ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜   作:カエサル

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25.少女の中の英雄

 

 

ガーディアンの群れからの攻撃を退け、リーファ、サクヤ、アリシャ、シルフ部隊、ドラグーン隊ともに誰一人死ぬことなくドームの外に出ることができた。

クエストに入った時は日光が照りつけていたが今は、真っ赤に染まった夕日が空を覆っていた。

 

「本当に来てくれてありがとう、サクヤ、アリシャさん」

 

リーファは深々と頭を下げて再度二人にお礼を言う。

 

「礼には及ばないよ。元々、彼らの支援がなければこれだけ早く来ることもできなかったしな」

 

「そうそう。それに彼らには色々と助けられたしネ」

 

それでもシルフとケットシーの部隊が来てくれなければリーファたちはいつかあの軍勢に押されていたことだろう。

 

「そういえば、よくパーティーを組んでいた少年はどうしたんだ? こちらに来ていると聞いたが?」

 

「あ……レコンは……」

 

わずかに下を向いてリーファは答えた。

 

「あいつは……サクヤたちが来る前にガーディアンの群れに自爆魔法を使って……」

 

サクヤとアリシャが驚きの表情を浮かべる。

 

「通常の何倍ものデスペナを覚悟の上でそれを行えるとは、すごい根性だな」

 

「それにシルフでそんな高位の闇属性魔法使えるって相当だよネ」

 

本当は臆病者だということを知っている。けれど、あの時のレコンはリーファが知っていう彼ではなかった。

恐怖を隠しながらも行なった彼の行動は結果的に二人の少年を天へと目指すゲートへと到達させる起点になった。

今度会った時、お礼を言わなくてはいけない。

 

「私たちは、明日にはシルフ領に戻りつもりだが、リーファはこれからどうする? 」

 

「あたしは、二人の帰りをもう少しだけ待つつもり」

 

「そうか。なら《空中都市》に行った感想でも手土産に今度はゆっくりと話でも聞こうかな」

 

「その時はしっかり誘ってよネ」

 

耳をパタパタさせてウインクをするアリシャは飛竜に跨る。

 

「それじゃあネ」

 

飛竜に乗ったケットシーの部隊は、こちらに軽く手を振りながら空高く羽ばたいていった。

 

「それじゃあ、私たちも行くよ」

 

サクヤもそういうとシルフ隊を引き連れてアルンの街の方へと向かって行く。

二種族の姿が見えなくなるまでリーファは手を振り続ける。

 

───ありがとう、みんな。

 

心の中で再び、礼を言ってからリーファは振り返る。

 

「あれ……」

 

リーファはそこで違和感に気づいた。

巨大な騎士たちが佇む《空中都市》へと繋がる扉が開け放たれている。

リーファ、シルフ部隊、ケットシーの飛竜隊は全員生存した状態でクエストから脱出した。レコンも蘇生猶予時間は過ぎているはずなので中に取り残されているということはない。そしてシュウとキリトは、世界樹の上へと向かったはず。

それならば、扉が開いているわけがない。

新たにクエストに挑んだ者か、まだクエストに残り続けている者がいない限りは……

 

「まさか───ッ!?」

 

嫌な考えが頭をよぎった時には、リーファは扉へと向けて走っていた。

そんなことはない。そんなはずはないと、何度も自分に言い聞かせながら足を速める。たった数メートルなはずなのにとてつもなく遠く感じる。

扉の中へと入ろうとしたその時だった。視界の端に微かに揺れる布のようなものが見えた。

咄嗟に首をそちらへと向けた。

そこにいたのはプレイヤーだった。ボロ切れのような布が全身を覆っている。顔全体を覆うほどにまで深く被られており辛うじて口元だけが見えている。体格から男プレイヤーだと言うことは判断できるがそれ以外はほとんどがわからない。

まるで死神のような姿、言葉では表し難い不気味さが漂っている。

滑るように歩いていく彼の横を通り過ぎようとした時だった。

 

「え……?」

 

何かがおかしい。形容し難い違和感が徐々にリーファの中で形になっていく。

不気味な雰囲気のプレイヤー。ALOの中でそんな風にキャラメイクしているプレイヤーもいないわけではない。

なぜ、扉の方へと向かうリーファと死神はすれ違う。向こうから歩いてくる。たったそれだけの行動。しかし、この状況においては疑問を持たざるおえない。

扉の方から歩いてくる。

───それが意味することは……

 

「ちょっと待って!」

 

ボロ布の纏った彼が真横を通り過ぎた辺りでリーファは声を上げ、振り返る。

死神はゆっくりと動きを止める。首だけでリーファの方を向き、微かに見える口元がわずかに吊り上がる。

全身に嫌な悪寒が走るとともに発しかけた言葉が喉で詰まる。一度、呑み込んでから詰まりそうになるのを必死で堪えて、口を開いた。

 

「ここで……何を、してたの」

 

ようやく出た言葉は、途切れ途切れの言葉だった。するとボロ切れ布から覗く口がゆっくりと動いた。

 

「正義の真似事をしている狂人に自分が何者なのかを思い出させてやるだけだ」

 

抑揚がなく口をほとんど動かしていない。それなのにリーファの耳にはしっかりと聞こえる。まるで直接脳に語りかけてきているような感覚にリーファは思わず耳を塞ぎたくなった。

不快な声が再び、脳の中へと響いた。

 

「お前には何もできない……妖精。ただ見ていることしか……」

 

不快な音がグルグルと頭の中を何回も回っていく。ただの言葉。何の変哲も無い誰もが口にすることができるもののはずなのに目の前の男はその全てに憎悪、憎しみ、妬み、嫉み、怒りといったありとあらゆる負の感情が込められているように感じる。

死神の口が次に動こうとした時、リーファは思わず眼を閉じて、両耳を手で塞ごうとした。

しかし、体が動かない。瞬き一つ行えないほどの強張っている。形容し難い恐怖によってリーファへと電気信号を送るのを拒んでいる。

 

「これは始まりに過ぎない………」

 

ボロ布から見える口元が徐々に緩んでいく。

続けて何か呟いていたが、リーファの耳にはまるでノイズがかかったようにほとんど聞き取れない。

ボロ布の男は不気味に揺らめくようにリーファから遠のいていく。その光景をただじっと見ていることしかできない。

彼は確実にドームの中で何が起きてるかを知っている。まだ、聞かなくてはいけないことが多くある。止めなければ行けないのもわかってる。だが、アバターが全く言うことを聞いてくれない。

無理矢理体を動かそうとしているその時だった。

雷鳴にも似た爆発音が大気を震わせた。

 

