ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜   作:カエサル

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19.生還者対最強妖精

 

 

雲海の彼方。朧に浮かぶ巨大な影。かつて人々が神への挑戦、天まで届かせようとし、その逆鱗に触れて崩壊した『バベルの塔』を彷彿させる巨大な天地を貫く太い幹。

 

「あれが……世界樹……」

 

隣のキリトが畏怖の念とのこもったような声で呟いた。

この距離でここまでの迫力があるのならば根元に立てばどれだけの光景になるのか想像がつかない。

三人ともしばし世界樹を見つめていると我に返ったキリトが言った。

 

「あ、こうしちゃいられない。リーファ、領主会談の場所ってのはどの辺りなんだ?」

 

「あっ、そうね。ええと、今抜けてきた山脈は、輪っかになって世界中央を囲んでるんだけど、そのうち三箇所に大きな切れ目があるの。サラマンダー領に向かう「竜の谷」、ウンディーネ領に向かう「虹の谷」、あとケットシー領につながる「蝶の谷」……。会談はその蝶の谷の、こっち側の出口で行われるらしいから……」

 

リーファはマップを確認したのちにぐるりと辺りを確認して指を指す。

 

「北西のあの山の奥よ」

 

「残り時間は?」

 

「……二十分」

 

「間に合ってくれよ……」

 

 

 

「それにしても、モンスターを見かけないなあ?」

 

「あ、このアルン高原にはフィールド型モンスターはいないの。だから会談をわざわざこっち側でするんじゃないかな」

 

「なるほど、大事な話の最中にモンスターが湧いちゃ興醒めだしな……。でも、この場合は有り難くないな」

 

「どういうこと?」

 

するとシュウが呆れた顔をしながらキリトの代わりの答えを出す。

 

「どうせ、そこら辺のモンスター全部引っ張ってサラマンダー部隊にぶつけようとか考えてたんだろ」

 

キリトはニッと悪戯っぽく笑う。

 

「……よくそんなこと考えるわね。サラマンダーは洞窟で襲ってきた時以上の大部隊らしいから、警告が間に合って全員でケットシー領に逃げ込めるか、もしくは揃って討ち死にか、どっちかだと思うよ」

 

「「…………」」

 

二人は考え込んでいる。

 

「プレイヤーの反応です!」

 

不意にユイが叫んだ。

 

「前方に大集団───六十八人、これがおそらくサラマンダーの強襲部隊です。さらにその向こう側に十四人、シルフ及びケットシーの会議出席者と予想します。双方が接触するまであと五十秒です」

 

その言葉に思わず息を呑んだ。───六十八人。仮に警告が間に合ったとしても途中で追いつかれたりすれば逃げ切ることもほぼ不可能だ。

そして視界を遮っていた雲が晴れてそこに映った光景。無数の黒い影。それがフォーメーションを作り集団で飛行している。

それらが目指すのは、円形の小さな台地。長テーブルに左右に七つずつ椅子が据えられており、そこで話し合っている十四人のプレイヤーたち。

未だ迫り来る脅威には気づいていない。

 

「───間に合わなかったね」

 

リーファは、傍でポツリと呟いた。

六十八人ものプレイヤーを相手にすることなど絶対に不可能だ。最悪、領主たちだけでも逃す努力はしなければならない。

 

「ありがとう、シュウ君、キリト君。ここまででいいよ。キミたちは世界樹に行って……短い間だったけど、楽しかった」

 

笑顔でそれだけ言って、ダイブ体勢の入ろうとしたその時だった。

 

「ここで逃げ出すのは性分じゃないんでね。行くぞ、シュウ! 話を合わせてくれ!」

 

「ああ、任せとけ!」

 

二人は拳をぶつけ合うと翅を思いっきり震わせて猛烈な加速。バン!という衝撃音とともに台地めがけてダイブしていった。

 

「ちょ……ちょっとぉ!! なによそれ!!」

 

