよ」

 

「そうなのか? ……こんな軽かったんだ」

 

昔なら重いと感じていただろう。しかし、二年も仮想世界であれだけのものを持っていれば、現実では体験していなくともイメージで脳は軽いと感じるようだ。

こうなってくると何が現実で何が仮想なのかと区別がつかなくなってきてしまう。

軽快に竹刀を振り回す集也を見て和人が、

 

「その調子なら大丈夫そうだな」

 

「何の話だ?」

 

すると和人はわざとらしく一度咳払いをする。

 

「今日集也にきてもらったのは、君たちの仲を元に戻そうかと思ってな」

 

「「はい?」」

 

あまりの突拍子も無い和人の発言に集也と直葉は目を丸くした。

 

「直接は俺もよくは知らなかったけど、スグが剣道部の先輩と仲がいいってのは知ってた。まさか集也だとは思わなかったけど」

 

そりゃそうだろうな。

学校では、和人とは話したこともなかったし仮に名前を聞いたとしても集也=シュウには結びつかない。何度も仮想世界では、βテストの時に顔を合わせて話しているというのにだ。

 

「それがどう、お前の突拍子も無い発言に繋がるんだよ。そもそも、別に直葉とは喧嘩したとかでもないし、仲を戻すにも……」

 

直葉の顔をチラッと見る。

同じようなことを言いたげな眼をしている。しかし、直ぐに眼を逸らされてしまう。

確かに今まで通りの関係に戻れるならその方がいいかもしれない。しかし、空白の二年間はお互いの関係性までもリセットするには十分すぎる期間だ。それが家族や親しい友人というならまだしも、集也と直葉は部活の先輩と後輩という間柄。元から対等な立場にいようとしても年の差というのは意外に大きな壁になる。

集也が問題はなくとも直葉は違う。彼女はとても真面目な性格だ。それがまた壁となってしまっている可能性も高い。

しかし、それを取っ払うことは集也には難しいことだ。

 

「そこでだ」

 

和人は二人に聞こえるように大きく手を叩く。

そして右手の親指を立てて後方をさす。そこにはちょうど、道場があったはずだ。

何を考えているか何となくだがわかってきた。

 

「久しぶりに試合、やってみないか」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

和人の突拍子も無い発言に戸惑いながらも集也と直葉は試合する流れになった。確かにこのままの状況では行けない気がしていたのも事実だ。それでも心のどこかで直葉を避けようとしている自分がいた。今は、彼女が知っている集也ではなくシュウという経験を得た存在。

あの世界で死の恐怖に必死で抗い絶対神たるゲームマスターへと勝負を挑んだ(シュウ)はもういない。

今はただの何の力も持ち合わせていないただの集也でしかない。しかしそれでもあの世界で経験したことは紛れも無い集也(シュウ)だ。

あれら全ての行為を肯定することはできない。だからあの頃と全く同じように接することは心のどこかでしてはならないと思ってしまっている。あの世界が集也に与えた影響は大きすぎた。

命の灯火が消える瞬間を目の前で何度も見た。それがこの手で奪われる瞬間も何度も何度も見てきた。

そんな集也が今まで通りの生活を送っていること自体がおかしなことなのだ。それでもこの状況に慣れるしかない。慣れていくしか方法がなかった。罪滅ぼしで死を選ぶことはできない。それでは、シュウに託してくれた人たちの思いが無駄になったしまう。それだけはしてはいけない。

 

「ほら、何やってるんだ? 早く着替えてこいよ」

 

集也がそんなことを考えているとも知らずに和人は、着替えを催促する。

へいへい、と適当に返事を返し、和人の爺さんの剣道着と袴に着替えて防具もつける。自分のものも家に行けばあるとは思うが二年も着ていないのでだいぶボロボロになっているだろうし、多分、小さくなって着ることができない。

久しぶりの感覚。防具の重みがずっしりと伝わってくる。

 

「こんなに重かったっけ?」

 

