モクモクと煙があがる。
メラメラと炎が燃える。
ボロボロと建物が崩れる。
辺り一面が真っ赤に染まる。
ぼんやりと視線を向けた先にいるのはゆらゆらと漂う醜い化け物。
指先1つ動かせない姿を見て化け物は確かに嗤っていた。
空港の自動ドアをくぐると強い日光と広い青空が襲い掛かってきた。
「あっつーい」
季節まだギリギリ三月、明日から四月だが襲い掛かってくる日光は夏のそれだ。
本州から少し離れただけでここまで熱いとは。
暖かいと聞いていたから薄着で来たけれど、これなら半袖でも良かったかもしれない。
「えーとバスが来るのは……」
私はパンフレットを取り出す。学園までの送迎バスはⅮ2だと記載されている。
「Ⅾ2Ⅾ2……」
辺りを見回すがⅮも2も書かれている看板はない。
「右側がA2だからあっちじゃない?」
振り向くとそこにはA2と書かれた看板があり、その奥にはA3と書かれた看板がある。あちらに進んでいけばD2がありそうだ。
私はゴロゴロとキャリーバケースを引っ張りながらバス乗り場にいる人々をかき分けていく。
「こっちは熱い熱いって聞いてはいたけれど本当に熱いね」
「だから一枚くらい脱いでけばって言ったじゃない」
「だってさ、あっちは寒かったし」
私がそういうとため息を履かれてしまった。
しばらく歩いているとⅮ2の看板が見えた。看板の下には大人が数人いて、私と同い年くらいの人達がバスの中に吸い込まれている。
「如月学園への新入生ですね。お名前をお伺いします」
「はい、水無月奏です」
「水無月奏さんですね。荷物はこちらで預かりますよ」
キャリーバッグを渡してバスの中に入っていくと空席はまだあるが、それでももう何席かは埋まっている。
「そこそこ余裕持ってきたから座れて良かったね」
「ええそうね」
基本無表情の彼女だが心なしか高揚しているのがわかる。
しばらくするとバスに乗り込む人が増え始めてきて空席が次から次へと埋まっていく。
「あのう、もしよかったらお隣に座ってもいいですか?」
声が聞こえて振り向くとそこには小さい少女が立っていた。
「うん、いいよ」
「ありがとうございます」
セミロングの淡い茶髪を丁寧に縦に振り、隣の空席に座る。
「初めまして、佐々木優香っていいます」
「私は水無月奏。はじめまして」
お隣に座ってくれた佐々木さんはご丁寧に自己紹介をしてくれた。
「私、北海道から来たんですけどこっちはとっても暖かいですよね」
「うんわかる。こっちがこんなに暖かくて本当にびっくりしたよ。これなら半袖でも良かったかも」
「そうですね」
佐々木さんと話しているとブーと音がなった。どうやらバスの扉が閉まったようだ。
運転席の横を見ると先ほどの大人が立っている。
「えー、皆さん席には座れましたね。私は如月学園で教師を務める榊と申します。これよりこのバスは如月学園に向かいます。もし体調がすぐれない人などがいましたら、遠慮せず声を掛けてください」
榊先生が言い終わるとバスはゆっくりと動き始めた。
「あのう、ここに来たってことは水無月さんも共鳴者なんですよね」
横に座る佐々木さんはさらに小さな声で話しかけてきた。
「うんまあ一応そうかな。もってことは佐々木さんもそうなんだよね」
共鳴者。妖精や精霊、幽霊や妖怪、はたまた神様などと言った超常的なものと契約した人の総称らしい。らしいというのは入学準備で貰ったパンフレットくらいでしか知らない。
そして今から向かう如月学園、太平洋に浮かぶこの美空島そのものが契約者を管理保護し、教育するために出来た島らしい。
「私共鳴者の友達は初めてだからとても嬉しいです」
佐々木さんは優しい笑みを向けてきた。
「え、いいな。私も周りに誰もいなかったから、よかったら友達になってよ」
「おい、危ないぞ」
前の席から長い黒髪の少女が身を乗り出してきた。
「私はね三条重音って言うんだ。気軽に重音ちゃんって呼んでね」
「は、はい。佐々木優香って言います。よろしくお願いします、重音さん」
「私は水無月奏。初めまして重音ちゃん」
私たちがそういうと重音ちゃんは驚いたような表情を見せる。
「おお、お二人とも凄い順応性だな……。逆にこっちが驚いちゃあっ!!」
重音ちゃんは大声と共にズルッと席に滑り落ちていった。
「いい加減にしろ。危ないしうるさい」
前の席から重音ちゃんの声とは明らかに違う男性の声が聞こえてくる。
