ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜   作:カエサル

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16.再会

 

 

「それでどうする? あんたも戦うかい?」

 

あまりにも緊張感のない少年の声にサラマンダーはわずかに苦笑し、小さく両手をあげる。

 

「やめとくよ。もうすぐで魔法スキルが九百なんだ。デスペナが惜しい」

 

「正直者は嫌いじゃないよ」

 

さっきの気迫が嘘のように少年は短く笑うとリーファへと視線を向けて、

 

「そっちのお姉さんはどうする? 彼と戦いたいっていうのなら邪魔はしないけど」

 

唐突に乱入してきておいてこの言い草。もはや笑うしかなかった。

 

「あたしもいいわ。今度はキッチリ勝つわよ」

 

「君ともタイマンをやるのは遠慮したいな」

 

そう言い残し、サラマンダーは空へと飛び去っていった。残されたリーファと黒衣の少年。

すると少年が興味津々にサラマンダーのリメインライトに近づいて行く。

 

「ねぇ?この炎って?」

 

「しっ! リメインライト、まだ連中の意識はそこにあるわ」

 

リメインライト。いわば蘇生可能状態。ALOにおいて死んでしまったとしてもすぐにホームタウンに戻されるのではなく一度、リメインライトという炎へと変わる。その状態で蘇生アイテムを近くにいる誰かに使用してもらえれば生き返ることができる。なのでリメインライトの状態では意識はまだそこにある状態だ。

そこで無闇矢鱈に変なことばかりすると蘇生後に恨みを持たれてPKなどの被害にあうこともある。

もっとも、あれだけ一瞬でやられれば相手方も懲りてしまうだろうけど。

炎が徐々に弱まっていき、最後には消滅する。

ようやくホームタウンへと戻ったようだ。

そこでリーファは改めて少年の顔を見た。

 

「で、あたしはどうすればいいのかしら。お礼を言えばいいの? 逃げればいいの? それとも戦う?」

 

少年は「いや」と短くいうと、

 

「戦う気なんてねぇよ。まぁ、なんでもしてくれるっていうなら……膝枕でもやってもらおうかな。お姉さん、綺麗だし」

 

「ば、バッカじゃないの!!そんなことするならここで斬るわよ!!」

 

リーファは顔がカーッと熱くなる。

 

「冗談冗談、落ち着けって。場を和ませようと冗談を」

 

少年は、両手を前に楽しげに笑いながらわずかに後退する。

 

「まぁ、冗談ならいいけど。それはそうと何で《闇妖精族(インプ)》がこんなところをウロウロしてるのよ」

 

「み、道に迷って……」

 

さっきの笑顔は消え、今度は情けない表情で俯きながら答えに思わずリーファは吹き出してしまった。

 

「道に迷ったって、方向音痴にも程があるよー。キミ変すぎ!」

 

初心者の装備なのに異常なまでの強さ。道に迷ったという理由で現れ、飛び方すらまともにわかっていない。とんでもないプレイヤーに遭遇してしまったと思った。リーファは一頻り笑い終えると右手に下げていた剣を鞘へと収める。

 

「まぁ、ともかくお礼を言うわ。助けてくれてありがとう。あたしはリーファっていうの」

 

「俺はシュウ、よろしくな」

 

リーファはなんとなくだが、シュウと名乗った少年ともっとも話がしたいと思っていた。決して人と話すのが得意な方ではないがなぜか彼と喋っていると少し落ち着く。

 

「ねぇ、君このあとどうするの? よかったら、その……お礼に一杯おごるわ。どう?」

 

シュウは即答とも言える速さで答えた。

 

「それは、嬉しいな。実はこの世界のことを教えてくれる人を探してたんだよ。特にデケェあれのことをね」

 

シュウは、今までの表情とは違うわずかに強張った表情で指を指す。

 

「世界樹? ……いいよ。あたしこう見えても結構古参なのよ。……じゃあ、ちょっと遠いけど北の方に中立の村があるから、そこまで飛びましょう」

 

「確か近場に街が一つなかったっけ?」

 

シュウはマップを開くと「やっぱり」といってこちらに見せつけてくる。リーファは呆れながらシュウの顔を見る。

 

「あなた何も知らないのね。あそこはシルフ領だよ。圏内じゃ君はシルフを攻撃できないけど、逆はあるんだよ。だから危険だよ」

 

「別にいいよ。みんながみんな襲ってくるわけじゃないだろうし。それにリーファさんもいるから安全でしょ」

 