竹刀とは違いかなりの重量感を感じる。向こうでは鎧系の装備をつけずに軽装備で戦っていたせいでかなり重たく感じる。そもそも、重量系の装備をあまり好まない集也にとってよくこんな重いものを着て動いていたと過去の自分に感心する。

 

「そういえば……」

 

前にSAOのβテスト開始くらいの時に半強制的に部活に連れてこられた集也がふざけ半分で部員の連中と防具なしで竹刀を使ってチャンバラをしていてそれが直葉に見つかって珍しく怒られたことがあった。それ以来、彼女を怒らせると怖いということがわかってもう怒らせないと心に決めたんだった。

それを思い出してまた笑みがこぼれる。

 

「いかんいかん」

 

大きく首を振って集也は道場へと向かった。和人家にある道場は小さいがしっかりとした道場で剣道の試合をやるぶんには申し分ない。

集也がくる頃には、直葉は正座の状態でいつでも試合を始められる状態で待っていた。

 

「遅いぞ、集也」

 

「悪い悪い。久しぶりでちょっと手間取った」

 

軽い感じで入っていくと直葉は、小さくため息をついた。しかしそれはどこか優しい表情だった。

集也も直葉の前に正座で座り、互いに一礼をし立ち上がる。

そして互いに竹刀を構える。直葉は中段の構え。対する集也は……

 

「その構えなんですか、集也さん?」

 

直葉が思わず吹き出す。

 

「ま、まぁ、俺流の構えかな。気にするな」

 

左手を少し前に突き出し、なにかを握るように軽く握る。右手で竹刀を握りその竹刀をやや後ろに引く。剣道にはない構え。

SAO時代のシュウの槍と片手剣を操る時の構えだ。

 

「この構えでも問題ないだろ、審判」

 

和人の方を見ると考えることなく大きく頷いた。

やはりわかってくれると思っていた。

 

「普通なら反則取られちゃうよ」

 

「わかってるよ。まぁ、今回は試しみたいなもんだから」

 

剣道全国クラスを相手にどこまでこのスタイルが通用するか。わずかな期待感を抱えながら集也は意識を研ぎ澄ましていく。

静寂が包んだ道場。朝方ということで鳥のなく音が妙に大きく聞こえた。

そして、和人の声が唐突に響いた。

 

「初め!!」

 

開始の合図とともに集也は直葉との距離を一気に詰める。低い姿勢から右手に持っていた竹刀を下から勢いよく振り上げる。一瞬驚いたような感覚が伝わってくる。しかし、直葉は反射的にそれを交わす。

 

「てぇぇっ!!」

 

何も持っていない左小手めがけて竹刀が振り下ろされる。あたる寸前で左手を大きく横にないで回避する。そこから右手一本の集也の竹刀を面めがけて振り下ろす。だが、首を捻って避けられる。

そこから直葉の雰囲気がガラッと変わる。

まるで今までのことが嘘のように猛攻を繰り広げてくる。だが、それを集也は躱し、受け止め、反撃を試みる。

しかしやはり相手は直葉。一筋縄ではいかない。むしろ猛攻を防ぐだけでも精一杯なほどだ。

面の奥に見える彼女の瞳は本気そのものだった。一瞬でも気を抜けば、ダメージを受けてもおかしくない。

───ならば……

集也は直葉との距離詰める。強引な鍔迫り合いに持ち込むが、足腰の鍛え上げられられた直葉の圧力にわずかにぐらついた。そこを狙って直葉は引き面を一発かましてくる。

 

「めぇぇぇぇぇん!!」

 

それを待っていた。集也は右足を軸に無理やり身体を横向きへと体位を変える。確実に決める気でいた直葉は呆気に取られているが振り下ろされた竹刀は止まらない。

腰をわずかに落として軸としていた足にありったけの力を込めて床を蹴り上げる。右手に持っていた竹刀を後方へと投げ、空の左の指を動かしてメニューウインドウを開き、思いっきり殴りつける。そして右腕に光が灯る前に低い重心のまま一気に突進する。