「なに!?」

 

咄嗟に爆発音が響いた方へと体を向けた。それは巨大な騎士が構える扉の向こうから響いた音だった。大きく開け放たれた扉の向こうに激しい砂煙が舞い上がる。

やはり誰かが中で戦っている。

砂煙が地面に倒れるプレイヤーを影がに映し出される。不鮮明なため、それが誰なのかがわからない。集也と和人ではないことを祈りながらリーファは影を見つめる。

その時だった。プレイヤーに遅れて二メートル近くあるであろう長細い棒のような物が落下してくる。

 

「───ッ!?」

 

それを見た瞬間、リーファは息を呑んだ。

月光のような淡い輝きを放つ槍。その槍を見間違うわけがない。シュウがいつも左手に持って数多の危機を乗り越えてきた槍だ。

 

「シュウ君───ッ!!」

 

リーファは叫ぶと同時に扉のほうめがけて駆け出した。動かなかった体へと直葉が命令を送るとわずかなラグの後にアバターを走り出す。

扉の前に着くと同時にクエストの挑戦を確認するウインドウが出現。半ば殴りつけるようにイエスボタンを押してシュウの元へと駆け出そうとした。その時だった。

目の前にウインドウが出現したと同時にリーファの前に不可視の壁が出現して侵入を拒む。

 

「なに!?」

 

出現したウインドウを確認する。

『同一戦闘中に一度離脱したプレイヤーの再度クエストの挑戦は不可です』

リーファは言葉を失った。

一度退避した者は、内部で戦闘が続いている限り再び扉を潜ることはできない。つまりリーファにはシュウを助けにいくことができない。

もちろんサクヤやアリシャたちも再び扉を潜ることはできない。

翅を広げればすぐに手が届くところにいるのにシステムという絶対の壁がリーファの行く手を遮る。

 

「そんな……そんなのって……」

 

悔しさと何もできない無力感でリーファは膝から崩れ落ちそうになる。しかし目の前の砂煙めがけて数体の守護騎士が巨大な剣を構えながら突進してくるのを視界の端に捉える。

 

「シュウ君───ッ!?」

 

リーファが叫ぶと同時に煙を突き破って黒衣の妖精が空高く舞い上がる。右手にリーファの愛刀を持ち横一列に突進してくる守護騎士たちを横一文字に斬りつけた。一瞬にして白炎へと変わると同時に地上めがけて高速飛行し、突き刺さっていた槍を握りしめる。

 

「……よかった」

 

翅をたたんで地面に着地する瞬間シュウはよろけて転倒しそうになる。わずかな隙をついて守護騎士たちがまたも群れで突進してくる。

 

「シュウ君、上!!」

 

リーファの叫びよりも早く右手を地面へとつけると反動をつけて斜め後ろへと飛び退く。ほぼ同時に翅を展開すると長刀と槍を構え群れめがけて飛翔。

わずかに前に出ていた守護騎士の一体が巨剣を振り下ろす。シュウが長刀で弾くと同時に左右から別の二体が剣を突き立てながら突進。

左方にいた守護騎士にギリギリのところで槍を突き立てると同時に右方からの剣を体を大きく捻らせて回避体勢に入る。

しかし、完璧に回避できるような距離ではない。突進してきた守護騎士の巨剣の先がわずかにシュウの右肩を掠める。

痛みを堪えるように歯を食いしばった表情を一瞬みせた。

 

「うおぉぉぉ───ッ!」

 

獣のような雄叫びの後に槍を強引に横薙ぎして守護騎士の胴体を炎へと変えるとそのまま勢いを殺すことなく体を回転させる。突進の勢いを殺せない騎士と弾かれて体勢を崩している騎士を同時に捉え、白炎を上げさせる。

間髪入れずに右側方から襲ってきた守護騎士に右の長刀を振り下ろす。……かと思えば、急に左で握っていた槍を胸部へと突き刺すと真上に向かい振り抜いた。なぜこのタイミングでフェイントを使用したのだろうか?

対人戦や高度な知能を有したNPCを相手にするならばわかるが、リーファが戦った限りガーディアン達は一定の攻撃や魔法に反応するだけのアルゴリズムで動いているように感じられた。

そこでリーファはシュウの違和感に気づいた。

先ほどの着地時によろけたこと、あのタイミングでのフェイント攻撃。

その姿が剣道をしていた時の姿と重なる。試合の最中、急に左手一本で竹刀を持ち出したことがあった。後でその理由を聞いてみると途中で相手の竹刀が右肩に当たっていたらしい。

仮想世界では痛覚が遮断されているため痛みを感じることはない。確かに仮想世界で衝撃を受けすぎると現実にまでダメージを引きづってしまうことはある。

扉の向こうで戦っているシュウはまるでダメージを受けるたびに痛みを感じているように見える。

 

「まさか……」

 

そんなことはあるわけがない。リーファ自分の中に出てきた突拍子も無い考えを振り払おうとした。しかし、着地時のよろけ、怪我をした時と一致するような行動。そして剣が掠めた時のあの苦痛の表情。

もしかすると痛覚が感じている。

だとするならば今すぐにでも助けに行かなければ。

リーファ再び、クエストへの入ろうとするがやはり同じウインドウが出現する。

その間にも目の前でシュウが守護騎士の攻撃を危なっかしく躱しながら応戦している。しかし、最初に比べるとかなり動きが鈍くなっている。

シュウが前方から迫る守護騎士を消失させた瞬間だった。炎の壁を突き抜けて光の矢がシュウの肩に直撃。

シュウの動きが一瞬鈍る。その瞬間だった。数体の守護騎士が一斉にシュウめがけて突進。

 

「シュウ君───ッ!」

 

次の時には、シュウの体に数本の巨剣が深々と突き刺さった。

 

「ガァふ……ッ!」

 

「う……そ…………」

 

漆黒の翅が姿を消す。そのまま地面へと落下し始める。周りにいる守護騎士たちは追撃をするでもなくただ落下していく黒衣の妖精を複数の仮面が見つめ続ける。

敗者に向ける哀れむような視線を向けながら。

 

「集也君───ッ!!」

 

リーファは叫ぶ。足が一歩前に出る。その度にクエスト参加できないというウインドウが無情にも出現し、扉の向こうへと向かうことができない。

何度何度何度、挑んでもその結果は変わらない。

システムという絶対的な壁がリーファに叩きつけられる。どれだけ抗っても超えることのできない。人間の意思だけではどうしようもないこの世界のルール。ただのプログラムの数字の羅列でしかない力のせいで目の前にいる大切な人に手を伸ばすこともできない。

自分の無力さにただ悔しがることしかできなかった。

目からは止めることのできない涙が溢れる。

これ以上大切な人が傷つく姿を見たくない。いっそこのまま現実から目を逸らしてしまえば楽になれる。

 

「まだ……だ……」

 

今にも消え入りそうなほどか細い声がリーファの耳に届く。

涙で歪んだ視界が捉えたのは、必死で立ち上がろうとしている黒衣の妖精の姿だった。身体中がもはやボロボロでHPも残りわずかしか残っていない。一人でグランドクエストに挑むことが不可能だということを知っているはずなのに彼は何度も打ちのめされても立ち上がる。

そうだ。集也/シュウはそんな人だった。

直葉/リーファが大好きな剣士は何があっても諦めない人だ。

崩れそうになっていた足に今一度力を入れて再び、前を向きなおる。

必ず何か方法があるはずだ。シュウを助け出す方法が必ず!