少年は問題ないという表情を浮かべている。余程の怖いもの知らずなのかそれともただ知らなさすぎるだけなのか。どちらにせよ彼をほっておくことができない。そんな気持ちをリーファは持ってしまっていた。

 

「……リーファでいいわよ。そういうならあたしは構わないけど命の保証まではできないわよ」

 

背中に風妖精族(シルフ)の特徴のライトグリーンの翅を出現させる。

 

「それじゃあ、行こっか」

 

するとシュウは顔を引きつらせたのちに情けない声で、

 

「俺、上手いこと飛べないんだよな」

 

確かにシュウの最初の登場には驚いた。あそこまで操作を失っていたプレイヤーを見たのはリーファも初めてだった。あんな状況だったからだが、今思い出すと笑いがこみ上げてくる。

リーファはその感情を振り払うと、

 

「とりあえず、翅を出してみて」

 

シュウの背中にインプの象徴の漆黒の翅が姿を現す。

 

「ちょっと失礼するよ」

 

リーファはシュウの背後へと回り込むと背中に両手の人差し指を伸ばし、肩の少し下に触れる。

 

「今触ってるの、わかる?」

 

「う、うん。でもくすぐったいな」

 

シュウは体をもぞもぞとさせている。

 

「教えてるんだから集中!」

 

「は、はい」

 

リーファに強く言われてちょっとしょぼんとなっている。

その後、翅の動かし方や思った方向へと飛ぶコツを教えると飲み込みが早く直ぐに飛べるようになった。しかしその間にも暴走して変なダンスを踊ったりしていた。

久しぶりにお腹がよじれるほど笑った。

 

「それじゃあ、ついてきて」

 

リーファは方向転換すると森の彼方目掛けて飛行を始める。最初はシュウを気にかけて控えめの速度で飛行しているとすぐさまシュウは真横に並ぶ。

 

「もっとスピード出してもいいぜ」

 

「ほほう」

 

リーファはその挑発に素直に乗る。一気に加速に入り、シュウが根を上げるところを見てやろうと思った。

しかし驚くことにシュウはマックススピードの七割に達したところでも真横に並走したままだった。普通なら人は飛ぶという感覚を知らないため、高速飛行となると無意識的に速度を抑えてしまい加速が鈍るはずだ。だが、彼はそれに全く動じることなくこの状況を呑み込んでいる。

 

「これが最速?」

 

調子に乗ったような余裕の笑みを浮かべる少年にリーファは、

 

「どうなっても知らないわよ」

 

翅を羽ばたかせ最高速度まで加速する。この速度についてこれた仲間がいなかったためリーファも久しぶりの感覚だ。しかし、それにさえ平然とついてくる。

 

「このスピードに耐えられたの君が初めてかも」

 

「さすがにこの速度は厳しそうだな」

 

そのまま二人で高速飛行をしていると後方から高速で風を切る音が聞こえる。

 

「シュウ君、後ろから何か来てるよ」

 

「え? 何も見えないぞ」

 

シュウは振り向いて確認する。

闇妖精(インプ)であるシュウには聞き取れないが風妖精(シルフ)であるリーファにはしっかりとその音が聞こえる。だが、リーファも音がするだけで姿が見えない。

余程、遠い距離なのかそれとも聞き間違い。そう思った時だった。

シュウが背負われていた片手剣を勢いよく抜き取ると左手で刀身を支えてガード姿勢に入る。

 

「リーファ、避けろ!」

 

「え?」

 

シュウの叫び声が響くと同時に後方から猛スピードで迫ってくるものの姿をようやくとらえた。黒い影の物体が高速でこちらに迫ってくる。

そして避けようとした時には、リーファの直ぐ目の前まで迫っていた。

 

「ちょ、退いてくれぇぇ!!」

 

するとリーファと高速飛行物体との間にシュウが割り込んくる。金属同士がぶつかり合う乾いた音が空中に響いた。

そこでようやくリーファは高速飛行物体の正体がわかった。浅黒い肌。ツンツンと尖った髪形、ややつり上がった大きな目。背中にはクリアグレーの翅。間違いない。影妖精(スプリガン)の男性プレイヤーだ。少年の手には初期装備の片手剣が握られていた。

どうやら後方から奇襲を狙っていたのだろうか。しかし、リーファはぶつかる寸前に聞こえた声。それに初期装備のその姿を見て、初心者であるということは直ぐにわかった。初心者がいきなりPKを行おうと思うだろうか。