 

手刀上位剣技《太刀───

 

「いてぇぇッ!!」

 

ソードスキルの前に右腕に猛烈な痛みが走った。あまりの痛みに集也はその場で悶え、倒れる。

 

「だ、大丈夫、集也くん!!」

 

直葉がとても慌てふためいている。

「こ、氷で冷やさないと!」「あと、タオルも」「えーっと、他には……」などと集也の腕を押さえながら首をキョロキョロさせている。

 

「お、落ち着け、スグ。そんな大したことじゃねぇからさ」

 

まだ痛む手を押さえて立ち上がると、

 

「そ、そうだ。外の蛇口で!」

 

いまだ慌てている直葉は集也の手を握ると防具もつけたまま外へと連れ出す。

この慌てようじゃ誰が怪我したかわからないくらいだな。外の蛇口で真っ赤に染まる右手を水で冷やす。冬の時期ということもあり、とんどもなく冷たい。だが、赤くなった手を冷ますにはちょうどいいくらいだ。

 

「なんとなくやる気はしていたが、まさか本当にやるとは思わなかったな」

 

和人が半ニヤケで道場から現れる。

 

「なら忠告くらいはしてほしかった」

 

集也は和人を睨む。だが、自業自得だと言わんばかりの表情をされると何も言い返せない。

その間も直葉が懸命に集也の腕を冷やしている。

 

「そ、その辺であとはいいからさ。せめて防具くらい外してきな、スグ……は」

 

思わず言い直してしまった集也。直葉はこちらをチラッと見ると「わかりました」と一言言って道場の中へと入っていく。その時、面越しに見えた瞳がわずかに光っているように見えた気がしたが今の集也ではどうにもできない。

すると背中を軽く小突かれる。和人だ。

 

「なんだよ、和人」

 

すると和人は小さくため息をつくと、

 

「それは自分で考えろ」

 

また背中を小突く和人。

意味がわからない。

ある程度冷やし終えた右腕だったが冷水に長時間浸していたせいでほとんど感覚はなかった。そのあと、二人に手伝ってもらいながら防具を脱ぐ。

 

「やっぱり、思った以上に身体が重いな。動きは再現できても速さまではソードスキルの再現は厳しいか……」

 

独り言を呟いているとそれを聞かれたのか直葉がぽかんとしている。

 

「大丈夫ですか? 頭とか打ってない……ですよね」

 

「え? あ、ああ、こっちの話だから気にしないでくれ」

 

ソードスキルの再現などあの世界を知らない人としては意味不明なことを言っているだけだ。

おかしなことを言い出したと思われてもおかしくはない。

 

「それにしても、集也さん。すごい動きでしたね」

 

「そうでもないよ。あれじゃ、剣道としても、剣術としてもまだまだだ」

 

「そうか? なかなかいい動きだったけどな」

 

集也は感覚のなくなった手をゆっくりと閉じる。そして開く。

感覚が戻ってきたことを確認すると集也は軽く身体に捻りのストレッチをし、道場に置かれた竹刀を見ながら呟いた。

 

「剣道か……またやってみようかな」

 

「ホント!? ほんとに!?」

 

直葉が聞こえたのかこちらに勢いづいてくる。

 

「う、うん。まだやるには体力的に辛いと思うけどそのうちにな」

 

「そ、そうだよね。でも、また一緒に剣道ができるならあたしは集也く……さんと一緒にやりたいです」

 

頬を紅潮させ、わずかに俯いた直葉。その言葉は集也にとって嬉しい言葉だった。またあの頃に戻れるような気がした。

集也は直葉の頭を撫でようとするがその寸前で手を止めた。今の集也にそんなことを、こんな純粋な少女に触れる権利などない。

 

「俺もそうなれたら嬉しいよ」

 

