ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜   作:カエサル

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23.グランドクエスト

 

 

急加速したキリト。それに反応して凄まじい速度で追っていくシュウ。リーファも必死で追いかける。しかし、その距離はみるみる離されていく。

視界からはすでに建造物は消え、かわりに世界樹の巨大な幹が現れる。キリトは急加速を止めることなくさらに上昇し続け、幹の周囲をつつむ白い雲の群れへと突っ込んでいく。

 

「気をつけた、キリト君!! すぐに障壁があるよ!!」

 

リーファの声はキリトには届かない。

彼がここまでになって探している人物とは誰なのだろうか。

ユイは、その人のことを《ママ》と呼んだ。キリトがこうまでして探し求めるその人は──?

キリトとシュウに遅れること数秒、リーファも分厚い雲海へと突入。この上はすぐに侵入不可能エリアの障壁が設定されている。

白い雲海を抜けた先に広がっていたのは、コバルトブルーの無限に広がる空だった。その遥か上、天に伸びる巨大な柱から伸びる枝葉。キリトはそこめがけてさらに加速──!

次の瞬間だった。突然、キリトの体を虹色のエフェクトの光が走った。

数瞬遅れて、落雷の音にも似た衝撃音が大気を震わせた。不可視の障壁に激突した音だった。

 

「キリト君!!」

 

リーファは悲鳴を上げ、キリトの元へと急いだ。

 

「退け、キリト!!」

 

シュウは背中から長剣を抜き取ると後方へと引き絞り、さらに急加速して障壁に向かって突進する。

先ほどよりも凄まじい衝撃音が大気を震わせる。だが、不可視の壁が壊れることはなくシュウは大きく弾かれる。

そこからリーファは到達するまでに再び二人は空へと上昇するがそれを光のエフェクトが空く散るだけだ。

ようやく同じ高度までたどり着いたリーファは二人の腕を掴んで必死に叫んだ。

 

「やめて、二人とも!! 無理だよ、そこから上には行けないんだよ!!」

 

だが、二人はなおも突進を繰り返そうとした。

 

「行かなきゃ……行かなきゃ行けないんだ!!」

 

キリトとシュウが世界樹の太い枝を見つめる。

その時、キリトの胸ポケットからユイが飛び出した。しかし、ユイもキリトたち同様に見えない壁に拒まれて先に向かうことはできない。

 

「警告モード音声なら届くかもしれません……! ママ!! わたしです!! ママー!!」

 

 

────────────────────

 

 

キリトが何度も見えない障壁を叩きつけていた。虹色の波紋を広がらせるだけで壊れることはない。

そんな光景を歯を食い縛って見ることしかできないシュウは自分の無力さに悔やむしかなかった。

アスナが囚われている場所まではあと少しで届く。それなのに《ゲームシステム》というプログラムが立ちふさがる。

結局、ただのプレイヤーであるシュウたちにはそれを打ち負かすことはできない。

悔しさで握りしめる拳が強くなる。

 

「……あれは……?」

 

キリトが不意に声をあげて上空の一点を見上げている。

ゆっくりゆっくりと何かが降りてくるのが見える。それはホバリングしたまま、キリトの手の中に収まった。

 

「……カード……?」

 

キリトの手の中を覗き込んだリーファが呟いた。確かにそれは、小さな長方形のカード型オブジェクトだった。

 

「リーファ、これ、何だかわかる……?」

 

「ううん……こんなアイテム、見たことないよ。クリックしてみたら?」

 

その言葉に従って、キリトはカードをシングルクリックする。しかし、表示されるはずのウインドウは出現しなかった。

その時、ユイが身を乗り出し、カードの縁に触れながらいった。

 

「これ……これは、システム管理用のアクセスコードです!!」

 

「……じゃあ、これがあればGM権限が行使できるのか?」

 

「いえ……ゲーム内からシステムにアクセスするには、対応するコンソールが必要です。わたしでもシステムメニューは呼び出せないんです……」

 

「そうか……。でも、そんなものが理由もなく落ちてくるわけがないよな」

 