リーファが思考を巡らせてるその時だった。

 

『システムを否定し、それを上回る可能性を見せてもらった』

 

「え……?」

 

直接脳に語りかけてくるような声とともにリーファは無意識に右足を一歩前へと踏み出した。

ウインドウが出現する。

それはクエストの挑戦を確認するもの。イエスの表示を人差し指で押すと同時に左足を踏み出した。

リーファの体は不可視の壁をすり抜けて扉の向こうへと入っていく。先ほどまで嫌という程出現していたウインドウも現れない。

何が起きたのかはわからない。だが、これでシュウを助けることができる。

リーファは翅を一気に広げるとシュウの元まで飛翔した。

 

 

────────────────────

 

 

「クッソ……ッ!!」

 

分厚い蠢く黒い雲からとめどなく放出される守護騎士たちの攻撃を回避し、流し、隙を見て炎へと変える。

キリトがアスナを助け出すまでの時間を稼ぐだけなら守護騎士を倒す必要はない。逃げ続けていればいいだけのことだ。しかし、現実はそこまで甘い話ではない。

無数に襲ってくる守護騎士の攻撃を回避し続ければ、シュウがタゲをとっている数が増えていく一方だ。一体ではそこまで強くないガーディアンであっても群、軍となれば一人で倒せる相手ではなくなる。

なので、ある程度は戦闘を行わなければいけない。

 

「………?」

 

目の前まで迫っていた守護騎士を炎へと変化させた時にその異変は起きた。《空中都市》へと続く扉を守護する騎士。天界に近づこうとすればするほどその数を増やしていく相対的には絶対無敵のボスとも呼べる存在。

シュウはその扉を背に戦っているため、奴らの逆鱗に触れている状態だ。だから、守護騎士がとめどなく襲ってくるのはわかる。しかし、今シュウの目に映った光景はそれとは全く逆のものだった。

先ほどまで埋め尽くすようにいた守護騎士たちの体が光を帯びて出現とは逆の手順で光る窓へと消えていく。

まさか、キリトが扉を開けたことによってクエストクリアと判断されてしまったのか?

だが、《空中都市》へと繋がる扉はクエストフラグにロックされているわけではないとユイが言っていた。ならばキリトが転送されたからといってクエストクリアという扱いになるとは考えにくい。

それにクエストクリアというならば、クリア画面が出てこないというのもおかしい。

まだクエストは継続していると考えたほうがいい。

ガーディアンたちはその数を徐々に減らしていき、いつの間にか百数体にまでになっていた。

その瞬間だった。

三体のガーディアンが一斉に無表情の顔を向けるとこちらに向けて突進してくる。

咄嗟に考えを振り切って長刀を真横へと振り抜いた。

 

「な……ッ!?」

 

三体編成の左右にいた守護騎士たちは長刀の刃が深々と腹に抉りこまれる。しかし、先頭にいた一体だけが長刀に当たる寸前にわずかに減速して回避した。今までのガーディアンにそんな動きをするものなどいなかった。左右に白炎が舞い上がる。それを掻き分けて白い巨人が巨剣を振り下ろす。

あまりの出来事に回避行動をとる反応が数秒遅れる。守護騎士の巨剣がシュウの右肩を捉えた。

 

「がはぁ……ッ!?」

 

鋭い痛みが右肩に走る。刃物で抉られたような痛み。同時に巨剣を振り抜かれた勢いでシュウの体は地上めがけて勢いよく落下していく。反動で左手に握っていた《月音の槍》が手から離れる。

そのまま何も抵抗することができずにシュウの体は地面に叩きつけられた。

激しい砂煙が舞い上がり衝撃と激痛が体全体へと向けて襲う。声すらあげることができないほどの激痛に意識が飛びそうになる。

痛みを堪えながら先ほど斬られた傷口に触れる。どうやら血は出てはいない。

しかし、間違いなくこの痛み本物だ。いまだ右腕には先ほどの剣の感触が残り、背中には激痛が残っている。

ありえない。だが、ここまで来たら否定している時間などない。

この空間で受けたダメージは現実のものと同じになる。時間を稼ぎながら、なおかつタゲを大量集中させないよにし、ダメージを受けてはならない。

 

「……どんなクソゲー……だよ」

 

『………ウ君───ッ!?』

 

誰かの叫ぶような声が響いた気がした。数瞬遅れて上空から嫌な羽音が微かに聞こえる。

 

「少しは休ませろよなッ!」

 

痛む体を無理やり動けという指令を脳が送る。翅を広げて砂煙を突き抜けると横一列になって突進してくる白い巨人が三体。こちらも一直線に突進して激突する寸前に急ブレーキをかけてから身体に捻りを加えて両手で持った長刀を横一文字に力任せに振り抜いた。

ドガッ、という鎧が砕ける音とともに三体の守護騎士の体は真っ二つに分断され、白炎をあげる。

追撃がくると厄介なため高速飛行状態で地上まで戻る。それと同時に落下して地面に突き刺さっていた槍のところまで行き、翅を畳んだ。

視界が急に下がった。いや、違う。地面についたと同時によろけたのだった。

仮想世界で疲労は確かにある。だが直接的な痛みでよろけるということはまずない。

脳が処理に追いついていないのが分かる。ここが仮想世界なのか現実世界なのかの区別ができていない。

その隙に上空からまたしても三体のガーディアンが突進してきている。

シュウはよろけて転倒しそうになった体を地面に右手をつける。そのまま地面を強く押し、反動で斜め後ろへと飛び退くと同時に翅を広げて上昇。

中央の一体が先に飛び出し巨剣を振り下ろす。合わせてシュウも長刀を振り上げる。ぶつかり合った瞬間に骨が軋み、先ほどの傷口に激痛が走る。それを御構い無しに強引に力を加えて弾く。