シルフとケットシーたちがようやくサラマンダー部隊の接近に気づいて次々と椅子を蹴り、抜刀していく。

サラマンダー部隊も一気に左右へと展開して台地を半包囲するような形をとる。

サラマンダーの一人がさっと手を上げ、振り下ろそうとしたその瞬間だった。

対峙する両者の中央、台地の端に、巨大な土煙を上げた。一瞬遅れて、ドドーン!という爆音が二回大気を揺るがす。

その場にいる全ての者が凍りついたように動きを止める。薄れゆく土煙の中、二人の人影が浮かび上がる。仁王立ちをした二人の黒衣の剣士がサラマンダー部隊を睨みつける。キリトが大きく息を吸い込んで───

 

「双方、剣を引け!!」

 

数十メートル上でダイブ体勢に入っていたリーファさえも煩いと感じるほどの大声。それはサラマンダー部隊をわずかに後退させる。

キリトたちが何をするかわからない。しかし何か良からぬことをするんじゃないかと嫌な汗が背中を伝う感覚を感じながらリーファは二人の背後のシルフたちの集団の近くに降りる。

 

「サクヤ」

 

シルフの長身で長い髪をなびかせる女性───シルフ領領主のサクヤが目を丸くしている。

 

「リーファ!? どうしてここに───!? いいや、そもそも、これはいったい……?」

 

「簡単には説明できないのよ。一つ言えるのはあたしたちの運命はあの人たち次第って、ことだわ」

 

「……何がなにやら……」

 

サクヤは黒衣の二人の剣士に視線を向ける。その心中穏やかではないはずだ。突如現れたサラマンダー部隊にそれに対峙するスプリガンとインプの妖精。

その様子を同様に困惑した目で見ているのが小柄でウェーブヘア。ケットシー種族の特徴である三角の大きな耳のケットシー領領主たるアリシャー・ルーだ。他のシルフ、ケットシーの両陣営の者たちも揃って唖然とした表情で立ち尽くしている。

 

「指揮官に話がある!」

 

キリトが叫ぶとその声に圧倒されたかのようにランス隊の輪が割れ、その先に大柄の一人の剣士が見える。

炎のような色の髪を逆立て、鋭い目つき。逞しい肉体に見るからにレア装備な赤いアーマーを見にまとい、キリトにも劣らない大剣を背負っている。

その視線は、直接対峙したわけでもないリーファにまで恐怖を覚えさせるほど鋭く冷たい。

 

「───スプリガンとインプがこんなところで何をしている。どちらにせよ殺すには変わりないが、その度胸に免じて話だけは聞いてやろう」

 

キリトは臆することなく言葉をつなぐ。

 

「俺の名はキリト。こいつはシュウ。スプリガン=インプ同盟の大使だ。この場を襲うからには我々四種族との全面戦争を望むと解釈していいんだな」

 

───うわぁ

 

リーファは絶句した。ハッタリをかますにもムチャクチャすぎる。

唖然とした顔を向けるサクヤとアリシャー・ルーに向かって必死でウインク。

さすがのサラマンダーの指揮官も驚いたようだった。

 

「スプリガンとインプが同盟だと……?」

 

しかしその表情はすぐに戻る。

 

「……護衛の一人もいない貴様らをその大使だというのか?」

 

「護衛ならここにいるだろ」

 

シュウがわずかに前に出る。

 

「ふっ……一人いたところで大した装備も持っていないお前を大使とはにわかに信じられない」

 

「大勢で動くにはまだ時期が早ぇからな。それにお前らみたいに大勢で動いて奇襲前にバレたくもねぇからな」

 

シュウは明らかに挑発している。この場でこれだけの人数と戦闘になれば敗北は確実なのになぜそんな無謀なことをするのだろうか。

するとしばしの沈黙の後に小さくサラマンダーの指揮官が笑うと、

 

「いいだろう───オレの攻撃を三十秒耐え切ったら貴様らの話を信じてやろう」

 

サラマンダーは背中に手を回すと巨大な両手用直剣を抜き取った。暗い赤に輝く刀身に絡み合う二匹の龍の装飾が施されている。

 

「ずいぶん気前がいいね」

 

キリトも背中から巨剣を抜き取るとサラマンダーと同じ高さまでホバリングする。

 

「ユージーン将軍、あのインプは私が相手してもいいですか」

 

サラマンダー部隊の中から声が聞こえたかと思うと一人の男が姿を現した。サラマンダーの特徴でもある真っ赤な短めの髪。他のプレイヤーたちとは違く鎧ではなく赤い羽織に黒の袴といったまるで昔の侍のような格好をしている。