「つうことはやっぱり……」

 

「はい。ママがわたし達に気づいて落としたんだと思います」

 

キリトがカードをそっと握りしめる。

シュウは今一度、上空を睨みつける。アスナがこの上にいる。そしてこの世界から出ようと懸命に抗っている。

 

「リーファ、教えてくれ。世界樹の中に通じてるっていうゲートはどこにあるんだ?」

 

「え……あれは、樹の根元にあるドームの中だけど……」

 

リーファは、気遣わしそうに眉を寄せる。

 

「で、でも無理だよ。あそこはガーディアンに守られてて、今までどんな大軍団でもいい突破できなかったんだよ」

 

シルフの少女は必死に忠告する。だが、キリトの答えをシュウは分かっていた。

 

「それでも、行かなきゃいけないんだ」

 

カードを胸ポケットにしまって、キリトはリーファの手を取る。

 

「今まで本当にありがとう、リーファ。ここからは俺一人で行くよ」

 

「……キリト君……」

 

泣きそうな顔のリーファの手をぎゅっと握り、離す。ユイを肩に乗せ、降下を始める。

 

「……あのバカはまた……」

 

シュウがキリトを追って降下体勢に入る。その時だった。

コートの裾を掴まれた。振り向くと今にも泣きそうな顔を浮かべながら下を向いているシルフの少女がいた。

 

「……シュウ君……」

 

小さな声で名前を呼ばれる。

右も左もわからない世界で、彼女がいたからここまで来ることができた。知識はもちろんその笑顔に何度も励まされた。

そんな彼女にお礼を言わなければいけない。しかしそれは今ではないはずだ。

シュウがこの世界でやらなければいけないことは初めから決まっていた。アスナを助け出し、かつて守れなかった相棒の背中を守ることだ。

だから、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

シュウは振り向くと下を向く少女の頭に手を置いて軽く撫でる。

 

「……俺も行くよ」

 

それだけを言い残し、シュウは降下体勢へと入り一直線にドームの方へと急加速する。

もはや世界樹の幹が巨大な壁とかしているアルン市街地の最上部。その壁の一部に、プレイヤーの十倍はあろう身の丈の妖精の騎士を象った彫像が二体並んでいる場所の前に佇むプレイヤーへ向けてシュウは着陸する。

とてつもない衝撃を生んで着地したシュウをそのプレイヤーは首だけで向けてから軽く笑みを浮かべる。

立ち上がるとそのプレイヤーの横に立つ。

大扉の前で石像が低音を轟かせながら身動きを始める。

 

『未だ天の高みを知らぬ者よ、王の城へ至らんと欲するか』

 

同時に目の前に、クエストへと挑戦を確認するウインドウが表示される。

それに迷うことなく二人の黒衣の剣士は、イエスボタンに手を触れた。

 

『さればそなたが背の双翼の、天翔に足りることを示すがよい』

 

地響きを上げ、ゆっくりと扉が左右に開いていく。

その轟音は、アインクラッドのフロアボス攻略戦を思い出させる。

ここで倒れたって実際に死ぬことがない、と自分に言い聞かせてからその思考を振り払う。するとキリトがこちらに視線だけを向ける。

 

「もう後には引けないぞ」

 

「ここまで来て引き下がる気なんてさらさらねぇつうの」

 

右の拳を突き出すと黒衣の剣士も拳をぶつける。

分厚い石扉は、完全に開ききると轟音とともに停止した。

 

「行くぞ、ユイ。しっかり頭を引っ込めてろよ」

 

「パパ、シュウさん……がんばって」

 

一歩踏み入れるとそこは暗闇だった。インプの暗視を持っても視認することができなかったが、すぐに頭上から眩い光が降り注いだ。

そこはとてつもなく広い円形のドーム状の空間だった。ヒースクリフと戦った、アインクラッド第七十五層のボス部屋を思い出させるが、あの数倍を超える広さはあるだろう。

半球形のドームとなっている天蓋では、絡み合う蔦は外周部を垂直に立ち上がり、ステンドグラス状の紋様を描いている。

そして───天蓋の頂点に、円形の扉が見えた。リングゲートを十字に分割された四枚の石盤がぴたりと閉ざしている。

あれが世界樹の上へと、アスナへと繋がる唯一の道だ。

シュウとキリトは武器を背から抜き取ると両足に力を込め、翅を広げる。

 