それを待っていたと言わんばかりに今度は別の二体が左右から同時に突進してくる。

 

「クソッ───!」

 

左から来た守護騎士をめがけて槍を腹部へと突き刺すと同時に体を左方向へと思いっきり捻らせて右からの突進を回避する。

だが、回避しきれずに剣先がわずかに先ほど斬られた右肩と同じ箇所を掠める。

電撃が走り抜けたような鋭い痛みが右腕に襲う。歯を思いっきり食いしばる。思わず長刀から離れそうになる手をギリギリ持ちこたえる。

 

「うおぉぉぉ───ッ!」

 

獣のような叫び声がドーム内に木霊する。

槍を持つ左手にこれでもかという力を加えて強引にガーディアンの胴体を分断すると横薙ぎした勢いをそのまま回転運動へと変換し、右方から突進して来ていた守護騎士の首から上を削ぎ落とした。

白炎が舞い上がる。それとほぼ同時に右下から現れた守護騎士が巨剣振り上げてくる。

 

「……少しは休ませろよな」

 

長刀を振り下ろそうとしたその時だった。再び、右肩に激痛が走った。傷を負った腕を無理矢理動かしたことによってさらに傷が深くなっっていく。仮想世界ではありえない感覚。

痛む右をかばって無理矢理左の槍を守護騎士の腹部へと突き刺すと真上に振り抜いた。

白炎が舞い上がると同時にシュウは後方へと飛びのいて上空を睨みつけた。

数は援軍が来た時に比べればかなり減ってはいる。しかし、シュウが減らしたというよりは最初の勝手に消えて言ったというだけな気がする。

現に上空には新たに三体の守護騎士が生み出されるのが見えた。つまり、プレイヤーの人数に対して上限数というのが決まっていると考えた方がいい。だが、わずかに引っかかるところもある。

シュウが一人になってから守護騎士たちのアルゴリズムに変化が起きたように感じる。

キリトたちとクエストに挑んでいた時の守護騎士たちの攻撃は全てが《個》と感じた。集団で攻めて来たとしてもその攻撃はただ目の前にきたプレイヤーに斬りかかるだけだった。なので、守護騎士同士の連携攻撃などもない。

だが、今は明らかに三体の編隊で一体が相手の武器を弾いてその隙に他の二体が攻撃する。

その動きをシュウは知っている。

───《スイッチ》

多くの戦闘で用いられるプレイヤーたちの基本的なシステム外スキルだ。

人型のモンスターとはSAO時代に何度も戦ってきた。だが、そのどれもが《スイッチ》など使用したことなどなかった。

それにもう一つ気になることもある。

最初にシュウにダメージを与えてきた守護騎士だ。あいつだけが明らかに他のガーディアンとは異なった動きをしていた。

シュウの剣に合わせて一番初めに突っ込んできたガーディアンは飛行速度を減速して回避し、さらに反撃まで行ってきた。

そんな技を無限リポップタイプの敵が持っているなどは普通に考えればありえない。

まるであの一体だけが高度なAIを搭載しているようにも感じた。

前方から再び編隊を組んで迫ってくる守護騎士たち。

 

「クソ……ッ」

 

考えるのを後にして迫ってきた守護騎士から距離をとる。その時、後方の群の中に一体だけ他の個体とは違う動きをしている騎士が見えた。

白い無表情な鉄の仮面が無数にこちらを向いているのにそいつだけがまるでその群の統率でもとるように辺りの状況を確認しているように見える。

もしかするとあの個体が先ほどの異常な動きをしたやつなのでは?

もし、あの個体が群の指揮をとっているならばやつを潰せば連携は崩れる。

しかし、相手はNPC。そんな上手いこと話が行くとも思えない。だが、このままいけばHP的にも体力的にも長くは持たない。

 

───……一か八か賭けるか

 

シュウは回避しながらストレージのヒールアイテムの小瓶をオブジェクト化する。それを一気に口の中へと流し込むと同時に天の群れめがけて上昇をはじめる。

前方から迫ってきていた守護騎士たちを回避……しようとするが体へと痛みが走り抜ける。わずかに反応が遅れ回避がギリギリとなる。もう体力も限界に近づいてきているようだ。

前方から並走して迫ってくる三体に槍を横薙ぎして胴体を分断する。炎が舞い上がりシュウの視界を白く染め上げた。

炎を右で軽く振り払おうとしたその時だった。白い壁の向こうから光の矢が迫ってきた。咄嗟に反応したが、またしても体に痛みが走り動きが遅れる。回避することもできずに光の矢はシュウの右肩へと刺さった。

 

「く………ッ!」

 

痛みが電流のように体全体を駆け抜ける。

やはり奴らは怪我を負った部分ばかりを狙っている。

力が抜け落ちかけた長刀を強く握りなおしたその時だった。

前方から炎の壁を突き破って守護騎士が突進してくる。瞬時に反応しようと右腕を振り上げる。

だが、とてつもない激痛が走り力が入らない。ならば、左の槍を突き出そうとした。その刹那、側方の死角だった場所から守護騎士が突進してくる。

 

「クソ……ッ!」

 

攻撃を諦め、翅を折りたたんで急降下の体勢に入ろうとした。だが、それさえも読んでいたというように後方から飛んでいた光の矢が背中に鋭い痛みが走らせた。

守護騎士はすぐ目の前まで接近している。もはや回避できる距離ではない。

前方から迫る守護騎士へと槍を突き出す。しかし、そいつは持っていた巨剣を向かってくる槍に剣の腹をぶつけ、軌道を逸らさせた。

こいつは、知性を持つ個体だ。気付いた時はもう遅かった。

懐に入り込まれたシュウに為すすべなどなかった。振り下ろされた巨剣がシュウの右肩から左脇腹へと抜けて行く。

激しい痛みが走り抜ける。間髪入れずに側方から向かってきた守護騎士の巨剣が腹に突き刺さる。その瞬間を待っていたというように他にも数体の剣がシュウの体を貫いた。

 

「ガァふ……ッ!」

 