ぎこちない笑みを浮かべる。

その光景を見て和人は、うんうんと大げさに頷きながら「やってよかった」と呟いていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あの後、集也は家に戻ってシャワーを軽く浴びるとロードバイクを走らせること三十分程度。漕ぎ続けてたどり着いたのは、県内のどこにでもあるような墓地だ。

ロードを止め、墓地の中へと足を運ぶ。そして奥地にある墓石の前で足を止める。その墓石には【北野】の文字が彫られている。

 

「来たよ……ミサキ」

 

あのデスゲームを抜け出して、またしても喪失感に襲われていた集也の元にスーツ姿の数人の男たちが訪ねてきた。なんでも『総務省SAO救出対策本部』と大層な名前の組織の者だと名乗った。

しかし、そんな大層な名前の組織は肩書きだけのもの。二年間何も手出しができなかった。しかしそれはしょうがないことだ。下手にちょっかいを出せば囚われていた一万人全ての命を危険に晒しかねない。

その中でも彼らは被害者を病院に受け入れる態勢を整えた。それだけでも十分な偉業だ。あとはごくわずかなプレイヤーデータのモニタリングだけ。その中でもシュウのレベルと存在していた位置から攻略組のプレイヤーだったということをわかっていたらしく何が起きたのかを急いで聞きにきたらしい。

その時の集也はほとんど抜け殻の状態であったが、同じ病院にもう一人攻略組のプレイヤーがいるとその男達から聞いて何故だかわからないがそれがキリトだと聞いた時には確信していた。それは思った通りキリトだった。

その時、集也はどこか救われた気がした。

その男は何があそこで起きたのかの情報をこちらが教える代わりにこちらが知っている情報の交換条件を提示してきた。集也たちはその条件をのんだ。そこで集也はギルド《希望》のメンバーがどこにいるかの情報を求めた。

そこでわかったことがミサキ、北野美咲が集也が住んでいるのが近くだったということだった。

まず、あの世界での約束を果たすために集也は直ぐにそこへと訪れようとした。他のギルドメンバーの居場所もわかりホッとしていた集也だった。しかしそこまで上手くはいかなかった。集也は衝撃の事実を男から聞いた。

 

『結城明日奈を含む、約三百人のプレーヤーがまだ目を覚ましていない』と……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ミサキ……また来るよ」

 

最近あったことを色々とミサキに話す。そして集也がミサキの前から立ち去ろうとした。その時だった。

遠くの方から砂利を踏みしめる音が聞こえる。それはこちらへとゆっくりと近づいてくる。

首だけを音の聞こえた方へと向ける。花を持ち右手にバケツを下げている三十代後半くらい落ち着いた色のコートを着ている女性がこちらを見て頭を軽く下げている。こちらもそれに返す。

わずかに笑みを浮かべた女性はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「最近、花がよく変わっていると思ったら、あなただったんですね」

 

「……は、はい」

 

女性はミサキの前に座ると優しい笑みを浮かべて持ってきた花を花立に刺していく。だが、その表情はどこか寂しげに見える。

 

「あなたが来てくれてきっと娘も喜んでいますよ」

 

やはり彼女はミサキの母親。

わかっていた。最初に見たその瞬間からわかってはいた。しかし、心のどこかでその可能性を除外していた。そんなはずがないと思い込んでいた。

本来ならば、集也はミサキに会う前に全てをこの人に伝えなければならない。しかし自らの弱さでそれができなかった。結局、集也はあの頃から何も成長していない。ずっと逃げ道を作ってきた。

だが、もう逃げるのはやめたんだ。

震えを抑えるように右手を強く握りしめた。

一度大きく息を吸い込んでから吐き出す。

そして、

 

「僕は……ミサキ……美咲さんとあの世界で知り合ったんです」

 

「……あの世界」

 

その言葉に先ほどまで浮かべていた表情は消える。目は大きく見開かれる。

それを見てまたしても言葉が詰まりそうになる。だが、ここで口を閉ざせばまた同じことになる。

 