「「───行けッ!!」」

 

獣のごとき叫びがドームに反響し、地を蹴り上げる。

飛び上がってすぐにそいつは姿を現した。白く光る窓の一つから何かが出現しようとしている。瞬く間に光は人間の形を取り、ドームに放たれる。

四枚の輝く翅、全身に白銀の鎧を纏った騎士。右手にはキリトの大剣をも上回る長大な剣を持っている。あれがリーファが言っていたガーディアンだ。

守護騎士は、急速上昇するこちらに顔を向けると人語ならぬ雄叫びをあげるとダイブして来る。

 

「そこをどけええええっ!!」

 

キリトが絶叫しつつ大剣を振りかぶる。守護騎士もスピードを緩めることなく突進しながら剣を思い切り打ちおろす。

黒衣の剣士と守護騎士の剣が空中で激突し、眩いエフェクト光が空間に飛び散る。騎士は大きく弾かれ、再度剣を大きく振りかぶろうとする。

 

「スイッチ!」

 

黒衣の剣士の叫びの前にシュウは加速する。わずかに側方へと飛び退いたキリトの正面にできた隙間に加速によって勢いのついた突進を守護騎士の腹部へと抉り込んだ。

 

「落ちろッ!!」

 

突き刺さった長剣を強引に右方向へと振り上げて守護騎士の左肩から抜ける。

 

「ゴガアアアアアアアッ!!」

 

獣のような叫びを上げた守護騎士は、純白のエンドフレームに包まれて四散する。

 

───行ける!!

 

キリトとシュウは同時に思う。守護騎士はステータス的にはSAOのフロアボスに比べれば遥かに劣る。この強さなら一対一でもこちらに分がある。

仮に何十体と出現したところで二人ならば突破できないわけではなさそうだ。

しかし、次に天蓋のゲートを見た瞬間、二人の顔は強張った。

未だかなり距離のある天蓋、それを作っている無数のステンドグラスのほとんど全てから守護騎士が出現しようとしていた。その数、数十───いや、数百だ。

 

「うおぉぉぉぉ───ッ!!」

 

「邪魔なんだよ───ッ!!」

 

二人の叫びが再びドームに響き渡る。何体、何十体来たところでシュウが行うことは何一つ変わらない。ただ、向かって来るプログラムの塊を蹴散らして上へと登るだけだ。

新たに出現した数体の騎士達がキリトとシュウの同時に襲いかかる。まるで二人を引き離し、別々に戦わせるように守護騎士は進路を塞ぎ込んだ。分断された程度で動揺することはどちらもない。

元々、死と隣り合わせのあの世界で、誰に頼ることもなく一人で戦うことを選んだ二人にそんなものが通用するわけもない。

新たに出現した騎士一体に狙いを定めて加速する。長剣を肩に担ぎ上げ、左手で持つ槍で振り下ろされる剣の軌道をわずかに逸らさせ、その隙間めがけて担ぎ上げていた長剣を一気に振り下ろす。左の肩から侵入した刃は、右脇へと抜けて一撃で騎士を白い炎へと変化させた。その向こうから新たな騎士が間髪入れずに襲って来る。

もはや相手の攻撃軌道内に入っているため、回避は不可能と判断した。振り抜かれた長剣を強引に体の回転させて強引に振り下ろされる剣の軌道に合わせる。

金属同士がぶつかり合う青いエフェクトが飛び散ると同時にシュウは持っていた槍を回転の力を加えて騎士の腹部へと突き刺した。

そのままの状態でさらに右足を軸に回転し、次に攻撃体制に入っていた守護騎士めがけて投擲する。

 