口から大量の血液が吐き出されるような感覚が襲う。

シュウから守護騎士たちが徐々に遠ざかっていく。いや、シュウの体が落下して行っている。

追撃を行おうとする守護騎士を制するように先頭の守護騎士が右腕を横に伸ばしている。

そして先頭に立っていた守護騎士が無表情の鉄仮面をニヤリと歪ませながら哀れむように落下していくシュウをただ見続けている。

───これで終わりだと言っているように……

視界が徐々に白に覆われていく。意識が虚空へと消えていく。

もはや痛覚すら感じることはない。

シュウは察する。ここで死ねば全てが終わりだと。

ここは現実と仮想の境目のない空間。この場所で死ねばシュウと集也は永遠に消滅することになる。

今度こそ本当の終わりだ。

あの世界で本来終わっていたはずの命を少しでも長く、そして守れなかった友のため使えただけでも満足だ。

もはや思考も歪んで消えて無くなっていく。

体も心も全てが無へと還っていく。

 

 

『諦めるのか?』

 

───諦めるも何ももう終わりだ。

 

『君の力はそんなものではないはずだ。それともわたしの過大評価だったかな』

 

───お前に俺の何がわかるんだよ。

 

『あの戦いの中で君は新たな可能性を見せてくれた。システムすらも凌駕する人の意思の力を』

 

───人はシステムには抗えない。数値化された世界で人なんてちっぽけなデータの一部にしか過ぎない。だからもう諦めるしか……

 

『大丈夫』『諦めちゃダメだよ』

 

 

消えていく意識の中でもはっきりと聞こえた声。何度も挫けそうになったシュウ/集也を立ち上がらせてくれた暖かな言葉。

虚空へと消えてかかっていた意識が呼び戻される。

───諦めるわけにはいかない。

消えかけていた魂に再び炎が灯る。

 

「まだ……だ……」

 

───(アバター)はまだ動く。

───HP(いのち)はまだ残っている。

───だったらお前がやるべきことはわかっているはずだ。

 

地面を強く右手で押し上げて痛む身体を起き上がらせようとする。動くたびに腹部を容赦ない痛みが襲い再び地面に倒れる。地面に転がっている大切な人の槍と大事な人の長刀のところまで這って進む。

どれだけ地面に這い蹲っても構わない。

シュウは英雄やヒーローのような行動はできない。そんなのは似合わない。

だからこそ、シュウにできることはただ一つだけだ。

目の前の守護騎士たちを壊し続け英雄(キリト)眠り姫(アスナ)を助け出すための道を繋ぎ止める。

───そして今度こそあの世界をぶっ壊す!!

 

体が悲鳴をあげふらつきながらも立ち上がる。

腹部に刺さっていた巨剣を力任せに引き抜いていく。激痛で再び倒れそうになる。

 

 

『やはり君はそうでなくてはな。───さぁ、剣を取れ、シュウ君』

 

 

「テメェに言われるまでもねぇよ」

 

 

『………』

 

わずかに笑みを浮かべたような気配の後にそいつは消えそうな声で言った。

 

『あの戦いを汚してしまったわずかな償いをしよう』

 

その言葉を最後に気配は消えていく。同時にシュウの意識が完全に覚醒する。

上空を見上げると先頭に立つ守護騎士が憤慨をその無表情な仮面に浮かべる。

同時に右腕を振り上げてから一気に振り下ろす。

それを合図に上空にいた百数体は超える守護騎士が一斉にシュウめがけて落下してくる。

 

「それはやりすぎじゃねぇか!?」

 

回避方法を思考していた刹那。

後方から高速飛行の緑色の光が突進してくる守護騎士たちの群れに激突。その瞬間、とてつもない風を巻き上げ、突進してきた守護騎士たちを全て飲み込む。

 

「これは……?」

 

風魔法による広範囲攻撃だ。

誰かが援軍に来てくれたのか。シュウは緑色の光が飛んできた方向へと体を向ける。

 

「なん……で……?」

 

そこには少女がこちらへと向けて翅を広げていた。

金色の長い髪を後ろで束ね翡翠色の瞳を潤ませる少女。シュウと目が合うと瞳からキラリと輝くものが横へと流れていく。

そして少女は、名を叫ぶ。

 

「集也君!」

 

挫けそうになったシュウ/集也を何度も支えてくれた暖かな声の少女が目の前にいる。

 

「スグ……」

 

直葉/リーファは飛んできた勢いをそのままシュウの体を抱きしめてくる。しっかりと直葉の体を受け止める。

幻覚かとも思った。だが、彼女の温もりが体全体から伝わってくる。

 

「どうやってここに?」

 

リーファやシルフ、ケットシーの陣営が助けにくることは、システム上不可能なはずだ。

リーファは首を横に振る。

 

「誰かの声がしたと思ったら、クエストに参加できるようになってたの」

 

そんなことできる人物などシュウは一人しか知らない。

 

「……随分な粋なことしてくれるじゃねぇか」

 

シュウはわずかに笑みを浮かべた。

 

「それよりもここから早く逃げないと!」

 

感動の再会を惜しむ暇もないというようにリーファが早口で言うとシュウの手を握り、そのまま扉の方へと向かおうとする。

 

「それができんなら俺だってこんなクソゲー空間から早く抜け出したいもんだよ」

 

ため息交じりでシュウは口にする。

 

「まだキリトが上で戦ってるはずだ。だからここから離れるわけにはいかねぇんだ」

 

シュウの言葉をリーファは真剣な表情で聞くとわずかな沈黙の後に両手を前に掲げ呪文を唱える。詠唱が終わると同時にシュウの体を光が包み、HPがグリーンまで回復する。

しかし、先ほど刺された腹部の痛み右肩の痛みまで引くわけではない。やはりこの空間で受けた傷は現実のものになっている。

そんな場所に直葉/リーファをいさせるわけにはいかない。一刻も早くこの場から離れてほしい。

彼女が傷つく姿を見たくはない。

 

「あたしも一緒に戦う」

 

リーファはシュウの目を真っ直ぐ見て、ハッキリと口にした。

覚悟を決めた表情。揺らぐことのない強い意志。だが、それと反するように震えを抑えるように強く握られた拳が視界の端に映る。

リーファも多分気づいているはずだ。この空間で受けた痛みが現実のものになるということにだ。

誰かを助けたいという感情と恐怖する感情。

二つの感情が混ざり合った先にあるものを知っているシュウだからこそ、直葉/リーファが抱えてる葛藤が痛いほどのわかる。

そんな彼女にシュウがしてやれることがあるのだとしたら……

 

「ああ、一緒に戦ってくれないか、スグ」

 

右手に持っていた長刀をリーファの前に差し出す。

リーファは一度大きく頷くと震える手で長刀を握る。下唇を噛んでいるリーファの頭にシュウは手を置いて優しく左右に動かした。

 

「心配するな。スグには指一本触れさせねぇから」

 

不器用な笑みを浮かべる。

 

「ゴガァァァ!!」

 