それにあの飛行速度。初心者だとしたらありえない速度だ。そう思ったが目の前で鍔迫り合いをしている少年を思い出してありえないことではないと考えを改めた。

 

「いきなり攻撃とは、いい度胸してるじゃねぇかよ」

 

「いや〜、飛び方がわかって来てちょっとスピード出したら止まれなくなってな。止めてもらって助かったよ」

 

少年は苦笑いを浮かべながら剣を背中へと収める。シュウもあまり納得していないようだが、剣を収めた。

 

「てか、お前何もんだよ。あの一瞬で剣を抜き取るとか普通の反射速度じゃ無理だぞ」

 

「そういう君も彼を見つけてから動くまでが速すぎたけどね」

 

確かに一瞬のうちに剣を抜いた彼も異常だが、その位置を事前に予測して先回りしたシュウも異常な速さだった。スピードに少しは自身のあるリーファでさえ全く反応できなかったのだから。シュウといい、スプリガンの少年といい最近の初心者はレベルが高い。

 

「パパはすごいんですよ」

 

不意にどこからともなく声がした。幼い少女の声のようだ。咄嗟に周囲を見回すが人影はない。すると少年はやや慌てた様子で、

 

「こら出てくるな」

 

視線を向けると少年の胸ポケットから小さな何かが飛び出してくる。それはしゃらんという音を立てながら少年の顔の周りを飛び回る。

 

「ぱ、ぱぱぁ?」

 

あっけにとられながらわずかに近づく。それは手のひらに乗るサイズの小さな妖精だった。ヘルプシステムの一部のナビゲートピクシーだ。

 

「ねぇ、それってプレオープンのキャンペーンで抽選配布されたプライベートピクシーよね?」

 

「そ、そうなんだ。クジ運が良くてさ」

 

少年は飛び出たピクシーを両手で覆いながら言う。その表情はどこか慌てているようにも見える。

プライベートピクシーを持っているのに初期装備という少し疑問が残るスプリガンの少年。その疑問をぶつけようとしたが隣の少年が口元に右の拳を置いて何かを考えている。

 

「どうかしたの、シュウくん?」

 

「い、いや、もしかしてだけどさ……」

 

シュウは右手をゆっくりと動かすと自信なさげに呟いた。

 

「……キリ、トか?」

 

その言葉にスプリガンの少年の大きな瞳が一層見開かれる。

 

「シュウ……なのか?」

 

キリトと呼ばれた少年の言葉に大きく頷くとシュウは拳を突き出した。キリトと呼ばれた少年は笑みを浮かべると拳を合わせた。

 

「やっぱり来たんだな、お前も」

 

「お前だけじゃ心配だしな」

 

「お二人さんは知り合いってことなの?」

 

二人の会話に割って入る形でリーファが質問する。

 

「ああ。前同じゲームをやってた仲間だよ」

 

「そうなんだ」

 

だが何故だろう。この二人がただ同じゲームで一緒だっただけと言う関係には見えなかった。もっと深い何か。ともに何かを潜ってきたようなそんな気がした。言葉にできない言葉。

それを聞いてみることもできたがまだ会って間もないシュウに聞くことはできない。それにリアルのことを聞くのはマナー違反になる。

 

「そういえばまだ紹介してなかったな」

 

シュウがリーファへと手を向けながら紹介する。

 

「こちらはリーファ。俺もさっき会ったばかりであんまり知らないけどこれからこの世界のことを色々と教えてもらう予定」

 

リーファは腰から曲げてお辞儀をする。

 

「こいつはキリト。一言で言えば無鉄砲なバカだ」

 

「お前にだけは言われたくないよ。キリトだ。この子はユイ」

 

小さな妖精がペコリとアタマを下げる。

 

「こちらこそよろしく」

 

「それじゃあ、またスイルベーン目指すとしますか」

 

シュウの掛け声に再び、スイルベーンを目指す。ホバリングの体勢から飛行体勢へと変わったその時だった。

 

「だ、誰か止めて!」

 

後方から悲鳴が聞こえる。そこには変な舞を踊るキリトがいた。

リーファとシュウ、ユイは腹を抱えて笑う。だが、内心また一人飛行問題児が増えたと思うのであった。

キリトに軽く飛行のレクチャーをするとすぐに飛べるようになったので大丈夫だった。

森を抜けると色とりどりの光の群が姿を現した。中央に一際明るい光の塔が伸びている。シルフ領スイルベーンのシンボルだ。

 