 

「……いいだろう。あの生意気な男を潰してこい」

 

「承知しました」

 

すると侍のような男は腰から刀を抜き取るとシュウがいる台地まで降りてくる。綺麗な曲線を描く刀身が青白く光を放ち、装飾の一切ない刀。

 

「空中はユージーン将軍が戦われる。その邪魔になってもいけないのでキミの相手はここでしましょう」

 

「そりゃどうも、こっちもキリトの野郎があんたらの大将の相手するから暇だったんだよ」

 

軽く肩を回してから背中の二種の武器を抜き取ると右手に長剣、左手に槍という変則スタイルで構える。

 

「つうわけだからさ。リーファ、それに領主御一行様は少し離れててもらえるかな」

 

リーファはこくりと頷いてからサクヤたちとともに台地の端っこに固まる。

どちらも実力なら三十秒耐えきることは容易の行える。

緊張した空気の中、サクヤが低く囁いた。

 

「まずいな……」

 

「え……?」

 

「スプリガンが対峙している方のサラマンダー……あの両手剣、レジェンダリーウェポンの紹介サイトで見たことがある。《魔剣グラム》……それに先ほどユージーン将軍と侍の男が言っていた。リーファも名前くらいは聞いたことがあるだろ」

 

リーファは軽く頷いた。

 

「サラマンダー領主『モーティマー』の弟……リアルでも兄弟らしいがな。知の兄に対して武の弟、純粋な戦闘力だけで言えば、ユージーンの方が上だと言われている。サラマンダー最強の戦士……ということはつまり……」

 

「全プレイヤー中最強……?」

 

「ってことになるな……」

 

「それにあの侍みたいなサラマンダーも相当やばいヨ」

 

アリシャが口元に人差し指を置きながら呟いた。

 

「知ってるのか、アリシャ?」

 

アリシャはこくりと頷く。

 

「確かプレイヤーネームは……シータだったかナ? ウチの領内では要注意人物の一人。噂じゃ、ユージーンと互角に渡り合えるだとか、武器の性能を除けばその実力はユージーン以上だとか色々とヤバイ噂があるヨ」

 

「……シュウ君、キリト君……」

 

リーファは両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。

空中と地上で対峙する戦士たちは睨み合う。誰かが動けばその瞬間、戦いが始まるだろう。

高原の光がユージーンの剣にあたり、反射したその瞬間。

予備動作一つなくユージーンが動いた。

それをわかっていたというように侍のサラマンダーの一気に間合いを詰めた。

大きくふりかぶられた大剣と刀が二人を襲う。

だが二人の反応速度ならば受け流すことは余裕だろう。そう思っていた直後だった。

とてつもない爆発音が響いたと思うと上空のスプリガンは凄まじい勢いで地面へと激突し、土煙をあげる。一方、地上でも爆発音鳴るとともにリーファたちの目の前に何かが飛んできて地面へと突き刺さった。それは先ほどまでシュウが持っていたはずの長剣だった。

どちらも何が起きたのか理解できなかった。

 

「な……いまのは!?」

 

絶句するリーファに答えたのはアリシャー・ルーだった。

 

「魔剣グラムには、《エセリアルシフト》っていう、剣や盾で受けようとしても非実体化してすり抜けてくるエクストラ効果があるんだヨ!」

 

「あの侍の持ってる武器……やはり《妖刀ムラサメ》だ」

 

サクヤが険しい表情で呟いた。

 

「《妖刀ムラサメ》?」

 

「ああ、《魔剣グラム》や《聖剣エクスキャリバー》の同様に伝説級武器(レジェンダリーウェポン)だ。あの刀もエクストラ効果があってな……剣や盾で受けようとすれば凄まじい衝撃波を生み出すんだ。だから、あの刀を防ぐには回避し続ける以外方法はない」

 

「そ、そんな……」

 

普通ならそんな規格外の武器を持っている相手にどう挑んだところで勝てない。サクヤもアリシャもシルフ、ケットシー、サラマンダーの誰もがどちらが最後に立っているかはわかっている。

しかしそれでも───シュウとキリトなら。初心者のくせに何度も規格外の強さで状況をひっくり返してきた彼らなら。リーファは胸の前で強く両手を握った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