「うぉぉぉぉ───ッ!!」

 

雄叫びに乗せた槍は守護騎士を突き刺したまま、もう一体をとらえた。吹き飛ばされる守護騎士二体へと超加速で追いつくと槍を思いっきり蹴飛ばした。

ガァコ、という鎧が砕ける音とともに二体の騎士が白炎へと消滅する。落下していく槍を拾い上げてシュウは獰猛な笑みを浮かべて上空の大群も睨みつけた。

かつての記憶が呼び覚まされていく。狂人が如く一人で未知の最前線、死がすぐ近くにまで迫っているダンジョンに向かっていた頃のことが。

己から湧き上がる殺意をモンスターへと向けていたあの頃を。そここそがシュウが生きていくべき世界だった。何人もの命が消えるところを見て、何人もの命をこの手で奪ってきたシュウが行きつく最後は酷く無残なものでもいいと考えていた。

長剣を強く握りしめて襲いかかって来る守護騎士の群れへと突っ込んでいく。そのうちの二体が前方に飛び出した。

 

「……邪魔だ」

 

冷たい声とともに横一文字に薙ぎ払われた長剣は二体の騎士の首を吹き飛ばした。白い炎を振り払ってシュウは内側で燃える炎をさらに燃え上がらせていく。

守護騎士がシュウを取り囲むように五体が同時に剣を振り上げる。これは完全には避けきれないと判断したシュウは一体との距離を詰め、胸板目掛けてサマーソルトキックを叩き込む。嫌な感触と音が響いたのちに騎士の胸板を貫通する。そして上下を反転したシュウは翅を震わせてその場で体を大きく回転させる。

長剣と槍が守護騎士達の首を再び、切り落とした。しかし、やはり何発か軽く剣先が掠り、HPの一割ほどが削られる。

痛みはない。そうだ痛覚などこの世界には存在しない。だから、いくら斬られても刺されても殴られてもどれだけだってシュウは戦うことができる。

そうだ。HPがなくならない限り戦い続けることができる。あの頃のように、憎悪を、悪意を、殺意を、その全てを消し去るために戦っていた。

『大丈夫』『諦めたダメだよ』

温かい言葉が脳裏によぎると同時に視界の端に黒衣の少年のよう姿が映った。

そこでシュウは我に返った。

 

───そうだった。そうじゃない。

───俺がこの世界に来たのは、こんなことのためじゃなく、アスナを助け出し、守れなかったキリトの背中を守り、あの世界を今度こそ完全に破壊(おわりに)するためにここに来たんだ。

 

キリトが天蓋の石ゲート向けて上昇していく。

その瞬間、何かがキリトへと向けて放たれるのが見えた。

それは光の矢だった。キリトの動きが止まるのに狙いを定めていたかのように、雨のように矢が降り注いだ。

 

「キリト───ッ!!」

 

視線を巡らせるとキリトの周囲を遠距離で取り囲んでいた守護騎士達がスペルを詠唱していた。第二波が飛んでくる。

 

「……あいつらか」

 

シュウが高速移動でそれを阻止しようとするが目の前に守護騎士の群れが立ちはだかるように殺到してくる。

 

「クソッ! 邪魔なんだよ!!」

 

その間にもキリトも抵抗しているがHPはがくんと減り、もはやレッド寸前だった。

懸命に手を伸ばし、石扉に触れかかったその時だった。

守護騎士の一体の剣がキリトの背後から突き刺さった。体勢が崩れ、加速が止まる。

そこへと獲物に群がる獣のように十数匹の守護騎士が四方から押し寄せた。鈍い音を立てて突き刺さったそれらは一瞬の出来事だった。

守護騎士たちが離れるとそこにキリトの姿はなかった。代わりに黒い炎がゆらゆらと浮いているだけ。

その光景をシュウは呆然と見ることしかできなかった。再び、目の当たりにした友の死を受け入れることができなかった。

あの記憶が蘇る。アスナがキリトを守って消えていった光景が。キリトが茅場と相打ちになり消えていく光景を。

どちらもシュウは何もできなかった。無力にだった。ミサキたちの時だってそうだった。そしてあの時もあの時もあの時もあの時だ。

自分の無力さにシュウは……

 