「真ん中の塔の根元に着陸するわよ。……って、お二人さんはランディングのやり方わかる?」

 

不意にそのことに気づいてリーファは笑顔を固まらせた。同時に二人も固まるのがわかった。

 

「解りません……」

 

もう塔は半ば目の前まで接近していた。

 

「えーと……ゴメン、もう遅いや。幸運を祈るよ」

 

リーファはにへへと笑うと一人だけ翅を広げて急減速し、広場めがけて降下を始める。

 

「「ふ……ふざけるなああぁぁぁ───」」

 

二人の少年の絶叫がスイルベーンの街に響いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ひ、ひどいよ、リーファ……」

 

翡翠色の塔の根元で絡まりあうように倒れこんでいる二人の少年。最高速度で激突したためHPの全損は間逃れないと思ったのだが、キリトはHPバーの半分くらい。シュウに関してはほとんど減っていない状態だ。

普通ならそんなことはありえないはずなのだが。

 

「お前、塔に当たる寸前に俺のこと盾にしただろ!」

 

「あ、バレてた。ごめんよ」

 

全く悪びれもせずに平謝りするシュウ。

それならばシュウのHPがほとんど減っていない理由に納得がいく。というかあの一瞬でそんな判断ができるものなんだ。リーファは感心してしまった。

 

「まぁまぁ、ヒールしたあげるから」

 

リーファは右手を二人の方へと向けてかざすと回復の呪文(スペル)を唱えた。青く光る雫がほとばしり、シュウとキリトを包み込んだ。

 

「すごい、これが魔法ってやつか」

 

「高位の治癒魔法はウンディーネじゃないと使えないんだけど必須スペルだから君も覚えた方がいいよ」

 

「種族によって補正があるのか」

 

「シュウくんのインプは、暗視と暗中飛行に長けた種族だよ。キリトくんのスプリガンはトレジャーハント関係と幻惑魔法かな。どっちもあまり戦闘には不向きかもね」

 

「うへ、やっぱり下調べが大事だな」

 

二人は立ち上がって大きな伸びをするとキョロキョロと辺りを見回す。

 

「ここがスイルベーンか。綺麗なところだな」

 

「でしょ!」

 

リーファが改めて自慢の街を見回していると後方から声をかけられた。

 

「リーファちゃん! 無事だったの!」

 

手を振りながら近寄ってくるのは黄緑色の髪のシルフの少年だった。

 

「あ、レコン」

 

「すごいや、アレだけの人数から逃げ延びるなんてさすがリーファちゃん……って……」

 

今更ながらリーファの横にいる黒衣の少年二人に気付き、口を開けたまま数秒間立ち尽くすと、

 

「な……インプとスプリガンじゃないか! な、なんで……!」

 

飛び退いて、慌てて腰のダガーに手をかけようとするレコンを慌てて制止する。

 

「あ、いいのよレコン。この人が助けてくれたの」

 

シュウを指差したのちにキリトへと向ける向きを変え、

 

「こっちの人は彼の仲間だよ」

 

「へ?」

 

唖然とするレコンを指差し、黒衣の二人に言う。

 

「こいつはレコン。あたしの仲間なんだけど、キミと出会う前にサラマンダーにやられちゃったんだ」

 

「そうなんだ。よろしく、俺はシュウだ」

 

「キリトだ」

 

「あっ、どうも」

 

レコンは差し伸べられた手をぺこりと頭を下げた後に握ろうとすると、

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

再び飛び退く。

 

「大丈夫なのリーファちゃん!? スパイとかじゃないの!?」

 

「平気平気、スパイにしてはこの人たちちょっと天然ボケ入りすぎてるし」

 

「ひでぇな」

 

あははと笑い合うリーファたちをレコンは疑わしそうな眼で見ていたが、やがて咳払いをしてから本題に入っていく。

 

「シグルドたちはいつもの酒場で席とってるよ」

 

「あっ! そっか。うーん……あたし今日はいいや」

 

「え! 来ないの?」

 

残念そうな声でレコンがつぶやく。

 

「うん、お礼にシュウ君に一杯おごる約束してるんだ。じゃあお疲れ」

 

するとレコンが今度は先ほどとは違う警戒心を見せ始める。

なんだか変な雰囲気になりかけているのでリーファは強引に話を切るとシュウの袖を引っ張って歩き出した。

 

 