「すみませんでした!!」

 

集也はアスファルトに両手と額をつける。土下座。アスファルトの冷たさが額と手を通じて伝わってくる。

 

「急にどうしたんですか!? 顔をあげてください」

 

唐突に土下座をされて女性は驚いた声をあげる。しかし、こんなことで集也がやったことは許されることではない。それにこれを集也にとっては一つの逃げでしかなかった。

ミサキの母親の表情を見て集也の意思は揺らぎかけた。彼女の表情を見ないように集也は土下座した。謝罪の気持ちよりも先に保身を考えてしまっている自分が嫌になる。

最低な自分が大っ嫌いだ。

しかし、ここで逃げ出せばもっと最低な自分になるだけだ。それはあの世界で生きる意味をくれた彼女の言葉を裏切ることになる。

これ以上誰かとの約束に嘘をつくのはやってはいけない。それだけはもうしてはならない。

 

「僕がやったことは許されないことです」

 

どれだけ謝罪の言葉を重ねても消えることのない集也(シュウ)の罪。あの世界が終わろうとも決して消えることなく一生集也が背負い続けなければいけない。

 

「……許されないこと?」

 

集也は声を出そうとする。だが、言葉が出ない。喉の奥に何かが詰まったように息苦しい。

言うことはわかっている。理解している。それなのに集也の意思とは違く体は言うことを聞こうとしない。まるで脳と体が別のものになったかのような感覚だ。

集也は無理矢理、声を振り絞る。

 

「僕が……ミサキさんを……殺しました」

 

「あなたが……美咲を……」

 

女性の驚愕な声。手に持っていたバケツが地面へと落下する。朝の静かな墓地に金属が落ちる鈍い音が響いた。集也にはそれがとても長く聞こえた。近くの森から烏が羽ばたく音が冷たい空気を震わせる。

それ以降言葉はこない。集也は顔を上げることができない。女性の目を見ることができない。

ただ時間だけが過ぎていく。

どれだけの時間が経っただろうか。不意に女性は呟いた。

 

「頭をあげてください」

 

その言葉に集也はゆっくりと顔を上げた。そして美咲の母親の目を見る。彼女の目から大粒の涙が流れ落ちていた。しかしその表情は集也に対する憎悪や怒りといったものではなくなぜか優しい表情をしていた。

そして彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「話してくださいますか。……あなたが知ってる美咲のことを」

 

集也は自分の知ることを全て話した。ミサキとの出会い、ギルド《希望》のこと、自分が嘘をついて一緒にいたこと、そしてミサキの最後。

母親は何も言わずに頷く。時折、その目からは涙が流れるがそんなことも気にせずに集也の話を真剣に聞いている。

全てを話し終えると一言、「そうですか」といって俯いた。そこからまた大きな沈黙が生まれる。

そして口を開いた。

 

「集也さん」

 

「は、はい」

 

どんなことでも言われる覚悟はできていた。

しかし、女性の口から言われた言葉に集也は焦った。

 

「あなたのキャラネームって言うんですか? 教えてもらってもいいですか?」

 

予想外の質問に集也はなんと答えていいのかわからなくなる。すぐに正気に戻った集也は、一拍あけてから呟いた。

 

「……シュウです」

 

「そう、ですか」

 

集也の言葉を聞いてミサキの母親は、また優しい表情を浮かべて頬を伝う涙を拭う。

わからない。なんでこの人は娘の命を奪った犯罪者にそんな顔ができるんだ。

そして女性ははっきりとした口調で、

 

「それなら、私はあなたを許しますよ」

 

「……えっ」

 

この人が集也を許すわけがない。許していいわけがない。許されるわけがない。

最愛の娘を手にかけ、その上で暴走の果てに何人もの命をこの手で消し去った犯罪者(レッド)にそんな言葉をかけてもらえる資格などないのだから。

 

「……それが美咲の最後の言葉でしたから」

 

墓石を見つめるミサキの母親。その目に再び、涙を浮かべている。

 

「ミサキの……言葉?」

 

意味がわからなかった。

ミサキの言葉。シュウにかけてくれた言葉のことを言っているのだろうか?