上空から獣のような奇声が無数に降り注ぐ。緑色の嵐を掻き分けて無数の守護騎士たちが突進を開始している。

シュウは再度自分の置かれている状況を頭の中で確認する。

 

───ここで受けたダメージは現実のものになる。

───キリトはまだ上でアスナを救出するために戦っている。

───援軍はスグの他には現れない。

───対するは相対的には絶対無敵の守護騎士の集団。

───戦う以外に選択肢は残されていない。

 

 

「……上等じゃねぇか」

 

シュウは小さく笑みを浮かべて守護騎士の集団を睨む。

一人なら今頃また諦めていた。

だが、今は一人じゃない。

───俺の弱さを脆さを受け止めてくれる人がいる。

───俺の命を懸けてでも守りたい人がいる。

───俺のことを支えてくれる人がいる。

───俺の諦めを奪ってくれた人がいる。

 

右手を刃の如く伸ばし、真横へと振り抜いた。

ライトエフェクトが飛び散るとともに振り抜かれた右腕が黄金の光を纏う。

その感覚をシュウは懐かしむ。かつて死地と隣り合わせのあの世界でシュウのことを幾度となく戦う力を与えた。武器を失おうと己の体を剣として戦うシュウにのみ与えられた唯一のスキル。

黄金の刃なった腕を突進してくる守護騎士たちめがけて向ける。

 

「行くぞ、スグ!」

 

「うん!」

 

大切な少女の声に背中を押されてシュウは守護騎士めがけて勢いよく地を蹴った。

 

 

────────────────────

 

 

「行くぞ、スグ!」

 

目の前の剣士が口元に笑みを浮かべ、わずかにこちらを振り向いて言う。

リーファはシュウの笑みを見てふっと体の重みが抜けたようになる。今まで震えていた体が嘘のようになくなっていく。

 

「うん!」

 

彼の言葉に手を引かれてリーファは地を蹴り上げる。シュウの隣にいれば、なんだってできる気がした。

どれだけ絶望的な状況だとしても二人ならきっと大丈夫だ。

 

「リーファ、俺の真後ろについてくれ!」

 

早口で言うと左手に持っていた槍を後方へと引き、体に捻りを加える。

リーファは、迷うことなくシュウに重なるように真後ろについた。

ガーディアンたちはシュウめがけて一直線に突進してくる。シュウも速度を落とすことなくガーディアンの群れへと突き進む。わずかに数メートルの距離まで差し掛かったその時だった。

後方に引いていた槍が眩い光を放つ。

これは魔法攻撃。いや、シュウは一切詠唱の唱えていない。ならば、エクストラアタック。それもどこか違う気がした。

突進してくるガーディアンと激突する瞬間。シュウはその時を待っていたと言うように引いていた槍を一気に前方へと突き出した。翡翠色の光をまとった槍は衝突の寸前に捻りを加えられてさらに勢いが増す。

激突!

その瞬間、とてつもない衝撃波を生み突進してきたガーディアンたちを後方へとすごい勢いで吹き飛ばしていく。凄まじい一撃に唖然とするリーファに対して目の前の少年はどこか懐かしみ、楽しむような表情を見せていた。

間髪入れずに襲ってくるガーディアンにシュウは黄金に輝く右腕を真横へと伸ばし、そのまま振り抜いた。

斬撃となった光が複数のガーディアンたちを胴体から真っ二つにしていく。斬撃を抜けた守護騎士がシュウの側方から襲いかかろうとする。すかさず後方から飛び出したリーファが巨剣を弾き、鏡面マスクめがけて長刀を振り下ろした。全身に捻りを加えて振り抜くと騎士の首が吹き飛び、白炎をあげる。

シュウと視線を交わす。何も言わずとも彼が言いたいことがわかる気がした。

背中を任せる、そう言っている。

同じ視線に立って戦っている。ここ数日驚かされ、追い続けることしかできなかった背中を守ることができている。

ライトエフェクトを放つ槍と光の刃を持つ手刀を交互に繰り出して守護騎士たちを倒していく。側方、後方に回り込んでくる守護騎士をリーファが次々と倒す。

シュウは槍に光をまとわせて横になぐと同時に後方へと飛び退く。合わせてリーファも後退する。

そしてシュウはこちらを一瞥して早口で言う。

 

「あの群れを統率してる個体がいる。そいつを叩けばこの状況も少しはマシになるはずだ」

 

上部にいる守護騎士たちに再び目を向ける。初期に挑んだ状態よりは数は減っているが二百体近くはいる。その中からたった一体を見つけ出すのはほぼ不可能だ。

するとシュウは左手に持っていた槍を背中に納めると右手同様に指先をまっすぐ伸ばす。同時に左腕も黄金の光を纏う。

 

「俺が群れの中からそいつを引きずり出す。だからリーファはトドメを頼む!!」

 

シュウが意図していることはわからない。群れから統率している一体を見つけ出すことは不可能に近い。だけどリーファは信じて頷いた。

 

「任せて!!」

 

シュウはリーファの声とほど同時に天へと目掛けて急上昇。

 

「う……おおおおお───!!」

 

ドーム全体を震わせるような咆哮とともに、シュウの両腕が炎のように燃え上がる。

右の炎が守護騎士の群れと激突する。同時に凄まじい爆炎を上げて一瞬にして十数体という巨人を白炎へと変化させる。続けて左の炎を方向へと一瞬のうちに突進をする。燃え盛る両腕の炎はシュウの全身を包み込む。その姿はまるで不死鳥のようだった。

吹き荒れるエンドフレイムの白炎の中を不死鳥が羽ばたく。そんな群れの中にリーファは見つけ出した。

不死鳥が縦横無尽に羽ばたき、白炎と爆炎が舞う中に一体だけおかしな動きをしている守護騎士がいる。シュウの攻撃を読んで確実に回避している。

あれがシュウが言っていた統率している個体だ。

天を支配していた守護騎士たちは不死鳥の羽ばたきによってそのほとんどが姿を消した。だが、周囲のステンドグラスが新たに守護騎士を生み出そうとしている。

しかしこの瞬間だけは確実に数が減っている。

この気を逃すわけにはいかない。

リーファは、統率している個体へと目掛けて翅を広げる。

それとほぼ同時にシュウの声がドーム内に響いた。

 

「今だ、リーファ!!」

 

リーファの前を立ちはだかっていた肉の壁をシュウが一瞬でエンドフレイムへと変える。

 

「うん!!」

 