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「そういえば、さっきの子ってリーファの彼氏?」

 

キリトが店屋へと向かう道中にそんな会話を切り出した。

 

「恋人さんなんですか?」

 

「はぁあ! ち、違うわよ。ただのパーティーメンバーよ!!」

 

「それにしちゃあ、ずいぶん仲はよさそうだったな」

 

「リアルでも、知り合いっていうか、学校の同級生なの。でもそれだけよ」

 

「「ふーん」」

 

会話を交わしながら裏路地を歩いているとやはりすれ違うプレイヤーたちがこちらの姿を見てギョッとした表情を見せる。やはりこのゲームでは他種族が他の領地に訪れるということはほとんどありえないことのようだ。

リーファに連れられて居酒屋兼宿舎をやっている店のはいると客は誰もおらず奥まった窓際の席へと座る。

リーファがオススメだというものを適当に注文をし、テーブルに全て並んだのちに、

 

「それじゃあ、改めて助けてくれてありがとう」

 

不思議な緑色をしたワインのグラスを三人でカチンと合わせると一気に飲み干していく。

 

「なんか、変な連中だったけど、ああいう集団PKって結構あるのか?」

 

「元々サラマンダーとシルフは仲悪いんだけどね。でも、ああいう組織的なPKが出るようになったのは最近だよ。きっと近いうちに世界樹攻略を狙ってるんじゃないかな?」

 

「その世界樹について教えてほしいんだ」

 

世界樹という言葉にキリトが反応する。

 

「キリト君も世界樹について知りたいの? 二人ともどうしてなの?」

 

リーファの問いになんと答えていいかわからずに考えているとストレートな言葉で言った。

 

「世界樹の上に行きたいんだよ」

 

するとリーファは呆れたという表情をする。

 

「それは多分、全プレイヤーが思ってるよ。っていうか、それがALOのグランドクエストだから」

 

「というと」

 

「滞空時間制限があるのは知ってるでしょ。どんな種族でも連続して飛べるのは、十分が限界なの。でも、世界樹の上にある空中都市に最初に到達して妖精王オベイロンに謁見した種族は全員《アルフ》っていう高位種族に生まれ変われる。そうなればいつまでも自由に飛ぶことができる」

 

「なるほどな」

 

頼んだデザートを口に含みながら頷く。

 

「確かにそれはいいな」

 

「で、世界樹の上に行く方法ってのは?」

 

「根元が大きなドームになっていてそこから空中都市に行けるんだけどドームを守ってるNPCガーディアン軍団がすごい強さなのよ」

 

「そんなに」

 

「オープンしてから一年経つのにクリア出来ないクエストなんてありだと思う」

 

確かにALOというゲームの最大の目的であるならかなりの強さに設定されていても何ら不思議ではない。しかし、一年もかけて未だクリアされていないとなると調整などが入ってもおかしくない。もしくは、

 

「何かキークエストを見落としている。もしくは単一種族だけじゃ絶対に攻略できない」

 

シュウの言葉にリーファはタルトを頬ばろうとしていた手を止めて感心したように見ている。

 

「ヘェ〜、いいカンしてるじゃない。クエスト見落としの方は、今躍起になって検証してるけどね。でも、後者だとすると絶対に無理ね」

 

「無理……?」

 

「なんでだよ?」

 

「だって矛盾してるもの最初に到達した種族しかクリア出来ないクエストを他の種族と協力して攻略しようなんて」

 

「……じゃあ、事実上世界樹を登るのは不可能ってことか」

 

「……あたしはそう思う。でも、諦めきれないよね、一旦飛ぶことの楽しさを知っちゃうと……。たとえ何年かかっても」

 

「それじゃあ、遅すぎるんだ!」

 

キリトは押し殺したような声で叫んだ。リーファとシュウは驚きキリトへと視線をあげると、何かをこらえるような表情のキリトの顔があった。

キリトがここまでなるということは、アスナに何かあるということだ。すぐに世界樹の上に行ってあの妖精がアスナだとするなら助けださないといけない理由があるようだ。

 

「パパ……」

 

ユイがキリトの肩に座り、小さな手で頬に触れる。

 

「ゴメン……。でも、どうしても俺、世界樹の上に向かわないと行けないんだ」

 

「なんで、そこまで……?」

 

リーファもキリトの世界樹に登りたいという理由が普通のプレイヤーと違うと察したのか少し声のトーンが落ちる。

 

「人を……探してるんだ」

 

「どういうこと?」

 