それともクリスタルに残されていた言葉のことを言っているのだろうか?

どれもありえない。あれはSAOの中のことを現実にいたはずのミサキの母親が知っているわけがない。

彼女は優しい声でその言葉を紡いでいく。

 

「美咲が死んだ日は今でも覚えています。病室でまるで眠るように息を引き取っていった」

 

それはシュウがミサキのHPを削りとったあの瞬間だ。彼女もシュウと同じようにミサキの最後を見た。

 

「ミサキが死んでしまうほんの一瞬だけ、言葉が聞こえたんです」

 

母親は少し間をあけてからその言葉を口にした。

 

「私には……シュウ、ありがとう、と娘が言ったような気がしたんです」

 

それがミサキの最後の言葉。

彼女はあちらの世界でもこちらの世界でも集也にそんな言葉をかけてくれるのか。

身体から力が抜けていく。膝から崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。

瞳からは熱いものが流れる。止めようとしても止めることはできない。

 

「先ほどの話、私にはほとんどわかりませんでしたが、美咲があなたに感謝していたことはわかります」

 

その言葉だけで集也がどれだけ救われたことか。

ずっと後悔ばかりし続けてきた。なんであの時、嘘をついたのだろう。なんであの時、皆を止めれなかったのだろう。なんであの時、ミサキを殺したんだろう。他にも方法があったかもしれない。

集也が犯した罪が消えるわけではない。けれどもほんの少し、ほんの少しだけ許された気がした。

 

「どうでしたか。美咲は、向こうでも笑ってましたか?」

 

止めどなくこぼれる涙。

集也は必死に声を絞り出して、

 

「はい……笑顔でした」

 

精一杯の言葉で答えた。

 

「そうですか……それでは」

 

彼女は、集也の言葉を聞くとその場に落ちているバケツと花を拾い上げてこちらに一礼して去って行った。

集也は彼女が去るまでその光景を見続けた。

そしてミサキの墓石の前に座り、両手を合わせる。

 

「また……来るよ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

次の日の朝。久しぶりに集也は気持ちのいい朝をむかえられた。その理由は明確だった。

頭をかきながら、部屋の窓を開け、大きな伸びをしながら深呼吸をする。

珍しく向かいの家からいつもの少女の声は聞こえない。

今日もやっていたら顔を出そうと思っていたのだが少し残念だ。

寝起きにシャワーを浴びようかと思ったその時だった。

ぽーん、という電子音が部屋の中に響いた。机の上に置いてあったスマホに目を向ける。ロック画面を確認するとメールを受信の表示が出ていた。

指紋認証でロックを解除し、メールのアプリを開く。パソコンの方にきていたメールをスマホで見れるようにしていたためパソコンのメールが表示される。そのメールを表示するとそれは《エギル》と表示される。

アインクラッド五十層主街区《アルゲード》の雑貨屋店主兼攻略組の斧使いのエギルとは、二十日ほど前に東京で和人ともに再開した。メールが来たのはこれが初めてだ。タイトルは【Look at this】となっており、集也と和人の二人に送られている。開くとよっぽど急いでいたのか文章は一文字もなく代わりに写真が一枚添付されていた。

スマホなためかパソコンに比べると処理が遅く画像が数秒遅れて表示される。

 

「え……?」

 

思わず声が漏れた。

その写真に写っていたのは、ぼやけたポリゴン製の世界。金色の格子が並ぶ中に白い椅子に腰をかける長い栗色の髪の少女。その姿を見間違えるわけもなかった。

 

「……アスナ?」

 




今回は少しだけ修正した感じで基本的な流れは一緒です。

誤字脱字、気になる点、おかしな点、感想がありましたらメッセージ、感想等でお知らせください。
また読んでいただければ幸いです。
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