「痛いなー。君はさ、もっと女の子に優しくとかいう気持ちはないの?」
「少ないくともお前以外にはあるから心配するな」
「最低なんだーそういう事言うの。差別だ差別」
「何でもいいから静かにしろよ周りの迷惑だ」
前の席から仲睦まじい声色の険悪な会話が聞こえてくる。
重音ちゃんは席と席の隙間から「ごめんね」というジェスチャーをしてきた。
私と佐々木さんは急に落ち着いた静寂を前にクスッとお互いの顔を見合わせて笑ってしまった。
バスから降りると強い日差しが襲ってきた。
「あー着いたー」
「思ったより長かったわね」
「本当にね。それでここから歩くのかと思うとちょっと大変だね」
目の前には長い坂道が続いて、奥には校舎らしきものが薄っすらと見える。
「それでは皆さん、荷物を受け取り次第案内板に従って体育館に向かってください。そちらで寮の鍵をお渡しします」
榊先生も言葉に従い預けていたキャリーケースを受け取る。
「水無月さん!」
呼び止められて後ろを向くと先ほど隣に座っていた佐々木さんに声を掛けられた。
「どうかした?」
「あのう、もしよかったら一緒に行きませんか?」
佐々木さんはどこか申し訳なさそうな声色で、どこか遠慮が見られる。
「うん、いいよ。私も一人はつまらないからね」
「はい、ありがとうございます」
「私も一緒に行くー!」
歩き始めると後ろから大きな声を掛けられた。
「二人とも改めて私は三条重音。良かったら同行してもいい?」
「うん。私は全然いいよ重音ちゃん」
「はい、私も構いませんよ重音さん」
重音ちゃんはにこっと笑うと身軽な足取りで歩き始めた。
「あのう重音ちゃん荷物は?」
佐々木さんの言葉通り、重音ちゃんは私たちが持っているような荷物を何一つ持っていない。
「荷物?ああそれなら大丈夫だから安心して。ほら」
私たちが頭にはてなを浮かべていると、一人の少年が横にきた。少年はボストンバッグの他に女性モノのキャリーケースを二つ引いている。
「ほら、持ってきてやったぞ。持てよ」
その声はバスの中で重音ちゃんの横に座っていた人と同じ声だ。
「明人、そのまま上までおねがーい」
明人と呼ばれた少年は重音ちゃんの可愛い声に舌打ちだけ返した。
「ええっと……」
「ああごめんね。こいつは篠原明人、まあ私のボディーガードみたいなもんだから。ほら、明人挨拶して」
「……篠原明人だ。こいつの保護者役みたいなものだからこいつが迷惑だったらいってくれ」
それだけ言うと篠原くんは重そうな荷物を両手にして歩いていく。
「あーもうごめんね。アイツいっつもそんな感じだから。仲良くしてあげてね」
「それはもちろんですけど、ボディーガードって」
「ああそれね。いやさー私のお父さんが心配症でねー、一人だと心配だ!とか言い出してさ。それで私のボディーガードみたいな感じで明人も来たって感じなんだよ」
ほんと過保護はこまっちゃうよねー、と重音ちゃんは笑う。
「でも重音ちゃん可愛いから仕方ないんじゃない」
「み、水無月さん」
「お、おう出会って初日でそんな事を言われるとは。もしかして奏ちゃんってなかなかのやり手?」
私がそういうと二人に驚かれてしまった。
「なんか変なこと言った?」
「いや、変なことはいってないよ。とりあえず気をつけようね優香ちゃん」
「そうですね重音さん」
何故か私を省いて二人が手を組んでいる。本当に謎だ。二人とも同性なんだから可愛いっていってもいいもんだろう。
案内板に従い坂を登り、体育館にたどり着いた。
体育館の広さは中学校と大して変わりがないと思う。
「それでは皆さん並んで下さい。こちらで順番に部屋の鍵をお渡しさせていただきます」
そのアナウンスに従い私は指示された列に並ぶ。重音ちゃんと佐々木さんとは別の列に案内された。
私の前には数十人以上の人が並んでいて回転率こそいいけど、私の番が回ってくるのは早くても数十分後だろう。
長いなと思いながらふと私は体育館にある二階の踊り場が目に入った。目が合った。
一人の男性と思しき生徒がこちらをじっくりと見つめている。
もしかしたら自意識過剰なのかもしれないけど、視線を向けられた気がした。そしてなによりも私はその男子生徒から目を離すことが出来なかった。奇怪な格好の男子生徒がそこにいた。
「それじゃあ、私はこっちだから。またね!」
「私もこちらですから。さようならです」
重音ちゃんと佐々木さんはその一言を言い終わるとゴロゴロとキャリーバッグを転がしていった。