「…………」

 

冷たい笑みを浮かべていた。

 

 

────────────────────

 

 

リーファは二人の剣士を追ってグランドクエストへと通ずる扉の前に立っていた。すでに扉は開かれており、一歩踏み出せばシュウたちを助けにいくことだってできる。

しかし、気持ちはぐちゃぐちゃのままで自分がどうすれば正しいのかがわからない。

ここまで一緒に来たのだから助けになりたい。それにリーファの中にシュウに惹かれている自分がいた。それは集也への恋心を諦めた代わりになのかもしれない。だが、それでもいいと思ってしまっている自分がいたのも事実だった。

リーファは揺らぐ気持ちを抑えてドームの中に入る一歩手前まで入り、上空を見上げた。

 

「─────ッ!?」

 

あまりの光景にリーファは声を上げることもできなかった。

ドームの上空を埋め尽くす黒い雲。それが蠢いている。その正体を一瞬で理解することができた。あれが天へと目指す者たちを阻むガーディアンなのだと。

あんな数の騎士たちを相手にできるわけがない。やはりこのクエストはクリア不可能なクエストなのだと改めて思い知らされる。

騎士たちの群れの少し下の方に黒い炎が揺らめいているのが見えた。

 

「キリト君!」

 

その黒い炎は間違いなくスプリガンのリメインライトだった。いつ命を奪われたかはわからないが、一刻も早く助けに行かなければ蘇生猶予時間を過ぎてしまう。

リーファは居ても立っても居られなくなりドームの中に侵入する。

翅を震わせてキリトのリメインライト目掛けて一気に上昇していく。

守護騎士たちがリーファの姿を認知したことによって奇声を上げながら、殺到してくる。それらを無視してリーファは一直線にキリトのリメインライトの元へと最短ルートで向かっていく。

連続して襲いかかる守護騎士たちの長大な剣を俊敏な動きで回避していくが、時間差で襲いかかってくるので完全には回避しきれない。

襲いかかってくる守護騎士の剣に大きく体勢を崩された。

その時を待っていたというように五体の守護騎士が囲むように殺到してくる。死を覚悟したその時だった。

バキバキ、という連続した破壊音が目の前で鳴り響いた。次の瞬間、取り囲んでいた守護騎士たちが一気に白い炎へと変わっていく。

一瞬何が起きたか理解できなかった。

しかし、その答えは燃え盛るリメインライトの中から姿を現した。

黒衣のコートに右手に装飾の一切ないシンプルな長剣、左手に穂先が月光のように輝く槍を握っている人影。その姿を見間違うわけがない。

 

「……シュウ君?」

 

そう、そのはずだった。だが、明らかに様子がおかしい。

シュウの表情は、感情を失ったように《無》そのもの。なのに瞳はまるで目の前の獲物を狩ることしか考えていない獣のようだった。

その間にもシュウへと守護騎士が同時に二体襲いかかる。さらに遠方には、スペルを唱える騎士が狙っている。

 

「危ない───ッ!!」

 

リーファの叫びよりも早くシュウは動く。押し寄せる守護騎士の一体の巨剣を弾くと同時に横蹴りをお見舞いする。ドガッ、という鈍い音とともに騎士はもう一匹とぶつかり合う。

白い光の矢がシュウへと襲うがぶつかり合い制御不能となった守護騎士を盾にして防ぐと見えないほどの神速の槍の突きが一瞬にして騎士を炎の塊へと変えた。

リーファは言葉を失い呆然としていたが、自分が置かれている状況を思い出し、キリトのリメインライト目指して再び飛翔する。

どのような状況かはわからないが、今はキリトの救済が先だ。

 

「───キリト君!!」

 

押し寄せる騎士たちを掻い潜って黒い炎を両手でしっかりと包み込んだ。

あとは、この場から離脱するだけだ。

 