何が起きたのか理解することができなかった。

侍のサラマンダーが大振りの振り下ろしにこちらも確実に合わせたはずだった。

しかしあの刀に当たった瞬間、シュウの右手にとてつもない衝撃が加わった。二撃目の斬り上げを無理やり体を捻らせてかわし、槍で突きをお見舞いするが難なくかわされる。

その隙にバックステップで距離をとる。土煙が晴れると侍のサラマンダーはわずかに笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「まさか、ダメージを受け流すために自ら武器から手を離すとは……大体のプレイヤーが初見では一緒に飛ばされるのですがね。あなたは逆にこちらに攻撃を仕掛けてきた。お見事です」

 

「お褒めに預かって光栄だよ。お前こそなんだよ、さっきの衝撃はよ」

 

ほんの一瞬でも判断が遅れていればシュウの体もろとも吹き飛ばされていたことに違いない。それに下手にあそこで抵抗していれば、連続攻撃の餌食になっていた。

一太刀、剣を交えただけだが、シュウは確信した。

この男は、とてつもなく強い。SAOで幾度となくモンスターや場合によってはプレイヤーたちとデュエルなどをしてきた。そんな彼らとなんら変わりないくらいに彼は強い。

一瞬でも隙を見せようものならあの刀の斬撃がこの世界の命を消滅させるに違いない。

槍を右手に持ち替えて構え直す。

そして地を踏みしめ今度はこちらから距離を詰める。

カァン、カァンという音を立てながら槍を連続で叩きつけていく。難なくサラマンダーはそれらを受け止めていく。そして次の瞬間だった。

再び、強烈な衝撃波が槍を伝いシュウの体へと襲いかかる。

 

「クッ───!?」

 

完全に宙に浮かされた。とっさに翅を展開し、体勢を立て直そうとした。しかし、それよりも早く侍が動いた。

上下の目にも留まらぬ速さの連撃。この技は、カタナ三連撃技《緋扇》。シュウは体勢を崩しながらの最後の突き攻撃に対して持っていた槍を横薙ぎした。

しかし、相手は突きのモーションではなく斬り下げた時の体勢を利用して体を極限まで低くしていた。横薙ぎされた槍が通り過ぎるのを待ち、一気に振り上げられた刀にシュウは吹き飛ばされる。

HPはもはやイエローゾーン突入したところだった。上げていなければ今頃やられていたに違いない。

読みを間違えた。勝手に頭の中でカタナ三連撃技《緋扇》がくると考えていた。しかし、ここはSAOではない。ソードスキルが存在しないのならば既存の動きで来るはずもない。

それにこのプレイヤーは対人戦闘にかなり慣れている。どうすれば相手の体勢を崩し、そこからHPを削り取れるかを熟知している。

プレイヤーとの戦闘では、相手の動きを読み切るのが肝となってくる。モンスターのように一定のパターンで動いてるわけではない。

 

「あの連撃を耐えますか。相当はHPをお持ちのようで……しかし、私には勝てないですよ。そして彼もユージーン将軍に勝つことなどできない」

 

ゆっくりと近づいてくる。勝利を確信した余裕だろう。

 

「そんな余裕見せてると後で痛い目見るぞ」

 

先ほどから遠くの方で聞こえる剣の音がキリトのものだとするなら多分、だいぶ押されている。あのユージーンと呼ばれていたプレイヤーも相当な腕の持ち主だということが戦わなくてもわかる。

ここで諦めるわけにはいかない。まだキリトも戦ってる。リーファたちだってここでシュウたちが負ければサラマンダーたちの一斉攻撃が始まる。そうすれば死は間逃れない。

例えこの世界ではゲームの死=現実の死じゃないとしても誰かが目の前で死ぬところを見たくない。

ならば、シュウがやること……できることは一つ。

 

「それに俺もあのバカもこんなところで負けるほど弱かねェんだよ」

 

その瞬間だった。ボン、という爆発音が響く。

同時に二人の視線はそちらへと向く。空を覆いつくす黒い雲。それがキリトが出現させたものだと直感でわかった。

黒雲は地上まで包み込み周囲が薄暗くなっていく。みるみる視界が悪くなっていく。しかし、シュウはその中でも侍の姿を、そして周りの全てを視認することができた。

これがインプの暗視だ。この隙に一気にシュウは翅を広げて最初に飛ばされた武器の地点まで向かう。

地面に突き刺さっていた長剣を掴み取ろうとしたその時だった。

 