「簡単には説明できない」

 

キリトはリーファを見て微かに微笑む。それが彼女に心配をかけないために無理やりつくった笑みだということはシュウでなくともわかる。

 

「……ありがとうリーファ、いろいろ教えてもらって助かったよ」

 

シュウは立ち上がりかけたキリトの腕を掴むと同時に引っ張り再び席へと座らせる。

 

「イテェ! 何すんだよ、シュウ!」

 

シュウは席から立ち上がると大きく伸びをしてから、

 

「何、一人で行こうとか考えてんだよ。俺がなんでここにいると思ってる」

 

「そうだったな」

 

キリトはわずかに笑みを浮かべ、席を立ち上がった。そして言葉を交わすことなく互いの拳を合わせた。

 

「……二人とも世界樹に行く気なの?」

 

リーファが立ち上がるシュウたちを心配そうな視線を向けている。

 

「ああ。この目で確かめないと」

 

「無茶だよ、そんな……。ものすごく遠いし、途中で強いモンスターもいっぱい出るし……」

 

「無茶は承知の上だよ。それじゃあ、行くよ」

 

シュウとキリトが扉の方へと振り向いたその時だった。

 

「──あたしが連れてってあげる」

 

「「え……」」

 

思いもよらない発言に目を丸くする。

 

「いや、でも、会ったばかりの人にそこまで世話になるわけには……」

 

「いいの、もう決めたの!!」

 

かなり強引に決めるリーファ。なぜここまでしてくれるのかわからない。彼女にそこまでシュウたちの世話を焼いてくれる必要はない。

 

「あの、明日も入れる?」

 

二人とも頷く。

 

「じゃあ午後三時にここでね。あたし、もう落ちなきゃいけないから、あの、ログアウトには宿舎の上を使ってね、じゃあ、また明日!」

 

やや早口にそう告げるとウインドウを開いてログアウトしようとする。その前に、

 

「──ありがと」

 

シュウは笑顔でそういうとリーファはわずかに笑みを浮かべて光の中へと姿を消して行った。

リーファが消えた席をシュウとキリトはやや呆気にとられながら見つめていた。

 

「──どうしたんだろう、彼女」

 

「さぁ? でも、道案内をしてくれるというならありがたいんじゃないか」

 

「マップならわたしにもわかりますけど」

 

キリトの肩に乗っていたユイが飛び立つと再び、テーブルの上へと戻る。

 

「そういえば、この子って……」

 

「ああ、そういえばまだしっかりとは紹介してなかったっけ?」

 

キリトは小さな妖精の少女について話す。もともとSAOにいた『カーディナル』の『メンタルヘルスカウンセリングプログラム試作一号』。つまりAI、人工知能。GMに抗い本来消されるはずだったキリトが消滅の寸前にデータをナーヴギアに移したことでこちらのALOにもいるらしい。こちらでは、ナヴィゲーションピクシーの役割らしい。

それとついでにあの異常なまでに膨れ上がっていたスキルポイントの使い方を教えてもらった。HPの増加や魔法の取得などに使うポイントだったようだ。それでいてキリトがあの塔にぶつかってもHPが残っていた理由がわかった。

シュウも永遠とスキルポイントを消費する作業を行いそこそこステータスを上げた。しかし、この世界では、そこまで意味のあることではないらしい。筋力値や俊敏などのステータスがないためやはり強くなるには武器の攻撃力を高めるのが一番らしい。

 

「なるほどな……」

 

キリトの話を聞いて大体はわかった。しかし一つ疑問が残る。

 

「なんで、ユイちゃんはキリトのことをパパって呼ぶんだ?」

 

「そ、それは……」

 

キリトの顔がわずかに曇る。何かまずいことを聞いたようだった。すると明るい声でテーブルの上からユイが、

 

「パパはパパですから!」

 

その言葉にキリトは笑顔になり、

 

「ああ。詳しいことはアスナを助けたその後に話すよ」

 

「……そっか。必ずだからな」

 

シュウたちはリーファの言われた通り宿舎へと上がる。どうやらこのALOというゲームは自分の領地内であれば即ログアウトを行うことができるが、フィールドや他領地の場合はアイテムや宿舎などを使用しなければ現実にプレイヤーが帰還した後も数分間はプレイヤーのアバターは残り続ける。これはログアウトによる盗み中や戦闘時の緊急脱出を防止するためだろう。