「シュウ君──ッ!!」

 

守護騎士たちを全て倒さんとでもいうように武器を振るい続けるシュウにリーファの言葉は届いていなかった。彼のHPを目を凝らして確認するともはやレッドゾーン突入寸前だった。

あと一発でも強ダメージを受ければ、シュウのHPは全損してしまう。

リーファは直感的に思った。今の状態でシュウのHPがなくなるのは、絶対に阻止しなければならないことだと。

それが起きればシュウは完全に壊れるとわかった。キリトの黒い炎が徐々に小さくなっている。蘇生猶予時間もあとわずかという証拠だ。

どちらかを選ばなければ最悪全員の死亡もありえる。

リーファは一瞬の思案の後に……

 

───どちらも助ける!

 

仮想の肺に空気を有りっ丈吸い込んで一気に放出した。

 

「───シュウ君ッ!!」

 

目からは大粒の涙が溢れる。ドームの中にリーファの声が反響する。

目の前で鬼神の如く戦い続けていた黒衣の妖精がこちらにわずかに視線を向けたのがわかった。

その一瞬の隙を守護騎士たちが見逃すことはなかった。数匹が巨剣を振り上げると次の瞬間には、一斉に振り下ろした。さらに追い討ちをかけるように光の矢がシュウへと襲った。

リーファに気をとられたせいでシュウが攻撃に反応するのが遅れたせいで。

自分のせいでシュウを失わせてしまった。自責の念がリーファの動きを止める。

その隙にも剣を持った騎士たちが数体のこちらへと押し寄せ、遠方ではスペルを詠唱している。今度は、ターゲットをリーファに定めたようだ。

その瞬間、リーファは再び守護騎士たちへと向けて上昇した。

この場にシュウを置いていくわけにはいかない。彼のリメインライトを回収するために守護騎士たちを掻い潜っていく。完全に回避し続けることが出来ずにHPが徐々に削られていく。

シュウを取り囲んでいる守護騎士たちを退けようと腰の愛刀に手をかけた。

すると目の前にいた守護騎士の鏡のような仮面が笑ったように見えた。

 

「しま───ッ!!」

 

そう思った時にはもう周囲をスペル詠唱中の騎士に取り囲まれていた。もう回避は不可能。

光の矢が無数に当たればHPはほとんど削られ、その後襲いかかってくる巨剣がリーファの命を炎へと変えるだろう。

 

「……ごめんね、シュウ君……キリト君」

 

手の中に抱えられている少年と助けられなかった少年に謝る。

諦めた───その時だった。

目の前を凄まじいスピードの影が走り抜けた。それと同時にリーファの体はそちらに引っ張られていく。

 

「……それはこっちのセリフだよ」

 

その声に目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。

目の前で助けられず、騎士たちに貫かれた少年がそこにはいた。

 

「……シュウ君」

 

生きていたんだ。安堵から力が抜けそうになるのを必死で抑えて翅を震わせる。

リーファの手を握ってシュウは高速飛行で背後から押し寄せる守護騎士たちを徐々に引き離していく。

これならドームの出口までなんとか行けそうだ。そう思ったのも束の間だった。

後方から飛来した白い光の矢が頬をわずかに掠めた。シュウがわずかに顔を後ろに向ける。

その目が大きく見開かれ、小さく舌打ちをした。

リーファもわずかに顔を後方へと向けて見えた景色に戦慄した。

蠢く雲とかしている守護騎士たちの周りに光のエフェクトが取り囲むように舞っている。間違いなく先ほどの光の矢の詠唱だ。それを同時に数百をも超える騎士たちが行なっている。

あれだけの数を放たれれば確実にシュウとリーファのHPは全てなくなるだろう。

あまりの恐怖に体が震え、硬直しかけたその時だった。手を引いていた少年が一気にリーファの体を自分の胸のあたりまで引き寄せ、強く抱きしめた。

 

「リーファ、絶対に離れるなよ!」

 