「ちょっと借りるぞ、シュウ」

 

シュウの目の前で地面に突き刺さっていた長剣を黒い影が目の前を通り過ぎるとともに奪い取っていった。

 

「あのバカ、人の武器を……ッ!?」

 

シュウはストレージから片手剣をオブジェクト化しようとした時、視界の端に一人のシルフの腰に長刀をさす少女をとらえた。シュウは一瞬考えた後にシルフの少女の元へと飛ぶ。

 

「ちょっと借りるぞ、リーファ!」

 

リーファの了承を得ることもなく腰から長刀を抜きとると侍のサラマンダーの方目掛けて一気に飛翔。

 

「時間稼ぎのつもりかァ!!」

 

上空でユージーンの叫びが響くとともに辺りを覆っていた黒雲が晴れ、光を取り戻していく。

侍もこちらの姿を確認するとまた同じ手でくるのかと言わんばかりの呆れた表情を浮かべている。

翅を消し、地を蹴り上げて再び距離を詰める。長刀を振り上げ、ありったけの力を込めて振り下ろす。侍のサラマンダーも両手で持った刀を地面スレスレから振り上げてくる。

これは確実に先ほどの衝撃を生む一太刀だ。今のシュウにあの衝撃を防ぐ手段は持ち合わせていない。しかし、くるとわかっていれば対処することはできる。

二つの武器がぶつかり合う寸前。シュウは左手に持っていた槍から手を離す。そして左手の指を真っ直ぐ伸ばす。左腕が一つの刃になったイメージで振り上げられる刀を渾身の力を込めて振り払う。

衝撃波を生む刀は左手の刃と激突し、大きく左の方向へと弾かれる。

やはりシュウが想像した通りだった。あの刀は、武器と衝突した時にのみ衝撃波を発動させるエクストラ効果。それはプレイヤーに直接的なダメージを与える際には発動することはない。

この世界には、もしかするとそもそも体術という概念が存在しないのかもしれない。武器があるのにそれよりもリーチの短い拳や蹴りなどを使う必要性はない。SAOの時でも《体術スキル》を上位層で使用しているプレイヤーはごくわずかだった。だから剣を素手で弾かれることなど全く想定していなかったサラマンダーは驚愕の表情を浮かべながら大きく仰け反る。がら空きの胴体目掛けて長刀の刃が右肩から侵入し、そのまま左の腰のあたりまで抜け切る。

 

「がはァ───!?」

 

威力そのものはそこまでなかったが確実な一撃となりサラマンダーのHPを一気に半分近くまで削り取る。続けて、振り抜いた勢いを利用し、先ほど手放した槍を左手で掴み取り、左足を杭のように地面に打ち付ける。それを軸にして槍がサラマンダーの腹部を突き刺した。

 

「このォ───ッ!?」

 

無理矢理体を捻らせて侍は槍の中腹へと刀を当てる。凄まじい衝撃が襲いかかり、体が横に流され、槍が吹き飛ばされていく。

体勢が崩された。サラマンダーは最後だと言わんばかりに一瞬にして距離を詰めてくる。

シュウは左手を空を斬りつけ、無理矢理体をサラマンダーの方向へと変える。そしてそのままの状態で右の長刀で斬りかかる。

相手もそれに合わせるように刀の向きを変える。こちらの武器をもう一度吹き飛ばして確実に終わらせる気なのだろう。

長刀と刀がぶつかり合うその直前に───シュウは長刀から手を離す。そして空を切った左手の人差し指を振る。メニューウインドウを開いて記憶と経験、そして感覚を頼りに指を高速で動かしていく。

そして左手で拳を作り力を込めてウインドウを殴りつける。

 

「───ッ!?」

 

驚愕のあまりサラマンダーの目が見開かれた。刀の横をすり抜けていくシュウの右手に光が集まっていく。それは徐々に形を形成していく。鋭く尖った剣先、片手剣にしてはやや短く装飾も中央に小さな宝石が埋め込まれているだけのシンプルなものだ。