愛刀を肩の高さまで上げて大きく後ろに引く。

左手は剣に触れ、カタパルトの如くあてがう。

統率する個体を弓矢で穿つように剣先で照準を合わせながら限界まで引き絞る。

その瞬間だった。刀身が血のような赤い光を宿す。同時に体が軽くなる感覚がする。誰かに背中を押され、リーファは思いっきり長刀を前へと突き出して翅を折りたたんで全速力で突き進んだ。自分の体を一本の剣となったイメージ。

ジェットエンジンのような轟音とクリムゾンレッドの閃光を放ちながら一直線に撃ち出される。

 

「てやぁぁ───!!」

 

渾身の一撃は、目の前のエンドフレイムを掻き分けて一体の守護騎士の目掛けて放たれる。

剣先のライトエフェクトが光量を増す。深紅の輝き纏った剣先に全ての力を込めて解き放った。

鏡面のわずかに下。頭と胴体をつなぐ人の急所。一直線に向けられた剣先が守護騎士の首を捉える。

 

……はずだった。

 

こちらを嘲笑うかのように無機質な鏡面が歪む。守護騎士は長刀の分だけ体を横に流すと巨剣を真上に振り上げた。

予期せぬ力が加わった長刀はリーファの手から離れ、真上に弾き飛ばされる。

このままでは格好の的になるだけだ。今にも振り下ろしそうな巨剣を回避しようと無理矢理翅を広げて急ブレーキをかける。しかし、体は言うことをきかず逆に硬直したように動かなくなる。

回避する術がないリーファには、もはやどうすることもできない。わずかに動いた首を守護騎士の方へと向ける。

無表情の鏡面が先ほど以上に歪んでいる。巨剣はリーファの首目掛けて一直線に振り下ろされる。

HPはまだ残っている。だが、この空間ではダメージは現実のものになる。ならば、首を斬られる痛みを受けて正気で保てるとは思えない。

それを理解して守護騎士は狙ってきている。

 

「……ごめん、集也君」

 

小さく呟いて目を瞑った。

死を覚悟する。

 

「ごめんじゃねぇよ……」

 

暖かな声にリーファは瞳を開けた。瞳の映し出された少年にリーファは驚きを隠せない。

守護騎士の真上で吹き飛ばされたリーファの愛刀を右手に持ち振り上げている。刀身は、漆黒のエフェクトを纏う。

振り下ろされる長刀。その後、シュウの体を光の波が右腕から広がっていく。身につけていた黒いコートは、高い襟と長い裾の漆黒のコートへと、ズボンも一瞬のうちに雪原のように真っ白な細身の革素材へと変化する。

それよりもリーファが驚いたことは、短かった髪は、目元のかかりそうなくらいまで伸び、所々に跳ねている。顔つきもどこか気怠るそうに見える細い目つきは直葉がよく知る優しい目へと変わる。だが、その黒い瞳は、見たことのない光を放っている。

その姿にリーファ/直葉は直感した。この姿こそが死と隣り合わせの世界で戦い続けた(シュウ)の本来の姿だ。

振り下ろされた長刀が守護騎士の巨剣を持つ右腕を切断。

 

「ゴガアアアア!!」

 

獣のごとき絶叫を上げた守護騎士はシュウに憎悪を抱いた表情を剥き出しにすると後方へと飛び退く。

 

「逃がすかよッ!!」

 

続いて振り下ろされた長刀が新たな光を纏うと同時にシュウは何かの力に押されるように真上に振り上げる。次いで守護騎士の左腕が宙を舞う。攻撃の手を緩めずにさらに続けて斜めに振り下ろされた刃は、騎士の左肩から侵入し、右脇腹へと抜ける。

 

「ゴガ…………ア……」

 

そんな声がもれる。直後、その巨体は純白のエンドフレイムに包まれ、四散した。

統率している守護騎士は倒した。だが、まだ周りには百を超える守護騎士がいるのは変わりない。

革のコートや見覚えのある顔立ちはまるで幻だったかのようにシュウの姿は戻っていく。

リーファがシュウの元へと駆け寄っていったその時だった。

辺りにいた守護騎士たちに異変が起きる。統率していた個体が消滅したことによって辺りの守護騎士たちは元の攻撃を行うプレイヤーに迫るアルゴリズムに戻るはずだ。

だが、目の前で起きている光景はそれとは正反対のものになっていた。周りの守護騎士たちは動きを止め、鎧をカタカタと音を立てながら震えている。数秒遅れてリーファたちの一番近くにいたガーディアンが純白のエンドフレイムを上げた。反対側にいた守護騎士もほぼ同時に白炎をあげると次々と広がり、周囲にいた全ての騎士たちが炎を上げた。

ドーム内が炎に照らされ激しい閃光を放つ。思わず目を瞑ると遠くの方から何かしらの音が聞こえてくる。

意識をそちらへと傾けて目を開いた。

視界には《Congratulations》という文字が浮かび上がり、光のエフェクトが紙吹雪のように舞っている。同時にファンファーレのような何かを祝福音が響く。

何が起きたのか理解ができていない。多くの出来事が一度に起こりすぎて追いつけていない。

 

「……やったみたいだな、あいつも」

 

シュウの言葉でようやくリーファは、何が起きたのかを理解する。

ALOの開始時点から今まで一度もクリアされることのなかった。シルフ、ケットシーの精鋭とSAOをかけた二人の英雄の力でようやく突破できた───《グランドクエスト》

ついにクリアすることができた。

だが、リーファは《グランドクエスト》を攻略できたことよりも兄の、そして大好きな少年の力になれた事が何よりも嬉しかった。

今まで強張っていた体から一気に力が抜けていく。

 

「大丈夫か、リーファ」

 

倒れそうになるリーファの体をシュウが支える。抱きつくような形なってしまっているため顔が熱くなっていく。同時に今まで抑えていた震えが緊張の糸が解けたせいか一気に襲ってくる。涙までもが溢れてくる。止めようとしても自分の意思では止めれそうにない。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

涙を拭おうとするリーファの頭に手を置くと優しく撫でてシュウは自分の胸に引き寄せた。

ゆっくりとした速度で地上へと向けて降下していく。

地上に降りるまでの時間だけでいい。彼の体温を感じていたい。そんなリーファの我儘でしかない気持ちをシュウは受け入れてくれる。

ファンファーレとシュウの胸の音を聞きながらリーファはこの時間がいつまでも続けばいいと思ったのだった。

 

 

────────────────────

 

 

これで全てが終わったような気がした。茅場が夢の体現の世界から始まった長い旅路のエンディングはここだったのかもしれない。

シュウはドームの中央でシルフの少女を抱きしめる。危険をおかしてまでも、システムという絶対的な力さえも跳ね除けて助けに来てくれた。

もはやほとんどの力は残っておらず、一歩でも動こうものならいつ倒れてもおかしくはない。

シュウはリーファの背中に回していた手を頭に置く。

リーファは顔を上げ、視線を交わす。そして不器用な笑みを浮かべて、

 

