それから一ヶ月。
廃城での生活にも、三人はすっかり慣れつつあった。
狩りをし、羽をむしり、弓で鳥を落とし、火を起こし、寝床を温める。
戦国の二人に混じる形で、ユウスケも“異世界の日常”をなんとか身につけていた。
そんな、いつもと変わらぬ昼下がり——
突然、信長の声が低く響く。
「……誰か、来るな」
その声音に、空気がぴりりと張り詰める。
「ええ……足音からして二人。急いでいます」
与一が目を細め、耳を澄ませた。
「誰かって誰が来るんですか。二人に友達なんて——」
ユウスケが言いかけた瞬間、
ゴツンッ!
「いっっっでぇ!!」
「余計な口を開くな。ほら、あれじゃ」
信長が顎をしゃくる。
その指先の先——
森の奥から、少年らしき二人が、大人一人を担いでこちらへ向かっていた。
少年たちの耳は妙に長く、髪は金色。まるで絵本の登場人物のようだ。
「行ってきます」
与一は無駄のない動きで窓を飛び降り、地を蹴って駆けだした。
「耳が異様に長い……信長が言ってたエルフ?」
「そうだ。確認だが、そなたの時代に、あのような人種は存在するのか」
「いや……情報化社会になって、世界中の民族くらいは調べられますけど……
エルフなんて、物語の産物ですよ。現実には存在しません」
「ふむ……やはり、ここは地球ですらないのかもしれんな」
そう話している間に、与一は彼らと接触し、短い問答を交わしていた。
やがて少年らは抱えてきた大人を地面に横たえると、一礼し、同じ道を静かに戻っていった。
「呼ばれてますね。行きましょう」
ユウスケと信長は与一の手招きに従う。
そこには、血塗れの若い武者が倒れていた。
胸には槍傷、肩には矢傷。鎧は破れ、血は乾き、呼吸は細い。
「日本の武者のようだが……死にかけだな。治療できるか?」
信長が問う。
「縫うだけなら」
与一は冷静に傷口を見る。
「ユウスケ、お前は?」
「医者じゃないですけど……消毒液はあります。あと、布用の針と糸なら……
信長にやらせるよりはマシでしょう」
「何故じゃ貴様ァ!」
「図星ですよね?」
信長が舌打ちするのを横目に、一昼夜になる長い治療が始まった。
「……終わった。内臓は……知らん。やられてたらアウトです」
ユウスケは床にへたり込む。
「死人のような傷ですが、心臓は動いています」
与一が脈を確かめる。
二人が疲れ果て眠り落ちた後も、信長だけは横たわる武者をじっと見つめていた。
「この家紋……島津。しかも若い……
持ち物からして、儂の時代とほぼ同じ頃の人間か」
彼は呟き、静かに横になる。
それから二三日、まだ武者の起きる気配はなかった。
「生きてはいるが……まだ寝ておるな」
「余程疲れていたのでしょうね」
ユウスケが湯気の立つ雑穀粥をかき混ぜながら言う。
「ユウスケどの。その武者を見ていて下され。
我らは外の罠の様子を見て参ります」
与一が弓を持ち、信長とともに部屋を出た。
「はい、行ってらっしゃい」
廃城にはユウスケ一人。
鳥の羽根をむしり、鍋の火を見守りながら作業をしていると——
ガッ!
「っ……!? かはっ……!」
太い腕が後ろから首を絞め上げた。
(何だ!? あの怪我人か!?)
「ここはどこで、お主らは誰ぞ」
背後から低く、荒い呼吸混じりの声。
「あっ……っ、あ……(絞められてるのに喋れるかよバカが……!)」
「答えぬか。なら他の二人に聞くまでよ」
武者はさらに力を込める。
視界が白く霞む——
(やばい……死ぬ……!)
その瞬間、部屋の入口から声が響いた。
「おい、狸寝入りは終わりか、島津。
言っとくが、俺達は命の恩人だぞ、この野郎」
信長が立っていた。煙のように現れた与一はすでに弓を構えている。
「放さなければ撃ちます」
与一の声は静かだが、殺気が冷たい刃のように走る。
武者は一瞬だけ逡巡し——ユウスケを放した。
信長が一歩踏み出す。
「よし、いい子だ。名を聞こう。島津某なのは家紋で分かる。何者だ?」
武者は息を整え、睨み返す。
「……島津家久が子、島津豊久じゃ」
その名が落ちた瞬間、
空気が、変わった。