それはサラマンダーの体に当たる寸前にオブジェクト化する。

この世界に《クイックチェンジ》のスキルは存在しない。武器を入れ替えるにはメニューウインドウの奥地まで開き、そこから選択しなければならない。手順としては長く戦闘中に行うことなど普通の速度でやっていれば隙しかうまない危険な行為だ。しかし、それだからこそできることがある。そんなことが起きるわけがない。起こるはずがないと思っている相手に対して突如として持っている武器が変わるというのは意外と大きな動揺してしまうものだ。

 

片手剣は侍のサラマンダーの胴体から真っ二つに分断された。驚愕の表情のままに体を赤い炎が包み込んでいく。

辺りは静寂に包まれていた。先ほどまで聞こえた爆音も今はもうしない。どうやらキリトの方も決着がついたみたいだ。

一度大きなため息をついてから空を見上げる。

上空から降下してくる黒衣の妖精。かなり疲労しているようだが、どこかその表情は楽しげだった。そういうシュウも疲れてはいたが、自然と口からは笑みがこぼれる。

シュウもキリトの位置まで上昇し高度を合わせる。互いに無言のままに拳を突き出す。

そしてぶつけ合う。それとほぼ同時に辺りからは歓声が響き渡った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

シルフもケットシーもサラマンダーもその場にいた誰もがシュウたちのハイレベルなデュエルに歓声を上げていた。

流れるような剣舞、空を裂く高速エアレイド、ユージーンとシータの圧倒的なエクストラ効果とそれを最大限まで生かした戦闘と、それらを打ち破ったキリトの超高速二刀流とシュウの手刀と高速の武器入れ替え──。

歓声の輪の中心にいる二人は、相も変わらぬ飄々とした笑みを浮かべながら、それぞれの武器を背に戻す。

 

「誰か、蘇生魔法頼む!」

 

シュウが台地につくとリーファたちの方へと叫ぶ。

 

「解った。リーファ、そちらを頼む」

 

サクヤの言葉にリーファは頷き、シータのリメインライトへと向かいスペルワードを詠唱。

詠唱が終わると同時に赤い炎を中心に徐々に人の形を取り戻していく。

蘇生したシータは、深々とリーファはお辞儀をすると台地へと降りてきたユージーンの隣まで移動した。

 

「───見事な腕だった。俺が今まで見た中で最強のプレイヤーだ、貴様は」

 

「そりゃどうも」

 

短くキリトが答える。

ユージーンがチラッとシータを見る。するとわずかに笑みを浮かべて、

 

「言い訳のしようもないくらいの完敗でした」

 

「……そうか。貴様らのような男がスプリガンとインプにいたとはな……。世界は広いということか」

 

「俺の話信じてもらえるかな?」

 

「……」

 

ユージーンはまだ疑っているように目を細める。

するとサラマンダー部隊の前衛の方から一人のプレイヤーが降下してくる。ガシャリと音を立てて着地するとユージーンに歩み寄る。

 

「ジンさん」

 

「カゲムネか、何だ?」

 

その名前を聞いてリーファに緊張が走った。確かその名前は先ほどのメイジ部隊が言っていたシュウが戦闘を行なったサラマンダーのリーダーだ。

 

「昨日、俺のパーティーが全滅させられた話をしたじゃないスか」

 

「ああ」

 

「その相手が、まさにそこのインプなんですが───確かにスプリガンが何人か一緒でした」

 

「!?」

 

リーファは驚愕してカゲムネの横顔を見つめた。キリトとシュウもわずかに眉を動かすがすぐにポーカーフェイスに戻る。

 

「別動隊で動いていたパーティーがやられたっていう話もそこのスプリガンですよ。それにエスの情報でメイジ隊が追ってたのもこの男たちですよ、確か。どうやら全滅したようですが」

 

エス、というのはスパイの隠語だ。あるいはそのままシグルドの頭文字かもしれない。

ユージーンは首を傾け、カゲムネを見る。

軽い沈黙の後にユージーンは軽く頷くと言った。

 

「そうか。───そういうことにしておこう」

 

軽く笑みを浮かべてキリトの方へと向きなおる。

 

「確かに現状でスプリガン、インプとことを構えるつもりは俺にも領主にもない。この場は引こう。───だが貴様とはいずれもう一度戦うぞ」

 

「望むところだ」

 