リーファは大きく頷くとキリトのリメインライトを握りしめていない方の手をシュウの背中に回した。

シュウはこれでもかというくらい翅を鋭角に折りたたみ、ほぼ垂直降下に近い体勢で地面へと降下していく。

今まで体感したこともないほどの凄まじい速度のダイブは体が引きちぎられそうだ。あと数秒後には地面と激突する。シュウのわずかなHPでそんなことをすれば、死は間逃れない。それにこんな速度で落下すれば現実にも悪影響を及ぼしかねない。

だが、リーファはシュウを信じる。

───その瞬間だった。

後方から光の矢が放たれる音をシルフの耳がとらえた。

それとほぼ同時に目の前まで地面が迫ってきた。恐怖で目を閉じたリーファの体へと凄まじい量の重力がかかる。それと同時にドガッ!、という爆音が鳴り響いた。

思わず閉じた目を開く。シュウとリーファは地面すれすれを先ほどの垂直降下の勢いを残したまま飛行していた。

同時にパリン、という何かが砕ける音が風を切り裂く轟音の中に響いた。それとともに視界の端でシュウが右手に持っていた長剣がオブジェクトのカケラとなって砕けていくのが見えた。

それを見てリーファは、シュウが何を行なったのかを理解した。

斜めに降下していくよりも垂直に降下していった方が勢いはかなりつく。シュウはそれを利用して爆発的な加速を得た。

そして地面に激突する寸前。長剣を地面に突き立ててそれを軸にして直角に曲がることで勢いをそのままに飛行したということだ。

しかし、あれほどの加速がついた状態で直角に曲がれるほどの力が細身の長剣に掛かったのだから一瞬で耐久値を削り取っても何ら不思議ではない。

扉まではあと数メートル。時間にすれば数秒で到達する。しかし、守護騎士たちもただは帰さないと言わんばかりに豪雨のような矢が降り注いでくる。

そのうち先行で飛んできた一発がシュウの背中の突き刺さる。

 

「ぐっ……」

 

苦痛の表情を浮かべたシュウがすれすれに飛んでいた地面と激突して数回バウンドののちに床面を削る勢いで停止する。

 

「シュウ君!!」

 

ギリギリでHPは全損していないがもはや数ドットしか見えないほどに小さくなっている。

もう後はない。そこに最後の追い討ちというように上空から矢の豪雨が降り注いでくる。

もう終わりだと諦めかけたときだった。

シュウが再び翅を広げ、リーファの手を握る。そして地面を手で押し上げて翅を目一杯震わせると瞬間的に得た加速で二人の体は転がり込む。

そして次に見えた景色は、光の矢の雨……ではなく明るい日が差し込むドームの外だった。

逃げ切れた。かつてないほどの絶望的な状況からの生還したが生きた心地がしない。

だが、確かに二人とも生きている。

二つの荒い息がしっかりと聞こえる。

 

「シュウ君……」

 

「ああ、なんとか……切り抜けれたみたい、だな。……それよりもキリトを」

 

シュウの言葉に腕の中に小さく揺らぐ黒い炎へと視線を落とした。上体を起こして右手を振ってアイテムウインドウを開く。

高位蘇生魔法を使用できないので《世界樹の雫》という蘇生アイテムをオブジェクト化させる。

小瓶の瓶の栓を抜き、キリトのリメインライトに注ぎかける。数秒後に黒衣の少年の姿が実体化した。

 

「……キリト君……」

 

座ったまま、リーファは泣き笑いのような顔で少年の名を呼んだ。

 

「ありがとう、リーファ。……でも、あんな無茶はもうしないでくれ。シュウも……あとは俺一人で大丈夫だから」

 

キリトはそう言うと再び、世界樹内部へ繋がる扉へと足を踏み出す。

 

「き、キリト君!!」

 

愕然としながら、リーファは震える脚に力を込め、どうにか立ち上がった。

 

「ま、待って……無理だよ」

 

「そうかもしれない……。でも、行かなきゃ……」

 

背を向けたまま呟くキリトの姿に、リーファは言葉を探した。でも、どれだけ探しても言葉が見つからない。

 

