信長に話を振られたオルミーヌは、縄で縛られたまま少し困ったような顔をした。
「エルフは長命で、自尊心の高い種族です。元々この辺りにも彼らの国があったんですが、数十年前に人間との戦争に敗れて滅ぼされました。それ以来、オルテの支配下で農奴として生きています」
「ほう」
信長は村人たちへ目を向けた。
夜通しの議論で疲れ切った顔。
昨日まで共に暮らしていた者たちの死。
焼けた麦畑。
そして、四十年近く続いたという支配。
それらを順番に見回した信長の顔に、笑みが浮かぶ。
「ありがとよ。お前の話、役に立つわ」
「え?」
信長は少し考え込むと、豊久を手招きした。
「豊久。ちょっと耳貸せ」
「なんじゃ」
信長は声を潜め、これから村人たちに何を話すべきかを伝えていく。
最初こそ黙って聞いていた豊久だったが、途中から露骨に嫌そうな顔になった。
「……お前、本当に嫌な奴じゃの!」
「うるせぇ。いいから言え」
「自分で言えばよかろう!」
「大将はお前だろうが」
「いつ決まった!」
「昨日」
「知らんぞ!」
「いいからやれ!」
豊久はしばらく信長を睨んでいたが、やがて諦めたように村人たちへ向き直った。
集会所にいたエルフたちの視線が集まる。
「お前ら!」
豊久の声が響いた。
「恥ずかしくなかか」
いきなり投げつけられた言葉に、村人たちの表情が強張る。
「国を奪われ、親兄弟を殺され、何十年も奴らの言うままに生きてきた」
「それで、このまま死ぬんか」
豊久は村人たちを一人ずつ睨むように見渡した。
「死んだ祖先に恥ずかしくなかか。これから生まれてくる子らにも、同じ生き方をさせるつもりか」
ざわめきが広がった。
怒りを露わにする者。
俯く者。
唇を噛む者。
豊久は構わず続ける。
「お前ら――国は欲しいか」
ざわめきが止まった。
「地べたに這いつくばったまま死ぬか」
豊久は拳を握る。
「もう一度、自分らの国を夢見て死ぬか」
「どちらにする」
「決めろ!」
沈黙。
やがて、それを破ったのはシャラだった。
「欲しくないわけないだろ!」
立ち上がり、叫ぶ。
「国が欲しくないわけない!」
「奴隷のままでいいわけないだろ!」
その声を皮切りに、周囲の村人たちからも声が上がり始めた。
豊久はそれを聞くと、満足そうに頷いた。
「良か」
そして大きく笑った。
「ならば皆で――国盗りじゃ!」
村人たちがどよめく。
その様子を後ろから眺めていた信長は、狙い通りに事が運んだことに満足そうな笑みを浮かべていた。
だが。
「……ところで」
豊久が振り返る。
「なんじゃ」
「なして、儂が大将なんじゃ」
「あ?そりゃ俺は後ろから真の黒幕として操る方がいいからな。」
「おいは信忠じゃなか。」
豊久は自分の胸を指差した。
「儂は島津豊久ぞ」
信長の眉間に青筋が浮かぶ。
「分かっとるわ、ボケ!」
「島津なんぞクソ田舎のこと、俺が知るわけねぇだろ!」
「豊久? 義弘以外知るかよ、ボケ!」
「……なんじゃと?」
豊久の頬が引き攣った。
「お前、島津を馬鹿にしたな」
「事実だろうが!」
次の瞬間。
ゴッ!