キリトの差し出した拳に自らの拳をゴツンと打ち付けると身を翻して翅を広げ地を蹴った。

 

「いい勝負だった。またキミとは剣を交えたい。私の名前はシータだ」

 

「ああ、あれだけ楽しかったのは俺も久しぶりだ。またやろうぜ! 俺はシュウだ」

 

シュウとシータは互いに強く握手を交わした。そしてシータはユージーンの後を追って飛んでいく。

それに続いて飛び立ったカゲムネがリーファの方を向き、ニッと笑みを浮かべ不器用に右目を瞑った。借りは返した───とでも言うのだろうか。リーファもわずかに笑みを浮かべる。

地上に残されたものが見守る中、サラマンダーの大部隊はユージーンを先頭に隊列を組み直すと雲の向こうへと消えて完全に見えなくなった。

そこでようやくリーファの緊張が一気に溶けた。

そんなことも知らずに呑気な声でキリトは、

 

「……サラマンダーにも話のわかる奴がいるじゃないか」

 

「……あんたってメチャクチャだわ」

 

「よく言われるよ」

 

「こいつのムチャクチャは今に始まったことでもないしな」

 

笑い合う三人にサクヤが咳払いを一つしてから声をかけた。

 

「すまんが───状況を説明してくれると助かる」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

リーファはそこからこれまでの経緯をサクヤたちに一から話した。途中憶測など不確定な点などもあったがほとんどが事実だ。

シグルドがサラマンダーに領主二人を売ったのは変わらない事実だ。多分だが、アップデートによってもたらされる《転生システム》でサラマンダーの領主、モーティマーに上手いこと乗せられたのだと予想されるが、それでもシグルドが裏切ったことに変わりはない。

そこでサクヤがとった方法は、シグルドを領から追い出す。つまりレネゲイドにすると言う判断だった。

これでこの騒動はひと段落つきそうだ。

 

「そうだ。そういえば……キミたちは一体?」

 

並んだサクヤとアリシャー・ルーが改めて疑問符を浮かべながら二人の黒衣の剣士を覗き込むように見る。

 

「ねェ、キミ、スプリガンとインプの大使……ってほんとなの?」

 

好奇心の表現か、尻尾をユラユラと揺らしながらアリシャが言った。キリトは旨を張って堂々と答えた。

 

「勿論大嘘だ。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション」

 

「「な───」」

 

二人はがくんと口を開けて、絶句する。

 

「流石の長い付き合いの俺でもあれは引いたぞ。話合わせるこっちの身にもなって欲しかったよ」

 

シュウが呆れた顔をしながら口にする。

確かに今思い返して見るとシュウとキリトの間で少しだけ話が噛み合ってなかったのをリーファは思い出した。

 

「手札がショボい時はとりあえず掛け金をレイズする主義なんで」

 

「それは一人の時にやれ! てか戦闘中に俺の武器、勝手にパクんなよ!」

 

「いやぁ、ちょうど取りやすい位置にあったからさ」

 

あははは、と悪びれることなくキリトは笑っている。

それを言うならキミもだよ、と言ってやりたいところだったがリーファはぐっと堪えた。

すると突如、アリシャー・ルーはいかにもネコ科といった悪戯笑みを浮かべるとキリトに数歩近く。

 

「──おーうそつきさんにしてはキミ、ずいぶん強いネ? 知ってる? さっきのユージーンくんはALO最強って言われてるんだヨ。それに正面から勝っちゃうなんて……スプリガンの秘密兵器、だったりするのかな?」

 

「まさか。しがない流しの用心棒──ってところかな」

 

アリシャは一頻り笑うと、ひょいっとキリトの右腕をとって胸に抱いた。

 

「フリーなら、キミ──ケットシー領で傭兵やらない? 三食おやつに昼寝つきだヨ」

 

「なっ……」

 

リーファがその行動に少し驚いているとその隣でサクヤがシュウに近づき、

 

「アリシャがスプリガンの彼の方へなら私はインプの彼に交渉しようかな」

 

心なしかいつもよりも艶っぽい声でサクヤがシュウの左腕に絡みつく。

 

「話は執政部の皆から報告があったよ。街でシグルドに勝負を挑まれて一瞬で返り討ちにしたインプというのはキミのことだろ?」

 

「まぁ……そんなこともあったな」

 