「一人で大丈夫なわけねぇだろ……バカが」

 

ボロボロの少年は立ち上がりながらポーションの瓶を飲み干す。

彼も再び、あの中に飛び込む気なのだろう。あれだけ心も体もボロボロになったはずなのに。

だが、もう一度行っても結果が変わらないことは誰が見てもわかる。それでもキリトとシュウは何度でも挑むだろう。

 

「ちょっと、世界樹攻略してくるからさ……帰って来たら盛大に祝う準備しといてくれ」

 

不器用に笑みを浮かべるシュウはリーファの頭に手を置くと優しく撫でた。

そして離れていく。とてつもなくゆっくりに感じた。

止めたい。もう傷つく姿を見たくない。

そう思った時には、リーファはシュウの体をぎゅっと抱いていた。

 

「もうやめて……二人がそんなボロボロになる姿をあたしは見たくないよ」

 

歩みを止めたシュウはこちらを振り向くことなく優しい声が帰ってきた。

 

「ごめん……それでも行かなきゃいけないんだ。SAOを完全にぶっ壊すためには……」

 

言葉の意味が一瞬解らなかった。シュウが口にした言葉。その中に含まれていた聞き覚えのある三文字のスペル。

 

「……いま……何て、言ったの……?」

 

シュウは首を傾けて、不器用な笑みを浮かべ、わずかに口籠ってから言った。

 

「黙っててゴメン……俺とキリトは元SAOのプレイヤーだったんだよ」

 

彼の言葉がリーファの中にあった何かが次々と繋がっていく。

シュウとキリトが元SAOプレイヤー。それによって異常なまでの強さの理由の説明がついた。

しかし、それによってリーファ/直葉にはあの時の記憶が蘇る。

数日前の道場で試合した時の集也の構え。右手をやや後ろに引き、左手を前に出して何かを握るような構え。

初めて出会った時、サラマンダーを退けたシュウの構え。いやその構えに見覚えがあると感じたのはシグルドとの戦闘の時だった。

記憶の中の二人の構えが一致した。

口元に両手をあて、リーファは半歩後退る。目を大きく見開く。

そして扉を睨みつけていたキリトが静かに張り詰めた声で呟いた。

 

「アスナを助けださなきゃ、俺たちは何も終われないし、何も始まらないんだ」

 

その言葉がリーファ/直葉の中に一つの確かなものを形作った。

そんなことはない。

 

「……集也……くん…………お兄ちゃん……なの……?」

 

否定してほしい。

そうあってほしい。

しかし……

 

「「え…………?」」

 

それを聞いた二人は眉を動かした。

 

「───スグ……直葉……なのか?」

 

インプの少年が、ほとんど音にならない声で、その名を呼んだ。

目の前の少年たちとの旅がリーファにこの世界ももう一つの現実なのだと教えてくれた。リーファが抱いた感情もデジタルのデータではなく本当の気持ちなのだと悟ることができた。

集也への気持ちを、痛みすらも消して、シュウの隣にいることで忘れてしまおうとしていた。

───それなのに、

 

「……酷いよ……。あんまりだよ、こんなの……」

 

うわ言のように呟きながら、リーファは首を左右に振った。そしてシュウから目を背けると左手を振る。

出現したウインドウの左下のログアウトへと触れると浮かび上がった確認メッセージなど殆ど見ずに叩いた。

消える寸前、シュウ/集也が手を伸ばすのが見えたがそれは薄れ、暗闇へと消えていった。




直葉に正体がついにバレてしまいました。
なんとなくシュウの口からアスナのことを言うのは不自然に感じたので、SAO生還者だということから繋がって最後にキリトのアスナ発言で正体に気づいたという形にしました。

リーファとはすれ違い、武器もへし折れて結構ピンチなシュウ君です。
これから先の展開もお楽しみください。

誤字脱字、気になる点、おかしな点、感想等ありましたら気軽にお知らせください。
また読んでいただければ幸いです。
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