「ぶっ!」
豊久の拳が信長の頬へ入った。
「てめぇ!」
すぐさま信長も殴り返す。
「お前が島津を語るな! 何も分かりゃしねぇ!」
「知らねぇっつってんだろうが!」
先ほどまで国盗りを宣言していた二人が、あっという間に取っ組み合いを始めた。
「ちょ、ちょっと!」
ユウスケが慌てて与一を見る。
「止めてくださいよ、この馬鹿二人!」
しかし。
「いやぁ」
与一はどこか楽しそうに笑っていた。
「友や家族と喧嘩していた頃を思い出しますね!」
「懐かしんでないで止め――」
「私も混ざりましょう!」
「なんで!?」
与一まで飛び込んだ。
「おらぁ!」
「痛っ! 与一、お前どっち狙った!」
「知りません!」
「お前ら全員馬鹿だろ!」
信長の蹴りが豊久に入り、豊久がよろめく。
「お前、調子に乗るなよ!」
「この野郎! 今度は離さんぞ!」
再び豊久が飛びかかる。
周囲のエルフたちは呆然としていた。
つい先ほどまで自分たちに国を取り戻せと説いていた男たちが、今度は地面を転がりながら殴り合っている。
英雄という言葉から想像する姿とは、あまりにもかけ離れていた。
「やめてくれ!」
ついにシャラが叫んだ。
「こんなことしてる間にも、領主の軍が迫ってるかもしれないんだぞ!」
その言葉に、三人の動きがぴたりと止まった。
信長は豊久の襟を掴んだままシャラを見る。
「かも、じゃねぇよ」
手を放して立ち上がる。
「確実に来る」
それまでの馬鹿騒ぎが嘘だったかのように、その目から笑いが消えた。
「お前らがぶちのめした巡察隊が帰ってこねぇんだぞ」
「領主からすりゃ、自分の兵を殺した村が出来上がったわけだ」
「放っておくと思うか?」
村人たちの顔に再び緊張が走った。
与一も服についた土を払いながら考える。
「四日ほどでしょうか」
「ただ、あのアラムという騎士が事前に何らかの指示を出していたなら……三日程度かと」
「島津なら翌日ぞ」
豊久が即答した。
「それは島津がキチガ――」
ユウスケが言い終えるより早く、豊久の拳が飛んできた。
「ぶっ!」
床を転がるユウスケ。
「何を言おうとした」
「何でもないです!」
信長は呆れながら二人を見た後、話を戻す。
「まあ、余裕を見ても明後日くらいと思っとけ」
シャラの表情が強張った。
「そんなに早く……」
しばらく黙っていたが、やがて意を決したように頭を下げた。
「頼む」
「俺たちに力を貸してくれ」
深く。
頭が下がる。
「俺たちは武器を持って戦ったことがない」
「四十年前、俺はまだ子どもだった。あの時に戦った父や兄たちは、ほとんど殺された」
「だから……お願いします」
その言葉を聞いた四人は、一瞬黙った。
「……ん?」
ユウスケが最初に違和感を覚えた。
与一も首を傾げる。
豊久もシャラをまじまじと見る。
そして四人の声が重なった。
「「「「おかしくね?」」」」
信長がシャラを指差す。
「お前、いくつだ?」
「百六歳です」
「…………」
今度こそ全員が黙った。
豊久はゆっくりと、以前自分を運んでくれたマーシャとマルクへ顔を向ける。
「……お前らは?」
「三十六です」
「僕は三十九です」
「……年上か」
豊久は何とも言えない顔になった。
信長も困惑しながらオルミーヌを見る。
「どういうことだ、オルミーおっぱい」
「オルミーヌだ!」
即座に怒鳴り返す。
「さては名前覚える気ないな!」
それでも説明はしてくれるらしく、オルミーヌはため息をついた。
「エルフは長命なんですよ。人間の五、六倍は生きます。その代わり、成長もずっと遅いんです」
「なるほどのぉ……」
豊久は三十六歳の少年を見ながら複雑そうに呟いた。
オルミーヌはさらに説明を続ける。
「元々この辺り一帯はエルフの国でした」
「ですが、オルテによって滅ぼされました」
「オルテはエルフだけじゃありません。ドワーフをはじめとした他の種族も虐げています」
「人間を最も優れた種族とする国家です」
その説明を聞き、信長の表情が変わった。
「今も戦っとるのか」
「ええ」
オルミーヌは頷く。
「各地で抵抗は続いています。一進一退ですが」
「……なるほどな」
信長は腕を組む。
頭の中で、これまで得た情報を繋ぎ合わせているのだろう。
「ようやく分かった」
「オルテは完全に征服しきれてねぇ」
村人たちを見る。
「半端に領土を広げ、力で押さえつけている」
「しかも四十年」
「占領された側には、怨嗟が腐るほど溜まっとる」
信長は昨日の惨状を思い出す。
「だからアラムみてぇな奴を使って、反乱の芽が出るたびに見せしめで潰す」
口元に笑みが浮かんだ。
「逆に言やぁ――」
「火を付けりゃ、よく燃えるってことだ」
ユウスケはその笑顔を見て、嫌な予感しかしなかった。
「……信長、楽しんでません?」
「何を言う。真面目に考えとるわ」
「笑ってますけど」
「気のせいじゃ」
信長は豊久へ向き直った。
「さて」
「反乱を起こすにしても、まずは目の前の領主軍だ」
豊久を見る。
「どうする、大将?」
「島津の軍法、見せてくれ」
「うむ……」
豊久は腕を組んだ。
先ほどまでの喧嘩腰の表情が消える。
今度は一人の武将として、村の周囲とエルフたちを見渡す。
武器。
人数。
地形。
そして、迫ってくるであろう敵。
しばらく考えた末――豊久が呟いた。
「……敵兵を引き入れる」
「向こうから来るというなら――来てもらえばよか」