するとサクヤはさらに体をシュウへと寄せる。

 

「シュウ君と言ったかな───どうかな、個人的な興味もあるので礼を兼ねてこの後スイルベーンで酒でも……」

 

美人領主に寄り添われて困りながらも顔を赤めている二人の黒衣の剣士。

リーファはいつの間にかシュウの服をぐいっと引っ張ると、

 

「だめです! シュウ君はあたしの……!」

 

その言葉にサクヤとシュウが振り向いて、リーファの顔を見る。そこで我に返ると同時に言葉に詰まった。

 

「ええと……あ、あたしの……」

 

言葉の詰まっているとキリトの胸ポケットから小妖精が飛び出して叫んだ。

 

「ダメです! パパにくっ付いていいのはママだけです!」

 

「コラ、出てくるな」

 

キリトがすぐに出てきたユイを胸ポケットの中に投げ入れる。

サクヤとアリシャがキョトンとした顔をしている。するとキリトが一度咳払いをしてから口を開いた。

 

「お言葉は有り難いんですが───すみません、俺は彼女に中央まで連れて行ってもらう約束をしているんです」

 

「そういうことなのでまたの機会ということで……」

 

「ほう……そうか、それは残念」

 

サクヤは残念そうな顔をしたのちにリーファに視線を向ける。

 

「アルンに行くのか、リーファ。物見遊山か? それとも……」

 

「領地を出る───つもりだったけどね。でも、いつになるか分からないけど、きっとスイルベーンに帰るわ」

 

「そうか。ほっとしたよ。必ず戻ってきてくれよ───彼らと一緒にな」

 

「途中でウチにも寄ってね。大歓迎するヨー」

 

そこからリーファはサクヤとアリシャにできるだけ早くグランド・クエストに挑戦してほしいとお願いした。しかし、全員の装備を揃えるのにはまだ時間が掛かってしまうとのことだった。

そこでシュウとキリトがありえない量の十万ユルドミスリル貨を資金の足しにしてくれとサクヤたちに渡した。困惑していた領主二人だったが、黒衣の剣士たちは「もう必要ないものだ」と言っていた。

そして去り際にサクヤ、アリシャ、キリト、シュウにリーファはそれぞれ固い握手を交わした。

そして二人の領主とその配下たちは隊列をなして夕焼け染まる空へと消えて行く。それを無言で見送る。

やがて周囲には、あれだけの激闘が幻だったかのように静まり返り、わずかな寒さを感じて、そっとシュウに寄り添う。

 

「……行っちゃったね」

 

「ああ───そうだな」

 

「なんだか……」

 

シュウとキリト一緒にいると、この世界ももう一つの現実なんだと思うことができる。リーファ/直葉は同じ人物なんだと改めて思う。

シュウの体の温もりをもっと感じたい。そう思ってもう少し近づこうとした、そのときだった───。

 

「まったくもう、浮気はダメって言ったです、パパ!」

 

「わっ」

 

キリトの胸ポケットからユイが飛び出してきて、リーファは慌てて距離を取った。

キリトの頭のまわりを飛び回ったユイは、その肩に座ると可愛らしく頬を膨らませる。

 

「領主さんにくっつかれたときドキドキしてました!」

 

「そ、そりゃ男ならしょうがないんだよ!! な、シュウ!!」

 

「俺に振るんじゃねぇ!」

 

「シュウさんも領主さんにくっつかれたときドキドキしてましたもんね」

 

「ユイちゃん、余計なこちら言わなくていいよ。どういう教育してんだよ、キリト!」

 

するとユイはでも、と言って言葉を続けた。

 

「先ほどまでリーファさんが寄り添ってるときのドキドキが一番すご───んッ!」

 

最後まで言い切る前にシュウがユイを手に包み込む。その顔は今まで見たことないくらいに真っ赤に染まっていた。

 

「ほんと余計なこと言わなくていいから!」

 

シュウはそのまま翅を広げてすいっと浮かび上がった。

 

「ほ、ほら、早くアルンまで行くぞ! リーファ、ユイちゃん案内頼むよ」

 

シュウを追ってキリトとリーファも地を蹴る。

まるで逃げるように世界樹を目指して行くシュウを追ってリーファは思いっきり翅を震わせた。




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