「帰ろう……現実に」

 

「うん!」

 

リーファは僅かに瞳を揺らし、満面の笑みで頷いた。

踏み出した足が震える。今まで受けた傷が一気に体へと襲い掛かってくる。そんなボロボロの体を隣で支えてくれる人がいる。

扉へと向けてゆっくりと一歩一歩向かう。

英雄でもなく、ヒーローでもなく、正義の味方でもないシュウがようやく守り抜くことができた大切な人と相棒の背中。

彼の思いが、彼女の言葉があったから何度も立ち上がることができた。

扉の向こうから暖かな光が差し込む。体全てを包み込むような優しい光。

安堵から体の力が抜けそうになるのを必死で堪える。

 

「スグ」

 

思った以上に出ていない震えた声。

リーファが首をこちらに向ける。

数瞬、彼女の瞳を見つめてから言う。

 

「向こうに戻ったら話したいことがあるんだけど会えるかな?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

ふわりと微笑むリーファ。

 

「それじゃあ、また後で」

 

「うん、また後でね」

 

互いに左手を振ってウインドウを出現させる。そして一度視線を交わし合い微笑むと同時にログアウトボタンに触れる。

景色が一点へと収束していく。

仮想世界から意識が切り離されて現実世界へと戻っていく。

視界が完全に真っ黒に染まる。

そして集也は重い瞼を開いた。

 

 

───そこに広がっていたのは暗闇だった。

 

「なっ!?」

 

目を疑った。

ログアウトしたはずなのに意識が戻らない。それどころか、シュウのままだった。

辺りを見渡すがそこには底知れぬ暗闇が広がるだけで何も存在しない。

だが、不意にそれに気づいてシュウは小さく溜息を漏らし、ポツリと呟いた。

 

「さすがに悪趣味じゃねぇか、ヒースクリフ」

 

しばしの静寂の後に暗闇の奥から声が聞こえる。

 

『それはすまなかった。だが、ログアウトのタイミングでなければ君と話ができないと思ってね』

 

「話? 俺とお前はそんな世間話しをするような間柄でもねぇだろ」

 

苦笑を漏らす気配。

 

『その通りだ。だが、これだけは君に伝えておかなければいけないと思ったのでね』

 

わずかな沈黙の後に暗闇から声が紡がれる。

 

『あの戦いで君は私のホロウ・データと戦いシステムを上回る人間の意志の力を証明した』

 

ホロウ・データ?

あの時のヒースクリフのAIアバターのことを指しているのだろうか。

そんな力などない、と反論しようとするが声は続く。

 

『君はそんな力はない、と言うだろう。だが、君はオーバーアシストしたホロウ・データすらをも超える速度で動いた』

 

虚空から聞こえる声に思わず息を呑んだ。

そんなことは御構い無しに声は淡々と音を鳴らす。

 

『オーバーアシストはホロウ・データには使用制限がかかっており、通常では使用は不可能だ。それを引き出させた、君にそんな力がないと言うのは、謙遜しすぎではないだろうか?』

 

言葉が出てこない。あまりにいろいろなことを言われすぎて理解が追いついていない。

すると苦笑を洩らす気配がする。

 

『あの時、私のホロウ・データがシステム外の動きをしなければ、もしかすれば君はSAOをクリアしていたのかも知れない』

 

シュウも苦笑を洩らしながら小さく呟いた。

 

「《たられば》の話をしてもしゃあねぇだろ」

 

『……そうか。ならば、これは先ほど手を貸した代償として君に託そう』

 

すると、遥か遠くの闇の中から黄金に輝く物が落下してくる。手を差し出しとそれは音を立てて手の上に収まった。鍵のような形状をしたアイテム。

 

「……代償ね」

 

『これをどう使うかは、君たちの自由だ。消去し、忘れるもよし……しかし、もし君があの世界に憎しみ以外の感情を残していると言うのなら……』

 

声が徐々に小さくなって行く。最後の方はほとんど聞き取ることこができない。短い沈黙の後に素っ気ない挨拶が降ってきた。

 

『───では、私は行くよ。また会おう、シュウ君』

 

気配が消える寸前にシュウは叫ぶ。

 

「今度こそテメェを倒すから待ってろよ!」

 

そして完全に気配が消え去る寸前に途切れた声が響いた。

 

『……リア……とう…………』

 

その言葉と同時にシュウの視界に放射線状の光が広がり、意識を包み込んで行った。

 

疲労感が一気に襲う感覚を覚えながら瞼を開けた。窓の外から差し込む僅かな月明かりが見慣れた天井照明の輪郭をぼんやりと映し出す。

一度大きな溜息をついてから体に力を込めて上半身を起こす。

腹部に残る違和感と痛みに耐える。

本当に散々な目にあった。二年間も死=現実の死の仮想世界に閉じ込められ、ようやく帰還できたと思ったら今度は、仮想世界の痛みが現実のものになる空間に閉じ込められた。

頭を覆っているヘルメット状の機械を外す。

こいつが全ての始まりだった。βテスターとして選ばれたあの日から長い旅だった。

たくさんの人に支えられて助けられながらここまでようやくたどり着くことができた。ぶつかり合い、傷つけ、失い、間違えばかりの世界だった。一人だったらシュウはここまでたどり着くことはできなかった。

 

───ありがとう

 

心の中で呟いて集也はベッドから勢いよく立ち上がった。身体中が痛むのを堪えながらクローゼットからダウンジャケットを取り、部屋着の上から着込む。

自室の扉に手をかけ、一度ベットの方へと視線を向ける。

ベッドの上に置かれるヘルメット状の機械に向けて小さく呟いた。

 

「……ありがとな」

 

部屋を勢いよく飛び出して集也は、大切な人の元まで急ぎ足で駆けた。




グランドクエスト制覇!

これでフェアリィ・ダンス編も残すところあと一話の後日談だけです。
集也が現実で話したいこととは?
集也と直葉の思いは繋がるのでしょうか?
茅場から託された鍵の正体はなんなのでしょうか?

次回もお楽しみください。

前回の更新から二ヶ月ほど期間が空いてしまいました。
次の更新もいつ行うかはわかりませんが早いうちにフェアリィ・ダンス編は完結させようと思います。

誤字脱字、おかしなところ、感想などありましたら気軽にお知らせください。
また読んでいただければ幸いです。

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