如月学園の女子寮は五階建てで、私が四階で二人は二階だ。
キャリーバッグを持ちながら階段を登っていく。そこまで大きい訳ではないがそれでもキャリーバッグを持っていうのは少し大変だ。
「ここは結構大変ね。これが毎日だなんて疲れちゃいそう」
「そうだね、ダイエットならもってこいだね」
なんとか四階まで登りきると左右に道が分かれている。
「えーと4010だから……あっちか」
案内板に現在地から左側に4010があると記載されていた。
私と同じように今日来た人がやはり多くて扉が少し開いていたり、小忙しそうに走っていたりする人がいる。
喧騒の中をかき分けていくと4010と記載された部屋に着いた。
ここの寮は二人一部屋らしいので相部屋の人が一人いるらしい。
相部屋というものに慣れてはいるがそれでも環境が変われば少しは緊張する。
コンコンコン、と3回ノックをするが部屋から返答が帰ってくることはない。
ドアノブを握ると鍵が掛かっていた。
「誰もいなかったみたいだね」
私の言葉にくすくすと笑われてしまった。
扉を開けて部屋の中に入っていく。
部屋の中は備え付けの二段ベッドと机と本棚がそれぞれ2つずつ置かれている。
窓を開けてベランダにでると一面の青色が目に入ってきた。
空の青色に反射する吸い込まれてしまいそうになる青が広がっている。
心地の良い風が潮の匂いを運んできた。
「綺麗な場所だね」
「本当にそうね」
はるか先まで広がる海に吸い込まれてしまいそうだ。
「あー!全くもう!」
声と共に勢いよく扉が開けられた。その勢いに身体が驚いてビクッてなってしまった。
「はー、全く4階だなんてめんどくさいわね」
重そうな段ボールを2つ運んでいる女生徒が立っていた。
「全くもう。急に部屋が変わるってどういう事よ!」
彼女は私の存在に気づいていないのか、独り言でずっと悪態をついている。
長くて澄んだ金髪に高い鼻筋、女性なら誰もが羨むスタイルをした日本人離れな体格の少女に同性ながら見入ってしまう。
悪態をつく彼女を見ている視線に気が付いたのか、彼女がこちらを向いてきた。
「あなたがルームメイトね。見っともない姿を見せてごめんなさい」
彼女は今までが形相が幻だったかのように落ち着いた口調をあらわにした。
「初めまして、如月ジュリアよ」
「私は水無月奏。よろしくね如月さん」
「如月じゃなくてジュリアでいいわよ」
「それじゃあジュリアさんで。……あれ如月って」
そういえばこの学園の名前も如月だったような?
「そう私のお母さんがこの学園の理事長なの。だからジュリアでお願い」
ジュリアさんはすこし複雑そうな笑みを見せてきた。
「それなら改めて私の事も奏でいいよ、よろしくね」
「ええよろしくね奏」
ジュリアさんの笑みはやはり綺麗だった。
「今日はホント疲れたね」
ベランダに出て夜風に当たりながら真っ暗い先を見る。
昼間には辺り一面の海が広がっていたのに今は暗くて良く見えない。それでも鼻をくすぐる潮の匂いがそこに海があるのだと知らせてくれる。
潮の香りも空の広さも私は知らなかった。
何も知らない私にとって世界はあの街だけだった。けれど世界はさらに外に広がっていた。
あの灰色の街はもう私の前にはない。
「ねえ私たちは進めるのかな?」
さざ波が聞こえてくる。
「ここに来たら昔の事思い出せるかな?」
「さあ?あの似非紳士の言葉を信じるならだけどね」
そういうが直感がある。
私には五年以上前の記憶がない。
自分の事も家族の事も私は何も知らない。
記憶喪失らしい。
過去の手がかりなんて何一つない。親切な人がここでならもしかしたらと教えてくれた。ただそれだけで来た。
私の中に住む葵ちゃんに笑みを向ける。
葵ちゃんの表情は分からないが微笑んでいるのだろう。
「明日には入学式だからもう寝た方がいいじゃない」
「それもそうだね」
ベランダから出てベッドに入る。
「おやすみ」
私たちはそういって眠りにつく。
新天地での生活に胸を膨らませながら眠りつく。
学校生活が始まる前から友達が出来た。
新鮮な空気がこれからを楽しみにさせる。
だから、入学初日にこんなことがあるなんて予想外だ。
全身が包帯で巻かれた男に呼び出されて一枚の紙と共に重苦しい言葉を履かれた。
「水無月奏。今すぐ退学届けにサインして即刻この島から出ていけ。ここはお前がいていい場所じゃない」
読んでいただきありがとうございました。