シュウとキリトは別々の部屋をとり、軽く挨拶だけ済ませて各々の部屋の中へと入った。

特にやることもなかったため、シュウはそのままベットに横になり、右手の指を振り、メニューウインドウを出すとそのままログアウトボタンを押した。世界が虹色の光に包まれ、視界がブラックアウトした。

 

───ゆっくりと瞼をあけた。見慣れた自室の天井。

もう一度、自分が仮想世界へと行くことになるとは思ってもいなかった。だからこそまるで夢から覚めたような感覚だった。もしかすると仮想世界なんて物は存在せずに全てが夢の中のことなのかもしれない。

そんなくだらない考えをしながらもベットから上半身をゆっくりと起こした。その時だった。身体中に悪寒が走る。心臓が素早く脈打ち、呼吸も荒くなっていく。そして脳裏に蘇るあの記憶たち。

恐怖に怯えて死に逝く者、憎悪の表情で死に逝く者、何も感じることなく一瞬で死に逝く者。

今度はとてつもない嘔吐感が襲う。集也は自室を勢いよく飛び出し、トイレへと駆け込むと胃の中の物がなくなるまで吐き続けた。

 

「はぁ……は、ぁ……」

 

頭を抱え、恐怖でその場にうずくまる。

やはりそうだった。そうなるんだった。

集也は、現実に戻ってきてからあいつらのことを忘れようとしていた。あれは夢だったと現実じゃないんだと自分から切り離そうとしていた。しかし、そんなことができるわけもない。

あれだけ、あの世界では全てを背負って生きていくまで覚悟を決めたはずなのに現実に戻ってみれば結局、集也はあれだけの罪に耐えられなかった。そのために忘却という最低な方法を選んだ。忘れることで何かが変わる気がしていた。しかし、それはただのその場凌ぎでしかなかった。

そして今回再び、仮想世界へと行ったことで無理矢理忘れようとしていたものが鮮明に思い出される。

この痛みに集也は耐えることができない。シュウならば忘れることもなく全ての過ちを背負って生きることができるのかもしれない。

しかし、集也にはそれができない。二人は同じであると同時に違う人物でもある。現実に戻ってきてからはそう思うことが多くなった。

そして、再び仮想世界へと入った今日、それを改めて実感した。集也には、襲われてる女の子を助けることもできない。あんな風に笑ったり、冗談を言ったりすることもできない。友の最愛の人のために戦うこともできない。

それは全てシュウだったからできたこと。集也にはなんの力もない。

 

ある程度呼吸が整ったところでふらつく足取りで家を出た。特に行くあてなどない。だが、どこかへ行きたかった。いや、どこかへと逃げたかった。

外は微かに暗くなっており、太陽は地平線の果てに沈もうとしていた。街にはまばらな明かりが灯る。

向かいの家へと視線を向ける。家には明かりが灯っていないが、道場の方に明かりが灯っているのが見えた。

あそこに行けば誰かいるだろうか?

集也の足は自然とそちらへと歩んで言った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はっ! ていっ!」

 

ALOからログアウトしたのちに直葉は道場で少しでも先ほどのことから気を紛らわせるように竹刀を振り続けた。自分でもなぜあそこまで大胆な行動に出てしまったのかがわからない。

出会って数時間も経っていない少年たちのために小旅行にも匹敵するアルヴヘイムの中央都まで向かうなんて普通では考えられない。

以前、リーファになっているときの直葉の大胆さは五割増しだとレコンこと長田信一に言われたが、今日のは極付きだった。

だが、どこか放っておくことができない。

不思議な少年。落ち着いていたり、ふざけたりしてどうにも掴みにくい性格。そして初心者とは思えない恐ろしいまでの強さ。踏み込みのタイミングに攻撃の回避、瞬時の判断能力。どれをとってもリーファでは到底追いつけない代物だった。

それに実力を見たというわけではないが、あのキリトというプレイヤーもただならぬ実力者であるということが直感でわかった。

 

「……不思議な二人だったな」

 

いけない、いけない。集中するために道場に来ているのに余所事を考えてる。

今一度無心になって竹刀を振ろうとしたその時だった。

ガタン、という物音が道場の前でした。何かと思い確認しに行く。

 

「あ、集也くん!?」

 

そこにいたのは、今にも倒れてしまうのを必死で道場の外壁で手を支えている集也の姿があった。急いで彼に肩を貸して道場の中へと入る。

 

「どうしたの? 何かあった……の?」

 

わずかに顔を上げた集也の眼を見て思わず言葉を失った。彼の目はまるで光を失い、暗く深い絶望の中に沈んで行くようなそんな眼をしていた。あの時の和人と同じ眼だ。詳しい理由までは知らないが昨夜の和人が同じ眼をしていたのを思い出す。

集也を道場の壁側に座らせる。すっかりぐったりとしている。ここまでボロボロになっている集也を見るのは初めてだった。いつも明るく接してくれた姿からは想像ができなかった。

 

「なぁ……スグ……」

 

掠れた声で直葉の名を呼ぶ。集也の言葉に耳を傾ける。

 

「俺ってさ……生きてて良かったのかな……」

 

その言葉に直葉は固まる。言っている意味がわからなかった。いや、本当はわかっていた。

だが、あまりに衝撃的な言葉に何もいうことができない。すると集也は続けて重い口をゆっくりと開いていく。

 

「こっちに戻れば、意味があるってフィリアは言ってたけど……結局、何も変わらなかった……」

 

集也は微かな声で言葉を絞り出すように言っていく。

 

「……ミサキの母親に会って許された気がしてた……それだけで俺がやってきたことが全部が消えるわけじゃないのに……そんなことわかってるのに……わかってたはずなのに……俺は忘れようとしていた……すべてなかったことにしようとしていた……」

 

直葉には集也が何をやってきたのかわからない。しかし、背中を丸めて何かに怯えるように震えている。そんな姿を見ていると直葉の心はどうしようもないほどに震える。

 

「……このままじゃ……あいつも、アスナも助けられない……」

 

「え……」

 

その言葉に直葉はまるで凍りついたように動けなくなる。

なぜ、今その名前が出てくるのだろう。だってその名前は、和人が目覚めるのを待っている人の名前。それがなぜ、集也の口から出てきたのか。しかし、その疑問は直ぐに晴れる。向こうの世界で集也もそのアスナという少女と一緒にいたんだ。

直葉はひどく胸が苦しくなる。だけどこの感情をぶつけても今の集也には、何も届かない。

するとまるでうわ言でもいうように集也が呟く。

 

「……やっぱり、俺はあのまま死ぬべきだったのかな」

 

パァン、という乾いた音が道場に響いた。一瞬、自分でも何が起きたのかわからなかった。

直葉はその言葉を聞いて集也の頬を叩いていた。なぜ、そんな行動に出たのか直葉自身もわからなかった。しかし、その言葉だけは言ってはいけない。聞いてはいけない。

 

「……どうして。どうしてそんなこと言うの!?」

 

集也も驚きを浮かべて直葉を見ている。

涙が頬を伝って落ちていく。なんで泣いているのかわからない。しかし、涙は止まることなく流れる。

 

「あたし……集也くんが帰ってきてくれて嬉しかったんだよ。……お兄ちゃんと集也くんが二人ともSAOに巻き込まれて、いつ死んじゃうんじゃないかって怖かった。でも、二人とも無事に帰ってきてくれた。その時、本当に嬉しかったんだよ!」

 

「……スグ」

 

今まで抑え込んでいた感情が溢れ出てくる。

涙が溢れるのを隠すように直葉は両腕で集也の体をぎゅっと包み込んだ。集也の体の震えが伝わってくる。しかし、次第にその震えが治っていくのがわかる。

耳もとで囁きかける。

 

「大丈夫だから……集也くんならきっと大丈夫だよ。だから諦めたらダメだよ」

 

一生懸命探した言葉が自分の口から出て、それが心に届いた瞬間、直葉の心はひどく痛んだ。

自分の気持ちに気づいてしまうのが怖くて戻ってきた集也との距離を開けてしまったのかもしれない。しかしもう自分の気持ちに嘘をつくことはできない。

───あたしは……集也くんが好き……

しかし、その思いが届くことはない。

集也の体を少し強く抱きしめる。もう震えは完全になくなっていた。そして背中を撫でているうちにいつも間にかかすかな吐息に変わっていた。

まるで子供のように直葉の胸の上で寝ている集也。その姿が愛おしく、哀しい。

 

「……好きだよ、集也くん」

 

直葉は耳もとで小さく呟いた。その言葉が届くことは決してないとわかっていた。

だから、この言葉を最後にこの気持ちは心の奥深くに沈めてしまおう。

もう自分が傷つかないように、集也を傷つけないように奥深くへと……

 




今回も後半のあたりとキリトとの再会のあたりを修正させていただきました。

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